荒野での戦い 下
果てなき荒野に、黒霧の柱が出現し瞬く間に散り消える。
柱があった場所には、黒く巨大な竜となったサタンが、地上にいる闇色をした無貌のスフィンクスであるニャルラトホテプを睨み据えていた。
【「それが貴方の奥の手ですか。今度こそ、倒してみせましょう」】
【ふん、やれるものならやってみろ。返り討ちにしてくれるわ】
それが最終決戦の始まりとなった。
バサ……バサ……バサァ!!
サタンは己の大翼を広げ、羽ばたきで風を生じさせる。
荒野に舞い上がるは砂埃のみ。
ニャルラトホテプへの防御にしては、あまりにも微弱。
だが、目的は違うのだ。
砂埃の舞い上げは単なる副作用。
サタンは大翼を宙を飛ぶのだ。
竜となった自身の巨体を活かすために。
【「制空権はあなたに差し上げましょう。私にはこれがありますから、ね!!」】
ビュン! ビュン! ビュン! ビュン!
サタンに制空権を譲ったニャルラトホテプは、無貌の顔から不気味な瞳を思わせる紅玉を見せると、紅い閃光の刃をサタンへと全方位に向けて無数に打ち出した。
【その程度の閃光刃が我に通じるとでも? 甘いわ!】
サタンは吼えてから念じると、己の全身を覆う黒い障壁を詠唱することなく生じさせた。
そして、全方位から無数に放たれる紅い閃光刃は、サタンが生み出した黒い障壁に飲み込まれて溶け消えてしまう。
【「なら、これはどうです?」】
ニャルラトホテプは、紅い閃光刃群を無数に分散して放つ戦法から、一点集中による威力向上からの障壁破壊に切り換えるために、紅玉眼に力を収束し始める。
【ふん、かわせば良いだけのことだ】
サタンは、ニャルラトホテプの放つ強撃を回避するためのタイミングを見極め始めた。
闇雲に動いて攪乱を誘うよりも、大技を放ったあとの隙を狙ったほうがいい。
無意味に動けば、その分体力を消費する。
ならば、じっくりと石のように相手の行動を待っていたほうが、体力の消費は抑えられるし、意識していれば対応もすぐに出来る。
要は、勝つための的確な行動取捨選択を上手く取るかだ。
わずかなミスが、自らに敗北を招きかねないためでもある。
【「さぁ、喰らいなさい!!」】
ビュォォォォォ……!!
紅玉眼に力を収束し終えたニャルラトホテプは叫びながら、先ほどの紅い閃光刃とは太さすらも違う威力の閃光を、紅玉眼から放出した。
それは、紅玉眼を起点にして逆三角形を描きながら幅が広がっていくように放たれる、濃密な紅き光の波のようだ。
形容するならば、紅輝なる光の津波だろうか。
飲み込まれてしまえば、サタンでさえも無傷ではいられないほどだ。
【まともに受けてやるほど、愚かではない!】
ニャルラトホテプの大技が自身に押し寄せるなか、サタンは大翼を目一杯に広げ、紅輝の光波が届かない下方へ急降下しつつ、光波の端のほうへ移動する。
【「降下しても無駄です!」】
降下するサタンを追うように、ニャルラトホテプは首を下に傾げ、紅輝の光波の放出口の角度を変えてくる。
しかし、紅輝の光波の端へと移動を終えていたサタンは、光波が地上を飲み込みかける隙を突くように波外へ出でて、荒野の空へと回転しながら上昇する。
ゴォォォォォ……!!
目標物であるサタンを捉え損ねた光波は、虚撃であると知らず地上を飲み込む。
波外から上昇することで逃れたサタンは、ニャルラトホテプを境にして存在する、今や空虚となった紅輝の光波を眼下に見据えながら、言う。
己が勝利の宣言を。
【力を出しながら、急には首を動かせまい。
この戦い、我の勝ちだ!!】
サタンは吼えると、光波を放出しているニャルラトホテプへ向けて急接近を仕掛けた。
【「私の負け? 私は負けはしません!」】
サタンの勝利を否定したニャルラトホテプは、自身の敗北を覆すために首を上げてくる。
しかし、光波を出しながらでは、サタンの接近速度に間に合わない。
かといって、光波の中断は出来ない。
完全に放出し終えるまで、光波は出しっぱなしになるのだから。
ゆえに、ニャルラトホテプがどう足掻いたところで戦局は覆られないのだ。
切り札とは、相手の逃れ道を完全に塞ぎ、抗えぬ状況で使ってこそ最大限の力を発揮する。
だが、切り札を早く使ってしまえば、最大限の力は発揮できないもの。
それがニャルラトホテプの敗因でもあったのだ。
【貴様の負けだ!!】
接近を終えたサタンの竜爪が、ニャルラトホテプの紅玉顔に襲いかかる。
【「ギャァァァ……!!」】
サタンの竜爪にて引き裂かれたニャルラトホテプの顔は、ひび割れた宝石のような無惨と称するにたるようなものとなった。
そして、力を放出し切ったのか、紅輝の光波は止み消えていった――。




