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第一話 帰還する特務

 身を切るほどの冷気が、ホール内にわだかまっていた。

 大聖堂の面影残る、宇宙防衛府庁舎ホール。軍関係者を始め六千人余りが列席する会場は、演壇を見下ろす、すり鉢状の一階席、二階席がすべて埋まっている。吸い込まれそうに高い天井は半球状のプラネタリウムになっており、星々の柔らかな光源が会場全体を照らしていた。なかでも太陽系を示す場所は天窓がくりぬかれ、一筋の自然光が壇上の司令長官に降りそそいでいた。

 ジェフ・ガードは二階の来賓席から、列席者たちを見下ろす。豆粒ほどに見える新入隊員たちは、深緑の軍服を着、背中に定規でも差しこまれたようにかしこまっている。勤続三十年ともなると、席順でだれがどの基地に配属されるのか、だいたいの見当がついた。

 大将の地位に若くして上りつめたこの壮年軍人は、視線を走らせ、ある一点で止めた。眉間にしわを刻みこむ。


「これより、銀河連邦に入隊する者の名を読みあげる」


 壇上で、司令長官が言い放った。


「アイン・ドーレ」


 最前列右端に(すわ)った青年が、気勢を上げて立ちあがった。壇上に向かう背中が、独特の緊張を(たた)えている。


「ゲーボ宙域第二十七宇宙基地を命ずる」


 青年は肩をいからせ、長官から辞令書を受け取った。深々と頭を下げ、降りていく。同じく新入隊員たちは長官から名を呼ばれ、辞令書を受け取る儀式を順にこなしていく。今年の新入隊員はこのホールだけで三千人。

 授与式が中弛(なかだる)み始めたあたりで、二階席のささやきがジェフの意識をすくいあげた。


「あの男だ……」

「ああ」

「なぜ上は奴の復隊を認めたんだ」

「レスターめ!」


 こちらの耳に触れるか否かの微妙なやりとりだった。視線が集まっている気配。陰口こそ叩くものの、本当にジェフの耳に入ることは恐れている。

 隠しきれない何人かのやりとりを素知らぬ顔で聞き流した。微動だにしないまま、ある新入隊員を(にら)みおろす。すると腹の底から、静かな怒りが湧いてきた。


「ジェフ・ガード卿、ご機嫌麗しく」


 重低音の声が背中からかけられ、二メートル近い巨躯(きょく)が近づいてきた。まるで会釈とも取れない微妙な顎の引き。アトロシャス家の長男だ。父親に似て鼻筋と眉が太く、奥まった神経質そうな丸い目許と大きな口許に、人を見下す薄笑いを浮かべている。

 傍に立たれると、巨体の威圧感にたいていの者は委縮する。四十半ばの年齢にありながら、長男の肉体に脂肪やたるみはまったくなかった。スーツを大きく盛り上げるぶ厚い筋肉は、しかし軍人のジェフから見れば張りぼてに過ぎない。

 能ある鷹はなんとやらで、精鋭部隊に入るような男は服を着ると実際より小柄に見えるのだ。


「なにか用か。アトロシャス殿」


 わずかに顔を向け、ジェフが問う。表情は岩のように動かない。

 代々政治家を輩出するアトロシャス家は、武芸とは無縁である。特にジェフとそう歳の変わらぬこの長男は、父の権力を笠に着、女遊びや暴力に興ずる悪評がしみついている。

 長男がおもむろに肩をすくめてみせた。


「あなたの(せがれ)殿が正式に銀河連邦に復帰されるとお聞きしましたので。ぜひとも祝いの言葉でもかけようと思いましてね」

「ほぅ……」


 ジェフは芝居がかった動きでゆっくりと目を細め、首を振った。


「不要ですな。上はなにをもってあの反逆者を許したのか分かりません。許されるならば、この場で即刻処刑すべきだ。連邦軍人の恥(さら)しめ」

「ふっ、ふふふ、私の父も大概なものですが、ガード卿もさすがですな。実の子を相手に」

「血の繋がりなどなんになりましょうや。あなたのお父上が聞けば鼻で(わら)うようなことですぞ」


 ジェフが口許をかすかに緩め、針のような視線で長男を射抜いた。張り子の筋肉と同じく、長男の濁った瞳が凍りつく。彼の父(エイダ・アトロシャス)もまた、息子と同じく好色だが、強欲にして狡猾(こうかつ)な老人だ。無能の(せがれ)でも、感じるところはあったようである。


「それでは失礼」


 会釈するや、ジェフはもう長男をふり向きもしない。視線を階下に向け、ここに居てはならない、己が息子を見据える。


(アレン……! なぜ死ななかった!)


 表情は毛ほども変えぬまま、固く拳を握りしめていた。中弛(なかだる)んでいたホールの空気が、ジェフの鬼気に(おび)えて、ぴんと張りつめていく。

 壇上の長官が、つばを飲みこむ仕草をしたあと、名を読みあげた。


「アレン・ガード」


 視線のさきの、青年が応えた。ほかの新入隊員とちがい、さすがに板についている。ひりつく緊張感をものともせず、彼が悠々と壇上に立つ。

 階下の空気が、どよめいた。


「ラグズ宙域第四宇宙基地を命ずる」


 司令長官の声が、周囲に押されてわずかにかすれる。

 深緑の軍服を着た新入隊員たちが、あきらかに戸惑っていた。壇上にいる青年は、年齢こそほかの若者たちと変わらぬものの、着ているものは深紅の軍服だ。


「特務服だ!」


 十五、六歳の少年が、場を忘れて叫んだ。それを皮切りに、ざわめきが騒音にまで膨らんでいく。


「なぜ、特務の人間がこの入隊式に?」

「それになんだ。彼は刀を二つ持っているぞ!」

「刀? 時代錯誤にもほどがあるっ」


 外野の声などまるで存在しないかのごとく、紅い軍服の青年は優雅に辞令書を受け取った。一八五センチの上背。ジェフと同じ金髪蒼眼。無駄な筋肉の一切そぎ落とし、腰のベルトに黒鞘(くろざや)黒柄の打刀、背中で斜掛けに、二メートルはありそうな剛刀を差している。高出力レーザーライフルが主流の連邦で、彼の装備はひどく浮いていた。


「慎んで、お受けいたします」


 よく通る彼の声が、ざわめきを止める。

 壇上を降りるとき、一瞬だけ見上げてきた鋭い視線が、父のそれとぶつかった。

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