第三話 フィルって呼んでいただけませんか
卒業式後の模擬戦が終わり、目を覚ました俺は迎えに来ていた馬車で旅している。
レイリアのファイヤーナックルでしこたま身体を痛めていたが、ミハエルのヒーリングのお陰でなんとか移動に耐えられるくらいまで回復していた。
デュッセル王国までは馬車で一週間かかると聞いていて、ちょうど今日が一週間目だ。
まだ少し体が痛むが、ヒーリングをかけながらの移動なのでデュッセル王国につくまでには全快するだろう。
なんでそんなに回復に時間がかかるかと言うと、もちろん俺のレベルの低さもあるのだが、この世界の回復魔法が発達していないせいでもある。
ベ○マのように体力が全快する魔法があればいいのだが、生憎唯一の治癒魔法であるヒーリングはホ○ミクラスの回復力しかもっていないのだ。
この世界の魔法は攻撃魔法が一番進化している。
考察対象はゲームなのだが、明らかに攻撃魔法は豊富だ。
その一方回復魔法はヒーリングだけだし、補助系魔法も似たようなものだ。
もっとも開発されていないだけで、存在するのかもしれないがゲームに慣れ親しんだ俺には不思議に思えてならないのだ。
大陸一の魔法大国であるミストラル帝国が一番進んだ魔法技術を持っているが、そのミストラル帝国でも攻撃魔法の研究くらいしかなされていない。
ガタンゴトンと揺れる馬車の中は退屈で、様々な事を思い出す。
そう言えばクラスメイト達は俺のデュッセル王国宮廷魔術師への就職の話を聞いて都落ちだと、陰口を叩いていた。
ミハエルとレイリアはそれを聞く度に俺の代わりに文句を言ってくれたよなぁ。
あの二人とは卒業後も友人でいたいもんだ。
実のところ俺としてはデュッセル王国に行くことは、都落ちではなくむしろ好都合だと思っている。
何故ならデュッセル王国には貴族は無く、王族しかいないと聞いたからだ。
ミストラル帝国では平民であっても完全実力主義のデュッセル王国だと、不安もあるが魔法というチート能力を持っているのであまり心配はしていない。
それに魔術師的にもいい事だと思っている。
師匠や競い合えるライバルはいないが、その反面自分のやりたいように能力を磨くことが出来るからだ。
王都では教師の監視の目が厳しく、学校の敷地から出ることすら出来なかったからな。
「ステータスオープン」
俺が呪文を唱えると、ポップアップのように視界に俺の評価が現れる。
コウ・タチバナ(18歳)
魔術師 :レベル14
筋力 :15
敏捷 :18
魔法攻撃力 :78
魔力 :91
幸運 :76
ステータスの呪文は俺が学園に入った当初、適当に唱えていたら発動した。
教本どころか魔法学園図書室のどの本にも載っていない、恐らく俺しか知らない魔法だ。
ゲームの世界ではステータスを確認出来るのは当たり前だからと思い、試しに唱えてみたのだ。
それがまさか未知の魔法が出来上がるとは思わなかった。
俺からすれば基本中の基本だし、当然とさえ思っている。
だが、この世界では知られていないこと。
レイリアにステータスの事を聞きかけたこともあるのだが、異端扱いされるのも怖かったので聞けなかった。
ちなみに卒業式の前日に見たレイリアとミハエルのステータスだが、
レイリア・フォン・マクダウェル
魔術師 :レベル24
筋力 :11
敏捷 :10
魔法攻撃力 :90
魔力 :75
幸運 :55
ミハエル・フォン・リンドルーガ
魔術師 :レベル18
筋力 :17
敏捷 :16
魔法攻撃力 :42
魔力 :40
幸運 :98
となっていた。
魔法攻撃力に関しては現時点でも俺とレイリアにさほどの差はない。
むしろレベル差を考慮すると俺の方が上になるだろう。
卒業式後の模擬戦で負けたのはショックだが、そこまで深刻になることもないだろう。
うん…きっとそうだ!
