第十六話 来ちゃった
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部下達のお披露目と授与式を終えた俺達は、いつものデュッセル川のほとりで訓練をした。
シンイチは剣豪のシアに剣の握り方から習っていたし、ユリカも俺が基礎の基礎から教えた。
内容は魔法学園で習った事を、自分なりにアレンジしたものだ。
二人は幼いだけあってまだ師匠についたことはなく、シアに言わせると変な癖がついてないから教えやすいそうだ。
ユリカもダカルバージ帝国で父親の同僚に囚われていたが、魔術の行使を拒否していたらしく、師事してはいなかったようだ。
二人ともスポンジが水を吸うように、どんどん腕を上げそうな予感がする。
訓練を終えて王宮に戻ると、ミハエルが呼んでいると門番の人に告げられた。
「大事な用ってなんだろ」
「コウ様に相談事なのではないか」
「うーん、とりあえず話を聞きに行こう」
ミハエルは月に2,3度デュッセル王国からの注文品を、商隊を率いて持って来る。
今回も配達と受注での滞在だ。
商隊を見ると、ちょうど物資の受け渡しをしているところだった。
「どうしたんだ、ミハエル」
「いやぁ、ちょっと……」
見ればミハエルは、バツの悪そうな顔をしている。
何か不味い事でも起こったのだろうか。
「秘密の話なら、別な部屋を用意するぞ」
「そうだね。引き渡しが終わったら、時間をくれるかい」
「ああ、場所は俺の部屋でいいか?」
「いや、今回は広い場所がいい」
デュッセル王国の王宮に広い場所は少ない。
一番広いのが謁見の間で、次に広いのは国賓が宿泊する客室だ。
どちらを借りようか思案していると、フィルが話しかけてきた。
「コウ様、国賓用の客室をお使い下さい。どちらにせよ、ミハエル様にお使いいただこうと思っていた部屋ですので」
「いいのか?」
「はい、最近では王宮も手狭になって来ておりますから」
そう言えば空室を、俺の部下達の部屋にしてしまっているよな。
シアにシンイチそしてユリカ、俺も合わせると4部屋利用していることになる。
皆、フィルの護衛を兼ねているので近くにいる方が、やりやすいのだが。
「じゃぁ、国賓用の客室で。場所はわかるか」
「うん、前に泊まった事があるからね。あの部屋なら大丈夫かな」
国賓用の客室は、この王宮で一番豪華な部屋だ。
防音もしっかりしているし、内緒話には持って来いだ。
「それで…、フィルシアーナ王達にも一緒にいて欲しいんだ」
「私もですか?構いませんが」
「助かります。できればシアさんとユリカさんだっけ?コウの部下の女性たちにも一緒にいてもらえるようお願いできるかな」
ミハエルは女性に出来るだけいて欲しいようで、ますますミハエルの相談事がわからない。
ひょっとして、ミハエルの女性問題なんだろうか。
前に聞いた時は、婚約者のリリィさんと仲良くやっていると聞いていたんだが。
「男はいいのか?キリングス将軍にも聞いてみるぞ」
「いや、男性はコウだけにしてくれるかな」
ミハエルは話し込んでいられないらしく、「準備が出来たら迎えに行くから」と商品の受け渡しに戻っていった。
やがてミハエルが迎えにやって来た。
「待たせたね」
「準備は出来たのか?」
俺を呼びに来る途中でキッチンに寄ったらしく、フィル達は既に客室に向かったそうだ。
少しだけでも話の内容を聞いておこうと思ったのだが、ミハエルは客室に着いてからと頑として答えてくれなかった。
客室に入ると、フィル達は一人の女性と和やかに話していた。
年は俺達と同じくらいだろうか。
そばかすのある、笑顔の似合いそうな愛嬌のある女の子だ。
「紹介するよ、僕の婚約者のリリィ。コウには写真を見せたよね」
「ああ、学園時代に何度も惚気けられたよな」
リリィさんはミハエルの幼なじみで、下級貴族の長女だ。
趣味は裁縫でかなりの腕前で、得意料理はローストチキン。
母親直伝の家庭の味なんだそうだ。
思いやりの出来る性格で、穏やかながら芯が通っている。
なんで初対面で知ってるのかって?
