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願わくば幸せがあらんことを

後日談なの!

予想以上に時間が掛かったの!

後日談と前日談はやりたいことをするところなの!

ハッピーエンドなの!


人物表は無いの!


一応補足すると、ソラってのは空旅っていう別作品の主人公なの!

別に宣伝じゃないの!

 たとえ一欠けらでも良いから。

 あなたと幸せな日常を…。



□ □ □ □



 哀しい夢を見た。

 皆居なくなって、世界に一人だけ残される、哀しい夢。


「うにゅ…」


 小さな声がすると、私の胸元に何かが押し付けられる。まるで蔦みたいな何かは私の背中へと周り、全身をホールド。植物に捕食された人類みたいな気分になった辺りで目が覚めた。

 目が覚めたはずなのに、私の身体は何かに拘束されている様子。とりあえず手を動かしてみるとやわっこくて小さいものに触れた。


「うにゃ…」


 おお、この暖かくてやわらかい物はなんだろう?と思って目を開けると、アリスがすやすやと眠っている。安らかな寝顔は天使のようで、思わずふにふにとしたくなる。というかしよう!うむ!そうしよう!

 細心の注意を払って腕を自由にすると、ふにゅーとアリスのほっぺを突く。あ…ヤバイ鼻血出そう。


「んー…?」

「あらアリスおはよう」

「…おはようございまひゅ」


 どうやら刺激が強すぎたのかアリスが目を覚ましたので、爽やかな笑顔であいさつをする。片手で鼻の付け根をつまんでいるのは非常事態ゆえに致し方なし。


「ルカひゃんルカひゃん…」

「なーにー?」


 ああ…寝ぼけてるアリスが可愛い…このままずっとゴロゴロして、ほっぺを突いたりむぎゅーっとして日々をすごしたい…。


「ちゅー」

「はい、ちゅー」


 何か可愛い存在がおねだりをしてきたので、両頬をつまんでたこみたいにしてみる。するとぷくーっと膨らむ抵抗があった。


「むー…ちゅー」

「…」


 思わず理性が無限の彼方へと飛びそうになったのを、回し蹴りで引き戻す。HAHAHA…こりゃ参ったなジョンソン!と未来の艦長候補である我らがジョンソンに助けを請いてみたら、艦長室に留まって出てこなくなった。追い待て!お前にそこはまだ早い!だって未来の艦長候補だろ!


「るかひゃん…」


 脳内の司令室でどさくさにまぎれて立て篭もったジョンソンの処分に悩んでいると、目の前のアリスの目がうるうるとしてきた。


「ちゅーは…?」


 あ、あー…。

 即席で脳内会議を開く。

 参加人数は!?

 1人?1人しかいないのか!?

 よろしい決断を出せ!


「…」


 ちゅっとやわっこいものとキスをすると、そいつはえへへーと抱きついてきた。ああ…私今日で死ぬのかもしれない。

 抱きしめながら、天国のお父さんお母さんへとあいさつをする。…いや、絶対にあいつら地獄行きだから天国にはいないか。


「えへへー♪すりすりー♪」

「…ふにふにー」


 さりげない動作でティッシュを引き出すと、悟られない様に鼻につめる。暫くの間ぎゅっと抱きしめたり足を絡めたりといった遊びを楽しんでいると、アリスがもそもそと動き始めた。

 ああ…。

 この世の終わりを感じながら手を離すと、アリスは無言でベットから降りる。途端に失われるぬくもりと柔らかさ。この世には夢も希望も無いのか…。


「…そ、そのルカさん…」

「ん?何ー?」

「えと…その…おはようございます…」

「おはよう、アリス」


 先ほどまでの自身の行為が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながらもじもじと挨拶してくるアリスに悶えそうになりながら挨拶を返す。ついでに今日が始まったことを感じて、明日の朝が早く来ないだろうかと月に呪いを贈ってみる。

