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第十七話 御前試合対策会議

長くなりすぎたので分割です。

泣きじゃくるレイリアなんて初めて見た。

その姿はヒステリックで、我を完全に見失っていた。


「なんで!なんでなのよお!!!」


俺はレイリアを宥めるのに必死だった。

本当なら俺が狼狽えた姿をみんなに見せているはずだったろうに、レイリアの泣きわめく姿を見ていると、俺の意識は冷静になっていく。

ある意味レイリアのお陰で、みっともない姿を見せずに済んだのかもしれん。


レイリアが泣きながら抱きついてくる。

レイリアをぎゅっと抱きしめるが、殴られる気配は無い。

これは役得!!


「コウ…ごめん……ゴメン……私のせいで……」


レイリアの両手に力がこもる。

押し付けられた感触が心地いい。


「コホン…」


鼻の下を伸ばしていたのを、キリングス将軍に気づかれてしまったようだ。

しかし咎めるつもりはないようで、話を進めてくれた。


「コウ殿、我らも協力しよう。なんとしても御前試合に勝利するのだ」


聞けば、御前試合とはミストラル帝国皇帝の眼前で行われる祭りのイベントのひとつなんだそうだ。

国を代表する剣士や魔術の達人同士が、その力の限りを尽くして戦う。

キリングス将軍に言わせると、娯楽に飢えたミストラル帝国の皇帝が楽しむ為のイベントで、国民はそのおまけで観戦するらしい。


例年、他国の剣士が俺同様、御前試合に引っ張りだされているらしい。

一昨年度、他国の剣士がミストラル帝国でも有数の剣士相手に勝利し、命を奪ったのだそうだが、ミストラル帝国の皇帝は怒る事もなく、むしろ熱戦に歓喜し、帯刀していた剣をその場で剣士に授与したのだそうだ。


自分の部下が死んでも、何にもなしかよ…。

しかも、死なせたのは皇帝自身であると言っていい。

バルムンクも腐った奴だが、それを統べる皇帝が腐った元凶だな。

だが、俺にとっては幸運なのは、勝つ事へのペナルティは無い事だ。

要は勝てばいいのだ。


勝利する事によって、皇帝に逆恨みされデュッセル王国に矛先が向けられることを心配していたのだが、過去の例からもそれは考慮しなくていいとキリングス将軍は断言した。

どうせバルムンクも跪かせる予定だ。

なら、盛大にパルケスとやらに、勝利してしまおう。



「ところでパルケスでしたっけ、俺はその人を知らないんですが、どんな人なんでしょう」


レイリアの頭を撫でると、次第に嗚咽は小さくなっていった。

本当ならレイリアに聞ければいいのだが、答えられる様子ではないのでミハエルが代わりに答えてくれる。


「レイリアの事情をまず先に話すよ。レイリアは父親……レイモンド宮廷魔術師筆頭に政略結婚の駒にさせられかけている」

「え…」


俺はミハエルの言葉に驚いた。

俺も昔、レイリアと付き合う桃色妄想を駆け巡ぐらせたこともあるが、レイリアは上級貴族で実際にはありえないと思っていた。

上級貴族は上級貴族同士で結婚するのが普通だろうと考えていたが、その裏にあることまでは考えていなかった。

少し考えれば分かることで、それは本人たちの意思を無視した政略結婚なのだ。

お家のために、全てを捧げられる人なら耐えられるのだろうが、少なくとも俺には耐えられない。


その時俺は、皆がさほど驚いていないことに気づいた。

目の前で泣いているレイリア、国王であるフィル、王族だったシア、奴隷になってしまったユリカ。

誰もが自らの意志で、結婚相手を選べないのではないか。

日本で庶民として暮らしていた俺には、現実味の無い事だ。


「レイリアはコウも知っての通り、家に大人しく籠っている性格じゃない。バラしちゃうとレイリアは好きな人と一緒に未来を歩みたいらしいんだ」


ようやく落ち着いてきたのか、レイリアの嗚咽は止まった。


「そんなレイリアに父親は、政略結婚の駒になることを求めてきた。当然レイリアは反発したよ。魔術の撃ち合いまでやっちゃうくらいにね。結果は惨敗で、家出して来たんだけどね」