もしもまたレイリアと会う機会があるならば、胸を張って会える自分でありたい。
その為にも魔法学校にいるときは教師の監視で試せなかったが、自由になるデュッセル王国で色々試してみるさ。
レベルが上がるメカニズムとか、効率のいいレベル上げとかな。
ステータスの他にも知られていない魔法は多くありそうだし、新しい魔法を探すのも楽しそうだ。
新魔法に関しては元の世界でゲームに浸っていた俺に向いていそうだしな。
それになんと言ってもネコミミメイドさん。
キリングス将軍から写真を見せてもらって数日経つが未だに鮮明に思い出せる。
クリっとした瞳、柔らかそうな髪、小柄そうな感じは受けたがあの美少女にお世話をしてもらえる…そう思うだけで胸が高鳴る。
『いつも美味しい料理をありがとな』
『いえ!尊敬するご主人さまのためですから!』
『ありがとう。頑張り屋さんにはご褒美をあげないとな』
『あの…それでしたら…』
『何か欲しいものがあるのか?』
真っ赤になりながらも、真っ直ぐ見つめてくるネコミミメイドさん。
潤んだ瞳が幼い姿に似合わぬ色っぽさを醸し出している。
『よ…夜のご奉仕をさせて下さい!』
『いいのか?』
『はい…初めてでうまく出来るかわかりませんが…精一杯ご奉仕いたします』
「旦那、デュッセル王国に入りやしたぜ」
ネコミミメイドさんを抱きしめようとしたところで、野太い声が俺の桃色妄想を打ち消した。
せっかくいいところだったのに、御者の男の声で台無しだ。
「教えてくれてありがとう」
これ以上妄想を続ける気分にもならず、馬車の外を眺める。
地平線の先まで続く平野、遠くには川もあった。
しかし、民家の一軒もない。
「ほんと、田舎なんだなぁ」
「へい、国境付近には民家もありませぬ。馬車でもう一日走れば、町も見えてきます」
俺が退屈を持て余しているのに気付いたのだろう、御者はデュッセル王国について話し始めた。
「デュッセル王国は貧しい国ですじゃ。デュッセル平原で採れる農作物が主な産業なんですが、中央を流れるデュッセル川が数年に一度氾濫して、田畑を流し去ってしまうのですじゃ」
遠見の魔法を使い遠くまで見渡すと、畑を耕す農夫の姿が見える。
継ぎ接ぎだらけの粗末な服を着ており、お世辞にも身なりがいいとは言えず生活水準は低いのだろう。
「それに隣国のバルツバイン王国とは、しょっちゅう戦争をしておりますじゃ。バルツバイン王国は獣人を人とは認めておらず、獣人を攫っては奴隷にしているんですじゃ」
キリングス将軍が国を長いこと空けられないと言ったのは、バルツバイン王国の存在が原因なんだろうか。
高名な将軍の不在を知れば、これ幸いと攻めこんでくる可能性もあるもんな。
しかし、攫った獣人達を奴隷にするとは…羨まし…いや!けしからん!
真面目に考えると、人が奪われているわけだから国としても静観できるはずもないし、残された家族を考えると胸が痛む案件だ。
「まぁ戦争はキリングス将軍がいるのと、宮廷魔術師殿にお越しいただいたので心配しておりませんですじゃ」
御者の男性はにこやかに微笑んでいた。
盲信されても困るが、これも期待の現れだと思うと少し照れくさくなる。
御者は結構な物知りで、いろんなことを教えてくれた。
これもキリングス将軍の気遣いなのだろう。
事前知識が無い俺には、とてもありがたかった。
しかしその半分はキリングス将軍の武勇伝で、初めての話は興味深く聞けたが同じ話を五度もされるとさすがに呆れるしか無かった。
やがて遠目に城が見えてくる。
ミストラル帝国の城と比べれば、とても小さく砦のように見えるが壁も高くそびえ立っており十分な城壁を有しているのが見てわかる。
そして城の周囲には、たくさんの家が建っている。
いわゆる城下町と言うやつだろう。
昼食時なので家々から炊事の煙が立ち昇っており生活の空気が感じられた。
「デュッセル王国にやって来たんだな…」
思えば感慨深い10年間だった。
日本で何もかもが嫌になって気がつけばこの世界に転生していた。
しかもそれなりの年齢だったはずの身体が、10歳にならないくらいの見知らぬ身体になっていた。
右も左もわからない状態で、町を放浪していたら役人に保護され孤児院送り。
孤児院にたまたまやって来た魔法師が、俺の潜在魔力に気付いて魔法学園に入学した。
貴族ばかりの周囲に翻弄されつつも、なんとか次席で卒業。
そして気がつけば一国の宮廷魔術師だ。
考えてみればサクセスストーリーなんじゃなかろうか。
やがて遠見の魔法を使わなくても、城がはっきりと見える距離まで辿り着く。
城を囲むように建った家をさらに柵が囲んでいる。
その柵の合間に、検問らしき門を見つける。
筋肉ムキムキのマッチョマンが立っており、どうやら町の出入りは厳重にチェックされるようだ。
そりゃ、戦争が頻繁に起こるなら検問だってあるよな。
俺は門の側にいる一人の姿を見つけた。
黒を基調としたメイド服を身に纏った女の子。
俺が見間違えるわけがない!あれは猫耳メイドさんだ!
