第五話 コウ様!呪われています!
宮廷魔術師叙任の儀式の後、俺はフィルに連れられ一室に案内された。
王宮の奥まった所にある部屋で、ここが俺の部屋になるんだそうだ。
部屋は10畳位の大きさで、大きなベッドと机やタンスなど生活に必要な家具が一通りがそろっていた。
「コウ様、わたくしの部屋は隣になりますので、何かございましたらいつでもお呼びください」
「フィルこそ何かあったらすぐに呼んでくださいね」
寝ている時間に起こすつもりはないが、まだどこに何があるかもわかっていないので、フィルの心遣いがありがたい。
お礼というわけでは無いが、俺は宮廷魔術師兼護衛役なのだからと思いフィルに声をかけるが少々不機嫌なようだ。
「むぅ…コウ様。お固いですよ、もっと砕けた口調でお願いします」
「わ、わかった。フィルも何かあったらすぐに呼んでね」
「はい!かしこまりました!」
王様相手に本当にこんな口調でいいのかなぁと思うが、フィルの嬉しそうな顔を見ていると今更断れなかった。
キリングス将軍も文句を言うどころか、フィルの楽しげな姿を娘を見るような暖かい目で見ていたし、間違った対応ではないのだろう。
「それにしても暑いな…」
デュッセル王国は大陸の南に位置し、南国だからだろうか気温が随分と高い。
日本で言えば真夏もいいところだ。
クーラーでも欲しいところだが、科学の発達していないこの世界には当然そんな文明の利器はない。
「科学が無くても魔法があるじゃないか!」
俺はフィルから託された杖を握り、魔力を絞って魔法を放つ。
「アイスエリア!」
魔法で出来た冷気が一瞬で部屋を包み込み、思ったよりもずっと寒くなってしまう。
壁が凍ってしまい、想像よりも遥かに寒くなってしまった。
さすがに冷え過ぎだ。
学園時代に使っていた杖なら、このくらいの魔力でちょうど良さそうなんだが。
あ、ひょっとして杖がすごすぎるんじゃないか?
そう思って杖のステータスを確認する。
ダガリポートの杖
ランク :A
魔法攻撃力 :+105
頑丈さ :20
※魔法継続効果
「ぶっっ!」
俺は思わず吹き出してしまった。
それほどまでに強い杖なのだ。
なんだよ魔法攻撃力が今までの2.5倍って…。
ちなみに今まで使っていた杖は
見習い魔法師の杖
ランク :E
魔法攻撃力 :+10
頑丈さ :40
その差は一目瞭然だ。
こんないい杖貰っていいのかなぁと思うが、この国には他に魔法師はいない。
だからこそ杖は倉庫で眠っており、フィルも俺に託してくれたのだ。
きっと高値なんだろうなぁ…売ったらいくらになるだろう。
--いかんいかん。フィルは俺を信用してくれて預けてくれたんだ。
頭を振って雑念を追い払う。
「魔法継続効果ってなんだろ?」
杖に付与された追加効果だが、これは簡単にわかった。
唱えた魔法が継続して発動するのだ。
部屋の中がだんだんと冷えていき、それと同時に俺の中から魔力が継続して流れているのもわかった。
その魔力の流れを断ち切れば、魔法の継続効果も無くなる。
「なるほど、使い方によっては面白そうだな」
部屋は冷えきってしまっているので、今度は温めることにする。
「フレイムエリア!」
今度は一瞬で部屋が暑くなる。
ううむ、杖の付与魔力が大きいせいか調整が難しい。
汗を流しながら、再びアイスエリアの呪文で部屋を涼しくする。
今度は魔力を最小まで絞ったら、ちょうどいい感じになった。
「これならクーラー代わりになるな」
俺は快適になった部屋で眠りにつく。
魔力は流したままで、ひんやりとした空気が心地いい。
明日は荷物の整理をしなきゃな…。
そんな事を思いながら、少し固めのベッドで眠りについた。
「コウ様起きて下さい!!」
慌てたフィルの声によって目が覚める。
フィルは昨日と同じメイド服のままだ。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「コウ様!この部屋は呪われています!早くお逃げ下さい!」
切羽詰まった雰囲気のフィルに手を引かれ、寝間着のまま部屋の外にでる。
外にはフィルの大きな声を聞いてやって来たのだろうキリングス将軍もやって来た。
「フィルシアーナ王いかがなされましたか!」
「コウ様をご案内した部屋が呪われているのです!」
「なんですと!」
呪われるといえばお化けとか悪霊か?
別にラップ音もしなかったし、ポルターガイストも出なかった。
不審な陰なんかも見なかったし、一体何のことかわからない。
キリングス将軍は部屋の扉をバンと開くと、異常さを感じ取ったのか眉間に皺を寄せていた。
一晩寝てても異常を感じなかったんだけど、ひょっとして俺鈍いのか?
