第十三話 奴隷で部下で
「お兄さんは魔術師なんでしょう!ユリカを助けてよ!」
男の子は俺の足にしがみついて、頼み込んできた。
もちろん治療するつもりだが、聞きたいことが山ほどある。
「治療したら聞きたいことがあるんだ。時間をくれるか?」
「わかったから早く治してよ!」
ユリカと呼ばれた少女は地面に寝かされていた。
兎の耳を生やした少女の身体は痣だらけで、殴られたり蹴られたような怪我に見える。
頬も腫れていて、口の中も切れていたようだ。
怪我をしてから少し時間が経っているようで、ハイヒーリングでなら治るくらいの傷ではあったが幼い子が負う傷にしてはひどすぎる。
体罰なら服とかで隠れる場所を叩く事が多いとも聞いた事があるが、顔に傷があることから違うのかもしれない。
体罰じゃないなら何があったんだ?隠す気すらないのか?
疑問に感じるが、ハイヒーリングで傷を癒やす。
効果はすぐに現れ、手足を見ると痣も全身から消えていた。
わかってはいたがヒーリングとは治癒力が雲泥の差だ。
「…ありがとう」
ユリカと呼ばれた少女は身体を起こし礼を言ってきた。
お兄ちゃんもユリカの元気そうな姿を見て嬉しそうにしているのを見ると、少し照れくさくなってしまう。
「礼を言われるほどじゃないよ」
それよりも俺は二人から話が聞きたい。
しかし俺が聞きたい内容は、きっとこの世界の機密情報だ。
公園の中は軍の面接応募者が列をなしているので、聞かれないように場所をテントに移す。
フィルとシア、アレキサンダーさんも俺の緊張した様子を察したのか、一緒にテントへ入る。
兄妹は応募者用の椅子に座り、俺達は面接官用の椅子に腰掛ける。
「なぁ二人のフルネームを教えてくれないか」
ひょっとしたらと言う思いが、手に汗を握らせる。
「僕はシンイチ・タカミヤで、妹はユリカ・タカミヤです」
「お父さんの名前は?」
「ユウサク・タカミヤだけど…数年前に死んじゃった…」
タカミヤのような日本人の姓をこの世界で聞いたことがない。
半ば確信に近い思いを抱きつつ、シンイチに尋ねる。
「お父さんは…転生者だったのか?」
「転生者…と言う言葉がよくわかんないけど、変わった素性だとは言ってた」
ユリカがシンイチの袖をくいくいと引っ張ってなにか言いたそうにしていた。
「…お兄ちゃん。あの本をコウさんに見せよう」
「ユリカ!あの本は秘密にしろって言われてるだろ」
「コウさんからはお父さんに似た優しい魔力を感じる。あの魔術師とは違うよ。きっと大丈夫」
ユリカからは微弱ながらも、暖かい魔力を感じられる。
魔術師は魔力をお互いに感じることが出来るのだ。
ユリカは俺の魔力の波動を感じ、優しい人だと判断してくれたようだ。
シンイチはユリカの言葉に悩んでいたように見えたが、やがてぼろぼろのカバンから一冊の本を取り出した。
「これ、お父さんが残した本なんだ。頼れる人が出来たら渡しなさいって言ってた」
「いいのか?」
「うん、ユリカが大丈夫って言ったからね」
シンイチが手渡してくれたのは、本と言うより本のサイズの箱のようなものだった。
箱は見たことのない金属で出来ており、魔力の流れを感じる。
魔導器の一種かとも思ったが、どうやら俺の知らない魔法がかけられているようだ。
魔法学園の図書館でミストラル帝国で公表されている魔法は全て目を通しているから、秘匿された魔法でなければ新魔法の可能性もある。
この中にはどんな事が書かれているのだろう。
ただの手紙と言う可能性もあるが、俺の予想通り転生者が書いていたのなら、今後の生活に何かしら役に立つことが書かれているのではないだろうか。
箱を探ってみるが開けられそうなところは見当たらない。
どうやって開けるんだ。
魔力の流れを感じるから魔法で開けるのかもしれない。
試してみるか。
「アンロック…ちちんぷいぷい開けごま!」
逸る気持ちを抑えきれず思いついた魔法を試しに口にしてみるが、箱に変化はない。
「コウさん、開けるには暗号がいるって父さんが言ってたよ」
「そうなのか?」
「うん、僕には読めないんだけど」
シンイチは地面に指で文字を書き始めた。
「このマークらしいんだけど、僕達にはわからないんだ。コウさんにはわかる?」
「どれどれ」
それは見慣れていたマークだった。
過去にこのマークの入ったブツをいくつ持っていただろうか。
数えた事はないが、結構な数あった気がする。
夢と希望とファンタジーが詰まった懐かしいこのマーク…。
⑱に斜め線
「十八禁マークだよな!」
俺が十八禁と叫ぶと、箱はカチリと音を立て解錠された。
なんで俺は過去の人物にツッコミを入れなければならないんだろう。
理不尽さを感じる…。
幸いにしてこの言葉の意味を知る人はいないので、変態扱いされずにすんだが冷や汗ものだ。
こんなパスワードを使った二人のお父さんは、変な人だったんだろうか。
からかわれている気持ちになるが、好意的に考えれば日本から来た転生者にしかわからないはずの記号だし、暗号としては優秀なのかもしれな…い?
