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第十五話 乙女の決意

***レイリア視点***


チュンチュン


小鳥の囀る声が、起床の時間を告げる。


「レイリア様そろそろお時間ですよ」


メイドのベルモットが私の身体を揺さぶる。

ベルモットは私と、私の師匠役に当たるオルティネさんの世話をしてくれている獣人の女性だ。

年は50前で、こんな事を言ったら怒るかもしれないが、どっしりした体型で子供を2,3人抱きかかえている姿が似合いそうな人だ。


「んー…あと5分だけ…」


宮廷魔術隊に所属してからは、ストレスが溜まることも多いし起きたくないなあ。

この微睡んでいる時間が、至福なんだもの。


「昨日もそんな事を言って、30分は寝ておられましたよね。ささ、レイリア様、朝食の用意が出来ています。オルティネ様もお待ちですよ」


ベルモットの言葉に頷き、身体をベッドから起こす。

もしお母さんが生きていれば、こんな朝を迎えていたのかしら。


「よく出来ました。ご褒美にパンを一つ多く食べてもいいですよ」

「そんな子供じゃないんだから」


こんな言い方もなんだか母を思い出す。

ベルモットは獣人で、本来であればこんな口の聞き方をすればただでは済まない。

獣人はミストラル帝国では下等な生物とレッテルを貼られた種族だからだ。

だけど師匠であるオルティネさんは、宮廷魔術隊での序列が第5位と上位でありながらかなりの変わり者で、ベルモットを自由にさせている。


コウの言葉を思い出し、私もベルモットを好きにさせている。

『獣人と言う外見で判断するのは間違っている』

今までそんな事を言う人は周囲にいなかった。

父のレイモンド・フォン・マクダウェルもそうだ。

父がベルモットの奔放な行動を見れば叱責するに違いない。

少しはコウみたいに柔軟な思考をしてみればいいのにね。

ベルモットは家政婦として優秀なんだから。


「コウの言う通りってのは影響を受けすぎかしら…」

「何か仰いましたか?」

「ううん、なんでもないわ」


ベルモットが用意してくれた宮廷魔術隊の制服に袖を通す。

この制服はミストラル帝国の精鋭部隊の証だ。

真っ赤に染まったこの制服は、表立っては炎、裏の意味としては敵の血の色をイメージしているのだそうで、悪趣味極まりない。

女性用の制服は凛々しい感じで、デザインは好きなんだけどなぁ。


「レイリア様今日もお似合いですよ。写真をお撮りになられてあの方にお送りすれば、きっとお喜びいただけるはずですよ」

「もう、ベルモットったら。からかわないでよ!」


照れ隠しで少し語尾が強くなっちゃったかなと思ったけど、ベルモットは優しい眼差しをしている。

そんなベルモットの頬に痣のような傷を見つけた。


「ベルモット、頬の傷はどうしたの?」

「あ…これは…」


前にも同じような事があった。

