第二話 5年結婚しないから
ざわざわと騒がしい教室の一角で、俺はミハエルとレイリアの二人に学園長室に呼ばれた事を尋ねられていた。
「就職先の話だったよ」
「そっかぁ、コウだけだったもんな。就職先決まってなかったの」
そう言って喜んでくれたミハエル・フォン・リンドルーガは、俺のこの世界における親友だ。
中級貴族でありながら、それを鼻にかけない性格で人当たりもとてもいい男だ。
ミハエルの実家はリンドルーガ商会と言う商会で、ミハエルも卒業後は支店のひとつを任されることになっている。
ミストラル帝国の魔術師は魔法学園に入学する義務があるから仕方なく入学した部分が大きく、明らかに他の生徒とは毛並みが違う。
だからこそ平民の俺でも仲良くなれたんだろうが。
「ちょっと!私が勧誘した宮廷魔術団への入隊はどうなったのよ!」
口を尖らせて文句を言ってきたのはレイリア・フォン・マクダウェル。
学園ナンバーワンの才色兼備であり、俺を万年二位にしている学年首席だ。
俺達の学年は20人しかいないが、レイリアは王都の町中でも見たことのないレベルの美少女だ。
ブロンドの髪は艷やかで、圧倒的なボリュームを誇る胸、切れ長の目は意志の力が宿っている。
目鼻立ちもキリっと整っている上、気さくな性格で話しやすいことから男子生徒の人気は圧倒的だ。
噂では告白された回数も半端ないらしい。かくいう俺もデートに誘って断られた事がある。
え?写真のネコミミさん?あの子は可愛いらしく、レイリアは美人。
比較のベクトルが違うんだよ。どちらも魅力的なのだ。
「その話は断っただろう?レイリアのヒモになるのはゴメンだ」
「いいじゃない。ずっと私の部下でいれば」
「遠慮しとく。出来ることならレイリアとは友人の関係でいたいからな」
確かにレイリアの言ってくれた通り、部下になればレイリアの出世に合わせて俺を引き上げてくれるのだろう。
しかし、俺は平民でありながら上級貴族のレイリアに憧れている。
貴族と平民の恋愛は身分の格差から成就し得ない。
いつかくるレイリアが貴族と結婚する日を素直に祝えるとは思えないのだ。
むしろ嫉妬の炎を撒き散らす自信があるね。
そんなみっともない姿を晒すくらいなら、他国にでも仕官するってもんだ。
「はぁ…優秀な部下が出来ると思ったのに。お父様も喜んでくれるはずだったのにな」
レイリアのお父さんはミストラル帝国の宮廷魔術師だ。
つまりこの大帝国の一番強い魔術師なのだ。
レイリア自身も父から受け継いだ才能で、次期宮廷魔術師の候補者に名を連ねている。
「すまんな。今回の話は、デュッセル王国の宮廷魔術師にならないかって話だったんだ」
「「えええええーーーー!」」
二人は目を丸くして驚いていた。
やはり貴族の二人からしても意外な事なんだろう。
「て、てっきりどこかの大貴族の護衛にでもなるのかと思ってた」
「私は軍に入るんだと思ってたわ」
「違うよ。しかもこの話は俺に拒否権はないらしい」
学園長室であった話を二人に告げると、ミハエルは「おめでとう」と言ってくれたがレイリアはそうは思わなかったようだ。
「何よそれ。体の良い人身売買じゃない」
「そう言う見方もあるだろうけど、俺をそこまで欲してくれると言うのは嬉しいさ」
「そりゃ、属国には魔術師なんてほとんどいないもんね。だけどデュッセル王国って言えば獣人の国でしょ?」
「らしいね。キリングス将軍は虎の獣人だったよ」
傷だらけの顔にちょこんとのった虎の耳を思い出す。
腕も丸太のように太く、迫力も桁違いでいかにも軍人と言える風体だった。
「キ、キリングス将軍に会ったの!」
「ああ、学園長室で会ったよ。国を長く空けられないって言ってたからってもう帰国されたはずだけど」
「コウは反応薄いねぇ。当代の英雄の一人なのに」
「そうなの?」
レイリアの方を見ると無言で頷いていた。
どうやら普通の人でも知っているレベルの有名人だったらしい。
「魔法なしで考えるなら、キリングス将軍は大陸指折りの英雄だよ。大陸南部の防衛を一手に任された存在さ。あの人がいなければ南部は荒れ果てていてもおかしくないね」
「そんなにすごい人だったのか…」
「だけど、獣人よ。人じゃないわ、所詮は下等な存在よ」
ミハエルはキリングス将軍を高く買っているようだが、レイリアはそうではないようだ。
魔法学園の授業では、獣人は卑しく下等な存在と習った。
現代日本で暮らしていた俺から見れば馬鹿らしい話で、まともに聞きさえしなかった。
獣人は愛すべき存在であると思っている。
しかし、真面目なレイリアは授業の内容を鵜呑みにしているのだ。
一方、ミハエルは父親について色々な場所を旅した経験があるので、獣人の本質を俺よりわかっているだろう。
俺が思うに真に蔑むべきは犯罪者であり、平和を乱す者だ。獣人と人族でくくるのは違う。
「すまんが、それには同意できない。獣人と言う外見で判断するのは間違っている。人であっても腐った人間は多くいる。本質は中身だよ、中身」
「ふぅん…コウはそう言う考え方なんだ」
「俺は実際に会ってみて、話してみてその個人を判断したいと思ってるだけだよ」
性格的に合う合わないもあるし、それ以前に人間として尊敬できるかどうかなんて、深く知らないとわからないことだ。
それに何と言ってもネコミミの獣人は可愛いじゃないか!