そりゃ学園時代、ミハエルに散々惚気けられたからだよ。
俺が挨拶をすると、リリィさんは淀みなく優雅に返してくる。
容姿は十人並みだけど、ミハエルの言うとおり出来た子だと言う印象だ。
フィル達も自己紹介をしていて、ミハエルはそのフォローに回っている。
見れば見るほど仲がいい。
「恋愛関係の相談じゃなかったのか?」
「僕達の中は順調だよ。話は別な事さ」
ミハエルは困った顔で皆を見渡した。
「最初はコウだけにと思ったんだけど、驚きすぎて固まると思ったんだ。だけど、他の男性には見せられないんだ」
「なんだ?何か物を持ってきたのか」
「物といえば、物なんだけど……」
ミハエルは、部屋の奥に置いてある大きな木箱を指さした。
「箱ですね」
「箱だな」
「りんごの絵が書かれてるな」
木箱はかなり大きく、人が入れるくらいの大きさだ。
一緒にいるフィルとシア、ユリカとで眺めるが、変わったところは見つからない。
「この箱がどうかしたのか?」
「この箱をコウに開けてほしくって」
「開けるならミハエルが開ければいいだろう?ひょっとして魔道具じゃないよな」
「違う違う。危険性は無いと思う……たぶん」
小さな声で、たぶんと言ったのが聞こえる。
ミハエルの持ってきたものだから、最悪の事態は考えにくいけど、なんだか嫌な予感がする…。
「コウ、開けてもらっていいかな」
「開けなくちゃミハエルの悩みは解決しないんだろう?」
「あはは……」
ミハエルの乾いた笑いを耳に、決心を固める。
蓋はずしりと重かったが、意外にすんなりと開いた。
俺は中身を見ずに、背後にいたミハエルに声をかける。
「開けたぞ、これでいいのか?」
見れば、フィル達の表情は一様に引きつっている。
一体何があったんだ。
慌てて箱を見ると、意外な姿に思わず声を上げてしまう。
「なん…だと…!?」
箱からはレイリアが現れた。
それだけでも想像外だったのに、更に俺を驚かせたのはレイリアが腰をくねらせて、猫のポーズを決めている事だ。
ご丁寧にも、頭にネコミミの模造品がつけられていて、猫をイメージした衣装もかなり際どく、まるで水着のようだ。
「来ちゃったにゃん♪」
何故ここにレイリアがいるんだ?
しかも、ネコミミをつけて猫を模した萌えポーズを取り、甘い声で話しかけてきた。
その姿に俺の口はあんぐりと開いてしまう。
俺はそっと蓋を締めた。
…うん、ありえない。
あのレイリアが、あんな真似をするはずがない。
「ミハエル…これは夢か?」
「ううん、現実だよ。その証拠に……」
箱は内側からバンバンと叩かれている。
仕方ないので、もう一度蓋を開けた。
「家出してきちゃったにゃん♪」
にゃんこのポーズをとるレイリアが再び現れた。
目を擦るが、幻は消えない。
女性陣を見ると皆、固まって何も言えないでいるようだ。
あの無表情なユリカでさえ、引きつっていた。
「コウ…僕の苦労を察してくれるかな」
「ああ…これは確かに危険物だ」
学園一の美人で、魔術の腕も抜群のレイリア。
振った男は数知れず、一人の彼氏も作らなかった鋼鉄の乙女。
今では出世街道まっしぐらで、宮廷魔術隊でも序列第18位と高位にいる。
そのレイリアが今、俺の目の前でネコミミをつけて、媚を売るようなポーズをとっている。
「やっぱ夢だな」
そう結論づけて、蓋を閉めようとするとレイリアが抵抗してきた。
「ちょっとコウ!久しぶりの再会なのに酷いじゃない!」
「いや、あのレイリアがこんな可愛らしい姿を見せるわけが無い。これはきっと夢だ」
「か、可愛いだなんて、そんな…」
頬を赤く染めるレイリア。
うん、やっぱり夢だ。
レイリアが照れる姿なんて、学園時代の3年間でも見たことがない。
「我ながら困った夢を見ちまった…」
最近暇さえあれば、魔法の訓練をしていたので疲れていたのだろうか。
