第十九話 決戦前の激励
ヴォルカンがデュッセル王国への恭順を申し出た。
ライエル将軍に言わせると、狼族が仕官を申し出た事は過去に一度もなく、凶暴でも嘘は苦手な種族だから信じていいらしい。
反乱を繰り返してきた狼族だが、忠誠を誓うとなると建国以来の偉業だそうで、デュッセル王国として断る理由は無いそうだ。
「ご主人さまと呼んでもいいか?」
「だが断る」
俺の本能が、即断ってしまった。
だってユリカの様に美少女にご主人さまと呼ばれるなら嬉しいが、ヴォルカンのような強面のオッサンに、ご主人さまと呼ばれても寒気がするだけだ。
あ、ライエル将軍の頬がヒクヒクしてる。
どうやら俺がここで頷くと思っていたようだ。
「なんでですかい!?狼族はご主人さまに忠誠を誓いますよ!」
必死に訴えてくるヴォルカン。
一緒にいる狼族たちも、捨てられた子犬のように俺を見つめている。
そんなにお前ら気持ち良かったのかよ……。
「ご主人さまは止めてくれ。他の呼び方なら検討しよう」
「他の呼び方…、兄貴とかどうですかい?」
頭の中に、ムキムキマッチョな兄弟が『兄貴!』『弟よ!』と呼び合う姿が浮かんだが、頭を振って追い払う。
「ご主人さまよりはマシか」
「へへへ、兄貴!死んでもついていきやすぜ!」
狼族は口々に「これでまた虐めてもらえる!」と喜んでいる。
まぁ…俺としても経験値稼ぎに繋がるから、願ってもないことなんだが。
隣を見ると、レイリアの目が点になっていた。
レイリアの頬を抓ると、意識を取り戻したようで俺の手にしがみついてきた。
きっと狼族の態度に恐怖を感じたに違いない。
「コ、コウ!?あなた薔薇の国に旅立ったりしないわよね!」
「薔薇の国ってどこだよ!」
「ノ、ノーマルだって信じていいの?」
レイリアの潤んだ瞳が色っぽい。
だけどちょっと待て!
なんでレイリアは、そんな心配をしてんだよ!
「当たり前だ。俺は普通に女の子が好きだからな」
「……シアとユリカが、夜伽を断られたって言ってたわよ」
あの二人はそんな事まで話したのか!?
俺は上司という権力を笠に着てまでそんな事をしたくないだけで、両思いなら手を出していた(はずだ)。
「ひょっとして俺の出番ですかい?」
ヴォルカンが頬を染め、見下ろしてくる。
背も高く筋肉質なヴォルカンが、しなを作るのは不気味だ。
「いらんわ!主従の縁をぶった切るぞ!」
その反応で納得してくれたのか、レイリアはほっと胸を撫で下ろしていた。
どこの世界の女性も、そう言う話に興味があるのだろうか……。
友好的になった狼族に協力してもらい、訓練を制限時間いっぱいまで続けた。
1つでもレベルを上げて、御前試合に備えたいからだ。
特訓により俺のレベルは42まで上がった。
これで想像ではパルケスを上回っているはずだ。
しかし、あくまで予想なので、1でも高くなるに越したことはない。
残された時間も無くなり、王城に戻るとキリングス将軍が、口をポカンと開けていた。
「コウ殿……、そこにいるのはヴォルカンだよな」
「ええ、ヴォルカンはデュッセル王国に忠誠を誓いました」
「なんと!」
狼族の帰順はライエル将軍が言うように快挙だったようで、キリングス将軍も喜んでくれた。
……実際はマゾ軍団が、俺個人に忠誠を誓っているだけなんだけども。
「ところでフィル達は?」
俺はてっきりこの国に来た時と同じように城門で、待ってくれているのだと思っていた。
しかし、フィルどころかシアもユリカもいない。
「シア殿はシンイチに訓練をつけておる。フィルシアーナ王は、ユリカと自室に篭っておられるぞ」
「自室にですか?」
「うむ。詳しくは教えてもらえなかったが、何か作業をされているようだ」
顔を久しぶりに見たかったのもあるが、親征のお礼をしようと思いフィルの部屋へと向かい、ドアをノックする。
「フィルただいま」
「コ、コウ様!?」
部屋の中ではドタバタと音がしていた。
少しすると、ドアが元気よく開けられた。
「コウ様おかえりなさい!」
「ご主人さま、おかえりなさい」
笑顔で出迎えてくれるフィル。
ユリカも無表情ながら、口角が上がっているので喜んでくれているのだろう。
「ちょうど良かったです!今完成したところです!」
