第十八話 狼族捕縛作戦
フィルが出陣の指示を出した1時間後。
町の広場には大勢の軍人が集まっていた。
皆、手に武器を持ちフィルの出陣の合図を待っている。
その数、約5千。
5千の兵は整然と並んでおり、フィルの言葉を静かに待っている。
集合するまでの時間が異常に早く、フィルの呼びかけの影響力の高さが窺える。
フィルは広場に作られた台の上で、皆に語りかける。
口調はいつもの様に穏やかながらも、堂々としたものだ。
要約すると『宮廷魔術師のコウ様がピンチで、切り抜ける為には狼族と戦う必要があるのです。皆の力を貸して下さい!』だ。
王の演説と言えば、偉そうに話すものと先入観を持っていたから、これで大丈夫なのかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
集まった兵たちは、一言も発さず真剣な眼差しでフィルの話を聞いている。
「今回は私が総大将として出陣いたします!デュッセル王国の未来のために、どうか皆さんの力を貸して下さい!」
フィルの演説は続いている。
「しかしデュッセル王国の未来の為って大げさだよな」
国から見れば、俺ひとりの存在なんて微々たるものだろう。
俺はそう思っていたのだが、キリングス将軍が否定する。
「コウ殿、謙遜も程々にな。コウ殿はデュッセル王国を将来…いや、既にこの国を背負っている重要人物の一人だ」
キリングス将軍は俺が魔術師であることに加え、算術が出来ることを買ってくれているようだ。
俺の今までの功績として、バルツバイン王国との戦争や、悪徳商人バルゼットの詐欺を見抜いた事を挙げてくる。
過去の貢献もそうだが、キリングス将軍は未来の貢献に期待してくれているらしい。
「もう10年もすれば儂も老いてしまう。その頃の儂は、最前線には立てないだろうな」
「ライエル将軍もいるじゃないですか」
「儂の予想では、これから大陸に動乱が起こる。ライエル一人では捌き切れないほどのな」
「以前にも言っておられましたね」
「ああ、動乱が起これば、宮廷魔術師であるコウ殿の存在の重要性が更に増すだろう」
宗主国のミストラル帝国の皇帝は血を見るのが好きな狂人だし、その部下達も明らかに獣人を見下している。
いつ、無理難題を吹っかけられるかわからないし、無謀な戦に巻き込まれるかもしれない。
隣国バルツバイン王国でも、王が病に伏せっていると聞く。
都合の悪いことのは、バルツバイン王国の皇太子は野心多き人物との評判があることだ。
それにミストラル帝国と並ぶ大国の、ダカルバージ帝国が沈黙しているのも不気味だ。
デュッセル王国はミストラル帝国、ダカルバージ帝国両大国の緩衝地帯に存在しており、他の緩衝地帯に存在する小国の動向も見逃せない。
考えれば考えるほど、戦争の火種しか思い浮かばない。
「儂が老いてしまうまでに、コウ殿にこの国を背負ってもらいたいと思っておる。だから死なれては困るのじゃよ。フィルシアーナ王も全幅の信頼を寄せておられるしな」
フィルは、壇上で全軍に向かって何度も力を貸してくれるよう頼んでいる。
――他の誰でもない、俺のために。
「早く執政の肩書を、返上させてくれよ」
そう言うとキリングス将軍は、俺の肩をポンと叩いた。
キリングス将軍が執政を退くと言うことは、王であるフィルが最高責任者になるのか?
だがフィルの性格だと遠慮しそうな気がする。
それだとフィルが結婚して、結婚相手が国王の代わりに執政になると言うことだろうか?