確かその時は買い物に出かけた時、『獣人の癖に』といきなり殴られたはずだ。


「もう、ベルモット遠慮しないの。ヒーリングをかけるわ」

「すみません…」


ヒーリングをかけるとベルモットの頬からは痣がすっと消えていく。


「レイリア様は本当にお優しい方ですね。こんな方に思われるだなんてあの方は幸せ者ですわ」


ベルモットはそう言って机の上に目をやった。

そこには魔法学園生時代に撮った写真と、コウから貰った第二ボタンが置かれている。

写真には私と、コウそしてミハエルが写っている。

あの時ミハエルは、遠慮してコウから離れていた私の背中をトンと押した。

その分私はコウに近づいて、紅潮する頬を必死に隠したのを覚えている。


「そうね、目標の為にも出世しないとね」

「その意気ですよ、レイリア様」


ベルモットは私のコウを想う気持ちに気づいているみたい。

直接言ったわけではないけど、私ってわかりやすいのかな。






着替えが終わりリビングに向かうと、オルティネ師匠は気だるげに朝食を摂っていた。


「おはようございます、師匠」

「おはよう」


オルティネ師匠は長い足を組んで椅子に座っている。

その姿は男性だったら、目が釘付けになってしまうほどにセクシーだ。

師匠の見た目は20代後半だけど、実際の年齢は教えてくれない。

第一線で活躍している年数から想像すると……これ以上は考えないほうが身のためだ。


「オルティネ師匠…その食べ方は止めた方が…」


せっかくベルモットが作ってくれた美味しいスープなのに、その中にはパンが浮かんでいる。


「どうせお腹に入るんだ。なら一度に口にした方が合理的と言うものだ」

「はぁ…」


オルティネ師匠は一言で言うなら変人だ。

本人は合理主義者と言っているが、そんなものじゃない。

常識知らずで発想も常人とは違うのに、それを実行しようとする困った人。

だけど、魔法の腕は確かで宮廷魔法隊で特別視されている5人のうちの唯一の女性だ。

父もオルティネ師匠には一目置いているからこそ、私の師匠役に選ばれたのだろう。


「レイリア、先ほどお前にレイモンド宮廷魔術師筆頭の元へ出頭せよと命令が下った」

「父が…ですか?」


父からの出頭命令は珍しい…と言うか、初めての事だ。

宮廷魔術隊に所属して結構な時間が経つのに、顔を合わせたのは入隊式の時だけ。

その時も儀礼的な言葉をかけられただけで、親子らしい会話なんて一言も無かった。


「なんだろう…」

「わからんな。まだ新人のレイリアに特別任務とは考えにくい。考えても結論は出ないから、早く出頭することだな」


特別任務を与えられることを想像したけど、それはオルティネ師匠が真っ先に否定した事だ。

なら、いったい…?


ひょっとして再来月開催されるミストラル大祭で、魔術師の権威高揚を目的にデモンストレーションと模擬戦が行われるから、その参加命令?

