第八話 修行のようなピクニック
デュッセル王国の中心を流れる、メタス川。
国に豊富な農作物をもたらしてくれるありがたい存在だが、雨季になると数年に一度氾濫を起こす困った存在でもある。
大陸でも有数の河川で、とんでもない大きさの川だ。
そんなメタス川のほとりに俺とフィルはいた。
「ふふふ、町の外に出るなんて久しぶりです」
ピクニック気分のフィルは、ゴザを敷いて行儀よく座っていた。
側にはお弁当箱も置いてある。
デュッセル王国は獣人で構成された国で、基本的に獣人は穏やかな性格をしている。
だが例外はいるもので、狼の耳をした獣人は凶暴で好戦的なのだそうだ。
先日もライエル将軍が、軍を率い狼人の盗賊団の討伐に向かった。
隣国バルツバイン王国も王が好戦的な性格らしく年に一度は侵攻してくるらしいので、まさに内憂外患のデュッセル王国だ。
そんな状況で護衛もつけていない無力な王が、のほほんと外出するわけにはいかないよなぁ。
俺が魔法の訓練で町の外に出たいとキリングス将軍に言った時、フィルも「一緒に行きたいです!」と直訴して、それを聞いたキリングス将軍は驚いていた。
今までこんな風に自己主張をしたことは無いのだそうだ。
「よほどコウ殿の側が居心地がいいんだろうな」
と冷やかされたりもしたが、悪い気はしない。
キリングス将軍も俺の側を離れない事を条件に、外出を許可してくれた。
「コウ様は存分に訓練をなさって下さい」
フィルはそう言ってゴザの上で大人しくしてくれているが、さすがに退屈ではなかろうか。
わざわざ町の外に出たのは、魔法の訓練のためだ。
メタス川の側なら、場所によっては民家も無く人通りもない格好の訓練場だ。
水も土も側に豊富にあるので、水魔法や土魔法の訓練にも都合がいい。
俺には魔法学園時代からの疑問がある。
それは、この世界の魔法の修行方法が正しいのかどうかだ。
魔法学校では、魔法は使用すればするほど上達すると習った。
入学時の差はあれど、卒業時のレベルがレイリア24、ミハエル18、俺14と格差がある。
俺とレイリアに至っては倍近い差があるのだ。
俺とレイリアの訓練時間は差は無い、だが結果は二人のレベル差に現れている。
違うとすれば訓練に使った魔法が、俺は火魔法でレイリアが風魔法主体だったことだろうか。
そしてデュッセル王国に来て疑問が増した。
現在の俺のレベルは15で卒業時と比べると1上がっている。
この国に来て使った魔法は、ステータスの魔法と、クーラー用の魔法に遠見くらいなのだ。
杖の力で魔法継続効果はあるものの、どれも大魔法と言える物ではない。
むしろ魔力を絞って展開していたので、さほどの訓練効果があるとは思えない。
実際モンスターを倒したわけじゃないし、クーラー用の魔法を使って眠っていただけだ。
そこで俺は転生前のゲーム脳を使って仮説を立てた。
①この世界には、レベルと熟練度があるのではないか。
②熟練度は教師達の言うように、使えば使うほど上達する。
③レベルは経験値を得ることによって上がるのではないか。
我ながら大雑把な推論ではあるが、あながち間違っていないと思える。
レベルで強さの大本であるステータスが上昇し、熟練度でその攻撃の質が上がる。
そして、経験値はゲームのように敵を倒すのではなく、この世界に効果を及ぼすことで貯まるのではないか。
学生時代の訓練は、火の魔法を地面に放ち炎の柱を立てるものだった。
しかし、レベルはさほど上がっていない。
それに比べレイリアは、風魔法を使い的を射ていた。
クーラー魔法は部屋の空気に干渉して、冷気で部屋全体を冷やしていた。
つまり、的に向かって魔法を放っていたのだ。
そこから導き出したレベルアップの近道は敵を倒すのではなく何かを射る事。
そのために水の豊富なこの場所にやって来たのだ。
「ウォータースフィア!」
呪文が発動し、川の水が大きな柱になる。
魔力の流れを断ち切ると、ザバアアアアと水しぶきを上げ川へと戻って行った。
「すごい!すごいです!コウ様!」
目をキラキラさせて楽しそうにしているフィルを見ていると、張り切ってしまう。
「お次はこれだ!」
メタス川に生えた水柱は数を増やし、水面を滑るように踊る。
気分は某マジシャンばりのイリュージョンだ!