 とはいえいつまでもベットの中に居るわけには居られない。ここにはアリスはいないのだ。ならば私も心機一転…外の世界へと繰り出すしかなかろう。

 ということで朝ごはんであるベーコンエッグを作るべく、フライパンを眺める。そうしている間にアリスはご飯と牛乳をセットして朝ごはんが始まる。

 こうしていると新婚さんみたいだね、ふふふ…と脳内で会話しながら席に着くと、不思議そうに首を傾げられたので、暫く自重しようかと思う。


「こうやってると新婚みたいだね」

「…そう…ですね」


 数秒間自重できたので醤油をかけながら話しかけると、真っ赤になりながら肯定してくれた。おかげで私のベーコンエッグが醤油まみれになったが別にかまわない。

 もそもそともはや醤油の味しかしなくなった朝ごはんを食べると、一緒に家を出る。アリスは仕事のためだけど、私の方に特に意味はない。しいて言うなら一人家に残されるのが嫌だった。

 まだ夢のことを引きずってるのかねぇ…。


「そのルカさんも一緒に…」

「んー…」


 とことことアリスの職場まで歩いていると、アリスが言いずらそうに話題を切り出した。最後まで言われなくても解るけど…どうすっかなー…。


「私も出来ればそうしたいんだけどね…ほら、仮にも殺人者ですから」

「そう…ですよね」


 必要事例とはいえ、やっちまったのは拙かったなぁ…と今更少しだけ後悔する。そういえばあの時告白されたんだっけ…これまた懐かしい。

 気まずい雰囲気を吹っ飛ばすべく、アリスの手を取ると指を絡める。まぁこの温もりが守れたんだから良しとしましょう!お手手のしわとしわを合わせて幸せとはよく言ったもの。


「それじゃ私はここまでね」

「はい、その…また行くんですか?」

「ええ…まぁ…あれも一応は身内だからね」

「そうですか…」


 なんだいなんだい、今日はアリスの暗い顔ばかり見ている気がする。

 ということで第二緊急会議を招集!

 人数は?2人!?他のはどうした!何?ジョンソンが立て篭もった?誰だそいつは!

 よし、案を出せ!


「ひゃっ…」


 結論が出たのでむぎゅーっと抱きしめる。その際に何だか驚いたような声が聞こえたけれど、気にしたらいけない。こういうのは勢いが大切なのだ。


「あいつは自分で選んでああなったんだから…アリスが悩まなくてもいいのよ」

「…ルカさんって…時々強引ですよね…」


 …話がかみ合ってない気がしたけれど、アリスの照れた顔が見れたので良しとしよう!何事も結果オーライだ。

 存分にアリス成分を補給すると、手を振って別れる。

 とことこと施設の中へと入りながらも、時々振り向いてくれるアリスを微笑ましく見送りながら、この後どうしようかを考える。

 とりあえず買い物は必要として…アリス可愛い…後は…そんなに何度も振り向かなくても私はココに居るわよ…後は…そうだね…迎えは何時にしようか…ぎっゅとしてすりすりしよう…うんそうしよう。

 結論を出すと全速力で走り出す。あらん限りの力で踏み出した1歩は2歩目に突入することにはフルスピードとなり、3歩目で私の身体が宙に浮いてアリス目掛けて一直線に低空飛行をし始める。


「ありすぅぅぅぅぅぅ!」

「っ!?」

「おうっ!」


 けれど私の『このまま勢いで押し倒してアリスの可愛らしいアレやコレやをちょめちょめする』作戦はアリスの可愛らしいお手手によって木っ端微塵に粉砕された。具体的には全身を使った綺麗なバネ動作によるアッパーが私の顎に叩き込まれ、私の身体は虹なんて目じゃないほどの理想的な放物線を描いた挙句に施設の外へと放り出された。昼間なのにお星様とお花畑が見えるよあははー。


「ル、ルカさん!その…ごめんなさい…ついとっさに…」


 嗚呼、神様…暫く会っていない間に私の彼女は、自身に向かって高速で飛んでくる物体をアッパーで迎撃するという高等技術を『ついとっさに』で出来るようになっていたようです…。何が起きたの?