うーん、光栄な話だけど私のような新人に任される話じゃない。

オルティネ師匠の言うとおり、話を聞くのがてっとり早いわね。


私はお守り代わりにコウから貰った第二ボタンを手に、ミストラル城へと向かった。





父、レイモンド宮廷魔術師筆頭の執務室はミストラル城の最深部にある。

ミストラル城は古くからある大国の象徴だけあって大きく…だだっ広い。

しかも敵に侵入された時の事を考慮しているらしく、迷路のように作られていている。

初めて奥に行ったものは必ず道に迷う――そんな噂も流れているほどだ。


「オルティネ師匠から案内の紙を貰っていなかったら…私も迷ってたかも…」


案内と言っても地図のようなものではなく、『真っ直ぐ進んで3つ目を右に曲がる。そのまま真っ直ぐ進み、5つ目を左に』と書かれたものだ。

下手に地図を作ると、敵に奪われた時どうするんだ!とお偉いさんの年寄りたちが騒ぐらしく、この案内の紙も一度使ったら燃やしてしまうよう指示されている。

歴史上、この城が戦火に巻き込まれたことは無いのに、この城で働く人達が不便極まりないと思うんだけどなあ。






「また似たような場所…」


この角もさっき通った場所と全く同じに見える。

頼りはオルティネ師匠から貰った案内の紙だけだ。

しばらく進むと、二人の魔法兵がひとつの扉の左右に立っていた。

ま、迷子にならずにすんでよかった…。


二人は一般の魔法兵で、杖を手に持ち黒いローブを身に纏っている。

きっと平民のコウが、この国に仕えていたらこんな任務を任されていたのかな。

周りからは宮廷魔術師筆頭の護衛と名誉のように言われるだろうけど、誰も通らないこんな場所で何百年も来たこともない敵をずっと待つ……私には退屈すぎて出来ないな。

きっと2日もすれば、気が滅入ってしまうに違いない。


二人の魔法兵に挨拶をすると、ドアをノックするよう言われる。

ノックしても中からは返事は無いけど、衛兵の様子を見ると執務室に入っていいみたい。



扉を開けると、部屋の奥から、赤い炎がぼぅっと浮かび上がった。

何か機密書類を燃やしていたらしく、父の横顔が炎に照らされて見えた。


「レイリアか」

「お父…いえ、レイモンド宮廷魔術師筆頭、レイリア・フォン・マクダウェル出頭いたしました」

「座れ」


こうして父と二人きりで顔を合わせるのはいつぶりだろう。

確か、宮廷魔術隊に入隊を決める時に会った時だ。

その前は魔法学園の入試に受かった時かな…。

その頃母が亡くなり、父は家に帰らなくなり仕事に没頭するようになった。

ひょっとしたら日に日に母に似てくる私に、会いたくなかったのかもしれない。


「見ろ」


そう言って父が渡してきた写真には、序列第13位のパルケス先輩が写っていた。

それを見た瞬間、私の頬が引き攣るのがわかった。


「今回はお父さんと呼んで良さそうですね。これはどういう意味でしょうか」

「家のために最良の相手を選んだ」


つまりは見合い話をするために私を呼んだらしい。

相手のパルケス先輩は先代宮廷魔術師筆頭の孫で、実力も宮廷魔術隊の若手No.1と言われている。

整った容姿で町娘たちにまるで演劇の俳優のように噂されている人だけど、私にとっては迷惑極まりない。


「お断りいたします」


私が即座に断わると、父の額には血管が浮き上がっていた。

これは父の怒りが頂点に達した時のサインだ。

上級貴族の家庭では家長の命令は絶対で、嫁ぎ先を知らされた当日に顔も知らない男に嫁ぐなんて話もありふれている。

父も私がまさか拒否するとは思っていなかっただろう。


「…何が不服だ」

「全てです。軽薄な人柄、魔術の腕前、何もかもが気に入りません」

「彼の家は裕福でお前が嫁げば、マクダウェル家の更なる繁栄は約束される。婿養子の話も快く了解してくれている」


私の知らないところで、父は勝手に話を進めていたらしい。

私がもしここで、躊躇すれば半年もせずにパルケス先輩と結婚することになってしまうだろう。

唐突に現れた試練だけど、私は引くわけにはいかない。


――だって私はコウに5年結婚しないと約束したんだもの。

こんな縁談、絶対受ける訳にいかない!

絶対断ってやるんだから!全力でもがいてやる!!