どうやらミハエルはレイリアだけでなく、その師匠に密入国の手助けを頼まれたらしく、迷った末話を受けたのだそうだ。

それもレイモンド宮廷魔術師筆頭には、バレているようだが。


家族の喧嘩にしては大げさな気もするが、そこまで反発するほどに父親の要求は強制的で、相手も気に入らなかったのだろう。


「その政略結婚の相手が、パルケス・フォン・バッケスホーフ。先代宮廷魔術師筆頭の孫にして、宮廷魔術隊序列第13位の上級貴族さ」

「御前試合の相手か」


ミハエルはコクリと頷いた。


ここまでピースが揃えば、レイリアの泣いている理由は想像に難くない。

レイリアの反抗に怒った父親が手を回して、御前試合と称してパルケスに俺を殺させる。

何故俺なのかがわからないが、恐らく友人思いのレイリアが、俺の帰国を上申し却下されたのだろう。

その際に、俺のことをずいぶん高くアピールしたんだと思う。

そして父親はレイリアが高く評価する俺をいたぶることで、レイリアを屈服させたいのだろう。

聞けば聞くほど胸糞悪い話だ。


「なぁレイリア。俺はパルケスに勝つぞ」

「え……」

「俺には守りたい人達がいる。もちろんレイリアもその一人だ」

「コウ……」


先ほどまで悲壮感が部屋中に漂っていたが、俺の一言で前向きなものに変わる。

レイリアも青ざめていたはずの顔色が、赤くなっている。


「俺は(みんなのためにも)勝つ!」


改めて宣言すると、レイリアが抱きついてきた。


「コウ!コウは(私のために)勝ってくれるのね!」

「もちろんだ。俺は(みんなのためにも)勝つぞ!」


俺の胸で潰れているレイリアの巨峰がやばすぎる。

潤んだ瞳も危険だ。

レイリアが俺に惚れていると、勘違いしそうになるじゃないか。


さっきまで俺もショックを受けていたずなのに、いろんな意味で元気になってしまいそうだ。

自制しようとしていると、みんなが飛び込んできた。


「「コウ様」」

「ご主人さま!」


4人から抱きつかれ、更に大変になる。

俺の全身を包む柔らかい感触やら、いい香りやらが俺の下心を揺さぶる。

キリングス将軍のジト目が痛いので、自制せねば。


「人生にモテ期は3回あるって言うから、きっと今がコウの絶頂なんだよ」


とミハエルが生暖かい目で見つめてくる。

みんな俺を恋愛対象としては見てないはずなんだけど、傍目からはそう見えるのかな。

きっとみんな俺の事を心配してくれていて、俺の決意に興奮しているだけだろうに。


「コウ…(私のために)ありがとう」


とレイリアが言えば、フィルは「国家を挙げて応援いたします!」と言ってくれる。

ありがたいことだ。









話に時間がかかりそうなので、キリングス将軍の執務室に場所を移動した。

ここなら椅子もあるし、地図もあるからな。

執務室に向かう皆の表情は前向きだ。


アレキサンダーさんが執務室に『御前試合対策会議』と垂れ幕を吊り下げる。

雰囲気にそぐわない気もするが、気持ちはありがたく受け取ろう。

それにしても妙に達筆だ。


「これで雰囲気もバッチリですな!」

「いやいや、問題は話の中身だから」


参加者は俺とその部下達、フィルとレイリア、キリングス・ライエル両将軍に、ミハエルと文官の面々だ。

何故か黒板が用意され、俺は一段高い場所に登る。


「ではこれより御前試合対策会議を開始する!一同起立……礼!」

「「「お願いします」」」


キリングス将軍の号令で会議は始まる。

もう、何も突っ込むまい。


学校で言えば教壇にあたる場所にいる俺が、司会進行役らしい。

この役目は俺以外に出来ないので、当然ではあるのだが。


「まずはおさらいです。再来月行われるミストラル帝国でのお祭り、ミストラル大祭で御前試合は行われます。会場はコロシアム。通例で考えると御前試合が行われるのは、最後のイベントになります」