なら何故、キリングス将軍は俺に向かって、執政を返上させてくれと言うのだろう…。
フィルを見ると、演説も終わりのようで
「みなさんお願いします!」
と、深々と頭を下げていた。
その姿に驚いた軍人たちは、「「「フィルシアーナ王万歳!」」」と、口々に絶叫した。
俺もまさかフィルが頭を下げるとは、思いも寄らなかった。
だって王様だぞ。
軽々しく頭を下げるもんじゃないだろう。
それ程までにフィルは、俺に勝って欲しいんだと思うと胸が熱くなる。
フィルは台から降りてくると俺の側にやって来た。
「私に出来るのは、皆に力をお借りする事だけです」
フィルの言葉にそんな事は無い、と言いかけると
「コウ様、絶対に勝って下さい。私……………」
潤んだ瞳でフィルが見上げてきた。
私……その先はなんだ?
「「「フィルシアーナ王万歳!」」」
軍人たちの絶叫に、フィルの声がかき消される。
「え、今なんて?」
「………がす……す!」
「聞こえない!」
「コ……が……です!!」
「聞こえなーい!」
フィルは赤くなりながら、大声を出しているが1万人の絶叫には敵わない。
やがて諦めたのか、目に涙を浮かべながらフィルは再び壇上へ戻って行った。
いったいフィルは俺に何を伝えたかったのだろう。
壇上に戻ったフィルは、剣を空に掲げ出陣を告げる。
「全軍出撃いたします!」
全軍がフィルの言葉で動き出す。
5千人の整然とした動きは壮観だ。
「皆の者!儂に続けい!」
キリングス将軍はそう叫ぶと、馬に飛び乗り駈け出した。
今回の狼族討伐軍の先陣を務めるのはキリングス将軍で、本隊のフィルがその後に続く。
フィルの軍勢を実際に指示するのは、ライエル将軍で俺たちも本隊に同行する。
ちなみにミハエルは、全軍の出撃前にミストラル帝国に戻ったので、もうここにはいない。
御前試合の対戦相手、パルケスの事を調査してくれるそうだ。
ミストラル帝国での情報収集は、獣人である俺の部下達には任せられないのでありがたい。
狼族の根城に向かう最中、馬車に揺られながら俺は考え事をしていた。
俺は元の世界では、無為な毎日を過ごしていた。
目標もなく、大きな事をやり遂げた事もなかった。
それがこの世界に来てからはどうだ。
魔法学園での親友たちとの日々は、苦しい事もあったけど楽しかった。
今もデュッセル王国で温かい獣人達に囲まれ、充実した日々を送っている。
しかし御前試合に負ければその全てが失われる。
命も、この温かさも手放したくない!
俺は皆に『絶対に勝つ』と宣言した。
しかし、まともに戦っても勝算は薄い。
新魔法を駆使して戦うことも考えたが、目先の勝利にしかならない。
万が一にでも、ミストラル帝国に新魔法の数々が流出すれば、国家間の戦力図が大きく変わりミストラル帝国が、大陸を統一するべく挙兵する事に繋がりかねないと思えるからだ。
ただでさえ、優秀な魔術師を数多く抱える野心的な国家が、よく切れる武器を手にして大人しくしているはずが無い。
なら、どうすればいいか。
俺の出した答えは明快だ。
レベルを上げ、純粋に魔術の腕で上回り勝利する事。
それがこの難局を打破する最善手だ。
相手は大陸でも最精鋭部隊とも言えるミストラル帝国宮廷魔術隊、序列第13位の実力者パルケス。
レベルで10前後パルケスに劣る俺が、まともに経験値を稼いでも1ヶ月で10レベル以上上げて、追いつくのは困難だ。
不可能だと言っていい。
俺は当初、熊や猪の様な獣を集めて貰うつもりでいた。
しかし、キリングス将軍は獣の数を集めるのは困難だからと、代わりに狼族の捕縛を提案してきた。
狼族には歴代の王達も苦しめられていたそうで、今回の戦は都合がいいのだそうだ。
良心が痛むが、背に腹は変えられない。
「コウ、顔が引きつってるわよ」
「え…あ、そうだな」