さあ中へどうぞ、とフィルに手を引かれ部屋に入ると、そこには二人の作業の痕跡が残っていた。
「ふふふ、コウ様に気に入っていただけるといいのですが」
フィルは黒い服を差し出した。
周囲には、端切れや裁縫道具がある事から、二人が作ってくれた服だとわかる。
「御前試合では、皆豪華な服を身に纏うと聞きました。本当なら仕立屋さんに頼むべきなのでしょうが、あいにくこの国には仕立屋はありませんので…」
聞けば以前ミハエルが来た時に、服を作るための生地を頼んでいたらしい。
俺が服をあまり持っていないのを気にかけてくれていたようで、俺用に服を作ってくれるつもりだったようだ。
それが、御前試合を行うことになり、普段着から御前試合用の服になったんだそうだ。
「ありがとうな、二人とも。仕立屋で作ってもらったものより嬉しいよ」
「コウ様…」
フィルは嬉しそうに目の前に立っている。
あれ、ユリカはどこだ?
そう思った瞬間、腰に違和感を感じた。
「コ、コウ様!?」
フィルは両目を手で隠した。
「ご主人さま、早く着て欲しい」
「ユリカあああ!?」
俺の背後に回ったユリカが、俺のズボンを下ろしたのだ。
「ご主人さま、着替えの手伝いする。次は上着」
フィルの目を隠しているはずの指の間は開いていて、隙間から下の方を見ている。
視線の先にあるのは、俺の下半身だ。
「大丈夫、下着は脱がせてない」
「わ、私も見えてません!」
フィルは顔を真っ赤にしているが、指の隙間から大きな瞳が見える。
どう考えても見てるだろ!
「そう言う問題じゃなーい!」
慌ててズボンを履き直し、自室に戻った。
女の子の前で、生着替えなんてどんな羞恥プレイだよ。
気を取り直し、二人の作ってくれた服の袖に手を通すと、まるで俺のサイズがわかっていたかの様にしっくりくる。
「コウ様入ってよろしいですか?」
「ああ、着替え終わったからどうぞ」
フィルとユリカがすまなさそうに入ってきた。
せっかく二人が俺のために服を作ってくれたのに、悲しい顔をさせちゃいけないよな。
「二人ともありがとう。すごく着心地がいいよ」
「そうですか!」
手を取り合い、喜ぶメイドシスターズ。
実際に着心地はすごく良い。
二人とも料理は上手だし、裁縫も完璧。女子力高いよなぁ。
「それにしてもよく俺のサイズわかったな?」
「「え”?」」
「こんなにピッタリなんだぞ。俺は戦場に行ってたし、サイズも教えたことはないのに」
考えれば考えるほど不思議だ。
どうしてここまで、ピッタリなサイズの服を作れたのだろう。
「だ、抱きついた時にこっそりサイズを測ったりしてませんからね!?」
「フィル……それは自爆だぞ」
どおりで出征前に、接触が多かったと思った。
てっきり元気づけてくれてるんだと思ったら、そんな事を考えてたのか。
「ううう……軽蔑しないで下さい」
「ご主人さま、ごめんなさい」
二人の頭にポンと手を載せる。
「俺の事をびっくりさせようとして、内緒にしてたんだろ?二人ともありがとう」
黒一色と言うのも俺的には厨二心をくすぐられ、気に入った。
胸にポケットがついているのも実用的だし、何と言っても二人が俺のために作ってくれた服と言うのが嬉しすぎる。
「絶対に俺は勝って帰ってくる。だから二人とも……」
御前試合はミストラル帝国のコロシアムで行われる。
キリングス将軍とも話したのだが、フィルとユリカの二人はデュッセル王国に残る事になっている。
二人は獣の耳が生えており、獣人を見下しているミストラル帝国でどんな目にあわされるかもわからない。
フィルは国王で国を離れるわけにはいかないし、俺以外ではただ一人の魔術師であるユリカにも、万が一があってはならないのだ。
「私達はここでコウ様のお帰りをお待ちしています」
「修行も随分した。帰って来て成長ぶりを見て欲しい」
二人はそう言うと、お守りを差し出してきた。
「このお守り、肌身離さず持っていて下さい。ご利益は二人分入っていますから」
「二人分?」
二人分の思いがこもっているからかなと思ったのだが、少し違うようだ。
「ん、そのお守りには二人の記念すべき1本目が入ってる」
「ユ、ユリカちゃん!?」
1本目?なんの事だ?
