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第四話 フィルが…なの?

王宮の入り口でキリングス将軍が出迎えてくれた。


「コウ殿お久しぶりでだな。お元気そうで何より」


卒業後のレイリアとの模擬戦で重傷を負ったのだが、今ではすっかり完治している。

わざわざ言う必要も無いので、黙っておく。


「いえ、卒業まで待っていただいて感謝いたします」

「ここで立ち話もなんだ。中に入ってくれ」


キリングス将軍に先導され、王宮の中に入る。

フィルは俺の後ろだ。

やはりメイドさんは主の後ろに仕えるものなんだろう。



王宮の中は外見からの想像通り、立派なものとは言えなかった。

随所に補修の跡が見え、大切に使われているのがわかる。

赤いカーペットなんて、ところどころ似た素材で継ぎ接ぎになっているし、壁も色の違う板で補修された跡も見られる。

財政状況は芳しくないのだろうか。

そういや宮廷魔術師の給料の事も聞いてない。

まさか肉とか穀物の現物支給だなんて事はないよな。



さほど広くない王宮を進み、キリングス将軍は大きな扉の前に立ち振り返った。


「ここが謁見の間だ。儀礼的な物だが、宮廷魔術師の任命の儀を執り行なう」


いきなりだな、とは思ったが面倒くさいことはとっとと終わらせてしまうに限る。

キリングス将軍が扉を開けると、中には10人くらいの人が立っていた。

ほとんどが、髭を蓄えた男性でかなり年老いている。

おそらく国の中枢に関わる人物達だろう。



さすが、宮廷魔術師の任命の儀式だなと思いつつキリングス将軍の後を付いていく。

一人だけ若い騎士っぽい人がいるがそれでも20代後半と言ったところか。


部屋の最奥には豪華な椅子がひとつ置いてあった。

ここに王様が座るのだろう。

俺のイメージの王様は、白い髭を生やした壮年、もしくは老人。

とっつきにくく、無口な男性だ。



しかし玉座は無人で、老臣達も玉座の前方で左右に整列している。

王様はどこにいるんだ?と思って周囲を見渡すが、どこにもいない。

まだ来ていないのだろうか。

まぁ王様は最後に現れるのが定番だろう。



「これよりコウ・タチバナの宮廷魔術師、任命の儀式を執り行う。では、王よ。よろしくお願いいたします」


俺の予想は裏切られ任命の儀式が始まる。


え?王様ってどこにいたの?

臣下だと思っていた列に混ざっていた?

ひょっとしてあの若い騎士か?


そう言えば、前王は5年前の戦争で亡くなったと聞いていたから、その子供が後を継いだならきっと若い人だ。

うん、あの若い騎士がきっと王なんだ。

そう考えると、どこか気品があるな!


しかし、若い騎士は他の老臣達と同様、膝をつき下を向いていた。

ってことはこの騎士は王ではない。

立っているのはキリングス将軍と俺、そして………



「フィル?」



フィルはにっこりと微笑むと、メイド服のスカートを揺らしながら玉座の前に立った。

臣下の誰もがメイドさんが玉座に向かうことを咎めない。

つまりは…


「コウ様。改めてご挨拶いたしますね。わたくしフィルシアーナ・リュ・アムドルンゼと申します。一応ではございますが、デュッセル王国の八代目の王をさせて頂いております。キリングス将軍を執政に任じていますので、お飾りなんですけどね」


俺は心臓が口から出てしまうのではないかと思うほど驚いた。

だって、あの可憐なネコミミメイドさんが王様?

普通、王って髭を蓄えてたり、豪華な服を着てるはずだよな。


それがメイド服の美少女?

フィルは俺の身の回りの世話をしてくれるんだよね?

門まで一人で迎えに来てくれてたよね?

彼氏がいないの?って聞くと真っ赤になって恥ずかしがってたよね?

