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第七話 メイド服はドレス?

翌朝、いつもはフィルが起こしてくれるのに歓迎しない来客の声で目が覚める。

声の主は文官その1だ。

……すまん、まだ名前を覚えきっていないが、確か楽ができると喜んでいた人ではなかろうか。


「宮廷魔術師殿!教えてくだされ!」


ドンドンドン!と激しく扉が叩かれる。

外を見れば、まだ陽が登り始めた頃だ。


のそのそとベットから這い出て部屋から出る。


「どうしました?」


「どうも答えが合わんのですじゃ。間違った場所を教えていただきたい」


文官その1が持ってきたのは、商人からの請求書だ。

それもたった3種類の物を買っただけのもの。

こんな少ないのにどこを間違えたんだろう?


      単価  数量   金額   

木材(小) 2G   9  22G 

木材(大) 5G   8  58G 

釘     1G   4   8G 

合計           122G 



「62Gになると思うのですじゃ。どこを間違えたのやら…」

「なんじゃこりゃぁ…」

「宮廷魔術師殿教えてくだされ!」

「その前にお尋ねしますが、ここに書かれている以外に送料とか税金とかかかりませんよね?」

「はいですじゃ。全て込みの金額で契約してまする。契約書をこの道40年見続けて来ましたので。間違いはないですじゃ」


何度計算しても文官その1は正しい。

慌てて俺は、他の請求書や見積書も計算することにした。




******




「キリングス将軍、商人に騙されていますね」


俺はこの半年の請求書を計算しなおし、結論を伝える。

過去10年分を計算しなおしたが、国家予算数年分は水増しされている。

デュッセル王国の生活水準が低い一因になっているのではなかろうか。


「計算出来ないとたかをくくっているのでしょう。倍近い値段を払わされています。単価も怪しいものです」


計算しなおした請求書の束を見せると、キリングス将軍は唸り始めた。


「じゃがこの商人は、唯一デュッセル王国まで出向いてくれる商人だ。切ることは出来ん」

「それについても案がございます。もちろん無許可で行おうとは思いませんので、キリングス将軍のご許可をいただきたいのですが」


案を伝えるとキリングス将軍は「それならば」と頷いてくれた。

悪徳商人なんて、使い続ける必要もなければ容赦する必要はない。




*****




一週間後、悪徳商人は揉み手をしながら王宮にやって来た。

人族の商人で、ネズミのような風体の男だ。

執務室で、キリングス将軍はいつもの椅子に腰掛けている。

ちなみに九九の表は隠されている。


「へっへ、キリングス将軍本日は指示された品をお持ちしやした」

「バルゼット、いつも遠路すまんな」

「他にもお入用の物がございましたら、お伺いいたしやすが?」


差別されている獣人のキリングス将軍相手に、人相手と変わらないように見える応対をするのはさすが商人だろう。

しかし、今回は相手が悪かったな。


「その前に、紹介したい人物がいるのだ。コウ殿、こちらへ」


当初の予定通り、執務室の扉を開け登場する。


「コウ・タチバナと申します。どうぞお見知りおきを」

「ほぅ、デュッセル王国にも人族の職員が出来たのですか?」

「ああ、コウ殿は宮廷魔術師だ。噂くらいは流れているのではないか?」

「…いえ、初耳でございます」

「そうか。このコウ殿から、バルゼット殿にお伺いしたいことがあると申してな。今日は質問に答えていただきたい」

「…ほう?なんでございましょう」


バルゼットは眉間にシワを寄せた。

だが一瞬だけで、すぐに表情は笑顔に戻った。

俺が若いと思って、軽く見ているのだろうな。


「バルゼットさんには簡単な事ですよ。契約書についてです。私は契約書を書いたことが無いのでご教授いただけますか」

「ほぅ!契約書にご興味がおありか!」


バルゼットは契約書について、事細かに教えてくれた。

教える立場の自分の方が上だと思っているのだろう。

その顔は上機嫌そのもので、三流商人だとすぐに判断した。


「はっはっは!コウ殿、ご理解いただけましたかな?契約書は一字一句誤りがあってはなりません。隅から隅まで目を通すことですぞ」


ここまでくるとピエロだな。

とっとと、決着をつけてしまうか。


「そうですね、誤りがあっては大変ですものね。キリングス将軍もミストラル帝国と同盟を結ぶまでは大変に苦労されたとか」

「一番迷ったのは、同盟憲章第8条、ミストラル帝国とデュッセル王国との間で生じた紛議に関してはミストラル帝国の法を以て裁く、じゃな。裁判権を奪われたと思ったが、今回はありがたい話じゃの」