うん、そういう事にしておこう。
深く考えた方が負けだ。そんな気がする。
箱の中にはシンイチが言うように本が入っていた。
かなり厚く単行本くらいのページ数はありそうだ。
表紙には「転生者へ」とあり、その下には漢字で「高宮裕作」と書かれていた。
この世界には漢字が無いから、執筆者の高宮裕作なる人物は日本からの転生者だったことが証明できる。
「二人も見るか?」
「いえ、僕たちは大人になってから見るようにと言われてるんだ」
「大人に?何か理由があるのか?」
「子供には刺激が強いから見てはダメって。お父さんが言ってた」
俺と同様に転生してきたのなら、裕作も身寄りもない状態でさぞかし苦労しただろう。
ひょっとしたらその苦労の中には、子供には言えない事もあるのかもしれないな。
グロい展開で18禁もあったしな。
表紙をめくると、『転生者にこの本が届く事を願う』と言う言葉とプロフィールが書かれていた。
どうやら高宮裕作はダカルバージ帝国に所属する魔法師だったようだ。
ミストラル帝国同様、ダカルバージ帝国も貴族制が取られている。
裕作は平民ながらダカルバージ帝国の魔法部隊の一兵卒として仕えていたようで、貴族が幅を利かせたこの世界では、さぞかし肩身の狭い思いをしただろう。
高宮裕作は魔法師であることは、ユリカに魔法の才能が遺伝していることから推察出来ていたから想像の範囲内だ。
この本は興味深い。時間をかけてじっくり読むべきだな。
「なぁこの本を借りちゃだめか?」
「いいよ」
シンイチは親の形見の本を俺に預けてくれると言う。
ありがたいことだ。
今夜にでもじっくり本を読ませてもらおう。
本の事はひとまず置いて、兄妹の事を考える。
二人の故郷はダカルバージ帝国で、今はデュッセル王国にいる。
それも妹のユリカは傷だらけの姿で。
そこから二人の状況が推察出来た。
「二人はダカルバージ帝国から逃げてきたんだろう?」
「コウさんの言うとおりだよ…。バルツバイン王国から獣人の列に紛れてデュッセル王国に来たんだ」
シンイチの言葉を聞いて、それまで沈黙していたアレキサンダーさんが口を開いた。
「二人は密入国者ですかの。でしたら国際法に則ってバルツバイン王国に送還するべきですな」
確かに捕虜交換の獣人の中に紛れていた二人は、密入国者の扱いになるんだろう。
だけどアレキサンダーさんの言葉を聞いたシンイチはユリカの前に立ち、守るように両手を広げている。
妹思いの良いお兄ちゃんだ。
こんな二人を犯罪者だなんて言いたくない。
「アレキサンダーさん、結論を急ぐのは早いですよ。デュッセル王国にはシアのような存在もいます」
「そうだな。私もゆっくり考えるべきだと思う」
デュッセル王国の住民情報は他国には提供していない。
仮に提供しようとしても、提供できるだけの情報が整っていないのが現状なのだ。
だからこそシアが名前を変えデュッセル王国にいることが出来ているのだが。
「ですが、宮廷魔術師殿。その娘には隷属の魔道具がつけられていますぞ。どこぞの間者かも知れませぬ」
「隷属の魔道具?」
アレキサンダーさんが指刺した先には、ユリカの首にある鈍く光る首輪があった。
「うむ、隷属の魔道具を取り付けられた者は主の命令に逆らうことが出来ませんのじゃ。命令に逆らえば死ぬほどの苦痛を味わうと聞いております。仮に主にこの国の調査を命令されていれば、デュッセル王国の情報が漏れてしまいますぞ」
シンイチは反論しようとて口を開きかけたが、手で制す。
何故ならこのタイミングでシンイチが反論しても効果は薄いからだ。
ここは俺がステータスで見た内容を説明するべきだろう。
「アレキサンダーさん、ユリカは主がいない状態です。主がいないと命令は受けようが無いですよね」
「そうじゃが、何故わかるのじゃ?」
「俺は宮廷魔術師ですよ」
にっこりと微笑むと効果があったようで、アレキサンダーさんは矛を収めてくれた。