御前試合は、いわゆる祭りのメインイベントだ。

最大の目的は、娯楽に飢えた皇帝を楽しませるためなんだそうだがな。


「試合の決着は、どちらかが死ぬこと。俺は当然勝つ気でいますから、勝つための方策をお願いします」


俺の言葉に皆が頷く。

どの目も真剣に俺を見ている。


「手紙によれば、勝利の報酬に悪徳商人バルゼットからの返還金が含まれています。今後のデュッセル王国の発展の為にもこの資金は必要です」

「盗人猛々しいとはこの事じゃな」

「わかりやすくて、いいじゃないですか」


悪徳商人バルゼットからの返還金は、ミストラル帝国の口出しで返還が滞っている。

デュッセル王国の数年分の国家予算に当たるお金で、決して無視できる金額ではない。


目指すは勝利、俺が勝てば全てが叶うのだ。

裏でこそこそされるより、ずっとわかりやすい。


「対戦相手はパルケス・フォン・バッケスホーフ。ミストラル帝国宮廷魔術隊、序列第13位の上級貴族だ。この相手についてはレイリアが一番詳しいと思う」


眼を腫らしたレイリアだったが、俺の言葉もあり協力的だ。

パルケスはレイリアにとって、嫌な相手なのと同時に同僚でもあるのだ。

利敵行為に繋がりかねない事だが、同僚より同級生の俺を選んでくれた。


「私からパルケスの説明するわ。パルケスは私やコウより一回り上の力を持っていて、宮廷魔術隊でも若手No.1の力を持った男よ」


レイリアが言うには、パルケスは27歳で魔術師としてもあぶらが乗っており、1桁の序列に入ってもおかしくない実力の持ち主らしい。

俺よりも魔力が上なのが厄介で、クリアすべき最大の問題点になる。


「ただ女好きで無節操。先代宮廷魔術師筆頭の孫であることを鼻にかけた嫌な奴ね」

「それはどうでも……」


俺が情報を却下しようとすると、キリングス将軍が待ったをかける。


「いや、性格を知るのも個人戦では重要な事だ。今の話を聞くに、パルケスはコウ殿を見下してかかるだろう。そこに勝機があるやもしれん」

「なるほど。そう言う見方もありますか」


さすがは海千山千のキリングス将軍だ。

きっと今まで決闘も、数多くこなしているに違いない。

黒板にパルケスの性格も書き並べていく。


「パルケスは常に周囲を見下しているわ。周囲には腰巾着しかいないわね」


キリングス将軍の指摘は正しかったようだ。

俺のことも見下し侮ってくれれば、少しは楽に戦えるだろう。


「次に魔術の腕前だ。レイリアは彼の本気の魔法を見たことがあるか?」

「本気かどうかわからないけど……」


どうやら火魔法が5mくらいは立ち登るらしい。

今の俺が3mがやっとなので、明らかに実力が違う。


想像するにパルケスのレベルは、35から40くらいだろうか。

最近俺のレベルは28に上がったところだから、レベル上げに専念すれば追い越せなくもない。

ただ普通にやっていては、時間が足りないのは目に見えている。


「キリングス将軍、この先は機密の話になるのですが」


ここには部外者のレイリアとミハエルがいる。

この世界の常識を覆す内容なので、出来れば知ってほしくは無い。

知ることで、要らぬ争いに巻き込む事に繋がってしまう可能性もあるからだ。


「僕は残るよ。これでもコウの親友だからね、口が裂けても口外しないと約束するよ」

「バカにしないでよ。私だって責任感じてるんだから!コウが勝つためならなんでもやるわ!」


「いいのか?」

「「当然!」」


二人の決意にキリングス将軍は頷いた。


「この際、目を瞑ろう。まずはコウ殿の勝利を考えるのだ。お二人もお力を貸していただきたい」

「わかりました」


俺は進行を再開し、レベルについて説明を始める。


「例え話ですが、釘を子供が打とうとします。ですが経験の無い子供だと釘を打つのは下手ですよね」