やがて馬車が門にたどり着くと、メイド服の美少女がとてててと駆けて来た。
走り方は子猫っぽくどこか愛らしい。
「コウ、コウ・タチバナ様でよろしいですか?」
「はい、コウ・タチバナです。初めまして」
俺が返事をすると、ネコミミ美少女は、ぱぁっと明るい顔をした。
今日ここに到着するなんてわかってもいなかったのだろうに、ずっとここにいたのだろうか。
いつ来るかわからない俺をここで待ってくれていただけでも、すごい歓迎だ。
「フィルシアーナと申します。コウ様の身の回りのお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言ってフィルシアーナはスカートの端を掴んで軽く礼をした。
可憐なその姿は、キリングス将軍の見せてくれた写真の美少女、まさにその人だ。
写真よりも数段可愛らしく、思わず頬が緩んでしまう。
「ここで立ち話もなんですし、王宮へご案内いたしますね」
どうやら道案内をしてくれるらしく、御者さんとはここでお別れだ。
ここまで連れてきてもらったことに礼を言うと、御者さんは驚いたような顔をしていたがやがて城内へ消えていった。
「お待たせしました。案内をよろしくお願いします」
「はい、かしこまりました」
フィルシアーナは俺の前に立ち門番ににっこりと微笑むと、真っ直ぐ門の内側へと入った。
慌てて俺も後に続く。
てっきり門番に質問とか持ち物チェックをされると思っていたのだが、門番は敬礼するだけでフリーパスだった。
どうやら俺の話を門番は聞いているのだろう。
ぴょこぴょこと揺れるネコミミの後を付いていく。
フィルシアーナは小柄で細身、年は恐らく15歳くらい。
髪も黒く、ネコミミがなければまるで日本人のようだ。
レイリアは北欧風の顔立ちで、町で見かける人達も外国人風の顔立ちばかりだ。
なぜフィルシアーナだけ日本人のような容姿をしているんだ?
疑問に思うが何か特別な理由があるのかもしれない。
俺としては郷愁を感じるフィルシアーナには親近感を覚えるし、好ましい。
「コウ様が田舎町だと呆れられなければ良いのですが…」
フィルシアーナの声に我を取り戻す。
町並みを見回すがやはり王都に比べると、街の規模は数段下だ。
道行く人達の着ている服もボロボロの衣類がほとんどで、中には獣の皮で出来たようなワイルドな男性もいる。
その誰もが、獣の耳を生やしていた。
ネコミミや犬の耳、狐や狸、羊や兎、それはもう様々だ。
「確かに王都に比べると田舎なのかもしれません。ですが俺は魔法学校に3年間缶詰でしたので、王都を堪能したことは無いんですよ」
「あれれ?外出は出来ないのですか?」
「ええ『魔法を学ぶ者は魔法のことだけを考えよ』だそうです。物を買ったりするのも、学園内に商店がありましたので困らなかったですしね」
実際は体の良い軟禁だったんだけどな。
半人前の未熟な状態で人攫いに襲われても対抗できないし、表向きは見習い魔術師の保護策だったのだが、学生からは不評だった。
「学校にお店があるのですか…すごいですね」
「いえ、学業に必要な物や日用品が置いてあるだけですよ。それ以外は取り寄せして貰う感じで」
「それだけでもすごいですよ。デュッセル王国にはそんな事ができるお店はほとんどありませんから」
ちょうど商店街に差し掛かったところだったので、店を眺めてみると品揃えは豊富とは言えない。
肉屋に八百屋、服屋に農機具屋とどれも生活に直結したお店だが、規模は昔ながらの商店街にある商店を連想させるレベルだ。
そんな商店街も50mくらい進んだところで、途切れてしまった。
フィルシアーナ曰くこれがこの国で一番栄えている場所らしい。
紛うことなきど田舎だ…だけど俺は落胆していなかった。
それは、目の前のフィルシアーナの存在だ。
俺が来たことが余程嬉しいのだろう、ニコニコしっぱなしで歩き方もスキップしてしまいそうなほどだ。
住めば都と言うし、何よりこんな美少女が側に居てくれるのに田舎だからと文句を言うつもりは無い。
どうせ日本に比べたら王都もど田舎だしな。
「がっかりされませんでしたか?」
「いえ、皆幸せそうな顔で働いていたのが印象的ですね」
「そうなんです!獣人は穏やかな性格の人が多いんです!」
我が意を得たり!とばかりにフィルシアーナは獣人の事を語り始めた。