 返事なんて期待してなかったので、むくりと腹筋だけを使って起き上がると、アリスはいなかった。おかげで痛いの痛いの飛んでけーをして貰うべく、全力で痛がる演技が無駄になった。それにしても顎がヤバイ…ヒビ入ってないわよね…コレ。

 そういえば、とある幽霊は「愛があるならそんな痛みもご褒美です!」と言っていたなぁ…まだあの域には到達できないな、と彼女のたどり着いた領域に軽い戦慄を覚えた。でもあの人は何百年間片思いを続けるんだろう?人じゃないけど。

 何だか全然今後の予定が立たなかった気がするけれど、辛うじて決まった買い物でもするかと歩き始める。

 今日は…魚にするかね。

 見上げた空は殴りたくなるほど青々としている。



□ □ □ □




 大きな桜の下へと近づくと、風が吹いて私のコートと桜の花びらを揺らした。何もしなくても季節は廻って、やがてこのコートも要らなくなるんでしょう。

 桜の下には死体が埋まっている。埋めたのは私で…埋まっているのはあの子。もう何年も前のはずなのに…ココに来るたびに思い出してしまう。

 けれど、色褪せないものは無い。私が覚えているはずの光景も気づけば細部が欠けていて、現実感をなくしていく。あの子と過ごした思い出も…いずれはココのように朽ちてしまうのかしらね?


「何辛気臭い顔してるのよ」


 突如後ろから声を掛けられたので振り向くと世界が回った。重力から開放されるほんの一瞬の浮遊感の後、地面へと叩きつけられる。何とか受身を取ろうと手を付いたせいで、右手が変な方向に曲がった。

 地面を数回転がってから見上げると、今度は足が向かってくるのが見えた。当然反応できるはずも無く、無防備に蹴り飛ばされてまた数回転がる。

 口の中が切れたのか、少し鉄の味がする。


「それにそのコートは何?あの子の真似?」


 血の混じった唾を吐き出してから立ち上がると、和服の上には赤いコート。長い白髪の上には狐のお面。もう春も終わりだというのに、こいつの中ではいつまでも同じ季節が続いているみたい。


「…挨拶にしては随分乱暴ね」

「死人みたいな顔してる奴にはちょうどいい刺激じゃない。どう?目が覚めた?」

「目が覚めるも何も、私は普通よ」


 言った瞬間に近づかれると、殴られる。今度は腕で防いだと思ったら、横から来た蹴りでまた地面に転がされた。


「弱い…」


 ソラが私を見下すように睨み付けてくる。


「夜の王と聞いていたんだけど…吸血鬼ってのはこんなに弱かったっけ?それとも、あなたが腑抜けているだけ?」

「…どうでもいいでしょ」


 銃を抜いたのが見えたので慌てて地面を転がると、銃声が数発響いた。

 完全に避けれなかったのか、足から血が出てきたけど気にしない。この程度…どうせすぐに治る。それより、コートに穴が空いてないか気になった。


「あなたが死人に囚われてるのは別にかまわないわ。けれど、諦めたような顔をするな。虫唾が走る」

「言いたいことはそれだけ?」

「…そうね。今のあなたに何を言っても無駄か」


 ソラは冷めた目でこちらを見つめながら、静かに口を開く。


「今夜は挨拶だけにしようかと思ったけど」


 そのまま私を見つめながら、そいつは片手を上げた。


「気が変わったわ。今ココで殺してあげる」


 その片手が振り下ろされるのと同時にその場から跳びのく。

 私がその場を離れると空から光が降り注いできた。槍の様な形をしたそれは、目の前に落ちると地面を抉っていく。1発目を避けれたからとその場にとどまることはせず、転々と飛び跳ねると、数秒前に居たところを追いかける様に次々と槍が降り注いでくるのが感じられた。


「っ!」


 私の着地に合わせてソラが飛び込んでくるのが見えたので、腕をなぎ払う様に振るう。けれど、ソラは私の腕の届かないぎりぎりのところで止まると、すぐに後ろへと下がった。

 空を見上げると光が近づいてきている。

 避けるのはもう間に合わないので、光の槍を見つめるとタイミングを合わせて殴る。そのまま回転しながらもう片方の腕をなぎ払うと、微かな抵抗があった。壁にめり込むような手ごたえがしているけれど構わず振りぬき、甲高い音と共に見えない何かが壊れる。