レイリアに指摘されたとおり、俺の頬は引きつっていた。
余裕が無いのだろうか。
「むー、しょうがないわね。今回が見納めだからね」
そう言うとレイリアは、自分の荷物を漁りはじめる。
側にいるフィルとユリカにも、ヒソヒソと話をしている。
「ええっ!わ、私もですか!恥ずかしいです」
「コウを元気にするためよ。お願い、力を貸して!」
「……私は似合いそうにない」
しばらく3人で話していたが、どうやら話は纏まったようだ。
「じゃぁみんないくわよ。……せえの!」
レイリアと同時にフィルとユリカも振り返る。
「「「私達がついてるにゃん♪」」」
見ればレイリアは、箱から出てきた時にしていた猫耳を頭につけている。
フィルには元々猫耳が生えているし、ユリカには兎耳が生えている。
その3人が揃って猫のポーズをしている。
どの顔も羞恥に頬が赤く染まっていた。
「ぷ…なんだよ、それ!」
俺は思わず吹き出してしまった。
「どう?綺麗どころの3人の猫ポーズよ!」
「コ、コウ様あまり見ないで下さい」
「私、兎族…」
「可愛い娘がやれば問題ないってベルモットが言ってたわ!」
今度はシアとシンイチがヒソヒソと話を始めていた。
「シンイチ!行くぞ!」
「はい!お師匠様!」
「「私(僕)達もついてるにゃん♪」」
俺は涙がでるほどに、笑ってしまった。
俺はどうやら皆に随分心配させてしまっていたらしい。
皆は笑わせて、俺を元気づけてくれたのだ。
その気持ちに、胸が暖かくなる。
俺達の笑い声が気になったようで、ライエル将軍が馬車を覗きこんできた。
「フィルシアーナ王、どうなさいましたか?」
ライエル将軍の視界には、猫ポーズをとった5人がいる。
ライエル将軍に見られた事で、更に恥ずかしくなったらしく、皆真っ赤になり固まっていた。
「あはは、宮廷魔術師殿は愛されていますな」
ライエル将軍は一瞬で、皆が俺の緊張をほぐす為にやった事だと気づいたようだ。
「そうですね。誰もが掛け替えのない人ですよ」
――俺はこの人達ともっと一緒にいたい。
だから絶対に負けられない。
迷っている暇はないんだ。
一昼夜の行軍で、デュッセル王国軍は狼族が根城にしている山の麓へと辿り着いた。
5千の軍勢で山を取り囲む。
対する狼族は推定500人。
兵力は10倍の差があるが、地の利は狼族にあり油断は禁物だ。
キリングス将軍が、小高い丘に置かれたフィルの本陣へとやって来た。
「フィルシアーナ王、突撃準備完了です!」
フィルが攻撃命令を下そうとするが、俺はそれを止める。
「今回の目的は狼族の捕縛ですよ。通常の戦闘とは違います」
狼族の戦闘方法はゲリラ戦だとわかっている。
わざわざ突撃して敵の思惑に乗る必要は無い。
現在、圧倒的な戦力で狼族の籠っている山を完全に包囲しているのに、無策のまま飛び込むのは、戦死者を増やすことに繋がりかねない。
「探査『狼族』」
この魔法はユリカ達の父、裕作の本に書かれていた魔法だ。
対象を指定する必要はあるが、視界の端にレーダーの様なものが現れ、対象者の居場所がわかる優れものだ。
ただ使い所を選ぶ魔法で、対象者が今回のように漠然とした表現でも表示されるのだ。
どこまで正確かはわかっておらず検証の余地があるが、以前王宮で「フィルを敬愛するもの」と指定して発動させた時は、レーダー中が光ってびっくりしたものだ。
狼族が籠っている山はさほど大きくなく、十分に探査の範囲下に入った。
どうやら狼族は10のグループに別れているようで、得意のゲリラ戦に持ち込みたいのだろう。
しかし、相手の土俵にわざわざ乗るつもりは無い。
「キリングス将軍、狼族はこの位置にいます」
地図を広げ狼族の位置を示すと、キリングス将軍は驚きを隠さなかった。
「山に潜む狼族の位置を、完全に把握したのか!」
「ええ、それが探査の魔法です」