魔法が使えない人から見ればきっと魔術師は、得体のしれない力を持った存在だもんな。
「コウさん、ありがとう。僕達がデュッセル王国に来た経緯を話してもいいいかな?」
「お兄ちゃん…ユリカが説明する」
先ほどまで兎の耳を立てて警戒していたユリカだったが、俺達のやりとりを聞き落ち着いたのか口を開き始めた。
「ユリカとお兄ちゃんはダカルバージ帝国にいたの」
ユリカが話してくれた内容は、子供の身に起こったものとしては強烈なものだった。
両親が亡くなると同時に、ユリカの魔術師の素質を知っていたお父さんの同僚が人族と兎の獣人のハーフであるユリカを自らの奴隷として扱うと宣言したのだそうだ。
当然二人に受け入れられるものではなく、子供なりに抵抗したが権力を持った大人の前には無意味だったようで、反抗心を持っているとユリカは殴る蹴るの暴行を受けたそうだ。
殴っても蹴っても服従しないユリカの態度にしびれを切らした男に、隷属の契約をされそうになったところで、シンイチが機転を利かせユリカを連れてバルツバイン王国まで逃げたのだそうだ。
そして逃亡先のバルツバイン王国で、獣人の国であるデュッセル王国へ向かう獣人の列に紛れ込んだ。
それが二人の辿った逃避行らしい。
「この国は獣人の国って聞いてる…。ここならユリカ達も平和に暮らせるかなって思ったの…」
ユリカは俺を見つめて来た。
先ほどのやりとりで、俺を味方だと認識してくれたのだろうか。
ユリカはまだ10歳くらいで幼いが、目鼻立ちも整っており将来間違いなく美人になりそうで、ロリコンのつもりはなかったがドキリとしてしまう。
兎の獣人は美人が多いと聞くしこの世界の住人ではない二人の父、裕作も兎族の美しさに目が眩んだのだろうか。
不幸中の幸いで、まだ幼いユリカは獣人である事で性的な暴行は受けていなかったようだ。
「ううっ…コウ様、お二人がかわいそうです」
フィルは二人の境遇に悲しみを覚えたようで、ぽろぽろと涙を流していた。
シアの時にも思ったが、この王様はいつか悪い人に騙されるんじゃないかと心配になってしまうが、この優しさこそが最大の美点だと思う。
万が一があってもキリングス将軍がカバーするだろうし、俺も側にいる。
「なぁ二人共行く宛はあるのか?」
「いえ、親戚も知り合いもいないから…」
「なら二人共俺の部下にならないか?美味いご飯に寝る場所もあるぞ」
ユリカには魔術の才があるから、将来デュッセル王国の大きな力になってくれるだろう。
シンイチも誘ったのは、機転が利くみたいなので指揮官の才能があるかもしれないと思ったからだ。
それに何より、仲の良い兄妹を離れ離れにはしたくなかったのだ。
「コウ様!いいお考えです!」
「そうだな、シンイチは私が鍛えよう」
フィルとシアは賛同してくれたが、アレキサンダーさんは浮かない顔をしている。
「お待ちくだされ。隷属の魔道具についている宝石に人族の血をつけることにより、主を定めると聞いておりますじゃ。可能性の話じゃが、魔術師を欲する人物が現れた場合、契約されてしまう可能性がありますぞ」
もしダカルバージ帝国から二人の追手がやって来たとすれば、ユリカの主になろうとするだろう。
そして主になってしまえば、奴隷の首輪の影響でユリカは拒絶できない。
その先には真っ暗な未来しか思いつかなかった。
「僕が主になろうとしたんだけど、半獣人だからダメだったみたいで…」
「生粋の人族じゃないとダメなのか?」
ずっと王宮にいれば衛兵が護ってくれるとも考えたが、まるで監禁生活のようになってしまう。
今まで抑圧された生活を送っていたなら、自由に動きまわりたいだろうし町で買い物とかもしたいはずだ。
万が一、戦争に出兵することになり敵に強制的に寝返らせられると言うのもアキレス腱になりかねない。
それらを考えると安全無害な主に契約してもらうのが、一番だと思うのだが…。