 光が霧散していく中でソラが地面を転がっていくのが見えた。

 手ごたえが軽かった…立ち上がるわね。

 殴ったどさくさで刺されたらしいナイフを引き抜くと、血が私のコートをさらに赤く染めていく。元が赤いから目立たない…はず。


「…あはっ」

「…?」


 笑い声がした方向を見ると、ソラが笑いを堪えきれない様に立ち上がってくる。


「何がおかしいの?」

「なんてことは無いわよ。やっぱり君と戦うのは面白いって思っただけ」

「そう…生憎だけど私は面白くも何とも無いわ」


 ナイフで付けられた傷は治ったから…あいつの武器が減った以外はほぼ振り出しに戻ったって事か。


『我が名の元に命ずる』


 呪文が聞こえてきたので思わず身構えたけれど、光の柱はソラの近くに落ちた。ソラは光の中に手を入れると、引き抜くようにして剣を取り出す。装飾がまるで無いソレは、白い刀身に月明かりを受けて少しだけ輝いているように見えた。ただの剣にしか見えないのに、本能が逃げろと告げている。

 思わず後ずさりした足を、悟られない様に元へと戻して強くにらみつける。あれに斬られたら…やっぱり死ぬかな。


「これからは手加減なしよ。簡単に死なないでね…エウナ」


 ソラはにっこりと笑うと、一直線に飛び込んできて白色の剣をなぎ払うように振るった。私は少しだけ後ろへと跳ねて避けると、刀身が目の前を通過するのと同時に踏み込む。ソラは身体を捻ったままの体勢…何があってもこのままぶち抜く。

 けれど、私の腕はソラの頭の横を通り過ぎていく。突然の事態に混乱していると、細いワイヤーの様なものが私の腕に絡み付いているのが見えた。

 私がワイヤーを振り払う前に、体勢を立て直したソラが懐へと潜り込み、掌底を打ち込んできた。辛うじて受身を取りながら転がるけれど、心臓の辺りを打たれたようで少し咳き込んだ。

 咳き込んでいる間に追撃が来きら目も当てられないので、起き上がろうとすると私の胸を何かが貫いた。突然のことに何が起きたのか解らなくてそちらを見ると、光の槍が私を串刺しにしている。