「ううむ、これなら優位に戦を進められるな」
「今回の作戦では、死者を一人も出したくはありません。元々俺の要望で始まった戦いですから」
「ふむ、ならどうしようと言うのだ」
「探査の魔法を最大限活用しましょう。相手の位置さえわかれば奇襲は成り立ちませんからね」
クイクイとレイリアが袖を引っ張ってきた。
「何よ、サーチの魔法って」
「今は軍議の最中だから説明は難しいな」
「後でちゃんと教えてよ」
「これも機密だからな」
本当は、レイリアがデュッセル王国に仕官してくれるなら新魔法を教えるよと言いたかった。
だけど今のレイリアの置かれた状況は不安定で、迷わせる事を言ってはならないと思ったのだ。
今は、こうしてレイリアが機密に口を閉じ、手を貸してくれているだけで十分だ。
「キリングス将軍率いる部隊には、狼族の退路を潰して欲しいんです」
「どういう事だ?」
「俺が魔法で狼族の隠れている場所を調べます。伏兵に悩まされることが無いなら、寡兵の狼族なんてキリングス将軍の相手では無いでしょう?」
俺の言葉にキリングス将軍はニヤリと笑った。
「コウ殿も人を使うことが上手くなってきたな。これも部下が出来たおかげか」
「おだててるつもりはありませんよ。事実ですよね」
「ふはははは、今回はフィルシアーナ王の初めての親征だ。勝利に貢献してみせようぞ」
レイリアにキリングス将軍に同行して欲しいと頼むと、快く頷いてくれた。
レイリアほどの魔術師がキリングス隊に随行してくれるなら、戦死者は激減するはずだ。
もう一人の魔術師ユリカには、シンイチと共にフィルの護衛を頼む。
まだ未熟な二人だが、今回は圧倒的な兵力で攻め込んでいる上、ライエル将軍も側にいるので問題は無いだろう。
「コウ様、私はどうすればいい」
「シアにはレイリアの護衛を頼む」
「心得た」
さすがにシアほど強い者は、そうそういないだろう。
もしレイリアに脅威が迫ったとしても、シアが手助けしてくれるはずだ。
そう思ったのだが、狼族には一人シアに匹敵する力の持ち主がいるらしい。
「狼族のリーダー、ヴォルカンには注意するように。奴の武勇はシア殿を上回るやもしれん」
「そんなに強いのですか?」
「ああ、今までライエルが何度追い詰めても、奴だけは捕らえきれなかった」
ライエル将軍が今まで何度か直接刃を交わした事があるそうだが、一度も勝つことが出来なかったのだそうだ。
ライエル将軍と言えば、デュッセル王国で二番目の剣の使い手だ。
そうなるとシアでは厳しいのかもしれない。
「コウ、大丈夫よ。二人でかかれば負けないわ」
「そうだな、私が引きつけてレイリア殿の火拳をお見舞いすれば……」
「いやいや、シアが防いでる間に遠距離魔法で倒してくれよ!」
一人でも多くの狼族を捕らえたいところだが、ヴォルカンだけは例外にした。
一人に構って死者を出すのは避けたいもんな。
「準備はよろしいですか?」
俺はフィルの問いかけに頷いた。
「キリングス!あなたに先陣の名誉を授けます。キリングスの活躍もここから見ておりますよ」
「ははっ!」
キリングス将軍は、喜び勇んで本陣を後にした。
レイリアとシアもそれに続く。
こうして、狼族捕縛作戦は幕を開けた。
狼族の立て籠もる山から、火の手が上がる。
レイリアの火魔法だ。
探査の魔法で確認すると、狼族を順調に追い詰めつつある。
さすがは百戦錬磨のキリングス将軍だ。
「狼族の小隊がキリングス隊の下方にいます。合図を」
俺の指示で、軍太鼓の音がドドドンと響く。
軍大鼓のリズムや音の強弱で暗号を送り、キリングス隊へ敵の居場所を知らせるためだ。
こんな時に念話石があれば、通信しやすいのだが無い物ねだりをしても仕方ない。
「コウ様、戦況はいかがですか?」
「さすがはキリングス将軍だな。見事に敵を追い詰めているよ」
