第十話 刺客
「コウ殿にこの首を預けます」
バーゼル将軍はそう言って全面降伏した。
デュッセル軍もバルツバイン軍を圧倒していたおかげで、戦死者は数えるくらいで済んだ。
岐路につき、キリングス将軍と合流する。
その表情は会心の勝利で晴れやかだ。
「見事に策がハマったな。魔法とはなんとも凄いものよ」
「いえ、魔法を使うのに適した場所だったですからね。バルツバイン軍が俺の存在を知らなかったのが大きいですよ」
「そうじゃな。過信は油断に繋がる。敵を怖がるくらいがちょうどいいぞ」
キリングス将軍が、にょきにょき伸びかけていた鼻をポッキリと折ってくれる。
戦場では一瞬の油断が死につながるのは、歴史を学んだ俺でも知っている。
桶狭間の今川義元だってそうだよな。
それまで権勢を誇っていた今川義元は、見下していた織田信長の軍の奇襲で全てを失ってしまった。
もしバルツバイン軍がデュッセル王国を侮ること無く戦争に突入していれば、勝者と敗者は入れ替わっていたかもしれない。
蘇生魔法が無い状況で、自分のためにもフィルのためにも死ぬわけにはいかないのだ。
「キリングス将軍がいてくれて良かったですよ」
「コウ殿なら心配はいらないじゃろうがな。これからも頼りにさせてもらうぞ」
ミストラル帝国を出てから師匠もライバルもいないと思っていたが、キリングス将軍は目標とするべき人物に十分なり得る。
俺はキリングス将軍から見ればデュッセル王国出身でもなければ、縁もゆかりも無い男だ。
しかし、俺のためを思っての言動が、言葉の端々から感じられる。
やはりこの国に来たのは間違いでは無かったと思えた。
戦争から帰って来た俺達を、フィルと文官達を始め街中のみんなが出迎えてくれた。
特にフィルと文官たちは、城門の前で待ってくれていた。
「コウ様おかえりなさい!」
フィルにキリングス将軍から連絡が終始入っていたらしく、事細かに俺達の動きを知っていた。
軍権をキリングス将軍に預けたとはいえ、王は最高司令官だし当然なんだが。
文官たちも手放しで今回の勝利を讃えていた。
「今回の一番手柄はコウ殿ですな!」
「そうよな、コウ殿がいなければ憎きバルツバイン軍に、ノコノコ逃げられていたじゃろうて」
フィルもまるで我が事のように喜んでくれていた。
さすがに背中がむず痒くなる。
「俺よりキリングス将軍のお力が大きいですよ。ライエル将軍にも側にいてもらいましたし」
日本人の感覚で答えると、
「コウ殿は控えめですなぁ。何か褒美を要求してもバチは当たりませんぞ」
と口々に言われる。
そうは言っても欲しい物なんてすぐには思いつかない。
杖も凄いものを渡されているし、身の回りの面倒はフィルが見てくれているから不自由はない。
強いて言うなら…
「またフィルの作ったお弁当が食べたいな」
「ふ、ふえ!?」
メタス川の側で食べた、フィルのおにぎりは絶品だった。
塩味も適度に効いており、文句の付けようが無いほどだ。
フィルを見るといつものように真っ赤になっていた。
「コウ様…ほんと勘違いしちゃいますよ…」
俺としては勘違いしてくれても構わないのだが、王と臣下でありその壁は大きい。
ミストラル帝国での貴族と平民の格差よりも高いものだろう。
戦争が終わり俺の周辺が変わったかと言うと、大きく変わってはいない。
フィルやキリングス将軍、他にも文官たちが意見を聞きに来るようになったくらいだろうか。
町の人達による大騒ぎも無い。
キリングス将軍が町を歩けば、畏敬の眼差しで見つめられる。
さすがは国家の大黒柱だ。
俺の方はというと、町の人達が気軽に挨拶をしてくれるようになった。
魔術師の力を過剰なまでに見せつけたので、獣人達も恐怖心を抱いたかと思ったのだがそんな素振りは微塵もない。
晴れてデュッセル王国の一員になれたのだろうか。
…一人だけ変わった存在がいる。それはフィルだ。
以前はできるだけ俺の側にいるといった感じだったのだが、今では四六時中側にいる。