「がっ…」


 喉奥から血がこみ上げてきて思わず吐き出した。貫かれているはずの胸は痛みを感じず、段々と身体の感覚がなくなっていく。

 …今のは…拙いわね。

 貫かれたままで空を見上げると、楓の好きそうな真ん丸の月が浮かんでいて、思わず手を伸ばした。


「驚いた…まだ動けるのね。なら、私が止めを刺してあげる」


 遠くでソラの声が聞こえてくると、ざっざっと足音がする。たぶん、私に止めを刺そうとしている。

 ごめんね…楓…。

 私…あなたの帰りが待てないかも…。

 私の手は、月には届かない。

 ゆっくりと目を閉じると、楓の笑った顔が見えた。最期まで私に笑顔を見せようとした…泣きそうな笑顔。

 そうだ…あの子とはずっと笑っているって約束したんだっけ…。


「これは…?」


 誰かの声がしてきて、目を開けると満月が輝いているのが見える。浮かんでいるのは太陽ではなく、紛れもない月。

 そして、ちらちらと雪が降って来ていた。

 本来振るはずの無い雪だけれど、優しいそれはひらひらと私に向かって降り注いでくる。

 ははっ…。

 その雪を見ながら、思わず涙が流れた。

 あの子は…楓は諦めてなんていなかったのね。

 なら…私が諦めるわけには行かないわよね。

 光の槍を掴むと、手のひらが焼ける感覚がしてくる。それでも力を込めていくと、片手の感覚が無くなって来るのと引き換えに、手の中の何かが壊れる。


「…!?」


 近づいて来ていた誰かが警戒して足を止めた。

 最後に力を込めて手にあったそれを握りつぶすと、身体を起こす。涙を抜いてから勢いよく立ち上がると、少しだけ足がふらついた。

 大丈夫…まだ身体は動く…。


「生憎だけど…まだ死ぬ気はないのよ」

「そう…残念だけどあなたの意思は関係ないの。それに、そんな身体で何が出来るというの?」


 片手の感覚はまだ戻らず、傷の治りは遅い。次は…無いわね。


「そうね…」


 こんなとき、あの子ならどう答えるかと思った。


「魔法使いが起こす奇跡…なんてのはどう?」

「悪いけど、戯言なら死んだ後で言ってくれない?」

「もしかして知らないの?それとも無知?」


 強く地面を踏みしめると、不適な笑みを浮かべる。


「魔法使いってのは、奇跡を起こすものなのよ?」

「…なら、私にその奇跡とやらを見せてみなさい。次は確実に殺すわよ」


 ソラは笑いながら切っ先を私へと向けてくる。なぜだか、私にはその様子が喜んでいるようにも見えた。

 …見せてあげようじゃない。

 今が夜である限り、この世界は私のものだ。

 私の手は、何も掴めないかもしれないけれど。あなたの見る理不尽な未来なんて、私がこの手で壊してあげる。

 気を抜くと泣きそうになる表情を笑顔で固定すると、片手を前に出して呪文を唱える。


『永久の未来をあなたと共に…』



□ □ □ □ 



 青々とした空の下、買い物袋をえっちらほっちらと運びながら山道を登る。

 まるで進入を拒むかのようなぐにゃぐにゃとした道を登り続けていると、急に大きな屋敷が見えてくる。

 外見は老朽化していて、明らかに朽ちて捨てられたかのような屋敷だけれど、そんな中にあいつは一人で住んでいる。住んでいる…であってるのかねぇ…?

 ぎぃぃぃぃと軋むドアを開けて玄関ホールへと入ると、中も外と大して変わらない。階段の木は腐りかけているし、屋根には所々穴が空いている。朽ちてない時を見たことある身としては何とも言えない気分になるわね。

 さて…この時間は…。

 少しだけ悩んだ末に寝室へと向かった。

 ドアを開けると、他よりはマシともいえる内装の部屋が見える。ガラスこそ割れてはいないもののカーテンは無く、日の光を直に中へと注ぎ込んでいる。

 そしてその部屋の端にあるベットに包まるようにしてそいつはいる。


「来たわよー。ほら、起きなさい」


 シーツを引っぺがすと、まず見えるのは赤いコート、その中身の小柄な身体は巫女服で包まれていて、薄く目を開いて私を見た。ついでに頭の上の狐のお面が無表情に私を見つめてくる。


「…だれ?」

「私よ…ルカ。忘れた?」

「…」


 そいつは光のない虚ろな目で私を見つめると、誰かを探すように首を回す。


「…えうな…さんは…?」

「…先に起きて食堂に行ってるって…だから早く起きなさい」


 …嘘をつくのは…好きにはなれない。


「…」


 楓は緩慢な動作で身体を起こすと、ベットから落ちた。ゴトンと痛そうな音がした割には特に何の反応も無く、もそもそと足を引きずるようにしてドアから出て行く。

 また階段で転ばれると困るので後を付いていくと、そいつはゆっくりとした動作で食堂へと入っていった。まるで生気が無い、死人みたいな動き。


「一応聞いておくけど、何かリクエストはある?」

「…」


 誰もいないテーブルに一人付いた楓へと聞いてみたけれど、何の反応も返ってこなかった。

 仕方ないので調理場へと行くと、食材どもを袋から出して調理を始める。調理器具は新しいのを用意したばかり。幸いにもまだ壊されて無いらしい。

 暫くの間食事の支度をしていると、食堂から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。いつものことかと気にせずに食材に火を入れる。

 料理も出来たので皿に盛ると、食堂の中へと運ぶ。料理はきっちり3人分。


「あ、ルカさん。来てたんですね」


 中に入ると、先ほどとは変わって明るい様子の楓が座っていた。


「あれ?エウナさんは初めてでしたっけ…?この人がボクの一番弟子のルカさんです」

「…あなたの弟子になった記憶はないんだけどね。どうも初めまして」


 料理を置くと、誰もいない席に向かってお辞儀をする。その様子を楓はニコニコとした笑顔で見つめていた。


「今日はなんですか?お肉?お肉?」

「…魚よ。言うのが遅いのよ」

「えー…」


 ぶーぶーと唸っているのもつかの間、すぐに笑顔になると誰もいない席へと話し始める。一体こいつは何を見ているのかしらね…?