地図上に置いたマーカーの位置を、現在地に修正していく。
キリングス隊の速度は俺が予想していたよりも早く、何度も火柱が上がっていることから、レイリアとシアが奮戦していることがわかる。
「二人とも無理だけはしないでくれよ……」
俺の呟きに答えるかのように、再び火柱が上がった。
やがて狼族は山の麓まで降りてきた。
キリングス隊が見事に任務を成し遂げたのだ。
「ではライエル将軍、作戦通りお願いします」
「は!」
フィルに俺も出撃することを告げると
「えへへ、これでコウ様の戦っているところが見られます」
と、恥ずかしそうに告白してきた。
「ひょっとしてその為に総大将になったのか?」
「い、いいえ!?皆の士気を高めようとしたのですよ!」
どもっているのが怪しいが、実際に士気が上がっているのは確かだし、これだけの兵力をすぐに集められたのはフィルが親征を決断してくれたからだ。
くしゃりとフィルの髪を撫でる。
「ここまでお膳立てしてくれたんだから、後は俺の出番だな。ユリカ、シンイチ、フィルの護衛は任せたぞ」
「ご主人さま、任せて」
「はいっ!」
俺は馬に跨り、狼族のいる山へと向かう。
まだまだ馬に乗るのは下手だが最近ようやく、馬を走らせることが出来るようになったのだ。
山の麓まで来ると、シアがレイリアに肩を貸しながら歩いてきた。
レイリアの足元はおぼつかないようで、どうやら魔力切れのようだ。
「二人とも怪我はないか?」
「うむ、大きな怪我はないがレイリア殿がこのとおりでな」
「本隊まで下がって休んでくれ。ユリカにヒーリングをかけてもらうといい」
「私はどうすればいい?レイリア殿を休ませてこちらへ戻ってくればいいのか?」
「いや、ここから先は俺の出番だ」
二人を俺が乗ってきた馬に乗せると、レイリアが不安そうな顔で話しかけてきた。
「ヴォルカンは強いわ。あのキリングス将軍でも苦戦しているの」
なるほど、レイリアの不安はそこにあったのか。
「大丈夫だよ。こんなところで負けるわけにはいかないさ」
俺の戦場はここじゃない。
パルケスと戦う御前試合であり、その先にも戦場はある。
あくまでヴォルカンは前座に過ぎないのだ。
「だけど一人じゃ……」
不安そうなレイリアに、シアが話しかける。
そう言えばシアは、俺の魔法障壁を身を以って体験しているんだもんな。
「レイリア殿、コウ様はお強い。私では足元にも及ばぬほどにな。味方になったコウ様の頼もしさ、しかとこの目に焼付けさせていただこう」
シアはそう言うと、レイリアを背に掴まらせ馬を走らせた。
二人が本陣に入るのを見届けて、俺は魔法を唱える。
「魔法障壁発動」
俺の周囲を魔力で出来た壁が覆う。
この魔法障壁さえあれば、剣は無力化したも同然だ。
いかに狼族のリーダーヴォルカンが強いとは言え、魔法より強い攻撃を放てない限り、この魔法障壁は破れないからだ。
包囲の準備が出来たようで、フィルの本隊も一部が前進してくる。
これで狼族の逃げ道は完全に無くなったな。
探査を使い狼族の場所を探る。
……いた。すぐ近くだ。
俺は狼族に向かって走りだした。
山に近づくと、キリングス隊に追い詰められた狼族が、姿を現した。
俺の姿に気づいた狼族が襲い掛かってくるが、魔法障壁で弾き返す。
狼族は現実が信じられないのか、何度も剣を振るってくるが魔法障壁の前には無力だ。
「捕縛!」
動けなくなる狼族を横目に、俺はマーカーの密集地帯目指して走った。
きっとそこにヴォルカンがいるはずだ。
「「殺す!」」
狼族は皆、殺気の籠もった言葉をぶつけてくる。
現れる狼族は皆「殺す」と言ってくるのだ。
他に言葉を知らないのか、と思いたくなるほど「殺す」とだけ叫んでいる。
やはり狼族は狂っている。
密集地帯にはキリングス将軍がいて、一回り大きな身体をした狼族と剣を交えていた。