きっと俺の貯まった欲望が、レイリアにこんな姿をさせて現れたんだ。
そういや最近レイリアの写真見てなかったなあ。
俺が呆然としていると、ユリカが隣にやって来た。
「ご主人さま、夢じゃない」
そして、むぎゅうと俺の頬を抓る。
非力なユリカが抓ったので、あまり痛くはないが確かに痛みがある。
ってことはこのレイリアは本物なのか。
今度はフィルが隣にやってきて、耳元で囁いた。
「コウ様、この方はどなたでしょう?」
「魔法学園の同級生のレイリアだ」
「その…随分と個性的な人ですね」
「遠慮する事は無いぞ。素直に言っても大丈夫だ」
「たはは、愉快な方でお許し下さい」
遠慮がちなフィルが、ここまで言うとは驚きだ。
それだけあの衣装とポーズに、破壊力があったのだろう。
俺達の反応に何かを感じたのか、レイリアは周囲を見回して尋ねてきた。
「ねえコウ、ひょっとしてこのポーズはありえない?」
「どっちかと言うと、無しだと思うぞ」
「ひと目見て恋に落ちちゃうかな?」
「それで一目惚れするのは、ちょっと変わった趣味の人だと思う」
秋葉原辺りにたくさんいそうだが、レイリアにも転生者であることは秘密にしているので言わないでおく。
俺もグッと来たのは内緒だ。
「ベルモットのばかあああああ!」
誰だか知らないけれど、どうやらレイリアはベルモットと言う人に乗せられたようだ。
レイリアは跪きがっくりと頭を垂れている。
レイリアがしゃがむと色々とヤバイ。
何がヤバイかと言うと、ただでさえレイリアの胸は凄いのに、前かがみになる事で強調されてしまうからだ。
本来なら凝視したいところだが、フィルの視線が痛い。
「レイリアさんすごく胸が大きいです…。それに比べ私は…」
フィルの胸は確かに小さい。
しかし、まだ発展途上の段階だ。
それに可憐なフィルには今のサイズが似合うと思うのだ。
フィルの頭に手を載せて、くしゃりと撫でる。
「フィルは今くらいが似合ってるよ」
「そ、そうですか!コウ様にお喜びいただけるなら、私このままでいます!」
自分で胸のサイズをどうこう出来るとは思わないが、フィルが良いなら俺としても異論は無い。
「ちょ、ちょっとコウ…どういう事?」
「何がだ?」
レイリアが、俺の左右にいる二人を指さす。
俺の右側には、耳元で話しているフィル。
左には、隷属の首輪を填めたユリカがいる。
しかも二人ともお揃いのメイド服を着て、俺の間近にいる。
見方によっては、俺が二人を侍らせているように見えなくもない。
レイリアは、先ほどまで赤く染めていたはずの頬を歪めた。
強く握られた拳からはバチバチと火花が散っている。
「ちょ!待て!火拳を収めろ!」
「言い訳無用!なにちょっと見ない間にハーレム作ってるのよぉぉぉぉ!!!」
火拳が俺の腹に突き刺さる。
否が応でも卒業式後の模擬戦を思い出す一撃だ。
「ぐふっ!」
「しかも!こんな小さい子までっ!」
「うぎゃっ!」
レイリアの容赦ないボディへの連打に身体がくの字に曲がる。
「隷属の首輪まで填めさせてっ!!」
火拳に更に魔力が加わり、業火が燃え上がる。
これは不味い。
ただでさえレイリアは魔術の腕が立つのに、本気の連打を喰らうと本当に死にかねん。
まるで止めを刺そうとするかのようなレイリアの前に、シアが立ち塞がった。
「同級生同士、再会を喜び合っているのだと思い、口を出す気はなかったが…、さすがにこれはやり過ぎだ」
「ふんっ!乙女の想いを踏みにじった罰よ!」
シアが腰に帯びた剣を抜く。
「貴方やる気?」
「ああ、私の全てはコウ様の物だからな」
「んなっ!?まさか3人目だって言うの!」
「コウ様を慕う者(部下)はもう一人いる」
シンイチも含めて、みんな俺を慕ってくれてるのか。
それは嬉しいのだけど、シアさん…火に油を注いでいませんか?