疑問が次々とは現れては、俺の混乱に拍車をかけた。


「フィル…フィルシアーナ女王?」

「コウ殿。この国では女王と言う呼称は使わない。我らも民も皆、フィルシアーナ王と呼ぶのだ」


キリングス将軍が間違いを指摘してくれるのだが、俺の心はまだ遠くに旅立っていた。


「キリングス、コウ様はわたくしを『フィル』と呼んでくださるとお約束していただきました」


いや…それはフィルがただのメイドさんだと思っていたからで…、まさか王様を呼び捨てにする訳にもいかないだろう。

目でSOSをキリングス将軍に向け発信する。



「コウ殿は早速にフィルシアーナ王を愛称で呼ぶ名誉を得られたのだな!羨ましきことよ!」


あっさりとSOSはかわされたどころか、追撃まで受けてしまう。


「わたくしにとってもデュッセル王国にとってもコウ様は待望のお方。皆も最上級の礼をもって接するのですよ」

「ははっ、仰せのままに」


そう言うとキリングス将軍は他の臣下と同じように片膝をつき、臣下の礼をとった。

キリングス将軍が小声で俺に臣下の礼をとれと伝えてくれたので、慌てて片膝をつく。


「コウ・タチバナ。貴君をデュッセル王国初代宮廷魔術師に任じる。民のため、国のためその身を賭して職務に忠実にあることを王として切望する」


フィルの声は凛として、謁見の間に響きわたっていた。

その姿にフィルは幼いながらも王なんだな…と少しだけ実感する。


「コウ・タチバナ、非才の身なれど民のため国のため、フィルシアーナ王の為この身を差し出すことを誓います」


するとフィルはどこからか持ってきた杖を、両手で差し出してきた。


「宮廷魔術師の証です。元々は国宝として倉庫に眠っていた杖ではありますが、コウ様でしたら使いこなしてくれると信じております」


杖は使い込まれたものらしく、所々に傷が入っていた。


「フィルシアーナ王よ、よろしいのですか。その杖は初代デュッセル王がミストラル皇帝から頂戴いたした国宝ですぞ」

「構いません。倉庫の肥やしになるくらいでしたら、宮廷魔術師のコウ様にお渡しいたします」



杖からは強い魔力を感じる。

恐らく昔の高名な魔術師が使っていたものなのだろう。

魔法学園時代に貸与された訓練用の杖とは雲泥の差だ。


杖の魔力の凄さに思わずゴクリと喉がなる。

手にも汗をかいてしまいそうだ。

フィルの手から恭しく杖を受け取ると、謁見の間にいた全員に拍手をされる。


「おめでとう、コウ殿。これで貴君もデュッセル王国の一員だ」

「キリングス将軍、右も左もわからぬ若輩者ではございますが、よろしく御鞭撻の程を」

「なぁに、コウ殿ならすぐに上手くできるさ」


嬉しそうな顔で背中をバンバン叩いてくるキリングス将軍。

獣人ならではの強力な手のひらで、背中はモミジだらけになっているのではなかろうか。

そんな俺達をフィルは少し頬を膨らませて見ていた。


「そうですね、コウ様は弁も立ちそうです。すぐに打ち解けられるかと」

「フィルシアーナ王!からかったのは謝りますから!」


町中で彼氏の話をした時、すごい照れてたもんな。

てっきりメイドさんだからだと思っていたが、職場に出会いがないと言っていたのは王だからなのかよ。

そりゃ、普通の人は王に中々会えないよな。


「だめですよ、コウ様。フィルって呼んでいただけると約束したじゃないですか」

「え…本気だったんですか?」

「もちろんです!ささ、フィルって呼んで下さい」

「フィ…フィル?」

「ふふふ、これからもよろしくお願い致しますね。それと身の回りのお世話をするのも本気ですから」

「さ、さすがに王…フィルにそこまでさせる訳には」


俺が困っているとキリングス将軍が話に入ってきた。


「コウ殿、見ての通りデュッセル王国は貧しい国だ。本来なら宮廷魔術師には世話役が幾人もいるべきなのだろうが、それもいない。待ち焦がれていた宮廷魔術師殿に不自由な思いはさせたくないと思われる王のお気持ちを無下に断ってくれるなよ」

