第六話 宮廷魔術師のお仕事は?
引っ越ししたばかりでまだ荷解きもしていなかったので、取り掛かる。
フィルも手伝ってくれると言ってくれたのだが、断った。
本当に手伝いをしたくてたまらなさそうだったのだが、「下着とかあるので」と言うと恥ずかしそうに理解してくれた。
本当の理由は別にあるのだが。
「さすがにこんな写真みせられないよなぁ…」
手に持った写真は学生時代にお世話になった物。
それはもう何度も何度も。
--レイリアの隠し撮り写真だ。しかも着替えているところの。
大事なところは見えていないが、このチラリズムがまたいいのだ。
卒業式後の一件では青と白のストライプも良かったが、この写真でのレイリアは黒。
色っぽさが溢れており、若くなったこの身体には少々刺激が強い。
ちなみに撮ったのはミハエルで、カメラのような魔道具での隠し撮りだ。
被写体との距離のあるこんな刺激の少ない写真でも、この世界では貴重なものなのだ。
まぁエロ本とかエロビなんてないしな。
しかし、どこに隠すべきか。
この部屋に出入りするのは俺とフィル。
フィルが気づかない場所に、隠さねばなるまい。
ベッドの裏?フィルは綺麗好きだ。ベッドの下も掃除しかねない。
屋根裏?調べたが天井は開けられそうにはない。
タンス?洗濯物を洗ってくれた後に必ず開けられるだろう。
悩んだ末、俺は魔法学校の教本に挟むことにした。
さすがに魔法が使えないフィルが、魔法書を読むとは思わなかったからだ。
隠し場所に満足すると、俺はフィルの元に行くことにした。
護衛の任務もあるしな。
フィルは台所にいた。
どうやら夕食の下ごしらえをしていたようだ。
俺が声をかけるとパタパタと嬉しそうに駆け寄ってくる。
なんちゅうか、可愛すぎないか?
世の中の妹とはこんなに愛らしい生き物なのだろうか。
「コウ様!荷解きは終わられたのですか?」
「ああ、終わったよ。荷物が少ないから早く終わった」
実際に持ち込んだのは服や魔法学校で使っていた教科書などだ。
寮生活で私物はそれほど買わなかったから、荷物は少ないのだ。
「えへへ」
キラキラと輝くような瞳で見つめられる。
ネコミミだけでなく尻尾もあれば、きっと千切れそうなくらい振っているだろう。
「なぁフィルに質問があるんだけど」
「なんでしょう?お答えできることでしたらいいのですが」
「フィルなら大丈夫だよ」
「でしたら…どうぞ!」
俺は意を決してフィルに尋ねる。
「……宮廷魔術師って何するんだ?」
「え?」
どうやらフィルも想像していなかった質問だったようで、大きな目をぱちくりさせている。
「有事の際に魔法を使うのはわかるんだ。だけど普段は何をするんだろうと思ってな」
俺のイメージしている宮廷魔術師は、普段はふんぞり返っていて戦争でも起こればその魔力を使って敵と戦う。
しかし、それ以外に何をしているのか想像がつかないのだ。
「え、えっと…その…」
「フィルもわからないのか?」
フィルは申し訳無さそうに頷いた。
デュッセル王国では初代の宮廷魔術師だし、手探り状態なのだろう。
「キリングスに尋ねましょう!」
「そうだな。執政ならいろいろ考えているはずだしな」
困ったときのキリングス将軍頼り。
フィルもちょうど切りがいいところだったようで、二人でキリングス将軍に尋ねることにした。
キリングス将軍の執務室では、昨日見た髭の文官達が書類に埋もれていた。
執政であるキリングス将軍の机も書類が高く積み上げられている。
明らかに忙しそうなのだが、意を決して話しかける。
「キリングス将軍、お尋ねしたいことがあるのですが」
「なんじゃ?火急の要件か?」
「いえ…そうではないのですが、宮廷魔術師とは普段何をすべきものなのかと…」
「何もないぞ?戦争が起これば存分にその力を振るってもらうがな」
まさかの答えに口をあんぐり開けてしまう。
フィルは自分のわからないと言う答えが、あながち間違っていなかったことに安堵しているようだ。
「いやいや、さすがに食っちゃ寝生活は出来ません。何かお手伝いできることはありませんか?」
キリングス将軍は少し考えると
「コウ殿は掛け算は出来るかな?」
「はい、因数分解程度ならまだいけますよ」
魔法学校で習っていたのは魔法に関する事ばかりで、数字とは離れた生活を送っていたが中学レベルならまだいけるはずだ。
高校レベルはもう怪しいけどな。
「いん…す…なんじゃ?ひょっとして割り算も出来たりするのか?」
「まぁそのくらいでしたら」
「「「おおお!」」」
髭の文官たちは口々に驚きを発している。
「宮廷魔法師殿は博識よな!」
「さすがはミストラル帝国の学校を優秀な成績で卒業しただけはある!」
「デュッセル王国で初の掛け算が出来る人材だな!」
「これで楽ができる!」
最後の発言はさておき、まさかの事態だ。
デュッセル王国初の掛け算が出来る人材だと?
元々この世界の教育水準は低い、その中でも最底辺である獣人の国になると掛け算もできないのか…。
「ちなみに儂は足し算引き算までじゃ」
「わたくしもキリングスに習いましたので、同じです」
キリングス将軍とフィルの言葉に、文官たちも頷いた。
「「「儂等も足し算引き算までですじゃ!」」」
まぁ足し算引き算が出来れば、なんとか掛け算に近いことは出来るのか?