 哀しいことに私は大量の食材を詰め込むと激痛が走る身体になってしまったので、早めに食べて虚構から目を逸らすということが出来ずに、もそもそと食事を進める。

 突然、食べては話しかけて、話しては笑顔を振りまく、という動作を繰り返している楓がテーブルの上の醤油注しへと手を伸ばした。


「はい、エウナさんお醤油ー」


 ゆっくりと伸ばされた手は醤油注しを倒しながら何かを掴む動作を得て、先ほどから一口も食べられていない皿の元へと向かう。カランと空の醤油注しがテーブルの上を転がる音がした。

 その後は特に変わった様子も無く、食べる、会話、笑顔のループが繰り返される。

 ほとんど一方通行な会話ばかりの食事が終わると、食器を片付け始める。楓も自分の食べ終わった食器を持って、ふらふらと調理場へと消えていくので私も後を追った。

 一切手を付けられてないコレは…外にでも置くか。何かが食べるでしょ。


「どうかしたの?」


 棚の中を覗き込んだまま身動き一つしない楓に声を掛けると、首だけをこちらに向けてくる。


「紅茶…どこですか?」

「…缶のこと?」


 こくりと頷くのを確認してから記憶を巡らせてみるけど、知らないものは知らない。

 楓は言うことだけ言うと、私からまた棚の中へと視線を戻して動かなくなる。私もちらりと中身を覗いて見ると、棚には紅茶の缶どころか物が一つもなかった。

 仕方ない…か。


「紅茶ならあっちの棚に移動させたじゃない」

「…そうでしたっけ?」

「ええ、寝ぼけてたし忘れたんじゃない?」


 そういうと、虚ろな瞳から逃げる様に裏口から外に出た。

 そのまま振り向かずに昨日料理を置いた場所まで行くと、空となっている皿の中に今日残った残飯を放り込む。

 そして、暫くの間ぼーっと空を見上げる。思いにふける訳でもなく、はせる訳でもなく、ただなんとなく…アリスと一緒じゃなくて良かったとだけ思う。

 あの子はきっと悔んで哀しむから。

 気づけば太陽が傾きかけている。あれ…来たときにはもう傾いてたっけ?どうにもココにいると時間の間隔が無くなる。世界の何処からも取り残されている様な酷い孤独感。

 このままココにいて夕日とご対面…というのはかなり嫌なので調理場に戻ると、そいつはまだそこにいて、じっとティーポットを見つめている。どれだけ待っても紅茶なんて出来るわけがないのに。


「ルカさんは紅茶要りますか?」

「…私はいいわ」

「そうですか」


 私の返事を聞いているのかいないのか、無造作にティーポットを持つと、透明な液体をカップへと注ぐ。楓はどう見てもただの水にしか見えないそれを見つめると、満足そうに笑った。

 ここには…何も無い。


「調子でも悪いんですか?」


 一瞬誰に話しかけているのかわからなかった。


「どこか、調子でも悪いんですか?」


 けれど、虚ろな瞳が私に向けられてもう一度いわれると、私に向かっていわれてるらしいことに気づく。


「…何で?」

「辛そうな顔をしていましたから」


 空虚な瞳には私が映っているのに、こいつは何も見ていない。見ていないはずなのに…。

 無意識で握り締めていたらしい手をゆっくりと開く。爪が皮膚へと食い込んで、赤い筋を作っていた。


「…そうね、少し調子が悪いかもしれない」

「そうですか」


 楓は一言そういってから、かちゃかちゃとカップを揺らしながら食堂へと消えていく。


「今日はもう帰るわ」

「…」


 その背中に一言だけ告げると、裏口から外へと出る。

 扉を開ける直前、食堂から誰かの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「ココにいるのは虚構に包まれた少女だけ…か」


 ぽつりと呟くと帰り道を急ぐ。

 太陽は沈み始めて、そろそろ逢魔時。



□ □ □ □



 雪が降る満開の桜の木の下。石を積み上げただけの簡潔な墓の前に二人の女性が居る。二人とも共通して赤いコートを着込んでいるが、片方は白髪、もう片方は金色の髪をしている。


