※この文芸部は仲良しです #2 古本屋探方編(中)
大庭と古本屋巡りの約束をした翌日、土曜日の朝。私はあの子がいつも通っている古本屋の最寄り駅にいた。一度この駅のロータリーで待ち合わせをして、目的の古本屋へ向かうという段取りだ。私はこの付近に住んでいるので徒歩で、大庭は数駅離れたところから電車に揺られてやってくる。予想通り待ち合わせ時刻に遅れてきた不肖の後輩を待つ間、手持無沙汰な私は、辺りの人々の様子を眺めるともなしにボーッと見ていた。地方都市の端の駅とは言え、そこは交通の要所、行き交う人々は多く、それも皆、二日ある週休の初日をこれからどう過ごそうかとうきうきした顔をしていた。街に遊びに行くために切符を買っている私と同年代くらいの女の子、遊びに来た子供夫婦と孫を出迎える老夫婦、近くの市営プールに行くのだろう、水泳セットを肩にかけ母親に手を引かれて路線バスに乗りこむ男の子。夏の始まりを予感させる少しばかりの暑さと、晴れた日の朝の清涼さが合わさったなんとも爽やかな時間をここにいる皆が、手に手を取って過ごしている。
…だというのに、なんで私は頗るインドアな古本屋巡りなんて目的のために、しかもよりにもよって大庭というアンチクショウを待ちぼうけているというのだろう。現在時刻は十時二十分。待ち合わせは十時のはずだったのだが?約束の時刻五分前に到着して涼をとるために買ったペットボトル入りのミネラルウォーターは、もうとっくの昔にひと肌に温まってしまっている。喉までこみあげてくる怒りを腹に押し込めるように、それを口に含んで嚥下した。プールサイドに溜まっている水のような嫌な温かさが、乾いた喉を滑りおりた。
「ごっめーんなっさーい!ぶっちょーう!待っちまっしたー?!」
突然、改札からどう考えても一地方都市に不釣り合いな大音声が聞こえてくる。区切り区切りの妙な上がり調子が、遅れた非礼を詫びるつもりはないことを、しなくてもいいのに文字通り声高に主張していた。
大庭だ。あのバカ。公共の場で。なんて大声出しやがる。
「すみませーん、電車が混んじゃってましてー?」
声を張り上げながらのしのしと近づいてくる部員に、私はその三倍の速度で接近し、頭をぶん殴る。食べごろのスイカのような、意外と詰まった音が辺りに響き渡った。
「いっづあ?!なにすんねんリンちゃん!」
「だまらっしゃい!」
だまらっしゃい!
「だまらっしゃい?」
「ったく、遅れてきたと思ったらお天道様の下で何古典的なつまらない言い訳してんのよ。しかもバカでかい声で…」
「だって…、遅刻なんかしたから部長がプンおこ激激丸になってると思って…、勢いで乗り切ろうと…」
「だからって余計にバカなことしてんじゃないわよっていうか、何よ、その怒りを拗らせて別の生き物と化してるような状態は…」
「流行りに乗り遅れてみました」
「遅れた上に、多分屋根の上とか見当違いな所に乗ってるわよ、それ」
「いつものことです!」
「ああ…そう…」
疲れ切った私を見て、大庭はこんな馬鹿な会話の時に時々見せる、やけに素直な笑顔になった。逆の意味で贔屓目に見ても整った顔に、あどけない童女のような口角を上げ切った笑みが映える。満面の笑みでぷっくりと膨れ上がったその頬は夏の日差しに触れ、そんなに白くてまぶしくないのだろうかと心配になるくらいに眩かった。
「部長!何ボーッとしてるんですか?早く行きましょうよ!夏という時間は待っちゃくれませんぜ?」
「そんな貴重な夏を誰よりも横目に見て通過してる人間が何いってるんだか」
「あーっ、ひどい!私だってTUBEくらい歌いますよ?!」
「どこが反論になってるのよ、それ」
相変わらずの適当な返答に思わず吹き出してしまった私を見て、大庭は満足そうに笑いながら、改札を出た時と同じような歩調でのしのしと目的の古本屋へ歩いていく。さっきの会話で思い出したのか、季節よ、夏で止まれというあの歌を口ずさんでいた。その背中に
「ねえ」
声をかけてみる。
「なんです?」
「さっきの話なんだけど、あんたまさか屋根が混んでて乗れなかったんじゃないでしょうね、電車」
そんな私の質問に大庭は振り向き様、ムフフと笑いながら
「さすが部長、鋭い!」
と言った。
私は少しだけ胸を張った。