きっとあいつがヴォルカンだな。
「キリングス将軍!援護します!」
「おう!コウ殿か!」
「捕縛!」
捕縛の魔法を使うと魔力で出来た縄が、ヴォルカンの身体にまとわりついた。
「コウ殿……」
「なんでしょう?」
「儂の見せ場が無くなったではないか!」
ヴォルカンは身動きの取れない状態で、地面でもがいている。
その姿はまるでイモムシのようだ。
「……やり過ぎましたか?」
「もうヴォルカンは動けないではないか!こうなったら次の敵を捕らえてくれるわ!」
キリングス将軍は足早に、次なる獲物を探しに向かった。
ヴォルカンの仇討ちをと思ったのか、血気に逸る狼族が一斉に襲い掛かってくる。
「無駄だよ」
10人近い狼族の剣が、魔法障壁に弾き返される。
過去に魔法障壁を前にシアは何度も剣を振るってきたが、やがて諦めた。
しかし、狼族は血走った目をしたまま諦めないのだ。
無駄だと気づかないのか、剣を振るい続ける。
捕縛の魔法で一人ずつ動けなくしていくが、狼族は魔力の縄に捕らわれても抵抗を諦めようとはしない。
「こいつらヤバイな。片腕が無くなっても平気な顔で襲ってきそうだ」
キリングス隊の面々は、数の優位を活かし戦っているが苦戦している場所も見られる。
バルツバイン王国との戦闘では敵兵を圧倒していたデュッセル王国軍が、寡兵相手に苦戦している事実に冷や汗が流れる。
俺は苦戦しているところに優先して、捕縛の魔法を使う。
魔法を放つ度に、キリングス隊の数的優位は増していき、次第に狼族の罵声は小さくなっていった。
完全に狼族が沈黙した頃、キリングス将軍が10人の狼族を縛ってやって来た。
「うはは、フィルシアーナ王もこれでお喜びになられるはずだ!儂の活躍もご覧いただけたに違いない!」
「ソウデスネ…」
よほどフィルの前で活躍できたのが嬉しかったのか、キリングス将軍は満面の笑みを浮かべていた。
ひょっとして、フィルの異常な人気の原因はキリングス将軍にあるのではないだろうか。
まぁキリングス将軍も500人の内10人捕縛するという偉業を達成したんだ。
フィルに念入りに褒めてもらうよう言っておこう。
捕虜たちは皆縛られており、身動きの取れない状況になっている。
殺気のこもった視線を感じるが、これも戦争の結果だ。
勝者が敗者に望むこと、それが今は捕虜になることだっただけだ。
狼族を完全に無力化したと判断したライエル将軍の指示で、フィルたちもやって来た。
「コウ様!ちゃんとご活躍が見れました!」
今回の戦では派手な魔法は使っていない。
それでもフィル達は満足気な表情だ。
ホントはこのままフィル達と楽しく会話していたかった。
だが、俺は見極めねばならないのだ。
――狼族を俺のレベルアップの道具にしていいのかを。
囚われの身のヴォルカンの気勢は衰えてはいなかった。
縄を食いちぎってでも、逃げ出そうとする根性は大したものだ。
「ヴォルカン話がしたい」
「俺を縛った罪は重いぞ。1分ごとに1人の獣人を殺害してやる」
話が咬み合わない。
ヴォルカンの目は殺人者のそれで、もしも解放すれば本当に実行するだろう。
俺は当初ヴォルカンに三国志の孟獲のイメージを重ねていた。
三国の蜀の時代、南蛮の王、孟獲は蜀軍率いる諸葛亮の軍勢を前に、何度も捕まる。
諸葛亮は武力で孟獲を討伐しても、軍勢を引けばいずれ反乱が再発すると予見し、孟獲の心を攻める作戦を執った。
それは7度孟獲を捕らえ7度放つ事になり、7度目に開放された時孟獲は諸葛亮に心腹したと言う。
孟獲と比べ目の前にいるヴォルカンはどうだ。
「王も全て殺してやる!俺を殺しても、亡霊となってでもお前らを皆殺しにしてやる!」
周囲にいる捕縛された狼族も、同じような事を口にしている。
こいつらを改心させるなんて出来るのか?