「ふ…ふふふ…。こうなったら全員倒してあげるわ!」
「そうはさせん。コウ様の副官シア、命に代えても貴様を倒してみせる!」
剣豪と魔術師の決戦が始まる。
シアの本気のスピードを見るのは久々だけど、目で追いかけるのがやっとだ。
それに対してレイリアは動きは遅いが、火拳の一撃は攻撃力が凄まじい。
魔力で強化されたレイリアの拳は、シアの剣を難なく受け止める。
しかし、シアは予想済みなのか、素早い連撃でレイリアに肉薄する。
「近接戦なら、私に一日の長があるな」
「どうかしら、一撃でも当たればあなたもコウの様になるわよ」
レイリアはシアに打たせ、カウンターを狙う作戦のようだ。
確かにあの火拳の一撃を喰らえば、シアは立ち上がれないだろう。
柔と豪、まさしく異質な二人の近接戦。
この勝負なら観客が呼べるな。
二人の決戦に見入っていると、フィルが慌てて声をかけてくる。
「コ、コウ様、感心してないでお二人を止めないと!」
「はっ!見入ってる場合じゃない!」
気がつけば、二人の戦闘の影響でミストラル帝国から寄贈された絵画や壷が、見るも無残な状態になっていた。
外交問題にならなければいいが。
「フィル、後片付けはあの二人にさせるから!」
「はい!コウ様の思うままに!」
「ウォータースフィア!」
二人の頭上に、大量の水を発生させる。
「ちょ、コウ!?なんなの!この水の量は!」
「二人とも頭を冷やせ」
水を落とすと、二人はまるで濡れネズミのようになった。
戦意は失ったようだが、部屋中がびしょ濡れだ。
「二人とも正座」
意外な事に、この言葉はフィルが発したものだ。
よほど頭にきたらしく、フィルの顔は真剣だ。
レイリアとシアは、大人しくフィルの前で正座をして、しゅんとしている。
滅多に怒らない人が怒ると怖いよな。
意外なフィルの一面を見てしまった。
「どうしてレイリアさんは、いきなりコウ様を攻撃したのですか?」
「だって…コウがハーレムを…」
「そこから勘違いだ。二人は部下で、一人は王様だ」
「え?王様って?」
レイリアの目線はシアに向いていた。
この三人の中で唯一王様に見えるのはシアで、まさかメイド服姿のフィルが王様だなんて思わないよな。
「シアはさっき自分で言っていたように俺の部下だ。王様はフィルだ」
フィルは恥ずかしげに、右手を少し上げた。
「フィルシアーナ・リュ・アムドルンゼ様だ。この方がデュッセル王国の国王だ」
「うそ!?」
「嘘を言ってどうする」
「だってこんなに可愛い女の子よ!」
レイリアはフィルをぎゅっと抱きしめた。
フィルの顔は、レイリアの巨峰に埋もれている。
なんて羨ま……こほん、早く誤解を解かなきゃな。
「王が全て髭を生やしたおっさんだと思ったら間違いだぞ」
「そうね。確かに、偏見ね……」
「これでわかってもらえたか?」
「いいえ、まだ疑問は解消されていないわ」
皆のことを紹介を兼ねて説明をしようかと思っていると、ユリカが俺の服の袖を引いた。
「ご主人さま、私達が説明する」
ユリカの提案には一理あった。
レイリアは俺がハーレムを結成していると勘違いして、不機嫌になっている。
だとしたら俺が説明するよりも、疑念を持たれている皆が直接説明する方が、レイリアも納得しやすいだろう。
しかし、皆に丸投げしてしまうのも申し訳ない。
「いいのか?皆に迷惑をかけることになるが」
「そうですね、私もレイリアさんにお尋ねしたいことがあります」
「ん?よくわからないけど……」
「コウ様はわからなくていいんです。ささ、ここは女だけで話をさせていただきます」
フィルが「ここは任せて下さい」と言って、俺とミハエルを謁見の間から追い出した。
心配だが、リリィさんもいるし、変な事にはならないだろう。
廊下で俺とミハエルは立ち話をする。
客室内の声は外には全然聞こえない。
「なんだろうなぁ」
「コウ、本当にわからないの?」
「ミハエルにはわかるのか」
「さすがにね」
ミハエルは、これでわからなかったらどうかしてると言わんばかりに、肩を竦めた。
ミハエルに理由を尋ねようとしたところで、キリングス将軍が慌てた様子で走ってきた。
「コウ殿、客室は使えるか」
「いえ、今は水浸しでしばらくは難しいかと」
「なんだと!?それでは謁見の間に直接行ってもらうしかないか」
どうやらミストラル帝国から急使がやって来たらしい。
数年に一度使者が来るそうなのだが、今までは先触れと呼ばれる先行した伝令が事前に来て、使者を迎える準備をする時間があったのに、今回はそれすら無かったのだそうだ。
ミハエルにはこの使者の心当たりがあるらしく
「非礼を承知でお願いします。一介の商人ではございますが、私も同席させてはいただけないでしょうか」
とキリングス将軍に頼み込んだ。
ミハエルは一体何を知っているんだ?