「そうです、キリングスの言うとおりです」


てっきり助け舟を出してくれるのかと思っていたら、フィルへの援護射撃だった。

キリングス将軍は執政でこの国のナンバー2だし、受けないほうが失礼なのだろうか。

悩んでいるとキリングス将軍は小声で話しかけてきた。


「フィルシアーナ王は我が国の財政を気になさって周囲に人を置かれないのだ。世話役もだし護衛もだ。コウ殿には護衛役も兼ねていただきたい」

「なるほど、それでしたらお断りする理由はありませんね」

「そう言って下さると助かる」


フィルが身の回りの世話をしてくれると言うことは、それだけ接点も多くなる。

俺には攻撃魔法もあるし、戦闘も可能で護衛役をこなすことが出来るだろう。

キリングス将軍としては一石二鳥の考えなのかもしれない。

それになにより、こんな美少女の近くにいられるのは役得だ!


「二人でこそこそ話すなんて不潔です!」


目の前でキリングス将軍とひそひそ話をしていたのが嫌だったのだろう、フィルは不機嫌そうにしていた。


「いえ、フィルの美貌を讃えていただけですよ」

「びびびび、美貌だなんて!」

「さすが、コウ殿はフィルシアーナ王の写真を見てデュッセル王国行きを即決しただけはあるの」

「キ、キリングスまで!」


真っ赤になってうろたえるフィルは歳相応に可愛らしかった。

だけど、王様なんだよな…。

はぁ…さすがに王様に手をだすわけにはいかないよな。

メイドさんとの夢のイチャイチャ生活が…。




キリングス将軍は謁見の間に集まっていた臣下達を一人ひとり紹介してくれた。

美人ならまだしも元々人の顔と名前を覚えるのが得意じゃない俺は、どの人も髭を生やしていて見分けがつかなかった。

あ!耳で判断すればいいんじゃない?

我ながら名案だ!と思ったが、半分が狐でもう半分が狸だった。

…ダメじゃん。


「これらの者は普段王宮で務めている文官じゃから、接する機会も多いしおいおい覚えていくじゃろうて」

「すみません…」

「皆似たような髭を生やしておるしな」


全くもって失礼なことなんだけど、皆笑って許してくれた。

なんだか暖かい雰囲気で安心する。

これなら人間関係も円滑に出来そうだ。


「そうじゃ、ライエルを紹介する」


キリングス将軍が紹介してくれたのは最初に王と勘違いした若い騎士だった。

頭からはキリングス将軍と同じ虎の耳が生えており、ひと目で只者では無いとわかる。

それに何よりイケメンだ。イケメン爆ぜろ。


「ライエル・コルバックと申す。キリングス将軍の副将を務めている。以後お見知りおきを」

「ライエルは中々の男でな、儂の経験の全てを叩き込んでおるところじゃ。軍事行動で顔を合わせる事も多いだろうからよろしくな」


10人いた臣下の中で武官はキリングス将軍とこのライエル将軍の二人だけ。

その事実だけでも、ライエルの優秀さが分かるというものだ。


「まだキリングス将軍には遠く及びませぬ」

「それにな先ごろライエルは結婚してな。なんと国でも有名な美人姉妹を嫁にしたのじゃ!」

「その話詳しく!」


美人姉妹を嫁にだなんて羨ましすぎる!

もっと詳しく話を聞かせて欲しいと思っていたのだが、ライエル将軍も初心うぶらしく先ほどまでの騎士然とした態度は消え去りまるで初めて出来た彼女のことで、からかわれる男のようになっていた。


「ふむ、フィルシアーナ王とコウ殿のやりとりを参考にしてみたのじゃが、こんなコミュニケーションもありじゃの」

「将軍…からかわないでくださいよ…」

「ライエルはこの通り普段は真面目じゃが、気さくな部分を持った男じゃ。この国では珍しい文字を読める文武両道の将でもある。儂が不在の時はライエルに事を諮るとよいぞ」

「ライエル将軍よろしくお願いいたします」

「い、いえ、こちらこそ」


俺が頭を下げるとライエル将軍は恐縮したように驚いていた。

別に変な事をしたつもりはないのだが。


こうしてフィルが王だと判明したサプライズはあったものの、終始和やかなムードで叙任式は終わりを告げた。

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