どうするかと悩んでいると、キリングス将軍がやって来た。
「どうじゃコウ殿。血気盛んで恨みは決して忘れない反骨心溢れる種族、それが狼族じゃ。歴代の王も狼族に手を焼いたと言うのもわかるだろう」
「ははは、聞きしに勝る凶暴っぷりですね」
「うむ、こやつらなら遠慮はいらんぞ」
俺は最終確認をするべくヴォルカンの前にしゃがんだ。
「なぁヴォルカン、お前らが獣人を殺さないと言うのなら、悪いようにはしない」
「お前の顔覚えたぞ。必ず殺す」
やはり会話は咬み合わず、迷っていた俺の心は定まった。
狼族は御しがたく、屈服させるのは困難だ。
「キリングス将軍、予定通り行いましょう。建築の準備を」
「ああ、既に指示を出しておる。なぁに5千人もおればあっという間だ」
そして翌日には、特設の牢獄は完成した。
円形に出来上がった牢獄に狼族達を入れる。
それを見届けたところで、フィルとキリングス将軍達は帰還した。
ユリカとシンイチ、それにシアも一緒だ。
残ったのはライエル将軍率いる部隊千人と、レイリアだ。
レイリアも帰国するように言ったのだが、御前試合の責任を感じているのか頑なに拒否したのだ。
俺としても同じくらいの実力を持つ魔術師のレイリアがいれば、万が一俺の魔力が切れ、ライエル将軍の部隊が抑えきれなかったとしても、レイリアに対処してもらえる安心感がある。
「コウ?レベルってのがよくわからないけど、敵を倒せば強くなるって事でしょ?こんな建物に押し込んでどうするの?」
レイリアの疑問も最もだ。
俺の出した経験値を稼ぐ方法は、魔法で的を攻撃すること。
攻撃することであって、倒すことではない。
獣人の治療をした時に気づいたのだが、対象は物よりも生物の方が効率がいいのだ。
怪我人を集中的に治療して回ることも考えたが、あくまで回復魔法は単体相手の魔法で、範囲魔法に比べると効率が悪い。
「範囲魔法でたくさんの対象に攻撃するのさ」
レイリアは訳がわからないと、首を傾げていたが百聞は一見にしかず。
実際にやるところを見てもらおう。
「ヴォルカン、今からお前らには死ぬよりも苦痛な思いをしてもらう」
「殺す殺す殺す!!!!」
浮遊の魔法で上空から、狼族を見るが未だ戦意は衰えていない。
その根性は尊敬に値するが、相手が悪かったな。
「その根性、どこまで続くか楽しみにさせてもらおう。スタンスパーク!」
俺が雷魔法のスタンスパークを放つと、牢獄の地面は雷で溢れた。
スタンスパークは攻撃力の低い、電気で身体を麻痺をさせることを主眼に置いた攻撃魔法だ。
「「「あばばばばばあばああ!」」」
雷魔法で狼族達は痺れて、地面に這いつくばっている。
俺のゲーム脳で考えたレベルアップの方法は、敵の湧きを管理することだ。
ネットゲームでは、ポップポイントと呼ばれる敵が現れる場所があった。
しかし、この世界では敵はポップしない。
なら攻撃対象を集めてもらえませんか、と言うのが対策会議で俺がお願いしたことだ。
当初は熊や猪などの獣を使うことを提案したのだが、キリングス将軍は狼族ではどうかと提案してきた。