「……話が見えませんが、どういうことでしょう」


ようやくバルゼットは違和感が真実だと気付いたようだ。

もっとも扉の向こうにはライエル将軍率いる憲兵隊が控えているし、バルゼットの部下達も別室にご案内しているんだがな。


「請求書も誤りがあってはならないということですよ。さすがに倍は騙しすぎです」

「……なんの事ですかな?」

「勇猛と謳われるキリングス将軍の前でもしらを切れるのは立派かもしれませんが、返していただきますよ」


すると今まで愛想のいい商人だったバルゼットは、表情を豹変させた。


「ふん!獣人風情に物を売ってやるだけありがたいと思え!そこの若造も人を舐めるのも大概にしろよ!」


あからさまに獣人を見下した態度だが、キリングス将軍は眉ひとつ動かさない。

これが人族が獣人に対する時の普通の態度なんだろうか。


「舐めているのはどちらでしょう?このコウ・タチバナ、昨年度のミストラル帝国魔法学校次席卒業ですよ」

「魔法で攻撃すると言う脅しか?」

「いえ、それは見当違いです」


そう思ってもらっても良いが、こちらが脅してはミストラル帝国での裁判も心象がよろしくないだろうしな。

ここはスペシャルゲストに登場いただこう。


「バルゼットさんは昨年の魔法学校の卒業生に誰がいたかご存じないようですので、呼びますね。おーい、ミハエルー!」


俺がキリングス将軍に提示した案とはミハエルを頼ると言うことだった。

ミハエルは獣人に差別意識無く接してくれる数少ない人物で、俺の頼みも快く受けてくれた。


現れたミハエルはあからさまに見下した態度でバルゼットを見ている。

その顔は学生時代のものとは異なり、いっぱしの商人のものだ。


「ミハエル・フォン・リンドルーガだ。ここまで言えば僕が誰かはわかるね?」

「リンドルーガ商会の嫡子…」

「そうだ。貴様が過ちを認めて、差額を返還すると言うなら僕も出てくるつもりは無かったが、そのつもりは無いようだな」


学生時代のミハエルは愛想の良い男だった。

今いる迫力あるミハエルは、商人としての一面だろう。


「ふん!獣人相手にふんだくって何が悪い!」

「商人は信頼は最大の商品だ。その最大の商品を踏みにじったお前に商人の資格は無い!」

「だったらどうするっていうんだ?たかが嫡子風情が」

「侮るなよ。既に貴様には商人ギルドの除名処分が出ている。同時に調停所からも財産差し押さえ命令も出ている。これは父も同意していることだ。意味はわかるな?」


ミハエルは念話石を取り出し、遠くにいる誰かに「執行しろ」と指示を出した。

念話石は2つ一組のマジックアイテムで、魔力を通すことで遠くにいる片割れの念話石を持った者と会話が出来る優れものだ。

リンドルーガ家は魔法の血統とこの念話石を活用して、機敏な動きで商売を優位に進めているらしい。


「返す!返すから許してくれ!」


バルゼットはみっともなく狼狽え始めた。

まさか獣人相手のアコギな商売で、自らが破滅するとは夢にも思っていなかったのだろう。

バルゼットの最大の誤算はデュッセル王国にミハエルの友人の俺がいて、ミハエルが想像以上の権力を持っていたことだ。


「ひっ捕らえろ」


キリングス将軍の指示により、バルゼットは呆気無く捕縛された。

ライエル将軍はバルゼットを連行していった。


「すまんな、ミハエル。こんな遠くまで」

「なぁに、友人の頼みだ。貸しいちでいいさ」

「さっきのミハエルを見てると、貸しは怖いな」

「あはは、あれは商談の時に見せる僕さ。中身は変わらないよ」


思えばミハエルは、学生の中でも図抜けて中身が大人だった。

クラスメイト達が誰々が可愛いとか美人とか騒いでいる時も、外側から冷めた目で見ていた気がする。

まぁそれだけ豪商のお父さんに鍛えられているってことか。


「ところでさっそくその貸しを使いたいんだけど、リンドルーガ商会傘下のミハエル商店はお得意様を探してるんだ。口利きをお願いできるかい?」


チラリとキリングス将軍を見るミハエル。

全くこいつは…。

元々その話も込みでの相談だったろうに。

持つべきものは友人だな。


「キリングス将軍、よろしければミハエル商店をデュッセル王国のお抱え商人に任じてはいただけないでしょうか?」

「バルゼットの提示した単価の半値くらいで納入することが可能です。無論きちんとした計算で」

「儂としては異論は無い。ミハエル殿よろしく頼む」


こうしてミハエルは悪徳商人バルゼットに代わり、デュッセル王国のお抱え商人となった。

バルゼットがふんだくっていた差額も全額ではないが、後日返還されるとのことだ。





その夜、ささやかながらミハエルを歓迎した晩餐会が催された。

フィルに説明しないまま商人の選定をしたので怒るかなと思ったが、全くそんな事はなかった。


