ニャルラトホテプの目的
ニャルラトホテプは男性です。
期待外れと非難するのはやめてください。
「これはこれは、想造主の初子ではありませんか」
『輝くトラペゾヘロドン』から黒い肌の神父服を着た姿で現れたニャルラトホテプは、サタンの姿を見ると悪意を込めた慇懃な態度で挨拶をした。
【ようやく出会えたな。ニャルラトホテプ。この時を待ち望んでいたぞ】
サタンは想造主からの伝言が果たされる時が来て、不敵な笑みを浮かべる。
むしろ、笑みを浮かべるなというのが無理だろう。
餓え渇きし猟犬を倒し、紅き光のみが差し込む黒森の中を彷徨い、果てしなく長い闇の中を歩くという、労苦を味わっているがゆえに、それに比例して、目的が果たされれば喜びとなる。
……ただし、労苦に対して実りが少なければ、喜びにはならないのだが。
「それはそれは、ご足労お掛けしました。立っているのもなんですし、椅子におかけください」
【椅子? どこに椅子があるん――!?】
パチン。
ニャルラトホテプが指を鳴らすと、アザトースの巨像のある礼拝堂からゆったりとしたソファーが交互に並び、その合間に長テーブルが置かれた観るからに豪奢な部屋に、空間が変わった。
さらには、ついでというようにサタンをソファーに座らせたのだ。
【我の隙を突いたとはいえ、指一本でここまでとは……やるな】
「いえいえ、それほどでも。ああ、喉が渇きませんか? 必要なら出しますが」
【いや、喉は渇いていないので遠慮させてもらう】
「そうですか。では、用件はなんですかな?」
ニャルラトホテプは、己の持て成しを断られたことに気にする素振りを見せず、サタンが訪ねてきた理由を訊いた。
【我は、我が主からの伝言を述べにきただけだ】
「想造主からの伝言とは、どういうものです?」
ニャルラトホテプは首を傾げるながら、サタンの言葉に耳を傾けている。
【『私の掌からは、誰であろうとも逃れられない』だそうだ】
「……それはつまり、『想造主からは私でさえも逃れられない』という意味ですか?」
【そうとも取れるな】
ニャルラトホテプはしばらく黙考したのち、口を開いた。
「さしずめ私は、想造主の掌で踊る人形のようなものですか。まぁ良いでしょう。私の――いえ、我が主であるアザトースの目的が果たされるのならば」
【アザトースの目的? 奴は滅びをもたらす邪神だったか】
『想造主からの伝言』を自己解釈したニャルラトホテプは、どこか納得したような表情を浮かべながら、己の創造者である『白痴にして盲目の邪神アザトース』の名を口にする。
「ええ、その通りです。私はあなたと同じように『主の目的を果たすための駒』のようなものですからね」
【……駒か。確かにそうだろうな】
サタンはどこか陰りを帯びた顔をしながら、呟くように言った――。