離れているのは寝ている時とトイレと風呂くらいだ。
依存されてるなぁとは思うが、信頼の証だと思えば心地いい。
こんな優しい美少女に依存されるのは男としても嬉しいもんだ。
「ははは、フィルシアーナ王はコウ殿に全幅の信頼を置かれたのですな」
「はい!キリングスとコウ様!どちらも掛け替えのない存在です!」
きっぱりと言われ照れてしまうが、そんなフィルをキリングス将軍は暖かい眼差しで見ていた。
やっぱりこの人が父親代わりなんだな。
俺は前聞いた通りの兄ポジションか。
「ところでコウ殿、捕虜の件だが」
「ええ、捕虜たちを使って囚われた我が国民を取り戻しましょう」
バルツバイン軍はその大半を捕虜に身を変えた。
その数は4,500。減った分は戦死者だ。
怪我人にヒーリングして回ったが、やはり上等な回復魔法では無いヒーリングでは重傷者までは救えなかった。
悔しい気持ちもあるが、今は耐えるしか無い。
捕虜たちは演習場を改装した場所に、閉じ込められている。
命があるだけ、良かったと思って欲しい。
謁見の間で俺達は捕虜の有効的な活用方法について論議を重ねていた。
フィルやキリングス将軍を始め、文官たちやデュッセル王国で主だったものが参加している。
キリングス将軍は最初皆殺しに、と物騒な事を言っていたがそれがこの世界の普通の待遇らしい。
だが、それならバーゼル将軍は何のために全軍に降伏を指示したのか、それではただの無駄死にではないか。
そこで俺が献策したのは、バルツバイン軍の大量の捕虜と過去に捕らえられたデュッセル王国の獣人の捕虜交換だ。
大量の捕虜を慣例に倣って死罪に処すのも正直寝覚めが悪い。
それならば捕虜交換を交渉した方が、よほど現実的だと考えたからだ。
実現させるにはバルツバイン王国の中に協力者が必要だと考えた俺達は、国内の人物ではなく虜囚のバーゼル将軍に白羽の矢を立てた。
バルツバイン一の名将として名高いバーゼル将軍なら好戦的だと聞いているバルツバイン王も首を縦に振らざるを得ないのではないかと考えたのだ。
そう思いバーゼル将軍を謁見の間に呼び出す。
バーゼル将軍は手足に枷をはめた状態だ。
バーゼル将軍もバルツバイン一の将と呼ばれた人物で、此度の降伏にも何かしら、思いがあるだろうと思い尋ねると、
「拙者は皆が生き残る可能性が高い方に賭けたまで。儂の命で兵達の命を助けては貰えまいか」
と言った。
その目は、ギラギラとした力を感じさせるものでバーゼル将軍の戦いは続いている事を思わせた。
俺は知らなかったのだがバーゼル将軍はバルツバインの王弟で、王位継承権第4位とかなりの重鎮だった。
その娘レティシアも王位継承権第9位に序されている。
ちなみに現在のデュッセル王国の王位継承権1位はキリングス将軍で2位がライエル将軍、三位以下には文官たちが続く。
フィル以外の王族がいないことで起こった緊急避難的な序列だが、これもフィルが結婚して子を成せば変わる事になっている。
……フィルが嫁に。
一介の宮廷魔法師が王族の結婚に口を出せるとは思わないが、出来れば遠い未来のことであって欲しい。
気になる女性が嫁に行く。
…聖人君子のような男だったら、祝福できるのだろうが俺はそこまで人間が出来ていない。
俺は袖が誰かに引かれていることに気がついた。
その手の主はフィルだった。
「コウ様?お疲れですか?」
確かに戦争のあと、ずと慌ただしく動いている。
戦争を経て俺のレベルも20まで上がっていた。
フィルが心配してくれているのは嬉しいが、理由を言うわけにはいかない。
あくまでフィルは俺を兄として見てくれているのだ。
「いや、大丈夫だよ」
「でしたら、よろしいのですが…」
どうやら俺はフィルが心配して声をかけてくれるくらいに悩んでいたようだ。
。
頬を叩き気合を入れる。
「コ、コウ様?」
「ちょっと気合を入れただけだ。心配させてごめんな」
「いえ…」
フィルは聡い子だが、恋愛関係には疎い。
俺が悩んでいた理由に気づくことは無いだろう。