「ねぇ、楓の花言葉って知ってる?」


 私がお墓に向かって祈りをささげていると、ソラが話しかけてきた。ああ…その言葉、嫌な思い出があるわね。なんだったかな。


「楓の花言葉でしょ…?たしか…非凡な才能、遠慮、確保、自制?」

「それだけ?」

「それだけって…」


 私が困惑していると、ソラはくすくすと笑った。…傷を増やしてやろうか。


「私が知ってる花言葉には一つ抜けてるわね」

「何が抜けてるのよ」


 記憶を辿りながら答えると、ソラはくすりと笑う。何度巡らせても私が答えた以上の回答は無いんだけど…。


「いい?楓の花言葉はね?」


 ソラは桜を見上げる。私も釣られて見上げると、桜吹雪が私達を包み込む用に吹き荒れた。


「楓の花言葉は『大切な思い出』…よ」

「大切な思い出…?」

「そ、まぁあの子が何の意図でそう名乗っていたかは知らないけどね…それじゃもう行くわ。あんまし遅いと奈々が五月蝿いし」


 最後にそういうと。ソラは足を引きずりながらどこかへと歩いていった。本来降るはずの無い雪はまだ降り続けている。


「大切な…思い出…」


 ポツリと呟くと、涙が出てきた。

 墓石は何も言わない。けれど、ココだけがあの子が生きていた証。


「何で…最初に言わないのよ…」


 一度泣くと今度は止まらない。誰も居ないからか、それとも楓が居なくなったことを強く実感したからか。

 今も目を閉じればあの子の事が思い浮かぶのに…確かにこの手にあった感触は薄れていて、いずれは楓という存在を忘れていってしまう。

 それが哀しくて…ただ一人で泣いた。笑っていないといけないはずなのに…涙は止まらない。それでも声を出すのだけは何とか堪えて、誰にも見られないように蹲ると余計に涙が出てきた。

 どれだけ泣いていたのか、カタンと音がした。

 滲む視界で音のしたほうを探ると、墓石に見たことあるお面とペンダントが掛かっている。ペンダントに埋め込まれた水晶には大きなヒビが入っていて、お面には狐の顔。

 コレは…楓の…?

 手に取ると、ちゃりんとペンダントが音を立てた。

 そんな…。


「ずるいわよ…」


 お面とペンダントを抱きしめると、また涙が出てくる。ずるい…勝手に居なくなったくせに…これじゃ私は…。


「あなたを…忘れられないじゃない…」


 ずっと笑っている…そう約束したけれど…今だけはいいわよね?

 今泣いたら私は…笑うから…笑い続けるから…。


「だから…早く帰ってきなさい…楓…」


 どこかにいるあの子に向かって語り掛けるようにして空を見上げると、優しい雪の中に満月が見えた。



□ □ □ □



 何かが跳ねる音がした。


「うぁ…」


 我ながら死にそうな声を出して目を開けると、またぱしゃんと跳ねる音がする。雲一つ無い空には満点のお星様と真ん丸なお月様。うん、殴りたいね。

 身体を起こすとバキッと嫌な音がする。全身が痛いのは…地面の上で倒れてたからか。

 とりあえず目を覚ましたら現状の把握ということで、手早く怪我やら服やらを確認する。何事も無いのはありがたいのだけれど、この作業に手馴れてきたことに哀しみを感じそう。

 再びぱしゃんと音がしたので見ると、小さな水溜りで人魚が私を見つめていた。


「ありがと、もう大丈夫」


 礼を言うと人魚は最後に一跳ねすると水溜りの中に消えていく。

 それにしても最近は無かったから油断した…暫く夕日は見たくないわね。いつかはこの体質もどうにかしないといけないなぁ。このままじゃ夕日に向かって走るとか夢物語じゃないか。そんなことしたらまずぶっ倒れる。別にやりたいわけじゃないけど。

 それにしても今は何時だろう?

 コキコキと首を回しながら歩き始めると、何かが降ってくることに気づいた。その何かは白くて小さく、私の手に当たるとすっと消えていく。

 コレは…まさか…?