疑問に思うが、口を挟めそうにない緊張感を、キリングス将軍は漂わせていた。
「通常なら使者にお伺いを立てるところだが、今回はそれすらままならん」
「そうなんですか…」
「使者の方はなんと?」
「コウ殿に、ミストラル帝国皇帝からの信書をお持ちになられたのだ」
「皇帝から俺にですか!?」
もちろん心当たりは無い。
今まで皇帝になんて会ったこともなければ、見たことすら無い。
考えられるとすれば、俺がデュッセル王国の宮廷魔術師になった事に関する事だろうか。
それ以上は、考えても思いつかなかった。
「此度の使者の方は、かなりの獣人嫌いでな。話を聞こうにも近寄れんのだよ」
「わかりました。とりあえず俺が向かいます」
「儂が先に案内してくる。コウ殿、くれぐれも粗相のないようにな。デュッセル王国の命運がかかるやもしれん」
キリングス将軍の顔が、戦場にいる時のそれに変わる。
小国のデュッセル王国と大陸有数の大国であるミストラル帝国では国力比が違いすぎて、喧嘩にもならないのだ。
使者の機嫌を損ねることは、戦争の口実を作ってしまうことに繋がりかねないのだと言う。
「肝に銘じます」
キリングス将軍が走り去り、俺も謁見の間へと向かう。
どうやらタイミングはちょうど良かったらしく、扉の前ですぅっと息を吸い込んだ。
「失礼致します。コウ・タチバナ、お呼びにより参上いたしました」
謁見の間に入ると、入り口近くでキリングス将軍とライエル将軍、そして文官の面々が跪いていた。
玉座に目をやると、ローブを纏った男が座っていた。
まるで俺が王だと言わんばかりの態度に、怒りを感じる。
他国の玉座に使者が座る――ありえない行動だが、男は当然だとばかりに深く腰掛けていた。
その蛮行をキリングス将軍も咎めない……いや、咎められないのだ。
俺は否応なしに、大国との差を実感させられる。
「そなたが、コウ・タチバナか」
「はい、微力ながらデュッセル王国にて、宮廷魔術師をさせていただいております」
俺が返事をすると、キリングス将軍が小声で跪くよう指示してくれた。
慌てて跪き横を見ると、皆視線を合わせないように深々と頭を下げている。
「平民上がりとは言え、まだ獣人よりはマシか。儂の名はバルムンク、名前は知っておろう」
「宮廷魔術隊、序列第四位の…」
「そうだ。序列第四位の儂がわざわざこんな遠国まで来てやったんだ。ありがたく思え」
バルムンクの名前は、キリングス将軍同様、遠国まで響き渡っている。
二つ名は『虐殺のバルムンク』で、敵をいびり殺すのが趣味だと公言しているそうだ。
噂では戦時中、動けなくなった敵兵を満面の笑みを浮かべながら、得意の水魔法で何人も嬲り殺しにしたらしい。
一瞬、バルムンクのステータスを覗いてしてしまおうかとも考えた。
しかし、魔力の発動を気取られてしまうと、それだけで敵対行為として見なされかねない。
「バルムンク様、こちらは僅かではございますが、お納め下さい」
アレキサンダーさんが袋にを手に持ち立ち上がる。
立ち上がった瞬間じゃらりと音がしたことから、金品が入っていると推察できた。
「ふむ、儂は獣人は嫌いだと言っただろう。そこの平民に持ってこさせよ」
アレキサンダーさんから手渡された袋は重かった。
この袋には、獣人達の血と汗が詰まっているのだ。