「バーゼル将軍、捕虜の命を救う代わりに、やってほしいことがある」
これは皆で決めていた事。
バルツバインの捕虜を最も有効に活用する手段であり、俺がキリングス将軍に上申し、受け入れられた策。
「囚われの身に何が出来ようか」
「……バーゼル将軍にやって欲しいのは、捕虜交換だ」
「バルツバインはデュッセルから捕虜をとっておりませんが」
「バルツバインでは奴隷と呼んでいるのだったな。獣人達とバルツバインの兵を交換したい」
推定ではあるが約5,000人の獣人達がここ10数年で捕らえられた。
獣人達は酷使され、多数が死んでいると思われることから、実質は3千から4千の獣人との交換になるだろう。
「なるほど…」
「出来るか?」
「出来なければ、部下達は死んでしまうのでしょう?やらねばなりません。ですが…」
「行動の自由は約束しよう。ただし、裏切った時はわかっているな?」
部下達と娘の命の保証はしないことを匂わせる。
元々バーゼル将軍は部下達の命を助けて欲しいと、降伏した身だ。
この一件で身を粉にしてもらわないとな。
もっとも半分はハッタリだが、失敗した時の予測はつかなかかった。
「…よろしいのか?」
「ああ、バーゼル将軍を自由にしてさしあげろ」
バーゼル将軍にかけられていた縄を解かせる。
「かたじけない」
「バーゼル将軍、これはデュッセル王国、バルツバイン王国共に益のあることだ。慎重に行動されよ」
バーゼル将軍は真剣な表情で頷くと、2つの要望を出してきた。
一つは腹心の文官を伴いたいこと、2つ目はバーゼル将軍の娘、レティシアの待遇についてだ。
「文官は国内での交渉に必要だろうから許可する。人選はバーゼル将軍に任せる。それとレティシア殿の待遇改善とはいかなることか?」
「今回帯同した兵の中でレティシアは唯一の女性。バルツバインの兵の中にも不満が溜まっておりますれば」
なるほど、捕虜となったバルツバイン兵は一箇所にまとめて捕虜にしてある。
そりゃ不満も溜まるし、別なものも溜まる。
それがバーゼル将軍の不在で一気に爆発しないか心配なのだろう。
「バーゼル将軍は娘思いなのだな」
「年遅くに出来た子なれば。恥を忍んで申します。出来ればレティシアをコウ殿のお側に置いてもらえませぬか」
「へ?」
バーゼル将軍の発言に一番驚いていたのはフィルだ。
口を大きく開けて、あわあわ言っている。
「娘をバルツバインの捕虜の中に置くのは忍びのうございます。かと言って…獣人には慣れておりませぬ。ですから人族のコウ殿のお側に」
なるほど。
てっきり側室に…なんて意味かと考えたが、桃色妄想だろう。
あの強気な獣人を見下している女戦士のことだ。
獣人達と間に軋轢が生まれるだろう。
獣人の男にとって、人族の女は性欲の対象になり得ないそうなので、そっちの心配はないようだが、親としては心配なのだろう。
「行動の自由は許しかねるが、構わないな」
「はい、儂はレティシアに女らしいことは何一つ教えてやることが出来ませんでした。それが心残りではありますが、コウ殿なにとぞ娘をよろしくお願い申します」
バーゼル将軍は虜囚になっても下げなかった頭を深々と下げた。
名将と言えど人の親なのだろう。
バーゼル将軍は2人の文官を伴いバルツバイン王国へと旅だった。
正直なところ捕虜交換の成功率は高く無いと思っているが、何もやらないよりマシだ。
今も囚われの身になっている獣人達を思うと胸が痛む。
この世界は弱肉強食だ。
今回はバルツバイン軍に勝利することが出来たが、それが未来永劫とは言えない。
ならば力を付けるのみ。
そんな訳で、修行のためメタス川を訪れた。
前と同じようにフィルがお弁当持参でついてきた。
違うのはレティシアが増えたこと。
二人の仲は良好とは言えない。
と言ってもフィルからレティシアへは友好的な雰囲気を醸し出しているのだが、レティシアがそれに応えないのだ。
レティシアから見ればフィルは自分を捕虜にした国の王だ。