「相手を愛せないと分かっている縁談なんてお断りです」

「何を子供のような事を言っている。お前も上級貴族の一員だろうが」


政略結婚なのは明らかで、人気物語の『恋愛は平民に許された最高の自由』と言う一節が私の胸に突き刺さる。


「私は自分より魔術の腕に劣る相手と結婚するほど酔狂じゃないわ」

「ほう、序列第13位のパルケスはお前より下だと言うのか」

「ええ、きっぱりと断言します。お父さんは知らないの?私が10年に一度の天才だと評価されていたことを」

「………」


10年に一度の天才と呼ばれていたのはコウも一緒。

私達はお互い競い合って実力を高め合った。

若手No.1のパルケス先輩は確かに強いけど、5年…いや3年後には私達が上回っている自信がある。





「コウ・タチバナか」


その名前が父の口から出た時、私は口から心臓が飛び出しそうなほど驚いた。


「コウを知ってるの?」

「魔法学園の学園長からの報告書に上がっていた名前だ。レイリアと並ぶ実力を持つと、報告されている男だな」

「コウもパルケス先輩より上よ」

「パルケスより上だとしても、所詮は平民だ。平民はどこまでも平民でしか無い」


この人は私がコウに好意を抱いているのを、知っているのかもしれない。

ひょっとしたら、誰かが私の身辺に探りを入れている事も考えられる。

権力者の父なら、部下を使えば容易い事だろう。


学園時代の私の親しい友人とい言えば、コウとミハエルの二人。

ミハエルは婚約者にゾッコンだったから恋愛対象にはならなかったけど、父は中級貴族のミハエルでも釣り合いが取れないと言うだろう。

ましてや平民のコウが相手だと極端な血統主義の父が、簡単な事では私達の仲を認める気はないだろうとは感じていた。

図らずして今回のやりとりで、それが身に染みるほどわかってしまった。



父を説得するため、私は腕を上げ序列を上げるつもりでいた。

私自身が権力や実力を身に付けるためだ。

そうすれば、コウに跡取りのいない上級貴族を紹介して養子になってもらい、晴れて上級貴族同士で結ばれることを夢見ていた。

だけど父は実力があると報告を受けているはずのコウを、平民だからと認める気はないようだ…。


私の頭に疑念が浮かび上がる。


「…ひょっとして、デュッセル王国にコウを仕官させたのは厄介払いのためなの?」


コウがこの国にいれば、その実力は宮廷魔術隊でも間違いなく上位に入る。

近い実力の私だって序列第18位とかなりの評価を受けているからだ。


学園ならまだしも、国を代表する宮廷魔術隊に所属する貴族よりも遥かに上の実力を持った下級魔法兵がいたら、我が物顔の貴族たちがいい顔をする訳がない。

もしかしてコウは実力を得たばかりに、妬まれその力を示す前にこの国を追い出された?


「否定はせん。デュッセル王国からせっつかれた文官どもが、何度も陳情に来ていて煩わしかったからな。獣人も下等な生物だ、平民にはお似合いだろう」

「お父さん!!!」


私が声を荒げると、周囲に炎の壁が現れ囲まれてしまう。

父の魔法で作られた炎だ。


「結婚は命令だ。拒否は許さん」

「…お父さん最低ね」


周囲の炎が私の服を焦がす。

父が私の言葉に聞く耳を持たないのはわかっていた。

まさか力ずくでくるとは思わなかったけど…。


「お父さんは私に意思を持たない人形になれって言うの?」

「お前が男として産まれて来ていれば、何も問題は無かったのだがな」


ミストラル帝国の貴族の中に、わずかだが女性の当主は存在している。

しかし、男性上位の風潮で女性当主だからと軽んじられることも少なく無いと聞く。

…少し考えればわかることだった。

マクダウェル家を発展させるために、父が女の私を使い何をするのかを。


私は父にとって政争の駒でしかないのだ。

今まで魔法の訓練をしていたのも、実力を認められつつあるのも父にとってはどうでもいい事なんだろう。

今まで努力してきたことを全て否定され、私の心は決まった。


「ウォータシェル!」


私の抵抗に、父は眉一つ動かさなかった。

父の火魔法を対抗魔法で消すどころか、炎は揺らいだだけで勢いに変化すらない。

自信を失いそうになってしまうけど、負けるわけにはいかない。


「無駄なことを」

「お父さんこそ、無駄な事は止めたら?私は人形じゃないのよ」


精神を集中し、次の抵抗魔法を練り上げる。

こうなったら徹底抗戦だ!


恋する乙女の一途さを舐めるなよ!

父に私の魔法の力を認めさせてやる!

コウのためにもこんな縁談断ってやるんだから!


右手には杖、左手でコウの第二ボタンをぎゅっと握りしめる。

コウ!私に力を貸して!


「簡単に諦めるわけにはいかないのよ!ウォーターシェェェェル!」


消えろ!消えろ!消えろ!こんな炎なんて消えろ!!