「まぁ!コウ様のご友人がお越しになられているのですか!腕によりをかけてお料理を作りますね!」


と気にもせず料理を張り切って作っていた。

キリングス将軍に尋ねるとフィルは一切政治に口を出さないそうで、あくまで幼い自分はお飾りの存在だと思っているらしい。


やがて料理が出来、食堂に向かう。

やはりフィルを見てミハエルも王だとは思わなかったようで、驚いていた。


「さすがにびっくりだね。まさかメイド服の女王だなんて」


ミハエルは最初フィルに上座を勧められていたが、さすがに「王より上座は…」と遠慮した。

上座にはフィルとキリングス将軍が座り、その次に俺とミハエル、その後に文官たちと続く席順となった。


「そうだろう?びっくりさせようと思って言わなかったんだ」


ミハエルもリラックスした様子で、料理を食べている。

出てきたのはいつもの野菜中心の料理だ。

どうやら、近所の住人が差し入れに持ってきてくれる物らしい。


「え?この服ってドレスじゃないんですか?バルゼットの持ってきたドレスのカタログの最後にあった服なんですが、可愛らしくて動きやすそうだったのでこの服にしたんですが」


バルゼットの影響がここにもあったか…。

ミハエルはチラリと視線を合わせてきた。

俺に対応を任せると言うことだ。

さすがに3年の付き合いなので、意思疎通アイコンタクトは完璧だ。


「フィル、その服はお手伝いさんが着る服だよ」

「そうだったのですか」

「似合ってて可愛いから何も言わなかったんだけどね」

「か、かわっ!?」


ぷしゅうと湯気が出そうなほどフィルは真っ赤になっていた。

相変わらず、純情な王様だ。


「なぁミハエル、フィルに似合うドレスを見繕って持ってきてはくれないか」

「え?コウがフィルシアーナ王に似合うドレスを選びたいんじゃないのかな?」


ミハエルは一瞬で俺がフィルに憧れを抱いていることを察したらしい。

ニヤニヤと笑っている姿は学生時代のそのままだ。


「俺にセンスは無いからな」

「あはは、今度似合いそうなのを何着か持ってくるよ」


フィルだとやっぱり可愛いドレスが似合うのだろうか。

でも王であることを考えると、威厳の出そうなドレスも必要か?

威厳……隣で真っ赤になって俯いているフィルを見ていると想像できないな。



晩餐会は賑やかに進んだ。

ミハエルはキリングス将軍にお酒を注がれ上機嫌で飲んでいる。

フィルも楽しそうにみんなの世話をして回っていた。


「それにしても安心したよ」

「何がだ?」

「獣人の国だから、コウが肩身の狭い思いをしていないかって思ってたんだ」

「みんなに良くしてもらってるよ。ミストラル帝国にいたら、こんな風に楽しい日々は送れなかったろうな」


クラスメイト達は遠巻きに俺を見ているだけだだったが、学園にはミハエルとレイリアがいてくれた。

ミハエルは貴族や平民だなんて気にする性格ではないし、レイリアはライバルとして俺を見てくれていた。

数こそ少ないが、俺の大切な友人だ。

しかし魔法学園を卒業した今、学生時代のようにはいられない。


「そうだね。デュッセル王国に来てみれば家族のようないい雰囲気で、孤児のコウにはぴったりだったのかもね」

「そうだな…」

「コ、コウ様は孤児だったのですか!?」


ミハエルとの会話が耳に入ったらしく、フィルが大きな声を上げて驚いていた。


「そうだよ?言ってなかったっけ?」

「初耳です!」


それはこの世界に来た時、孤児だと自称したからだ。

ある日突然10歳くらいの体になって転生していたのだから、親もいなければ親戚もいない。

孤児と言っても語弊はない…はずだ。


「学校ではミハエルがいてレイリアもいた。ここに来てからもフィルがいるから寂しいと思ったことは一度もないよ」

「えへへ、でしたら良かったです」


孤児イコール寂しい存在だと思っていたのだろう。

フィル自身も家族がいない状況だし、心配してくれたのかもしれない。


「ところでそのレイリアだけど、宮廷魔術団に入って頭角を現しているらしいよ」

「まぁレイリアなら当然だな」

「僕はコウにも同じくらい期待してるんだから、裏切らないでよね」


レイリアの所属した宮廷魔術団はミストラル帝国の魔術師の中でも選抜された者が所属するエリート部隊だ。

毎年魔法学校の卒業生から首席だけが選ばれる部隊。

他国から見れば軍事上の脅威であり、垂涎の人材の宝庫だ。


正直なところ勝算はゼロではない。

それはステータスがわかる利であり、自由度の利からくる。

レイリアにはいつか卒業式後の模擬戦で負けたリベンジをしてやらないとな。

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