殺奪せし者
【だがな、想造主は我を『子であり友』と称した。ただの主の駒である貴様に、同類などと一緒にされたくはない】
サタンが続けて言った言葉は、雲によって存在を霞まれようとも、抗うように燦然と輝く月の思わせた。
己と同じ、と言ったサタン自身に対する侮辱を晴らすために。
「私とあなたは同類だと思ったのですが……どうやら私は、あなたに怒りを売ってしまったようですね」
ニャルラトホテプは己の失言を恥じる。
【我に怒りを買わせたこと、後悔しても遅いが?】
サタンは万物を焼き尽くす炎ごとき畏怖を秘めながら言う。
「ふふ、なら軽く相手をしましょうか。あなたの主の罪から解き放たれた『闇と死滅の神ウィニラルス』の力で、ですが」
ニャルラトホテプは不敵な笑みを浮かべ、サタンと戦う意を示した。
【まさか……そのために黒霧狼を殺したのか!!】
黒霧狼。それは『アラスゼン』という神の狂気から解き放たれたウィニラルスの転生体の名である。
ニャルラトホテプは、光と生命の女神リュミーレンの転生体である白鴉と黒霧狼の間に武力介入をし、両者を殺めたのだ。
そして、殺した黒霧狼の力――闇と死滅の神ウィニラルスの力――を奪い、世界滅亡のための糧とした。
それは、サタンが終わらせたはずの『神の狂気』によって生じた、再生と滅びの輪廻に未終を告げることと同様の意味を孕む。
例をあげるなら、癌を手術によって取り除いたところに、別の癌を置くようなものであり、それは手術の意味を成さない。
患者を騙して、激痛の苦しみの果てに死に至らしめる、殺人の大罪に等しい。
それと同じことを、ニャルラトホテプはやった。
サタンの行動を無意味にすることをやったのだ。
「ウィニラルスの力は、死滅を司る力。
そして、私の主の望みは世界滅亡。
私はそのための使者に過ぎません。
お分かりになりますか?
彼の力は私にとって、波長が合うことを。
そして、私の力の糧となったことを――!」
ニャルラトホテプは淀みなく言葉を紡ぎ出すと、ウィニラルスの力を吸収したことを示すように、凝縮された濃密な黒い魔力を全身から溢れ出した。
【それが貴様の得た力か。
良いだろう。貴様のその自信、打ち砕いてくれるわ!!】
ゴォォォ……!!
サタンの獅子のごとき吼えが、豪奢なる部屋を震わした。
「なら、こんな部屋などではなく、戦うのにふさわしい場所へ変えましょうか。お互いが憂慮なく戦えるように、ね」
パチンッ!
ニャルラトホテプが指を鳴らすと、空間に歪みが生まれ、捻れるように膨張しながら辺りの光景を変えていく。
【これなら、我が全力を出しても憂慮せずにすめるな。はは、戦いが楽しみになってきたわ】
歪みが収まり、変化した光景を視ながら、サタンは言った。
そう、剥き出しの岩肌が果てしなく広がる荒野を視ながら――。
次から戦闘に入ります。