 慌てて空を見上げると、満天の星空の中に点々と白い何かが降り注いでくる。絶対に降るはずのない雪模様。


「…あのバカ」


 思わず呟くと、元来た道を走り始める。目覚めたばかりで身体が馴染んでいないのか、思うほど動けなくて速度が出ない。


「ルカさん!」


 上空から私を呼ぶ声がしたので見上げると、見たことある竜が月明かりを受けて飛んでいる。


「アリス…?」

「乗ってください!」


 どうしてココに…という前に手を掴まれると、竜の背中へと乗せられる。というか、この竜飛べたのか。


「この天気は…やっぱり…」

「たぶん…アイツね」


 そんな平凡な感想もアリスの言葉と共に吹き飛ぶ。その後は互いに無言で、昼間にも訪れた屋敷を目指す。

 雪は段々と勢いを増して世界を埋め尽くそうとしているかのよう。

 屋敷が近づくにつれて、テラスの部分に赤い何かがあることに気づいた。そして、少女を包み込むようにして魔方陣が発光している。

 竜は速度を落として地面へと降り立とうとするけれど、最後まで待つことなく背中から飛び降りた。まるで墜落したみたいに地面を転がったけれど気にしない。

 ジクリと足に激痛が走るのを堪えて玄関を押し開けると、階段を駆け上がり、テラスへ。


「楓っ!」


 倒れている楓に近づこうとすると、魔方陣が強く光を発して私を弾き飛ばした。壁に背中を打たれて一瞬息が止まる。


「こい…つ…」


 呻きながらナイフを抜くと、私の手を斬って血をつけてから魔方陣に突き刺す。まるで進入を拒むようにして弾くのを力尽くで抑える。斬った傷口から血が流れ出て、魔方陣へと吸い込まれていく。


『遠き日の思い出をこの手に』


 呪文を唱えると、魔方陣は乾いた音を立てて発光を止めた。

 気が抜けて倒れこみそうになるのを何とか堪えて、楓へと近づく。空から降る雪は勢いが無くなり、ちらちらと少し降るだけとなった。


「だれ…?」


 楓が白い息を吐きながら私の方へと視線を向ける。その目は私を見ているのか、それとも空にある月を見ているのか、それとも…。


「どうして…こんなこと…」

「エウナさん…がね…」


 浅い呼吸を繰り返しながら楓が呟くように話し始める。


「泣いてた…気がしたの…」

「…」

「ねぇ…」


 何で…コイツは…。


「エウナ…さんは…」


 ココまでして…!


「笑って…くれたかな…?」


 感情を抑えるためにぎりっと拳を握り締める。


「そんなの…自分で確かめなさい…」

「そう…ですね…」


 楓はゆっくりと微笑むと、楓は目を閉じて。


「ルカさんは…優しいですね…」

「っ…」


 そのまま、動かなくなった。


「ルカさん…」


 何時から見ていたのか、アリスがドアの入り口で立ち竦んでいる。


「アリス…私の…私の何処が優しいって言うの…!?」


 私は…気の効いた嘘一つすら言えなかったのに…!そんな…そんな私の何処が優しいのよ…。


「あなたは優しいですよ…だって…」


 誰かに後ろから抱きしめられた。


「そうじゃなかったら…どうして涙を堪えてるんですか…?泣けば…きっと楽になれるのに…」

「…泣けるわけないじゃない」


 コイツが欲しいのは涙なんかじゃないんだから…。


「やっぱり…ルカさんは優しいですよ…」


 涙声になっているアリスの頭を撫でると、楓の身体を抱え上げる。

 私に出来ることは何もないけれど…。


「おやすみなさい…楓」


 願わくば…あなたが幸せな夢を見れますように。

主要キャラが大体笑っているならそれはハッピーエンドだよね!

異論は認めます


ということで後日談終了です

実質お話が完結ですね


後日談なのに幽霊とかちびっ子とかが出ないのは話の予定が変更になったからです!

シカタナァイネ


まぁ…ラストは前日談なんですが!

追伸

前日談なんてなかったんや!

正確には書けなかった

おまけですし良いですよね


それにしても…最後の最後でぐだったといいますか

終始ぐだってたといいますか


まぁ・・・第1話投稿した時点では3ヶ月で終わるはずだったのが

気づけば1年以上連載してるというね

ちょっと何言ってるのかわからないですね


ではでは最初から最後までお付き合いいただけた方

途中からお付き合い頂けた方

そして何よりも終始私の小説の誤字チェックやら内容相談やらに付き合ってくれたお友達に感謝で〆るとします


最後までありがとうございました


今回で完結になりますが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです

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