凶暴とはいえ獣人相手に行うことに戸惑いもしたが、被害者も多数出ている犯罪者集団だと割り切る事にした。
このまま狼族を生かしていれば被害者は増える一方だし、なによりパルケスになんとしてでも勝たねばならないからな。
杖の魔力継続効果も絶大で、狼族達は痺れ続けている。
500人もの狼族に、延々と攻撃魔法を仕掛けているので莫大な経験値が入っているようだ。
お陰であっという間にレベルが上がった。
「あれ?少し雷の威力が上がった?」
「ああ、今レベルが上った」
「ふぅん、こうやって実演されるとわかるわね」
「まだレベルが足りないけどな」
「パルケスに勝てそう?」
「このまま続ければ大丈夫…だと思う」
狼族の体力がどこまでもつかわからないが、この状態を維持しているだけで経験値は入り続ける。
昼夜を問わず、狼族を使ったレベルアップ作戦は続いたのだが、3日目に異変が現れた。
それまで、俺に殺気を向けていた狼族の一部がおかしくなりはじめたのだ。
「もう止めてくれ!」
「助けてくれ!」
この変化は予想の範囲内だ。
だが、一部の狼族は
「ああああああっ!もっとぉ!」
と、悶え始めたのだ。
やばいな、狼族の一部は新しい何かに目覚めてしまったようだ。
ちなみに誰が言ってるのかわからんが、野太い声だからな。
色っぽい想像はしないように。
「……これは引くわね」
「雷の刺激に喜びすら感じ始めたか…。狼族恐るべし」
この時俺のレベルは31に上がっていた。
順調に上がっていたレベルも、高くなってきたことにより必要経験値も増えてしまい伸びが悪くなった。
パルケスの予想レベルは35から40。
戦闘経験では向こうの方が上だから、追いついただけではまだ足りない。
レベルで上回り、圧倒する必要がある。
――2週間後
恐ろしい事態は進行していた。
ズラッと勢揃いして、牢獄の中で俺を待つ狼族たち。
その姿はどれも疲労の色が濃く見える。
中心にはヴォルカンがいて、俺の一挙手一投足を見逃すまいと注視している。
「今日も始めるぞ」
俺の言葉を合図に、狼族は思い思いの場所に広がっていく。
先日までの殺気に満ちた視線が、今では嘘のように感じる。
隣でレイリアがゴクリと喉を鳴らした。
「コウ……引き返せるのはここまでよ?もう既に手遅れかもしれない……本当にやるの?」
「ああ、俺はパルケスに負けるわけにいかない。やるしか無いんだ」
背筋に冷たいものが流れ、狼族たちの視線は俺の杖に注がれた。
「いくぞ!スタンスパーク!」
狼族たちは身構え、電流に備える。
牢獄中の地面に電流が走った。
「ああああああ、最高ですぅぅぅぅ!!!」
「もっと!もっとお願いしますぅぅぅ!!!」
「ご主人さまあああああ!!!」
野太い嬌声が牢獄に響き渡る。
ちなみに一番喜んでいるのはヴォルカンだ。
「何度見ても不気味ね…」
強面の狼族の痴態に、さしものレイリアもドン引きだ。
フィルたちがここにいなくて正解だった。
教育上よろしくない。
こうして狼族ヴォルカン率いる、デュッセル王国軍史上、最悪最凶の……
マゾ部隊が出来上がってしまった。
どうしてこうなった……。