思案を巡らせていると、あるおまじないを思い出した。
戦場に赴く男性に、恋人が下の毛を入れた幸運のお守りを渡す。
そのことに思い当たると、急に恥ずかしくなってきた。
「二人とも処女だから、ご利益いっぱい」
「ユリカちゃん内緒にしておいてよぉ…」
俺はポケットにお守りを収めると、二人をぎゅっと抱きしめた。
「ここは俺にとって我が家だよ。絶対に帰ってくるから」
「はい…」
フィルはさめざめと泣いていた。
ミストラル帝国へ出発の日、見送りには大勢の獣人達がやってきた。
これほどまでに獣人がいたのかと思えるほどだ。
「コウ…獣人って温かいのね」
「レイリアにもわかってきたか」
「そりゃこの光景をみたらね。国民のほとんどが集まっているんじゃない?」
見渡すかぎりの獣人たちが俺を見送ってくれている。
フィルやユリカ、キリングス将軍や兵士たちもいれば、見たこともない人も大勢いた。
ミストラル帝国ではありえないことだ。
ミストラル帝国の出征式には軍関係者とせいぜいが親族がやって来るくらいで、関係のない人は参加しないと聞く。
レイリアの驚きも、もっともだ。
用意された馬車に乗り込む。
「兄貴、そろそろ出発しますかい?」
ヴォルカンが尋ねてくる。
「そうだな、出発しよう」
皆の興奮した声にかき消されてしまい、フィル達には言葉は届かないだろう。
だけど俺は言わずにはいられなかった。
「みんな俺は勝って帰ってくる!」
身を乗りだし、皆に向かって叫んだ。
俺の姿に獣人達の歓声は大きくなる。
フィル達も何か言っているようだが、歓声に埋もれてしまい聞くことは出来ない。
やがて馬車は走りだし、俺は皆が見えなくなるまで手を振った。
「本当に良かったのですかい?」
「構わん。続きは帰ってから話すさ」
「さすが兄貴!痺れます!」
お前の言う痺れるは魔法で痺れるんだろう?と言いたくなったが、飲み込んだ。
ヴォルカンは獣人なのに、御者を買ってでてくれたんだからな
ミストラル帝国では、獣人は虐げられる。
狼の耳のあるヴォルカンは標的にされてもおかしくはない。
それをわかってなお、立候補してくれたのだ。
他の同行者はレイリアとシアだ。
レイリアは父親とのいざこざで、危険だと思ったのだが「私を賭けて戦うってシナリオを描いてるんでしょう?ならヒロイン役の私が行かなくてどうするのよ」と言って同行を申し出てくれた。
こうなったレイリアは梃子でも動かないからなあ。
シアは獣人のクォーターなので獣の耳は生えていないから、今回の遠征には最適な人材で、同行をお願いすると「私はコウ様の副官だ。副官とは常に側にいるものだ」と言って快く了解してくれた。
皆には危険を感じたらすぐ逃げるようにと言ってはいるが、どこまで聞いてくれるだろうか。
3人とも狂戦士タイプだからなぁ……。
「くちゅん!」
「どうしたレイリア殿風邪か?」
「いいえ、誰か私の悪い噂をしてるのかも」
レイリアさん恐るべし。
噂じゃないけど、思っていたのは俺だ。
馬車での移動は長い。
せめて休憩時間が活用できないかと思い、ダメもとでシアに尋ねてみる。
「なぁ、剣術に対魔術師用の戦法とかないのか」
「あるぞ」
「ないよなぁ…そんな都合よく」
「だから、あるぞ」
レイリアも聞いたことがなかったようで、二人でシアの言葉に耳を傾ける。
「魔術師は杖を向けた方向に魔法を放つ。皆で正面に立たないように左右に別れるんだ」
レイリアは「なんだそんなことか」と落胆した様子だったが、俺には興味深く感じられた。
今まで魔術師の視線からでしか考えたことは無かったが、対抗手段を持たない剣士は魔法を避ける事を第一に考えるようだ。
「単純だけど効果はありそうだな」