レイリアに言っても火に油を注ぐだけなので、言わないけども。
見ればレイリアも卒業を間近に控えて喧嘩なんてしたくないのだろう。
居心地悪そうにしている。
その空気を察したのか、ミハエルが助け舟を出してくれた。
「ね、ねえ、二人の個人戦は4勝4敗でイーブンだったよね!最後に一戦したら?」
「そうね、コウとは決着をつけるべきよね!」
レイリアはまさしくご令嬢と言える外見をしているが、中身は好戦的だ。
目が爛々と輝いている。
「だけど、練習場の予約がいるよね?いつがいいかな」
「明後日でどうかな?」
「卒業式の日!いいじゃない!燃えるシチュエーションだわ!」
二人の中でもう俺とレイリアで模擬戦を行うのは決定事項のようだ。
レイリアはぶんぶんと腕を回し、やる気満々である。
「じゃぁ僕教官に言って、練習場の予約をとっておくよ!」
そう言うとミハエルはすぐに教室を出て行った。
レイリアは心なしか嬉しそうにしていた。
卒業式は滞り無く行われた。
卒業生の送辞は学年首席であるレイリアが堂々とした態度で行い、臨席していたレイリアの父マクダウェル上級貴族も満足気に見ていた。
レイリアの背筋はすらっと伸び、美しい容姿と相まって見るもの全てを魅惑した。
「そんな美人が俺の……」
挨拶を終えた、レイリアがくるりと振り向く。
まるで女優のように映える姿でにこりと笑った。
その美しい姿に在校生からも歓声が起こる。
「俺の……ライバルなんだよなぁ……」
出来るなら恋人と呼びたいところだが、あの微笑みには「この後の模擬戦楽しみにしてるわよ」と言う意味が込められているとすぐに理解できる。
伊達に3年間、隣の席で学んだわけではないさ。
卒業式が終わり、講堂から外にでると下級生の集団が待ち構えていた。
きゃぁきゃぁと騒がしい。
下級生たちの目当ては、気になる先輩の第二ボタンだ。
先輩のブレザーの第二ボタンを貰うという風習は昔からあるようで、ひょっとしたら昔に日本から来た転生者がいたのかもしれない。
見ればミハエルも下級生の女の子にボタンをねだられている。
ミハエルは満更でもなさそうだ。
「はぁ…」
ため息を吐き、俺は練習場に向かった。
残念ながら平民のボタンを欲しがるやつなんて、一人もいない。
俺は一人寂しく練習場でレイリアを待つ。
最初に来たのはミハエルだった。
どうやら第二ボタンはあの下級生にあげたようで、ブレザーにはついていない。
「ごめん、待たせたね」
「いや、レイリアも来てないしな」
「レイリアは…当分掛かりそうだよ。ほら窓から見てみて」
そこには下級生の集団に囲まれたレイリアの姿があった。
さすが上級貴族な上に学年首席、おまけに学園ナンバーワンの美人のレイリアだ。
何故か集団には女の子のほうが多いのだが…気にするまい。
やがて諦めたのか集団を引き連れたレイリアがやって来た。
ブレザーの第二ボタンどころか、袖のボタンまで全部奪われたようで、かろうじてブラウスは死守したようだ。
「みんな大人しく観戦していて。でないと追い出すからね」
レイリアは集団に向かって注意事項を説明し始める。
こんな世話焼きなところも人気なのだろう。
模擬戦の審判役はミハエルだ。
ミハエルと俺は静かにレイリアの準備が出来るのを待つ。
練習場は沈黙に包まれていた。
皆、レイリアの学園最後の戦いを見逃すまいとしているのだ。
俺?俺はもちろんみんなの眼中にはいないぞ!