皆で悩んでいるとポン!とフィルが手を叩いた。
「人族しか主になれないんですよね?」
「ああ、そうみたいだな」
「なら簡単ですよ」
フィルはにこやかに皆を見回した。
「コウ様がユリカちゃんの主になればいいんですよ」
俺の目は点になっていることだろう。
主になることを考えなくもなかったが、真っ先に自分の中で否定したことでもある。
だって、命令をしたら断ることが出来ないんだぜ。
死ねと言えば死ぬしかないだろうし、服を脱げと言えば裸にならざるを得ない。
そんなことをするつもりは無いが、ずっと同じ気持ちでいられるとは限らない。
「大丈夫ですよ、コウ様なら」
俺の不安を見透かしたのかフィルはにっこりと微笑んでいた。
「コウ様は優しいからな。コウ様は私が良いと言ったのに抱かなかった」
「だだだ、抱くって!」
「ん?私が虜囚だった頃の話だ。囚われの身なら犯されて当然と思って言ったのだが、そうはならなかった」
シアがレティシアだった頃、確かに囚われの身だったシアは俺に「抱かないのか」と尋ねてきたことがあった。
結局、俺には押し倒す度胸もなく、捕虜交換が行われシアは解放された。
シアほどの美人…やっぱり惜しい事をしたかなぁ…。
「コウ様…何もなかったんですよね?わたくし信じていいんですよね?」
見ればフィルが目を潤ませながら、俺を見上げていた。
「シアの言ったとおりだよ。何もなかった」
「よ、良かったです」
未遂にすらならない一件で疑われても困るもんな。
フィルの素直さをありがたく受け取ろう。
「どうでしょう?無理にとは言いませんが、コウ様にお願いしてはいかがでしょうか?」
「私はコウさんなら…」
意外なことにユリカは真っ先に賛同の声をあげた。
シンイチは悩んでいたもののユリカの人を見る目を信じているのか、腹を決めたように頷いた。
「ならば、契約を済ませてしまおう。コウ様、少し血をいただくぞ」
シアはそう言うと俺の指先に短刀を当てる。
痛みも感じないまま一筋の血が流れたかと思うと、シアは俺の指先をユリカの首にはまっている隷属の首輪に押し当てた。
「え…俺の意見は?」
「ん?コウ様も同意していたのではないのか?」
「いや…そんなユリカの一生を軽々しく決めるような…」
俺の言葉は遅かったようで、隷属の首輪は熱を発し始める。
「わわ、首輪が暖かいです」
「ふむ、手遅れだな。まぁいいではないか、命令をしなければ済む話だろう」
「シアさん…男前っすな…」
シアに主になってもらえば良かったのだろうが、生憎シアはシンイチと同じ半獣人で主になる資格が無い。
突き詰めて考えれば、デュッセル王国には俺以外に主になれる人族はいないのだ。
ユリカの身の安全を考えれば、唯一の人族である俺と契約するのが最善のはず。
「なぁ、シアに頼みがあるんだ」
「なんだ、私はコウ様の部下だ。命令されればたとえ一騎でも敵に突撃するぞ」
「いや…、そんな無謀な事はさせないから」
戦略的にはそんな状況を作ってはならないし、戦術的にもシアに単騎突撃させる意味は無い。
多勢に無勢ってもんだ。
三国志の趙雲のように単騎で敵中を駆けるなんて、ゲームか物語の中だけだと思う。
「もし俺が変な命令をユリカにしようとしたら、シアが止めてくれるか」
「ん?コウ様に限ってそれは無いと思うが。心得た、その時は諫言しよう」
「頼んだぞ」
シアの凛々しい横顔がなんだか頼もしい。
元々王族だけあって、風格もあるもんな。
「なんだか気分が少し楽になった気がする」
「これがコウ様からの初めての命令だな。てっきり初めての命令は夜伽……」
「それはないから!」
「上司の命令は絶対だぞ。そうでなければ、指揮系統が乱れる」
シアの目は真剣そのもので、命令すれば本気でやりそうだ。
これでは隷属したユリカと一緒で諫言なんて期待できない。
あれ?そう考えると隷属も同じレベルなのか?