魔力の全てを注ぎ込み、ウォーターシェルに願いを込める。

今まで作り出した事のない量の水が、炎に飛び込んでは気化してゆく。


「ぐぬぬぬぬ!」


残った魔力を対抗魔法ウォーターシェルに注ぎ込む。


「これで、どうだあああああああ!」


パキンと音が鳴り、私の願いが届いたのか炎は姿を消した。


「はは、どうよ。パルケス先輩じゃ消せないわよ」


強がってみたものの魔力は既に尽きかけていて、杖を持つ手は震えている。

ミストラル帝国、いやこの大陸で一番と言っていい魔術師である父の魔法を打ち消した。

これできっと私を見直してくれる……と思っていた。



「う…そ…」


私の周囲は再び炎に包まれていた。

さっきの炎よりも、熱く厚い炎の壁だ。

炎越しに見える父の顔は、やはり無表情だった。


「これが貴方の返答なのね」


父からの返事はない。

無言は肯定と判断し、再び抵抗魔法を唱える。


「ウォォタアアアシェエエエル!!」


両手を握りしめ、残った魔力に全てを賭ける。

既に頭はふらついており、膝も震えている。

典型的な魔力切れの症状だ。


「無駄な抵抗を。娘は親の言うことに素直に従っておけば良いのだ」

「嫌…よ。私は…抵抗し…続け…るわ…」


心とは裏腹に、私の身体は力を失って行く。

やがてコウの第二ボタンを握りしめていたはずの左手の握力が無くなり、希望がポロリとこぼれ落ちた。


「あ…」


第二ボタンが地面を跳ね、乾いた音を上げた瞬間…私の意識は遠のいて行った。






意識を取り戻し、真っ先に見えたのはベルモットの顔だった。

隣にはオルティネ師匠の顔もある。


「レイリア様!ようやく目を覚まされたのですね!」

「ううーん、ここは?」

「レイリア様のお部屋です。王宮から知らせが来た時は驚きましたよ」


どうやら気を失った私は、父から連絡を受けたオルティネ師匠に宿舎まで連れて来られたようだ。


…私は全力を出していない父に負けちゃったんだなぁ。

再戦しても勝てる気が全然しない。

このまま結婚するしか無いのかな…。


「レイモンド宮廷魔術師筆頭からの伝言だ。『命令拒否は許さん』だそうだ。いったい何があった」


二人に執務室での出来事を話す。

私のやっている事は、貴族の常識に反する事だ。

きっと上級貴族のオルティネ師匠は、私を否定するだろう…。


「レイリアは余程、そのコウとやらに惚れているんだな。まさしく身を焦がすような恋なんだな」


返ってきたのは、想像してもいない言葉だった。

オルティネ師匠の視線の先には、私の制服がかけられていた。

所々父の火魔法の影響で焼け焦げている。


「あのぉ…恋で服は焦げないですよ」

「ふむ、恋では火傷はしないのか。実際に火傷は酷かったが回復魔法で治療しておいた」


聞けば私は2日間気を失っていたらしい。

その間ずっとオルティネ師匠が回復魔法で火傷の治療をしてくれいたそうで、感謝の言葉を告げる。


「ふむ、感謝は受け止めよう。だがそれよりも興味深い事がある。コウとやらの事を聞かせてくれぬか」


今まで隠していたけど、ここまで迷惑をかけてまで秘密にしておくことじゃないと思って、二人にコウとの出会いから卒業式までの事を話す。

ベルモットは「まぁまぁ!」と嬉しそうに話を聞いてくれた。

女はいつまで経っても、他人の恋話は好きなんだなぁ。

こんな事ベルモットに言うと怒られちゃいそうだけど。


「コウとやらは入学当初は、大した実力を持っていなかったのだな。それがレイリアとの模擬戦に勝利するほどになったのか」

「そうなんです!私初めて負けたのがコウで!」

「話を聞けば、強いというより上手いと言う印象だな」

「最初はそうだったんですけど、どんどん強くなっていって…」


気がつけば私はコウの事を惚気けていた。

二人が呆れていないかな、と思ったが表情を見るとそうでもなさそうだ。


「だけど…もう…」


父に私は叩きのめされてしまった。

勝負に勝てば、父は私の言うことを少しは聞いてくれていたのではないだろうか、そう思ったからこそ対抗魔法で抵抗したけど…。

貴族意識に凝り固まった父は考えをそう簡単には変えてくれないだろう。


「思ったより早く諦めるんだな」

「え…」

「私はレイリアの良さは粘り強さだと思っていたんだが、買いかぶりだったか」

「私だって諦めたくないですよ!」


私の両目からは涙がこぼれ落ちていた。

コウは初恋の相手で、今もずっと恋をしている。

