荒野での戦い・上
戦闘シーン入ります。
サタンとニャルラトホテプは、互いに向かい合うように構えていた。
むろん、殺り合うためだ。
サタンは所持している黄金の竜杖を、心臓を守りながら刀剣を振るう――剣術の基礎構えで、ニャルラトホテプの動向を読んでいた。
対するニャルラトホテプは、端から見れば、不敵な笑みで何も構えずに立っているように見える。
しかし、ぶら下げている両手からは、闇と死滅の神ウィニラルスの力を奪取した証拠でもある、濃密で膨大な魔力を球体状に凝縮させており、サタンが迂闊に攻めれば返り討ちにされてしまう。
両者拮抗の状態が、荒野を満たすほど張りつめていた。
【(隙はどこだ? そこを見つけ次第、突くのみ……!)】
サタンはニャルラトホテプの隙を探していた。
戦いの基本は、相手の油断まで防御に徹し、隙を見つけたら溜め込んだ力を一気に解放することの繰り返しに過ぎない。
だが、ニャルラトホテプは、隙があるようで、一切ない。
わざと隙を見せて、罠に嵌めようとしているのだ。
「どうしましたか? 私の自信を打ち砕くのでしょう? それとも、先ほどのは虚勢だったのですか?」
長い膠着状態のなか、ニャルラトホテプがサタンに挑発を仕掛けた。
サタンが隙をうかがっていると知りつつも、だ。
【ふん、貴様こそ、手に魔力球を生み出したままではないか。それとも、投げかたを知らぬのか?】
「なんですと? なら、全力で放って差し上げましょうか」
ニャルラトホテプは怒りを孕みながら、手中にある濃密な魔力球に力を注ぎ込み、さらに濃密にする。
「これで、滅びなさい!!」
怒気を滲ませた笑みとともにニャルラトホテプは高濃密の魔力球をサタンに向け、発砲されたピストルの弾丸のごとき勢いで撃ち放った。
【この程度、かわせば良いだけだ】
魔力球がサタンに被弾する瞬間、荒野の地を蹴り宙へ跳躍することで、ニャルラトホテプの全力である高濃密の魔力球をかわした。
ドォォン……!!
標的を失った魔力球は、荒野の彼方へ着弾し、秘められていた力を解放する。
ゴォォォ……。
力の余波が弱風となって、サタンの背を凪ぐ。
【これは……警戒に値するか。なら、一気に仕留めるだけのこと!!】
跳躍し、虚空に踏みとどまっていたサタンは、ニャルラトホテプの全力を見て、短期決戦の意を示した――。
「ハッハッハッハッハッハッハ!! 威力は申し分はないようですねぇ……。今度はこうしてみましょうか」
[今の姿]で、己が全力で放った高濃密の魔力球による威力を目の辺りにしたニャルラトホテプは、愉悦の哄笑をあげていた。
今の[黒い神父]としての姿では、完全な意味での全力は出せない。
だからといって、容易に接近などはさせないが。
ニャルラトホテプは、再び両の手中から魔力を練り始める。
先の、単純な全力の魔力球ではない、搦め手としての魔力球を。
まだ、戦いは始まったばかり――。
サタンは虚空に踏みとどまりながら、コウモリの大翼を背から生やしつつ、黄金の竜杖を一振りし、竜麟が施された黄金の長剣に変えた。
【ゆくぞ!】
そして、ニャルラトホテプへと剣を向け、猟犬ティンダロスを屠ったのと同じ戦法である、自身を竜巻と化した突撃を繰り出した。
ギャヴゥゥン……!
「これがあなたの技ですか。ちょうど、次のを練り終えたところですから、迎撃して差し上げましょう」
ニャルラトホテプは両手に生み出した、それなりの密度の魔力球を、サタンという竜巻へ向けて放つ。
カッ!!
【!】
ニャルラトホテプが放った魔力球は、途中で十の球弾に分散し、弾壁となりながらサタンを迎撃するように展開する。
【この程度で我を足止めできると思っているのか! まとめて蹴散らしてくれるわ!!】
サタンは叫びながら、正面から向かってくる魔力球の散弾壁に突撃する。
散弾のメリットとは、一弾だけで明確に急所を狙撃するよりも、複数の弾丸をゼロ射程から一度に打ち出すことで生じる弾丸壁で相手を仕留めることにある。
だが、それは普通の銃に使われる鉛弾での話。
魔力が主要となるならば、根本的な前提条件は違ってくる。
魔力を球体に練り上げ、指向性を持たせることで、予期し得ぬ位置へと相手にダメージを与えられるのだ。
さらに、弾は魔力であるため、弾丸を装填し狙いをつけて発砲する必要性は無い。
ただ、標的へと指向する魔力を練り混ぜるだけで良いのだから。
【ヌォォォォォォォ!!】
サタンは叫びながら、竜巻の回転率を上げ、ドリルのように弾丸壁を看破する。
そして、そのままの勢いでニャルラトホテプへと突き進んだ――。
「あれを破るとは、なかなかやりますねぇ……! ですが、まだ手はありますよ!!」
サタンの接近を許さないニャルラトホテプは、魔力球の散弾壁を展開しつつ、同時に練り上げていた高濃密の魔力球を放つため、サタンがいる方向へ腕を伸ばした――。