「ぬ、これは!」
「キリングス!気をつけてください!どこに魔物が潜んでいるかわかりません!」
「は!しかし、このような状況、儂には聞いたこともありませんぞ」
キリングス将軍は、背中の剣を抜き、タンスやベッドを破壊していく。
豪腕から繰り出される一撃は、切るじゃなく叩き割るが合ってるな。
さすがは獣人、腕力は人間より遥かに強いな。
フィルとキリングス将軍はいったいどこに違和感を感じているのか。
真剣な顔の二人に声をかけるのは気が引けたが、思い切って声をかけてみる。
「フィル?俺には何がおかしいのかわからないんだけど?」
「冷気です!コウ様のお部屋からただならぬ冷気が溢れだしております!」
うん、確かに冷えている。
今も杖から魔法が継続して発動しており、快適な温度を保っている。
「あー、冷気のことだったのか」
「これは魔物の仕業に違いありません!」
「あの…フィルさん?落ち着いて聞いて欲しいんだけど…」
フィルとキリングス将軍に昨晩のクーラー魔法の実験の事を話す。
お陰でぐっすり眠れたけどみんなを騒動に巻き込んでしまった。
この国では魔法は一般的ではないことだから、気を使いながら使わなければならなかったのに。
もっともミストラル帝国でもこんな魔法の使い方は聞いたことがないけどな。
「なるほど、コウ殿の魔法の力じゃったか」
「そうです、まさかこんな騒ぎになるとは思わず軽率でした」
見ればフィルは泣き出しそうな顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。わたくしったらとんだ勘違いを…」
思わず頭を撫でてしまい、慌ててキリングス将軍の方を見ると、暖かい目で頷いていた。
このまま継続しろってことでいいんだよな?
「コ、コウ様!?」
「フィルは嫌だったか?こうやって頭を撫でられるのは」
「いえ…、嬉しいのですが…失敗して撫でられるというのも…」
「今回失敗したのは俺だよ。みんなに言わずに魔法を使っていた俺のせいだ。フィルは異変に気付いて俺を助けようとしてくれたんだろ?」
「はい…」
「ありがとな、フィル」
「えへへへ」
フィルは嬉しそうな顔で料理の続きをしてきます、と駆けていった。
「あの、お咎めはなしですか?」
キリングス将軍にお伺いを立てる。
王の頭を撫でるなど、侮辱罪にあたっても仕方ない。
フィルは可愛らしい外見だが、王様なのだ。
しかし答えは俺の想像していなかったものだった。
「いや、儂としては継続して欲しい。フィルシアーナ王は家族の温もりを知らんのだよ」
「え…」
「フィルシアーナ王は14歳だ。5年前の戦争で父である先王を亡くし、その際には親戚も全て亡くされた。王妃様もフィルシアーナ王をお産みになられた直後に亡くなられておる」
「そうだったんですか…」
「先王は戦場ばかり駆け巡っておってな、口癖のようにフィルシアーナ王に愛情を注げないことを悔やんでおられたよ。フィルシアーナ王は年の近いコウ殿を兄のように思うておられるのじゃろうて」
考えてみれば昨日見た重臣たちも年老いた者達ばかりだった。
キリングス将軍も50代だろう。
ライエル将軍はわりと年が近いが、真面目な性格で王と臣下と言う関係を崩そうとは思わなそうなタイプに見える。
「あんなに可愛らしい方に、兄のように思ってもらえるのは嬉しい事ですね」
王と臣下である限り恋仲になることなんて不可能だ。
ならば兄のように、フィルの側にいるのはどうだろう。
お兄ちゃん!なんて呼ばれたら最高じゃないか!
…さすがにそこまでは無理だろうが。
「儂は執務室に戻る。フィルシアーナ王が朝食を作ってくれているはずだから、コウ殿はいただいてくるといい」
そう言ってキリングス将軍は手をひらひらさせながら、執務室へと入って行った。
食堂に向かうと、フィルが楽しそうに料理を並べていた。
結構大きな部屋で、テーブルも大きく10人は座れそうな感じだ。
料理は手馴れているようで、運ぶ手つきも様になっている。
「俺も手伝うよ」
「いいんです、コウ様は座って待っていてください」
フィルが運んでくる料理はどれも質素だが美味そうだ。
新鮮な野菜で出来たサラダに、野菜の入ったスープ、パンも焼きたてで香ばしい匂いを出している。
しかし運んできたのは一人分だけ。
「なぁフィルは食べないのか?」
「わたくしはお側にいて給仕等をさせていただきます」
思わずため息が出そうになる。
キリングス将軍は兄のようにと言ったが、これでは俺が王でフィルが使用人のようではないか。
「良かったら一緒に食べないか。こんな広いテーブルで一人食べるのは拷問だ」
一人で食べる食事ほど味気ないものはない。
せっかくフィルがいるのだから、一緒に食べれば美味しいはずだ。
そこで疑念が沸き起こる。
ひょっとしてフィルは今までずっと一人で食事をしてきたのではないか?
家族もいない、使用人もいない、護衛もいない。
この広いテーブルでただ一人で…そう考えると可哀想になってくる。
「え、え?よろしいのですか?」
「当然だ。むしろフィルと一緒に食べたい」
フィルは、ぱぁっと花が咲いたような表情を見せ、慌てて料理を取りに行った。
その反応を見るに想像が間違っていなかったことを確信した。
「えへへ、いただきまーす!」
「いただきます」
ネコミミをピコピコと動かしながら、美味しそうに食べるフィル。
見ているだけで微笑ましく感じる。
「は、初めて人にお作りしたので自信が無かったのですが、お口に合いますか?」
「ああ、フィルは料理上手なんだな」
スープも野菜の風味がしっかり溶け込んでいるし、サラダにかけられた自作と思われるドレッシングもピッタリ合っている。
こんなに美味しい料理は日本にいた時以来だ。
それもこの美少女が作ってくれた手料理だと思うと感慨もひとしおだ。
「良かったです。喜んでいただけて」
「なぁこれからも一緒に食べないか?」
「いいのですか!」
「もちろん。二人で食べるほうが美味しいからな」
妹…と考えると、嬉しい気持ちと残念な気持ちが半々だが、こんな俺でも何かが出来るんだと思ったら、なんだか穏やかな気持ちが溢れた。