それに加え、自分が昨日まで蔑んでいた獣人の娘。
ちなみに年はレティシアは18歳だそうで、フィルより4つ年上だ。
「レティシアさん、こちらで一緒に座りませんか?」
「私に構わないでいただきたい」
終始こんな感じでつれなくフィルは振られるのだ。
それでもフィルは負けずに、もう一歩を踏み出す。
レティシアには武装を禁止され、両手は正面で手枷を嵌められている。
万が一にでもフィルに危害を与えないためだ。
明らかな身分関係がそこにはあるが、フィルは対等の意識を崩さない。
それこそがフィルの素晴らしさだと俺は思っている。
「コウ様の魔法ってすごいんですよ!鳥が飛んだりするんです!」
「…鳥?」
「ええ!コウ様ー!鳥をお願いしてもいいですか?」
「ああ、ちょっと待ってて」
水柱を動かしながら、頭のなかで鳥をイメージする。
鷲の上半身に下半身はライオン…力強く羽ばたく猛獣…。
「ウォータースフィア!」
水の中からグリフォン(仮)が現れる。
もちろん水で出来ており、前出したグリフォン(仮)より細部までイメージに沿っている。
これもレベルアップの効果と水魔法への慣れのおかげだろう。
レティシアは驚いた眼差しで、水で作った鳥を見ていた。
「…神鳥」
「レティシアさん凄いでしょう!あの鳥が空を飛ぶんですよ!」
グリフォン(仮)を川の上で縦横無尽に動かす。
魔法のコントロールの訓練とレベルアップを兼ねた訓練だ。
フィルは楽しそうにグリフォン(仮)を見ているが、レティシアは呆然と見ていた。
神鳥なんて言っていたが、そんなに上等なものでは無い。
せいぜい敵の真上から水を被せることくらいしか出来ない代物だ。
ガサリ
その時川べりの草むらから物音がした。
その場所は俺とフィルを繋いだ先からだ。
「誰だ!」
俺が声をあげた瞬間、鈍く光る何かがフィル目掛けて投擲される。
「ナイフ!」
川のすぐ側にいた俺とフィルの距離は20m程度。
近いようで遠い俺とフィルの距離。
走れば数秒、だがフィルは投擲されたナイフに気づいていない。
「アースシールド!」
フィルの目の前に土の防御壁を作り出すが、ナイフは止まらない。
間に合わない
兄のように俺を慕ってくれるフィルが、目の前で凶刃に倒れる姿が思い浮かんだ。
その瞬間、フィルの前に一人の人間が立ちはだかった。
「ぐっ!」
凶刃は深々と胸に突き刺さり、おびただしい量の鮮血が溢れ出す。
「大丈夫か!」
「コウ様!レティシアさんが、レティシアさんが!」
俺が駆け寄ると、レティシアは気を失っていた。
ナイフは深々と胸部に突き刺さっているようで、血は流れ続けている。
顔は既に血の気が失せており、否応なしに『死』を連想させた。
一刻を争う状態だ。
既に刺客はいなくなっているようで、後を追うことをせずレティシアの治療に専念する。
胸に深く刺さったナイフを抜き慌ててヒーリングをかけるが、血は止まらず痛みを和らげる作用程度しか期待できない。
基礎的な回復魔法しか使えないのが恨めしい。
そうだ…レベルの上がった今なら新しい魔法が使えないだろうか!
俺は思いついた端から回復魔法を口にする。
「エマージェンシー!エリクサー!ホ○ミ!ケ○ル!」
しかしどの言葉も回復魔法は発動しない。
本当に新しい回復魔法なんて存在するのだろうかと、弱気な心が頭を覗かせるがそれを追い払う。
「ヒールウォーター!ディ○ス!エ○ト!」
ええい!何でもいいからレティシアの傷を回復させろ!
「ヒール!エクストラヒール!キュアー!」
ゲーム脳に思いつくだけの呪文を次々と口にする。
「ハイヒーリング!」
その瞬間俺の両腕からレティシアに向けて強烈な光が放たれた。
「成功…したの…か?」
レティシアの血は止まっていた。
先ほどまで脂汗をかいていたのも収まっている。
「大丈夫…そうですね」
「そうだな」
レティシアは目を覚まさないものの、表情は穏やかだ。
その姿を見てほっと胸をなでおろした。
日刊ランキングでもこんな順位は初めてです。感謝!