それをこの俺達を見下している男に渡すのか。
「コウ殿お渡ししてくれぬか」
小声でキリングス将軍が俺に言ってくる。
そうだった、ここで渡さずバルムンクの機嫌を損ねれば、戦争になりかねないのだ。
もしバルムンクに俺が襲いかかったとしても、今の俺では勝ち目は万に1つも無い。
たとえ勝ったとしても、使者を殺されたミストラル帝国は怒り狂い軍を進めてくる。
そうすれば先ほど謁見の間で、俺を慕ってくれていると言っていた皆もきっと死んでしまう。
王であるフィルが、特に酷い目にあわされるのは、火を見るよりも明らかだ。
皆はそんな未来より、この金で平和を買えと言うのだ。
震える膝を隠しながら、バルムンクの側に袋を置く。
「獣人の国にしては気が利くな」
そう言うと、バルムンクは無造作に袋を手に取った。
嫌らしい顔に反吐が出そうになる。
なんてクソッタレな世界だ。
だが俺はそのクソッタレな世界に生きている。
これがこの世界の常識なら、俺はもっと強くなってやる。
目の前のクソ野郎を跪かせてやるくらいになってやろうじゃないか!
それまでぐっとこらえるんだ。今は雌伏の時だ。
握りしめた手からは、血が流れていた。
満足気な笑みを浮かべたバルムンクが、玉座から立ち上がる。
「ありがたくもミストラル帝国皇帝のお言葉を聞けい!」
バルムンクは懐から書状を取り出すと、立ち上がって読み始める。
「デュッセル王国コウ・タチバナ、貴様を栄えあるミストラル大祭にて御前試合を行う名誉を与えよう!」
「なんだと!?」
後ろでキリングス将軍の驚きの声が聞こえる。
幸い小声だったのでバルムンクには聞こえていないようだが、模擬戦がそんなに大事なのだろうか。
「詳細は紙に書いてある。もっとも字は読めないだろうがな。平民ごときが魔術を使えるなんてあってはならんのだ!うわーはっはっ!!」
バルムンクは高笑いをしてきたかと思うと、手紙を投げてきた。
「逃げるなよ、平民」
言いたいことを言うと、バルムンクは王宮を後にした。
アレキサンダーさんが、宿泊の提案をしたけれど「獣人臭いこんな場所にいられるか!」と一蹴されていたのだ。
「しかし困ったことになったな」
「御前試合って言っても、模擬戦でしょう?適当に戦って帰ってきますよ」
「違うのだ、コウ殿。ミストラル帝国の軍人同士の御前試合なら模擬戦なんだが、他国の人間が出る場合は……」
廊下がなんだか騒がしいと思っていたら、バンと扉が開けられた。
そこには謁見の間にいた面々の顔があった。
「コウ様!ミストラル帝国から使者が来られたとか!」
「ああ、さっきバルムンクが帰ったところだ」
バルムンクの名前を口にしたところで、レイリアの顔が引き攣った。
もしかして、ここにレイリアがいる事と、何か関係があるのだろうか。
「コウ殿、皆がおる前で書状を読むのだ」
キリングス将軍に促され、俺は手紙を広げる。
「コウ・タチバナにミストラル大祭で御前試合を行う名誉を与える。対戦相手はパルケス・フォン・バッケスホーフとする。尚、この試合の決着は死をもって……、…死を?」
死をもって……決着……だと。
あまりのショックで固まってしまうが、気がつけば俺の手を皆が握っていた。
「私のせいだ……」
レイリアが真っ青になって呟いた。
「私が…お父さんと喧嘩したから……コウが標的に……」