諦めたくないって心が叫ぶけど、私にはどうしていいのかわからない。


「物語の定番だと、駆け落ちか?」

「だけどコウには私の気持ちも伝えてない…しかも遠く離れた場所にいる…」

「なら押しかけ女房か。何か違う気もするが…」

「ぷっ」


思わず笑ってしまったが、少し他人とずれたところはあるオルティネ師匠は私を応援してくれているようだ。


「ごめんなさい、オルティネ師匠。てっきり反対されると思って」

「パルケスの嫁になれば、家に入るのだろう?才能をわざわざ潰す必要は無い」


貴族の嫁になれば、働くことはない。

当主でない女は、いわゆる内助の功を求められるのだ。

家によっては名ばかりの正妻で、夫が側室の家に入り浸りで帰ってこないなんてのもよく聞く話だ。

――それが貴族の普通。


だけどそれは私の望む未来じゃない。

私は夫の側に並んで、一緒の目線で同じ未来が見たいんだ。

コウとならそれが見られると私は感じている。


初めて負けた時、コウは私に手を差し伸べてくれた。

奢りもせず、威張り散らしたりもしないコウの姿は今でもすぐに思い出せる。

お偉いさんの一人娘である私に、別け隔てなく接してくれたのはコウとミハエルだけ。

すぐにコウをライバル視するようになった私だったけど、今考えるとあの時既に恋に落ちていたのかもしれない。


「レイリアの言うとおり、コウがパルケスと違うのなら私もレイリアの恋を応援しよう。そうだなまずは……」


暖かいオルティネ師匠の言葉に、涙が止まらない。

ううう、この人が師匠で本当に良かったよう…。


「でもそんな事をしたら、オルティネ師匠の立場が」

「弟子がいらぬ心配をするな。どうせ出世なぞ端から考えてはおらん」

「ですが!」

「子に迷惑をかけられるのが親の幸せだと噂で聞いたことがあるぞ。子など作るつもりの無い私にとってレイリアは娘のようなものだからな」

「なんだかまたずれてるような気がしますが…」

「そうか?私は楽しいぞ」


本当に二人に甘えちゃっていいのかな…。

ベルモットも暖かい眼差しで私を見てくれている。


「ちゃんとコウとやらに思いをぶつけるんだぞ。それまで帰ってくることは許さないからな」


以前コウにデートに誘われた時、私は嬉しかったけど断ってしまった。

あの時の私は孤立無援で、平民のコウと結ばれる未来なんて思い浮かばなかったからだ。

だけどここには2人も応援してくれる人がいる。


「いいんでしょうか…」


口では遠慮した言葉を発した私だけど、心はコウの元へと飛んでいた。

コウに告白する私、コクリと頷き優しく抱きしめてくれるコウ。

そして二人の唇は重なって……うわああ、想像するだけで恥ずかしい!


「決心が出来たようだな。そのうち私にも彼氏を紹介してくれよな。ん…その頃には旦那か?子供もいてもおかしくは無さそうだな」

「こ、子供!?」

「そうですね。レイリア様の惚れっぷりから想像すると、あっという間かもしれません」

「おお、それも良さそうだ。確か既成事実と言うんだったか」

「じゃぁ私からも、男性を虜にする秘密道具とっておきを差し上げましょう」


さすがにそこまではやり過ぎだとは思うけど、父が貴族の権益を言うのなら、私が貴族の体裁を攻めるのはありかも。

父と全面的に争うことになっちゃうけど、取り付く島もないのだから仕方ないよね。

いかに貴族意識に凝り固まった父とは言え、命までは取らないだろうし…。


「ふむ、その作戦は採用しよう」

「作戦を紙に記録いたしましょう」


主役そっちのけで、二人は次から次へと案を出していく。

二人共実に楽しそうだ。

でもさすがに、『箱に入って私がプレゼント♪』作戦は無理だからねっ!


「どうやって出国するかも大事だな」

「そうですね、りんごを詰めた箱に潜り込んで検問を突破するのはいかがでしょう」

「おお!着く頃にはフルーティな匂いで、むしゃぶりつきたくなるほどの美女と言う訳だな!」

「師匠、それ違いますから」


二人の考えだす作戦は、即却下したいものも多かったが中には使えそうなものもあった。

私だけでは思いつかない発想だった。

父に負けて状況は悪化したはずなのに、二人のおかげで私はなんだか前向きになれた気がする。





ねぇ…コウ。

貴方に早く逢いたいな。

今度は素直に想いを伝えるから…。

貴方の想いに答えるから…。


私の事…ぎゅっと強く抱きしめて欲しい…。


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