黒石の建物と闇の通路
サタンは目的地である『黒石で造られた教会らしき建物』の玄関前にいた。
【それにしても、何かに当たらなければやってやれぬ……】
そもそもサタンの目的は、一言で言ってしまえば、想造主から頼まれた[ニャルラトホテプへの伝言]であり、それ以上でもそれ以下でもない。
【あそこにちょうどいいのがあるな……むかつくほどに高い大扉が……】
サタンは眼前に佇む『黒石で造られた教会らしき建物』の黒檀製の大扉を睨んだ。
高さとしては、サタンの身長の倍ほどある三メートルぐらいか。
【あれで鬱憤を晴らすか。ふんっ!!】
サタンは右足を掲げると、大扉へ思いっ切り蹴りを突き出した。
メリッ、バキ!
と音を立てて、黒檀製の大扉は黒檀の木屑となり果てた。
【これでは全然晴らせぬか……。ん? 建物の内部は他とは違い、暗黒の闇か】
木屑となった大扉の奥は、紅い空と黒緑の光景とは違う、輝きすら飲み込むように深く黒い闇が広がっている。
【む? ……あの紅い光は、我をあの石柱群へと導いた火の玉か? 今度もこの火の玉を追いかければ良いのか】
無輝の闇の中から現れた、深紅の火の玉のような光を見かけたサタンは、己を黒森の拓いた石柱群へと導いた火の玉と同じと判断する。
そして、深血紅の光に導かれるように、火の玉の後を辿り始めた――。
カツン……カツン……。 深い闇の中にサタンの足音のみ響き渡る。
【この中にいると、虚空にいるような錯覚を感じるな……前に進んでいるのか登っているのか、もはや分からん】
光に満ちた空間では容易く分かることが、暗闇の中にいると途端に分からなくなってしまう。
住み慣れた場所なら、多少が分かるだろうが、此処は初めて来た場所。
それゆえに、自身の現状など闇に阻まれ、理解し難いものだ。
今のところ分かるのは、己自身が闇に満ちた床を踏みしめている感覚と、深血紅の光を放つ火の玉が視界に入っていることのみ。
【それにしてもだ。我が主はなぜ我に伝言を頼んだのか。タナトスにでも頼めばよかろうに……】
サタンは火の玉を視ながら、伝令のような頼み事について愚痴を吐き始めた。
【……そもそも、我は闘うことを好むというに、ただの伝言などつまらなすぎる……! 闘うことはあったが、あの程度では逆に怒りが溜め込んでしまうぞ……】
想造主の子供たちにして、人の世から見れば弟と妹にあたるタナトスやヘカテーに比べ、サタンは圧倒的武力を持っている。
だが、今のサタンは己が所持している圧倒的武力を、活かせるどころか逆に活かせれてはいない。
伝令には脚力は必要だが、圧倒的武力など不必要だからだ。
己の好みとは真逆のことをやらされれば、フラストレーションを感じてしまうもの。
そして、それらが蓄積されれば良い結果などは滅多に生じないのだ。
【む? 終わりが見えてきたらしいな】
サタンが愚痴を吐いてると、前方に光を発する扉が視えた。
すると、深血紅の光を放つ火の玉は役目を終えたかのように、燃え尽きたように消えてしまった。
【しかし、外観から見た規模は大したことがないのに、このような長い距離を歩くはめになるとは思わなんだ】
光を発する扉を目指しながら、サタンは溜め息混じりに呟く。
確かにそうだろう。
誰であれ、紅い光が誘導してくれると言っても、途方もなく長い距離を、深い闇の中で歩きたいとは思わないものだ。
【次でようやく、ニャルラトホテプと対面するといいのだがな】
光を発する扉の前に立ったサタンは、両手を扉の前に置くと、扉を開けるため力を込め足を踏み出した。
ギギィ……。
軋む音を立てながら開けられた扉の先は、天井近い大きさの巨像が置かれた礼拝堂だった――。