「コウ?」
「シア、訓練に付き合ってくれるか」
「うむ、喜んで付き合おう」
ぼうっとしているよりずっといい。
何が戦闘の役に立つかわからないし、余計なことを考えなくて済む。
「さあ!シア!剣を振ってくれ!」
「ちょっと!コウ!死ぬわよ!」
「手加減もよろしくお願いします…」
訓練の内容はいたって単純だ。
レイリアに魔法を放ってもらい、それを左右のどちらかへ逃げる。
単純ではあるが、躱せた時の効果は大きい。
効果は自分に直接放たれる単体魔法だけで、指定範囲を攻撃にする範囲魔法には無意味だが、どうも落ち着かず何かをして身体を動かしていたかったのだ。
「コウ様、重心は両足のつま先へ。しっかりと相手の目を見て」
「こうか?」
「動く時は足の力だけでなく、体重も利用するのだ」
シアが熱心に訓練を付けてくれる。
思っていたよりも前に重心を置かねばならず、慣れない俺はバランスを崩してしまった。
「おわっ!?た、倒れる」
てっきり転んでしまうかと思ったのだが、激しい衝撃の代わりに、柔らかい何かが俺の顔を包み込んだ。
「コウ様怪我はないか?」
不安げなシアの顔がアップで見える。
俺はシアの胸に顔を埋めていたのだ。
「シ、シア!?」
「怪我が無いようで安心した…」
いやそれどころじゃないんですけど!?
なんですか、この柔らかさ!
シアは動揺する俺を、ぎゅっと胸に抱きしめた。
「コウ様…私は嬉しいのだ」
「え?」
「フィル様やユリカは服とお守りを贈ったと聞いている。レイリア殿は一緒に特訓をした。私だけコウ様に何も出来ていなかったんだ」
そんな事はない、今一緒に来てくれているじゃないか、と言おうと思ったのだが、顔は胸に押し付けられており、思うように言葉が発せない。
「この訓練が役に立つ時は、防戦一方になっている時だろう。使わない状況であることを祈っている。もしコウ様に万が一があれば……」
シアの両腕から開放される。
「この白装束を身に纏い、後を追う!」
白装束を掲げたシアを、レイリアと一緒にポカンと見つめる。
「コウ…忠誠心溢れた部下よね……」
「縁起でもないことを……」
シアに「俺が負けることを前提に考えないでくれ」と注意すると「白装束を使わせないでくれ」と懇願してきた。
もちろん、そんな事態はごめんだ。
レイリアの魔法を何度も受けてしまい、ヒーリングのお世話になるが、シアの熱心な指導もあり、多少は動きが良くなったのではないだろうか。
俺が魔法を受ける度、羨ましそうにするヴォルカンは見なかったことにしよう。
馬車での1週間の旅も終わり、ミストラル帝国の王都にたどり着いた。
さすがは大陸有数の大国で、重厚な城壁、大きな町並み、人々の多さ、商店も多くどれもがデュッセル王国を遥かに上回る規模だ。
既にミストラル大祭は始まっているらしく、周辺の街からの旅人も多くやって来ているようだ。
俺も10年この街で過ごしたので、里心がつくかと思ったが不思議とつかなかった。
懐かしいとは思えるし、ミストラル帝国の方が栄えているが、この街に帰りたいとは思えないのだ。
それだけ俺もデュッセル王国に馴染んだと言うことなのだろう。
「コウ様…栄えた街とはこのような街の事を言うのだな」
シアは物珍しげに、町並みを眺めていた。
その美貌はローブに隠されている。
他の皆も同様で、皆ローブを目深に被っている。
「確かにこの町の表は栄えている」
周囲を歩く平民たちは多く、通行が困難なほどだ。
皆、お祭りでよそ行きの服を着ているからだろうか、綺麗な服を着ている。
ここだけ切り取って見れば、羨ましくも感じるだろう。
「だがな、通りを一本裏道に入ると…」