「これよりミストラル帝国魔法学園第275代学年首席レイリア・フォン・マクダウェルと、学年次席コウ・タチバナの学園生活最終戦を行う!下級生たち!10年に一度の天才同士の勝負を一瞬たりとも見逃すなよ!」
「「「おおおおお!」」」
ミハエルの煽りに、下級生たちは盛り上がった。
10年に一度の天才同士、と言うのはよくわからないが、卒業生の中で図抜けた二人であるのは確かだ。
俺は学園から支給され、3年間愛用した杖をぎゅっと握った。
レイリアも同様に、杖を構え試合開始の合図を待つ。
「それでは、始めっ!」
ミハエルが合図をするとレイリアは呪文の詠唱を始める。
「先手必勝!ファイヤウォール!」
レイリアの放ったファイヤウォールの魔法は俺を包むかに見えたが、俺は寸前で対抗魔法のウォーターシェルを使い、事なきを得る。
抵抗されてしまったファイヤウォールは業火を燃やしたものの、一瞬にして消え去った。
「さすがだな!レイリア!」
「コウ!あなたこそね!」
業火が消えさると同時にレイリアは次なる魔法の詠唱を始めた。
下級生達から見れば、雲の上の模擬戦だろう。
「ならこれはどう!ウォータースフィア!」
「炎の上級魔法の次は水の上級魔法かよっ!」
氷の結晶がレイリアの手から放たれ高速で俺に向かってくる。
綺麗な氷の結晶だが、あれを喰らってしまえばすぐさま身体が凍ってしまうだろう。
俺はウォータースフィアに対向するべく、対抗属性である土属性のアースシールドを発動する。
目の前の土が盛り上がり、俺の身体を隠す。
土の壁はあっという間に凍りついたが、冷気は俺まで届かない。
レイリアは俺が抵抗に成功したと見ると、炎と水の上級魔法を連打し、揺さぶりをかけてきた。
それ以降もレイリアが魔法を放ち、俺が防ぐと言う攻防は続けられた。
ちなみに上級魔法は今年度の卒業生の中でも俺とレイリアしか使えない高度な魔法だ。
他の生徒は良くて中級魔法で、初級魔法までしか使えない卒業生も多い。
レイリアは惜しげも無く上級魔法を連発し、その度に下級生たちは歓声をあげる。
「他の生徒なら一撃で勝負はついてたはずだぜ」
「なぁに、それは自慢?それとも挑発?」
「いいや、褒めているだけだ!」
観客席からは多くの生徒の視線を感じる。
俺達の一挙手一投足が注目されているのだ。
既に試合が始まって10分は経過している。
魔法は魔力をバカ食いするので、そろそろ試合が動く時間帯だ。
「レイリアを倒し、勝ち越させてもらうぞ!」
「ふふふ、亀のように篭っていたらコウの勝利はない…わよっ!」
レイリアは美しい顔を歪めた。
話す言葉にも疲労の色が見え、力を振り絞っているのがわかる。
さすがのレイリアも上級魔法の連発で魔力が尽きかけているんだ。
そう判断した俺は、攻勢に転じるべくチャンスを窺う。
「まだまだー!」
レイリアは制服のマントとスカートをはためかせながら攻撃魔法を連打してくる。
レイリアは(男子生徒にとっての)攻撃を仕掛けてくる。
俺の周囲では火魔法の爆発がいくつも起こっている。
そのどれもが戦闘不能に陥るだけの破壊力を秘めている。
「くっ!卑怯だぞレイリア!」
「何を言ってんのよ!攻撃は最大の防御だわ!」
俺が言いたいのはそういう事じゃない!
レイリアが動く度に、スカートから白い太ももが見えてるんだよ!!
見慣れた制服もボタンが無くなっているから、豊かな双胸もブラウスの上からだがバッチリ認識できる。
健全な男なら思わず見てしまうのは当たり前じゃないか!
「確かにレイリアの武器ではあるが、こうも効果的に使われるとヤバイな」
「だから、何を言ってんのよ!」
その瞬間一瞬レイリアがグラついた。
やはり魔力が切れかけているのは間違いない。
ここが勝機だ!