くるくると水柱は川を滑り、時には水柱を弾けさせてみたりもする。
その度にフィルは「すごいです!すごいです!」と歓声をあげている。
1時間した頃にステータスを確認してみると、レベルは16に上がっていた。
やはり、レベルを上げるのに敵を倒す必要はないのだ。
杖の魔術効果継続の効果を使い、水柱に水芸をさせながらフィルの元に行く。
フィルは大喜びで水芸を見ていた。
この世界には娯楽も少ないし、魔法を使った水芸なんて異世界史上初かもしれん。
魔法は戦争に使うもの、とこの世界の住人は思っているだろうしな。
もし宮廷魔術師をクビになったら水芸の大道芸人になるのもいいかもしれん。
扇を手に持って先から水を出したりしてな。
「すっごく楽しいのですが、コウ様のお邪魔になっておりませんでしょうか?」
フィルは俺が訓練そっちのけで、楽しませてくれていると思っているのだろう。
心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫。魔法で水を思うままに扱う訓練だよ」
「そうでしたか。安心いたしました」
「リクエストがあれば聞くよ?」
どうせ杖の付加能力で、自動で水柱を動かしているだけで退屈だしな。
それならフィルに喜んでもらった方が嬉しい。
フィルは小さな声で「鳥さん見たいです」と呟いた。
水柱と平行してウォータースフィアの魔法を放ち、水を鳥の形にする。
しかし細かいところが表現しにくくて、人間サイズになってしまった。
「すごいです!まるでグリフォンのようです!」
魔術の腕の未熟さ故、大きくなってしまって悔しかったのだが、フィル的にはありらしい。
グリフォン(仮)に川の上を飛行させる。
翼をはためかせているように、グリフォン(仮)を操る。
フィルは子供のようにはしゃいでいた。
「コウ様ってやっぱりすごいです!こんな事もできちゃうなんて」
「普通の魔法師はこんな事しないだろうからなぁ」
「そうなんですか?」
「うん、少なくともミストラル帝国の魔法師は、戦争のための魔法しか使わない。攻撃魔法ばっかりだな」
大陸で最初に魔法師を大々的に取り上げた、先駆者のミストラル帝国では魔法師を攻撃部隊ばかりで使っている。
ミストラル帝国を模倣した他国も同様だ。
回復魔法も有益だから時代が変われば重宝されると思うけど、今はまだそんな風潮は無さそうだ。
あれば、ヒーリングより上位の回復魔法が誕生しているはずだろう。
「こんなに素敵なのに不思議です」
「そうだなぁ、平和な世界になればこんな魔法も発達するのかも」
この大陸では戦争が頻発している。
特に大陸の二大大国、ミストラル帝国とダカルバージ帝国の間では小競り合いが今も続いている。
デュッセル王国にしても、隣国のバルツバイン王国に昨年も侵攻されている。
キリングス将軍の活躍で事なきを得ているが、またいつ侵攻してきてもおかしくない状況だ。
「みんなが仲良く出来る世界になればいいのに…」
「そうだな…」
この心優しき王には、平和と笑顔が似合う。
俺も宮廷魔法師として、力を磨かなきゃな。
「なぁフィル、お腹が空いたんだけど、お弁当にしないか?」
「もうお昼になっていたのですね」
フィルがお弁当をゴザの上に広げる。
重箱になっていたお弁当はどれも美味しそうだ。
玉子焼きに野菜炒めに、イノシシの肉を焼いたもの。
「おにぎりもあるじゃん」
「はい、お弁当には定番かと思いまして」
デュッセル王国のいいところは食料が豊富な事だ。
フィルは一人だけ贅沢をして暮らそうとは思っていないので、国民と同じレベルの食材を食べているんだそうだが、料理の腕も高く現代日本で暮らしていた俺にも満足できるレベルだ。
揚げ物とか加工品は存在しないが、そこは諦めよう。
おにぎりも絶妙な塩加減だ。
フィルがメイド服を腕まくりして作るところを想像すると、なんだかニヤけてしまう。
「どうしました?」
「いや、フィルの料理って美味いよなぁって」
「そそそ、そうですか?」
「ああ、ミストラル帝国にいたときより、ずっと美味いもの食べてる気がする」
「喜んでいただけるのでしたら良かったです」
もぐもぐ、この卵焼きも美味いな。
卵焼きを食べながら、ピーン!と頭に閃いた。
「フィル、あーんして」
フォークに卵焼きを刺して、フィルに差し出す。
「え、えええ!?」
「いいから口開けて。あーん♪」
フィルは恥ずかしげに、小さな口を開いた。
緊張で気絶するかと思ったが、そうはならなかったな。
「どう?美味しい?」
「あ、味がわかりません…」
「じゃぁもう一個食べる?」
「い、いえ!恥ずかしいので…。あ、そうだ!お返しです!」
そう言ってフィルは卵焼きを刺したフォークを俺に向けてきた。
やってから恥ずかしい事に気付いたのだろうか、目は瞑っており手はプルプルと震えている。
フォークは俺の口を目指しているのだろうけど、見当違いのところで揺れている。
卵焼きを咥えると、フィルは安堵の溜息を漏らしていた。
「は、恥ずかしいですね…」
「世間の恋人達がやってる事だしなぁ」
「こ、恋人ですか!?」
「あれ?こんなことしないの?」
フィルに尋ねるが、色恋沙汰には疎いようで「よくわかりません」と呟いていた。
お弁当も食べ終わり、のんびりと寛ぐ。
川ではまだ水柱がダンスしていて、フィルは飽きることなくずっと見ていた。
フィルがネコミミをピクンとさせた。
猫の獣人であるフィルの聴力は、人族である俺のより随分いい。
水柱を収め、様子を窺う。
どうやら人がやって来るようだ。
遠見の魔法を使うと、馬に乗った伝令が見える。
伝令は鎧を身に纏っており、馬を鞭打ち急いでやって来ている。
ただならぬ雰囲気に緊張が走る。
「フィルシアーナ王!バルツバイン王国の侵攻です!至急王宮にお戻りを!」