シアとは上手くやっていると思っているので、ユリカも部下の一人として考えればいいのか。
だが万が一でも俺が理性を保てなければ、大変な事になってしまう。
あくまで俺は恋愛からの和姦派だ。
…おい、ルビに妙なものをつけるなよ。
ユリカを見ると、隷属の首輪を手でさすっていた。
隷属の首輪を介して微弱だがユリカと俺は魔力が繋がったようだ。
「契約が完了したか」
「うん、もう首輪の熱は下がった」
「そっか、これで誰かに契約される怖さは無くなったな」
ユリカの頭を撫でると、はにかんで頬を染めていた。
どうやら、怖がっていないようでほっとする。
「これからはご主人さまと呼ぶ」
「なんだか重いぞ!?」
「奴隷のお約束?」
「いやいや、奴隷だなんて思ってないから!」
ユリカの緊急避難的に主になっただけで、本当に主になった自覚はない。
だけど不覚にも『ご主人様』には少しときめいてしまった…。
「ユリカは自分の思うように生きてくれ。命令はしないから」
「他に行く場所ない…」
「さっき言ったろ。兄妹揃って俺の部下にならないか?そうすれば兄妹揃って生活できるぞ」
ユリカは俺の弟子に、シンイチはシアの弟子に。
なんとなくだがシンイチは見込みがありそうだし、ユリカは希少な魔術師だ。
隠し球になるし、絶対に裏切らない戦力が強化されるからな。
デュッセル王国にとっては万々歳だ。
それになにより、ユリカは可愛らしい。
「お兄ちゃんどうする?」
「僕はご迷惑じゃなければお世話になってもいいと思う」
ユリカはシンイチの意思に従うようで、コクリと頷いていた。
フィルも「弟と妹ができました!」と喜んでくれていた。
募集要項には15歳からと書いていたし、デュッセル王国国民とも書いていた。
二人は募集要項から外れた人材だが、将来を見据えると100点満点だったのではなかろうか。
その夜シンイチ、ユリカ兄妹の歓迎会を王宮で開いた。
二人共フィルの料理に「こんな美味しい料理食べたこと無い」と喜んでくれた。
まぁフィルの料理は美味いから、その気持ちはわかる。
王宮にはもう2部屋空き部屋があったので、それぞれに割り振った。
シンイチは「僕達兄妹のために2部屋も…」なんて恐縮していたが、ユリカは「自分の部屋!」と個室を喜んでいた。
10歳といえば、そろそろお年頃なのかもしれん。
逆にシンイチは妹離れが出来ていないようだが、ユリカは守るべき存在だし仕方ないのかもしれない。
二人には早いところデュッセル王国に馴染んで欲しいが、心配してはいない。
「ユリカちゃん!」「フィルお姉ちゃん」なんて呼び合ってたし、シンイチもシアから心構えを教えて貰っていたしな。
自室に戻りシンイチ達から受け取った本を手に取る。
二人はまだ見ないつもりのようで、俺に一人で見るように勧めてきた。
「ユウサク・タカミヤか…」
この本に過去の転生者の事が書かれていると思うと、手に汗をかいてしまう。
表紙には、漢字で「転生者へ」と言う文字と「高宮裕作」と書かれている。
ここまでは日中に見たところだ。
問題はこの先。
ひょっとすると転生の秘密や、新魔法が書かれてはいないだろうか。
ゴクリと息を飲み、ページをめくると
「んなっ!?まさかとは思ったが…」
そこには意外な光景が広がっていた。
『やあ!僕は高宮裕作だよ!』
そこにはにこやかなスマイルで微笑む、裕作の自筆イラストが載っていた。
まさか、2次元イラストで攻めてくるとは!