だが、これで国家運営をしていたと言うのが恐ろしい。
机の上の山になった書類を見れば、どれも数字のいっぱい入った用紙だ。
そこには掛け算が使われている。
「この書類どうやって処理するんですか?」
「それは商人が持ってきた見積書じゃ。正直掛け算で書かれると、我らにはお手上げじゃ。商人を信じる他あるまい」
「おいおい…」
例えば12かけ5なら、12を5回足せば済む話だ。
それすらもやっていないのか?
呆れて物が言えないでいるとフィルがおずおずと手を挙げた。
「あの…よろしかったら掛け算を教えてはいただけませんでしょうか」
「いいですよ、ちなみに二桁の足し算はできるんだよね?」
「はい!足し算なら大丈夫です!」
文官に出来るだけ大きな紙をもらえないかとお願いすると、壁いっぱいになりそうな紙を持ってきた。
このくらい大きければ、小学校の壁に貼ってある九九の表が書けるな。
1×1=1、1×2=2………
俺が九九の表を書き始めると、フィルとキリングス将軍が興味深そうに見ていた。
「キリングス将軍、お仕事はよろしいので?」
「ああ、数字が伴わない仕事は得意だからな。残っているのは数字仕事だけだ。もちろん手伝ってくれるのだろう?」
「構いませんよ。どうせ退屈ですし」
30分くらいして九九の表が出来上がる。
執務室の壁に、表を糊で貼り付ける。
「フィル、俺の後に続いて歌を歌って」
「歌ですか?」
「ああ、九九の歌だ」
「はい!なんだか楽しそうです!」
九九の歌(正確には語呂合わせだが)なんて小学校の時以来だなぁ。
少し恥ずかしいが、フィルのためだと思えばなんてことはない。
「いんいちがいち」
「「「「「いんいちがいち」」」」」
何故だろう、フィルと掛け算を勉強をしているはずが、声の数がおかしい。
野太い声のほうが圧倒的に大きな声で聞こえる。
文官たちの方を見ると、書類仕事で忙しいですよー、と言った風を装っている。
「はぁ…仕事に影響しないならいいですよ。みんな覚えたほうが仕事も効率化しますしね」
俺がそう言うと皆、老人には思えないほどの早さでフィルの後ろに整列していた。
さすがは人間より身体能力の高い獣人だ。
「まさかこの歳になって、掛け算を学べるとは思わんかったですわい」
「人生一生勉強ですよ。学ぶ意欲があるのは素晴らしいことです」
俺が九九の歌を歌い始めると、皆詰まりながらも後をついて歌ってくれた。
「なるほど!これでしたら覚えやすいですな!」
「ええ、俺はこの歌で九九を覚えました。九九さえ出来れば、後は足し算で二桁三桁の掛け算も可能です」
数式の上に、フリガナのように『いんいちがいち いんにがに…』と書いたので、表を見ながら歌うことが可能だ。
「宮廷魔法師殿、この表を書き写して家で歌ってもよかろうか?」
いいですよ…と俺が言いかけると、思わぬところから制止がかかる。
「いや、この表は書き写すな。ここにあるものだけにしろ」
声の主はキリングス将軍だ。
その目は真剣に九九の表を見ているが険しい表情だ。
「コウ殿、掛け算の簡易な覚え方など、聞いたことはありませんぞ。念の為にお伺いするが、我らが掛け算がわからないと言って、適当な事を言っているのではあるまいな」
「あはは、ないですよ。じゃぁ少し補足いたしましょう一番最後の9かけ9ですが、表に81と書いていますよね。では、キリングス将軍9を9回足して下さい」
キリングス将軍は机でペンを握り計算をしている。
まぁ9の足し算なんて間違えることも無いだろう。
「ふむ、81だな」
「ですよね。9が9個ある、それが9かけ9です。わかりやすくするために物で説明しますよ。例えば馬が9頭の集団がいたとします、その集団が9個あるとどうでしょう?9を9回足せば81頭です。それを簡単に計算するのが掛け算でこの9かけ9の欄を用います」
「ふぅむ…」
「考え方を変えて説明いたしますと、このペンが9Gだったとします。同じペンを9本買えばいくらになるでしょう?はい、フィル」
「ええええ、ええっと81Gでしょうか?」
「正解。81Gで9Gのペンが9本買うことが出来ます。それを表にしたのが商人の作った見積書です」
「コウ殿すまなかったな。だが、やはりこの表は門外不出とし、この執務室に来客がある場合は見えないようにしろ」
間違ったことを説明してる訳でもないのになんでだろう?
この表が出回れば文官たちも早く九九を修得することが出来るだろうに。
「理由を説明しておこう。掛け算は商人の秘匿技術で表に出ることは無い。儂の想像じゃがこの表は画期的な覚え方で、商人に知られるとデュッセル王国は睨まれてしまうじゃろう。それだけ重要な表だと理解してもらいたい」
確かに識字率も低く電卓もないこの世界なら、掛け算割り算が計算できることで生まれる優位性もあろう。
俺からすると大した知識でも無いが、キリングス将軍の顔は真剣そのものだ。
わざわざ口を挟む必要も無いので、黙っている。
これもチートの一種になるのだろうか?