おぞましき巨像
ニャルラトホテプは最後に登場します。
銀髪少女ではありません。
というわけで、作者非難はやめてください。
視る者におぞましさを思わせる巨大な石像に、互いに向かい合うように列を組み、ラッパとフルートのみで豊かな演奏をする、白い法衣を纏う三十人からなる音楽隊が、礼拝堂に入ったサタンの目に映った。
【これは……? 我を招いているのか? 見たところ、敵意は感じられないので、多分そうだろう】
サタンは音楽隊の列をくぐり抜けるようにして、天井近い大きさのおぞましき巨像のもとへ歩いた。
【それにしても、ラッパとフルートのみでこのような豊かな演奏をするとは。感嘆するほどの技量が伺えるな】
普通、演奏をするならラッパとフルートなどの金管楽器の他に、ギターやヴァイオリンなどの弦楽器や、ドラムなどの打楽器などを用いる。
それは、複数の楽器によって織りなされる調和された音色を楽しむためだ。
しかし、ここにいる音楽隊はラッパとフルートの二種類だけで、多数楽器の演奏とは方向性の違う音色で聞くものを楽しませている。
その演奏法を磨くのに、どれほどの技量を欲するのかは分からない。
だが、聴くだけでかなりの技量を必要とするのは理解しえよう。
ゆえに、サタンが感嘆するのは当然と言えるのだ。
ラッパとフルートのみの演奏を聴きながら、おぞましき巨像の近くへきたサタンは、巨像を見上げる。
【これは……『盲目にして白痴の万物神アザトース』を模した石像か?】
アザトース。その名は[外なる神]と呼ばれる邪神たちの創造主にして総帥の名である。
その姿は『如何なる形を持たぬ無定形の黒影が、玉座に大の字になって寝そべっている様子で泡立っており、膨張と収縮を繰り返し』ていると謂われている。
サタンの眼前にある巨像は、アザトースが『膨張と収縮』の中間を射抜いたような姿で象られていた。
【確か、ニャルラトホテプはアザトースの創造物であり使者だったと記憶しているが、もしやそれで、この巨像がここにあるのか?】
サタンはアザトースの巨像が、ここにある理由を推測する。
すると、今まで曲を奏でていた楽士隊の演奏が不意に途絶えた。
【む? なぜ曲の演奏を止めたのだ?】
サタンが背後を振り向くと演奏していた楽士隊が消えていて、代わりに四角形の白いテーブルクロスがかけられていた。
さらに、黒檀製だと思われる黒い円テーブルが置かれてあった。
【どういうことだ? それにテーブルにある黒い宝石は……『輝くトラペゾヘドロン』か?】
『輝くトラペゾヘドロン』とは、不均整な形の金属箱で七本の支柱で吊り下げられた、赤い線が入った黒い多面体の結晶物である。
多くの宝石たちは、人々の眼に魅せるために箱が開けられているが、『輝くトラペゾヘドロン』は違う。
蓋を閉めることで、ニャルラトホテプの化身の一つが召喚される特質を持っているのだ。
バタンッ!
サタンが『輝くトラペゾヘドロン』を見ていると、不意に『輝くトラペゾヘドロン』が収められていた不均整な金属箱が音を立てて閉められた。
【む? とうとう奴が現れるか】
金属箱から黒い霧が噴出し、人間の等身大の高さまで達すると密度を上げていった。
そして、金属箱から風が吹き出て黒い霧が晴れると、そこには漆黒の肌をした神父服の男性が宙に浮かびながら現れ、サタンの元へと降りてきた――。