シアは俺の視線に気づいたらしく、裏路地の一つに目をやった。
そこはスラム街とも言えるような場所で、平民でも迷い込んでしまえば身ぐるみ剥がされてしまうような危険な場所だ。
「なるほど……。繁栄の裏には闇があるということか」
「そうだ。俺達に面倒事に巻き込まれている暇は無い。俺とレイリアから離れるなよ」
俺達は御前試合に参加するためにやって来た。
シアにも思うところはあるだろうが、あくまでもここは他国。
よそ者の俺達が、根本的に解決出来る問題ではない。
もちろん、ここがデュッセル王国なら全力で改善策を講じるけどな。
「あいわかった…」
正義感の強いシアには苦痛だろうが、我慢してもらうしか無い。
下手に動いて、貴族に目をつけられても厄介だからな。
無言で商店街を歩いていると、レイリアが何かを見つけたらしく走って向かった。
「レイリアどうしたんだ?」
「ちょっと待ってて!」
見ればレイリアは『賭け屋』に向かったようだ。
元の世界で言うブックメーカーなのだが、この世界でも賭け事は庶民に人気がある。
俺は遠視の魔法で賭け屋を覗いてみるが、人が多すぎて様子がわからない。
やがてレイリアは怒った様子で戻ってきた。
「失礼しちゃうわ!」
「どうしたんだ?」
「コウの勝ちに賭けたのが、私だけなんだって。オッズすら掲示されてなかったのよ」
俺の勝ちに賭ける?
あ、御前試合も賭けの対象になっているのか!
詳しく聞くと、パルケスの3分以内の勝利が1.1倍、10分以内の勝利が1.5倍なんだそうだ。
それ以上になると万馬券の様な倍率になるらしい。
ちなみに俺の勝利に賭けるのは時間の区切りも無く、倍率は1000倍を超えるそうだ。
パルケスは女性人気が高いとは聞いていたが、やはり実力も兼ね備えているのだろう。
でなければ、こんな倍率にはならないはずだ。
レイリアは手に賭け札を持っていた。
「いくら買ったんだ?」
「全財産」
「は?」
「コウの勝ちに全財産賭けたからね。帰りの旅費も無いわ」
どうやらレイリアなりの激励らしい。
レイリアも俺が負けたら、何かしらの覚悟をしているようだ。
「レイリア殿、私でも買えるのか?」
「ミストラル帝国の国民じゃないと無理ね。私が代わりに買ってきてあげる」
するとヴォルカンも買って欲しいと言い出した。
「儲けられるとわかってて、乗らない理由はありやせんぜ」
そう笑って、懐から取り出した財布ごとレイリアに渡した。
「3人とも全財産かよ」
「しっかり儲けさせてよね」
その後、レイリアが探してくれた宿屋に泊まることになった。
俺とヴォルカン、レイリアとシアの二部屋だ。
ヴォルカンは俺の様子に遠慮したらしく、扉の外で不寝番をしてくれるそうだ。
何のために二人部屋をとったのかわからなくなるが、ヴォルカンなりの気遣いなのだろう。
「何かありやしたら遠慮なく呼んで下さい」
そう言って、ヴォルカンは部屋を出て行った。
部屋に一人いる俺は明かりを落とし、暗闇の中で御前試合のイメージを練る。
イメージしたパルケスは攻撃魔法を放ち、俺は対抗魔法を放ち反撃に移る。
その繰り返しだ。
相手の詳細もわからないので、決着のつかないままイメージは終わる。
見れば膝がカクカクと震えていた。
武者震いと言えればいいのだが、どうやら俺は緊張しているのだろう。
思い返してみると、デュッセル王国を出てからの俺はいつもと違った。
どおりで別れ際のレイリアとシアは不安の色を浮かべていたわけだ。
ヴォルカンも気を使ってくれたしな。
苦笑いをしても膝の震えは収まらない。
しかし、御前試合は明日に迫っている。
その場で俺の運命は決まるのだ。
次話「御前試合」主人公のスイッチON