「ああ、手を叩いてしまうこともあるな」

「そんな経験を積むことで、子供も釘を打つのが上手になります」


みんな何の話をしているのだろうと不思議そうにしているが、話を続ける。


「経験を積むことでレベルが上がり、レベルが上がることによって、釘を打つのが上手になるんです」


俺の説明が悪いのか、皆理解できていないようだ。

概念が無い事を説明するのは難しいな。


「つまりはどういう事だ?」

「経験を積むことで、俺の魔術の腕は上がります。つまり経験を積むのが勝利の必須条件です」

「経験を積むのが必要なのはわかるが、御前試合までは2ヶ月を切っているぞ。移動時間を考えれば1ヶ月と考えるのが妥当だ」


キリングス将軍には伝わらなかったか…。

俺が言いたいのはそうじゃない。

経験値を稼ぐ事が必要なんだ。


俺の考察の結果では、魔術師が経験値を稼ぐのに必要なのは的を魔法で射ること。

しかも、その効率は物より人の方が高い。


「俺としてはなりふり構っていられない状況です。これを言うと呆れられてしまうかもしれません。ですが、俺には他に手は浮かびません」


綺麗事は止めて、本音で話す。

俺はこの勝負、絶対に負けるわけにはいかないんだ。




レベル上げの具体的方法を説明すると、キリングス将軍は賛同してくれた。


「ふむ、それがコウ殿が勝利するための方法だと言うのだな」

「呆れられてしまうかもしれませんが、俺には他に思いつきません」

「なら、格好の存在がいる」


以前にも聞いたことがあったが、獣人の中にも好戦的な種族の『狼族』がいる。

キリングス将軍に言わせれば、性格は残忍で凶暴、殺人を日課のようにこなす種族なんだそうだ。


「最近ライエルに指揮させて、殲滅を図っていたんだが、すぐ山中に逃げ込むので苦戦しててな。奴らは少数であることを武器に、奇襲作戦を繰り返しておるのだよ」


狼族はヴォルカンと言う狼人が率いているそうだ。

戦い方は、まさしくゲリラ戦。

ただでさえ戦闘力に優れた狼族が、地の利を活かして徹底抗戦を貫いている。

さしものライエル将軍も手をこまねいている状況なのだそうだ。


「その者達なら構いませんか?」

「ああ、元々は殲滅する気でおったから、構わんぞ。改心でもすれば儲けものよ」


キリングス将軍から賛同は得た。

フィルの方を向いてもコクリと賛成してくれた。


「では、狼族討伐と参りましょう」


俺はてっきり、明日にでも兵たちに出陣の準備を指示するのだと思っていた。

そして出陣は1週間後くらいにでもなるのかと想像していた。


しかし、俺は獣人達の結束を甘く見ていた。



フィルはすっと席から立ち上がると


「キリングス、出陣の太鼓を鳴らしなさい!」


直ちに出陣するようキリングス将軍に指示した。



まさかのフィルの声に俺は驚きが止まらない。


「ははっ!此度の総大将はいかがなさるおつもりでしょう」

「私自ら出陣いたします。兵力は最大で招集して下さい。アレキサンダー、あなたに兵站を任せますよ」

「おおお!フィルシアーナ王の親征ですな!」


フィルの言葉に、キリングス将軍や文官たちがいろめき立つ。

しかしそれは一瞬で、皆は興奮した様子で慌ただしく動き始めた。

ライエル将軍は既に席を立ち、兵の招集を始めている。


「ちょ、待って!?早すぎないか?」

「時は一分一秒を争います!コウ様もご準備を」


部屋の外からは、太鼓が鳴り響く音が聞こえる。

出陣が決まってからまだ5分も経ってないよね。

俺は呆然と、皆が準備する様子を見ていた。


「獣人の結束力恐るべし……」

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