「獣人は義理堅く受けた恩は必ず返します。獣人の男性は力が強く、力仕事に向いています。女性は健気で可愛らしいんですよ!」
「へぇ、授業で習ったのとは全然違いますね」
「…人族の間で言われているような野蛮な獣人はごく一部です」
魔法学園では獣人の姿を、卑しく狡猾な種族だと授業で教えていた。
だが実際はどうだ、全然違うじゃないか。
ミストラル帝国で獣人を見ることは無かったが、恐らくミハエルは獣人と接したことがあるのだろう、俺と同じで全然蔑んでなどいなかった。
この可憐な獣人をレイリアに見せたら何と言うだろう。
「俺は獣人をそんな目では見てませんから安心して下さい。フィルシアーナさんも可愛らしいと思っています。獣人だろうが人族だろうが同じ人ですよ」
「コウ様?」
「人族にも悪人はいます。俺はフィルシアーナさんとキリングス将軍とさっきの御者の人しか獣人を知りませんが、三人共信用に値する人だと感じてますから」
フィルシアーナさんは顔から火がでるんじゃないかと思うくらい真っ赤になっていた。
そんなに恥ずかしいことを言っただろうか。
「コ、コウ様!獣人は王都の人と比べると初心なんです。そんな事を仰られていると勘違いしてしまいそうになります!」
あわわわわ!と真っ赤な顔を振っているフィルシアーナは本当に純情そうだった。
こんなに可愛らしいのに今まで口説かれたこともないのだろうか。
それとも獣人が皆純情なのだろうか。
思わずフィルシアーナの頭を撫でると、頬を染めて照れていた。
「フィルシアーナさんはお付き合いしている人はいるのですか?」
「ひゅ、ひゅえ!?いいいいい、いませんよ。職業柄出会いも少ないですし、誰ともお付き合いなんてしたことはございません!」
メイドさんって出会いが少ないんだなと思いつつ、俺は心の中でガッツポーズを掲げる。
彼氏がいないなら、俺にもチャンスがあるはずだ!
フィルシアーナの顔は一気に紅潮し、湯気がでそうなほどだ。
第二の爆弾は大きかったようで、フィルシアーナはそれから黙りこんでしまった。
恥ずかし過ぎたのだろうか。
無言のまま二人で町を歩く。
やがて石で出来た大きな壁に囲まれた城の前に辿り着いた。
「……デュッセル王宮に到着いたしました」
城門にもやはり門番はいたのだが、フィルシアーナが通ると皆敬礼して通してくれる。
門番達はどこか暖かい感情を感じさせる目でフィルシアーナを見ていた。
城門をくぐると地方の公民館くらいの大きさの平屋建ての建物が建っていた。
築年数も相当経っているように見えるが、他に建物が無いことからこれがデュッセル城の本丸なのだろう。
町の外から見た時に城壁しか見えないなとは思っていたが、平屋建てなら壁より低くて当然だ。
正直ショボイと思ったが、城は国の中心であり心の支えでもある。
迂闊なことを言うべきではない。
てっきり先を歩くフィルシアーナがすぐに王宮に入ると思っていたのだが、立ち止まって何かを考え込んでいた。
「フィルシアーナさんどうしたの?」
「あの…お願いがあるんですが」
「なんでしょう?遠慮無く言ってくれると嬉しいですよ」
まさか「コウ様!私を愛人でいいですから、ずっとお側に置いてください!」なんて事は……ないな。
……馬車の中で桃色妄想をしすぎたかもしれん。
「フィルって呼んでいただけませんか?フィルシアーナでは長くて呼びにくいと思うのです。それにコウ様には親しく思っていただきたいのです」
どうやらフィルシアーナには大きな事のようで、その目は真剣そのものだった。
俺としても呼び方は距離感を図るモノサシだと思っているので、賛成だ。
「わかりましたフィル。これでどうでしょう?」
「はい!ですが、もう少し砕けた口調で話していただけると嬉しいです。そ、その友達や家族と話す時のような…」
「わかったよフィル。フィルも同じように砕けた口調で話してくれないか?」
「い、いえ!恐れ多いです!宮廷魔術師のコウ様相手にそんな口調では話せません!」
さすがに上下関係があるから、キリングス将軍あたりに怒られてしまうか。
あまり強く言っても困らせてしまうだけだろう。
「二人の時は砕けた口調で構わない。慣れてきたらよろしくね」
「は、はぁ…」
この時気軽にお願いを聞いてしまったことを後悔するまで10分も要らなかった。
まさか、フィルシアーナがねぇ?