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第十話 不可侵領域

「あなたは」


 アレンが目を(みは)る。

 入ってきたのは、二十代後半の偉丈夫だ。アレンたちよりも頭一つ分高く、百九十センチはあろうかという上背が、羽織っている白いロングコートを分厚い筋肉で盛り上げている。

 神経質そうな彫りの深い褐色の顔面。その右頬と左唇で銀のピアスが三つずつ、光る。光沢のある緑色のくせっ毛を後ろに撫でつけ、野太い首筋から左肩にかけて、鷹の黒墨が入っているのが、わずかに垣間見えた。


「珍しいね、ウェントス中尉。お転婆のロシュ大尉ならともかく、アンタがここに来るなんて」

「アルフ、アレン。俺は……っ! 特務第三小隊長のエドガー・ランティスと、着隊同期なんだ」


 ウェントスの思い詰めた顔を見て、アレンとアルフが互いを見合った。

 うなだれる先輩軍人に、アレンは対面のロシュの隣に座るよう促す。ウェントスが手近なそこに重いため息とともに腰掛けると、アルフがそっと新たなティーカップを差し出した。

 ウェントスの琥珀色の瞳が、湯気立つ紅茶の液面を見つめる。節くれだった太い両指を組んで、彼は落胆に耐えるように額を当てた。


「見てられなかったぜ……! あいつ、子どもや妻を実家に預けて家からも絶縁されて。ラグズに来いって言ったのに、レスター提督ならそんなことしねえって言ったのに! お前たちに迷惑がかかるって、ジェフ・ガードの目の敵にされちまうって、そう言って……!」

「連邦の反逆者を、なぜそうもっ!?」


 アレンの左側から、セイルが意外そうに目を見開いて息を詰める。 

 途端、ウェントスの顔が跳ね上がり、その琥珀色の瞳が鋭い怒気をたたえた。


「反逆者だと!? 確かにニールド大将のやり方に問題がなかったかと言われれば、それはわからん。

 だがジェフ・ガードのやり方に比べれば、よほど人間的じゃないかっ!

 事実、帝国軍はニールド大将が組織したクォーツ艦隊には積極的に攻撃を仕掛けなかった! あのキヴォロワが交渉に出たんだ! それほどの人格者だぞっ!

 内通が通じるなら、銀河連邦と帝国の戦争はとっくに終わってんだよ! 銀河連邦軍人なら常識だっ、そんなもの!

 ジェフ・ガードは、自分の地位を確立するためだけに、ニールド大将を売ったんだ! その所為でどれだけの人間が、連邦軍人がっ! 家族に、帰るべき惑星の住人たちに刃を向けられたと思っているっ! それが正義だと言うのか!? 小僧っ!」


 激昂を向けられたセイルが、蒼白な顔で後ずさった。

 アレンがなだめるように言った。


「ウェントス中尉」

「……すまん……。ガード家の者に、すまなかった」


 セイルの隣で、アレンが首を横に振る。

 ロシュはテーブル端末に映ったピート・バラン中佐の画像を見つめて、物憂げに睫毛を伏せた。


「ことはそれだけでは終わりません。いまもなお、ジェフ・ガードによって奪われた地位を、彼らは必死に取り返そうとしているのです。ニールド大将が、そのようなことを言われる謂れはないと、必死で……。

 彼らはそのためだけに、銀河連邦軍に戦いを挑むと言うのです。銀河連邦軍人として。

 セイルさん。たしかにあなたの言うとおり、反逆者は反逆者です。斬らねばならないかもしれません。ですが、斬ってはならない者もいるのです。

 ガード少尉。あなたは、このもっとも難しく、もっとも悲しい争いを、本当に止めるおつもりですか? あなた一人で、いや、あなたがた二人だけで、止められるとお思いですか?

 エイダ・アトロシャスは純粋な銀河連邦軍人たちの心を利用し、自分の手駒として仕掛けているにすぎません。ガード家とアトロシャス家の、欲にまみれた政争。それになにゆえ、連邦軍人が利用されねばならないのでしょう。

 私はそれが心底許せません。銀河の平和を守るために、命を懸けていった人々が、己の欲望のためだけに利用され、罪を着せられ、挙句まだ利用しようとする者がいる」

「ロシュ大尉……!」


 ウェントスが唇を震わせる。

 ロシュはただ静かに、対面に座る部下を見つめていた。


「私たちは本当に、見ているだけしかできませんか。ガード少尉」

「是非もありません」

「ちょうどいい人選だしな、俺たちは」


 アルフの言葉に、アレンがうなずいた。

 ウェントスが強面を痙攣させ、その目許に涙の膜を張るまえに頭を下げた。


「アレン、頼むっ! これ以上、見て見ぬふりは出来ねえっ! 同じ銀河連邦軍人がっ、俺の戦友たちが反逆者などと言われるのは我慢ならねえんだっ!」

「ガード少尉」

(……あ、泣き落とし)


 切実な二対の視線を受けて、アルフは冷めかけている紅茶に口を付けた。ティーカップを傾けながら、ちらりと相棒を横目見る。

 アレンは二人の視線から逃れるように立ち上がり、最上階の室の窓から外の景色を見下ろしていた。曇りひとつないガラス面が、室内灯を反射してうっすらとアレンの顔左半面を映しだす。


「夜も深くなってまいりました。私はそろそろ失礼いたします」

「あなたは、ご自分の職がなくなることを覚悟で」

「アレン! 俺だって……友達のためだ! 俺だって、銀河連邦軍人なんだよアレン!」

「そのためにあなたはご自分の家族を路頭に迷わせるおつもりですか、ウェントス中尉。俺とアルフならば、大した問題でもない」

「いっそ派手に迷惑かけてやるか? 後悔させるほど」


 アルフをふり返り、アレンが目を丸くしたあとに静かに微笑んだ。父親と同じ蒼瞳。そこに覇気がこもり、白髪の相棒をまっすぐに見返す。


「お前はたまに面白いことを言う」

「そうなったあなたがたならば、話を聞いてはくれませんね」


 ロシュがどこか遠くを見てため息を吐き、すぐに表情を引き締める。

 テーブル端末を長い指先が軽やかに叩くと、画像(スクリーン)が大量の入力信号を受信して流れるように切り換わっていく。


「わかりました。もう連れていけとは言いません。ただ――サポートはさせてもらいます、勝手に。文句は言わせません」

(最初から妥協点を作ってやがったな、ロシュ大尉)

(そういう人だ)


 アルフの言葉にアレンが応え、早くも電子ネットワークに接続し始めている上官と、記号化されたままの文字列を目で追う先輩軍人に言った。


「一つ条件が。ハーネット大尉、ウェントス中尉」


 華奢なロシュと大柄なウェントスが、同時にアレンを見る。


「もし我々が任務に失敗した際は、なにも言わず斬り捨ててください。それを呑めなければ、サポートは認めません」

「いいね。そいつは面白そうだ」


 アルフがニッと嗤うのを見て、アレンもまた笑みを返す。

 ロシュが咎めるように眉間を寄せた。


「それは……」

「どんなことがあっても、です。ハーネット大尉」


 十数秒。

 ロシュの鋭い刃物のような眼差しを、アレンは真っ向から受け止めて見返し、どちらも微動だにしなかった。


「――わかりました」


 やがて根負けしたようにロシュがつぶやくと、アレンは申し訳なさそうに目を伏せて一礼した。


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