黒い石柱群
【む? あれは……】
火の玉が導いた先は、黒い木々が開拓された黒石で造られた石柱群のある広場だった。
少なくとも、村一つ分ほどの広さだ。
【……どういうことだ?! 空からはこんな場所など確認できなかったぞ!?】
先のティンダロスとの戦いの前に、空から黒き大森林を見渡した時には見えなかった広場に、サタンは叫び声をあげざるをえない。
それはそうだろう。
誰だって、自分の記憶にある認識と現状の認識にズレが生じていたら、否が応にも疑問を抱かされてしまうものだ。
【此処はいったい、どうなっているんだ? 人間ならば気が触れかねんぞ】
自己の認識による矛盾。
夢現の両立。
それらが内包し存在する場所。
それが時空の狭間の側面の一つである。
【それにしても、あの火の玉はどこにいったのだ?】
サタンを黒石の石柱群の広場に導いた火の玉は、気がつくとどこかに消え去ってしまった。
【……まぁいい。この石柱群を調べられば、ニャルラトホテプのもとへ行く手がかりが掴めるだろう】
そう呟いたサタンは、黒石の石柱群を調べ始めた。
【ふむ、石の材質は黒炭に石灰を混ぜた天然石を切り出したものか……それにこの配置は、でたらめに置かれたように見えるが、感受性が高いものに狂気めいた恐怖を植え付けるものだ。
む? この石碑には文章が綴られている。これは……なにかを召喚するためのものか?】
黒石の石柱群を調べていくと、中央になにかを召喚するための文章が黒い石碑に記されていた。
【これは……声式で発動する魔法陣の詠唱法らしい。もしかしたら、これを詠唱したら奴のもとへ行けるかもしれんな。よし、試すか】
サタンは石碑に書かれてある魔法陣の詠唱を始めた。
【――我望むるは――窮極の混沌に横たわる者――真に原初なる総帥――邪悪なる造物主にして破壊する神――その強壮なる使者が住まう地――這い寄る混沌――彼が住む場所へ、我を導け――】
サタンの詠唱に呼応して、黒い石碑から放たれた一条の黒い光が、石碑のすぐ近くに五望星を基礎にして複雑な紋様を描いた。
【これは、転移魔法陣か】
転移魔法陣。それは、転移という名の通り、陣の内側にある物を遠く離れた別の場所に移す魔法である。
サタンはこの複雑な紋様の魔法陣を見ただけで、すぐに分かった。
【これで奴のもとへ行けるということか】
フシュゥー……。
サタンは転移魔法陣に足を踏み込むと、サタンに反応した魔法陣から黒い霧が噴出された。
【これで転移させるのか】
黒い霧が瞬く間にサタンを覆うと、エレベーターで高速移動する感覚がサタンに襲った。
【むぅ……この感じはなかなか慣れんものだ】
サタンが時空の狭間に現れた時に感じたものと、黒い霧に包まれ転移したものとは同じ感覚らしい。
高速移動の感覚が途絶え、サタンを覆っていた黒い霧が晴れると、そこには、サタンが先ほどいた黒い石柱群の広場とは別の拓けた空間があった。
違うのはただ一つだけ。
黒い石柱群ではなく、黒石で造られた教会らしき建物である。
【この場所にようやく来れたか。もうすぐ、奴と対面できるな】
サタンは眼前に佇む黒石の建物を見上げた。
ここまで来るのに、猟犬を倒したり、黒森の中を歩き回ったりと苦労をしたのだ。
その苦労が報われる時が近づいている。
【では、行くとするか】
サタンは黒石造りの教会らしき建物の中へ歩き出した――。