頭が痛くなりそうになるが、我慢してページをめくる。
「漫画形式にはびっくりしたが上手だな。まるで漫画家のようだ」
本の中の裕作は美形に描かれていた。
きっと盛ってるはずだ、そうに違いない。
イケメン爆ぜろ!
元々裕作は漫画家志望だったようで、この世界に転生して来た時には記憶を失っていたそうだ。
ダカルバージ帝国に拾われ魔術師として仕えていたものの、人を殺すことが出来なかった裕作は部隊でも浮いた存在だったらしい。
人を殺めることは軍に所属している以上、避けられない事なのかもしれん。
俺も先日のバルツバイン王国との戦闘では、混乱を起こさせる事に専念していたから誰も殺してはいない。
いつか俺にも人を殺すような未来が待っているのだろうか。
裕作は心優しい性格だったようで、軍の権力争いに辟易していたようだ。
そんなある日、売られていた兎の獣人奴隷に裕作は一目惚れをする。
この頃には裕作の記憶は戻っていたのだが、裕作は転生者であることを皆に隠していた。
ただ一人言えたのが後の妻である獣人奴隷マリー。
マリーは獣人であり奴隷であることに引け目を感じていたものの、裕作の優しさに惹かれ二人は恋に落ちていく。
「うん…これはシンイチ達には早いかもしれん」
ページを進めると、二人がイチャイチャしている姿が描かれていた。
そこに一番力が入っているしページも割かれている。
18禁は間違いではなかった。
だって『ああん、らめぇ!』とか書かれてるんだぜ?
「こほん…ここは後でじっくり読むべきだな」
後ろ髪を引かれながらも、ページを飛ばす。
二人の恋物語は進み、やがてシンイチとユリカが産まれる。
幸せいっぱいの裕作とその家族が描かれていて心を和ませる。
しかし、シンイチ達が物心ついたあたりで漫画は止まっていた。
裕作の妻マリーが致死性の高い流行病にかかったのだ。
この先は漫画を書く余裕が無くなったのか、日本語で日記のように書かれていた。
ヒーリングで妻を癒やす裕作。
しかし、ヒーリングは病を治癒させるものではなく体力を回復させるだけの魔法。
日に日にマリーの身体は弱っていく。
そんな中、裕作も妻と同じ流行病にかかってしまう。
この頃にはもう裕作の体力は残っていなかったようで、まるでミミズが這ったような字が滲んでいた。
なまじ魔法のような規格外の力を得てしまったが故に、病気の妻を治せない自分が許せなかったんだろう。
その悔しさからくる涙が字を滲ませたのだ。
最後のページには『転生者に告ぐ。魔法は万能だが完全では無い。私のようになりたくなければ新魔法の開発に力を注ぐことだ。また要求レベルに達していなければ魔法は不発に終わるから気をつけろ。以下、私の発見した新魔法を列記しておく』と書かれていた。
目の前の病床の妻を治すことも出来ない気持ちは、どれほど深い悲しみを裕作にもたらしたのだろう。
身寄りも無い状況で幼い子供たちを残して逝く気持ちもだ。
俺の目からは涙がポロポロと流れ落ちていた。
『見知らぬ転生者へ。新魔法が私が支払える唯一の報酬だ。子供たちを頼む』
ステータス
浮遊
遠視
探査
解毒
施錠
・
・
・
隕石落し:但しレベル不足のため想像段階