「きちんと抵抗しろよ!ウィンドエッジ!」
レイリアの隙を見つけた俺は、風の上級魔法であるウィンドエッジを放つ。
「くっ!アースシールド!」
レイリア放った対抗魔法のアースシールドよりも一瞬早く俺のウィンドエッジが発動した。
一陣の風がレイリアを襲う。
その瞬間、ふわりとレイリアのスカートは捲れた。
勝利を確信した俺は右腕を掲げた。
「青と白のストライプ…この絶景を俺は忘れない……」
スカートは高くふわりと舞い踊った。
レイリアは慌ててスカートを抑える。
その頬は赤く染まり、肩はわなわなと震えていた。
「なにしちゃってくれてるわけ!ファイヤーナックル!」
怒りに我を忘れたレイリアの拳(炎の魔法効果付き)は、俺の体をゴスゴスと痛めつける。
「レイリアそれヤバイ!ヤバイから!俺死んじゃうから!」
「乙女を辱めた罪が、こんなんでっ!許されるとっ!思ってるのかっ!」
炎の魔法の抵抗魔法であるウォーターシェルを体に纏うが、ファイヤーナックルは拳に炎の魔力を集中させる魔法だ。
一点集中型のファイヤーナックルは俺のウォーターシェルを容易く貫いた。
「みんなにっ!パンツ見られちゃった!じゃないのよ!!!!」
「こんな絶景独り占めしたいに決まってるだろうが!いたっ!ちゃんと観客席には見えないようにしてるって!ちょっと熱いよ!痛いよ!!!」
「そんなんで許されると思うなー!」
レイリアのアッパーは顎を貫き、俺は宙に舞った。
「ぐふ…」
俺は地面に叩きつけられ、意識が朦朧としてくる。
レイリア容赦なさすぎだろ…。
「勝者!レイリア・フォン・マクダウェル!」
ミハエルが勝負の決着を告げる。
決着の言葉に下級生たちは興奮の坩堝だ。
ここにいる下級生の観客は皆、レイリアのファンだからな。
「私…5年は結婚しないから…」
誰が言った言葉か、どういう意味なのかわからないが、その言葉を耳にしながら俺の意識は遠のいていった。
***ミハエル視点***
コウが気絶すると同時にレイリアは「私…5年は結婚しないから…」と言った。
小さな声だったから、僕とコウにしか聞こえなかっただろう。
だけどコウは気絶して聞いていないかもしれないな。
「レイリアも素直じゃないんだから」
「なによ」
僕はコウのブレザーから第二ボタンを取ると、レイリアにひょいと投げた。
「勝者には賞品が必要だよね」
「ミハエル…」
レイリアは頬を赤く染めていた。
それはコウの前では見せていない、いや見せられないレイリアの素直な感情の発露だ。
「伊達に二人の親友を3年やってないさ」
「『恋愛は平民に許された最高の自由』。私もコウと同じ平民だったら良かったのに…」
それは最近流行りの小説の一節だ。
平民だった男が力をつけ、囚われの姫を助け出す恋物語。
確か最後は駆け落ちするんだったかな。
「ならなんで、あんな事を言ったんだい?レイリアもコウが貴族になるのを期待してるんだろう?」
「わかんない…。今は上級貴族と平民だし、どう考えても無理なのにね」
「さてね、それは二人次第じゃないかな」
僕はレイリアの純粋な恋心を知っている。
コウから誘われたデートを断った日、校舎裏で一人泣いていたレイリアを見た時からだ。
他の誰に求愛されてもあっけらかんとしていたレイリアが声を殺して泣いていたのだ。
もちろんコウには言っていない。
「あは…、ミハエルには敵わないな。ここにいると泣いちゃいそうだから、あとは頼んでいい?」
下級生が見ている前だからだろう。
レイリアはコウの第二ボタンを大事そうに両手で持ちながら必死に涙を堪えていた。
卒業式直後の今なら、卒業の悲しみの涙だってみんな思ってくれるだろうに。
本当にレイリアは不器用なんだから。
「任せて。魔力は残ってるからコウにヒーリングをかけておくよ」
「うん…、最後まで面倒な役割押し付けちゃってごめんね」
「5年後…楽しみにしてるから」
レイリアは答えず、振り返らないまま練習場を去っていった。
ミハエル視点入れようか迷いましたが、入れちゃいました(^^;