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知らなかった頃には戻れない

3ヶ月も掛かって何とか書き上げ…

ちかれました…

忘れてる人がほとんどだと思うので簡単なあらすじ

楓さん倒れる

進入

2ループ目←今ココ


ちなみに過去最長です

シカタナァイネ


人物表

エウナ

吸血鬼 この設定に意味はある!怪我的な意味で


楓 (来夢(ライム))

魔法使い 大体こいつが悪い


氷華(ヒョウカ)

旅人 今日の解説担当

「私に…どうしろというの?」


 呟いた問いには、誰も答えてくれない。

 少女はじっと扉を見つめたまま動かず、世界が止まったような感覚さえ覚える。

 何も変わらない、止まった世界。

 その世界が動き出したとして、その先にあるものは何?

 ここは何も変わらない、ただ繰り返すだけ。

 私には、何も出来ない。

 それならいっそのこと…


「あなたは自殺志願者なの?それとも何も考えない馬鹿?もし前者なら迷惑だから、ココ以外のどこかで野垂れ死んでくれない?」


 突然背中から声がしたので、反射的に前へ跳び出す。着地と同時に後ろを振り返れば、白髪にお面をつけた人らしきものが見える。武器は見えないけれど、まだ安心はできない。こういう奴は大抵ロクなもんじゃない。どう見ても怪しい。


「丸腰相手に警戒しすぎじゃない?」


 そいつは両手を広げて何も持ってないことをアピールするが、安心するところか警戒心が強まる。殺意どころか敵意すら感じない。けれど、この感覚は…?


「どうでもいいけどその子、踏み潰さないでよね」

「え…?」


 声に促されて足元を見ると、じっとドアを見つめている少女が見えた。ほんの少しだけ、意識がそちらへと移っただけなのに背後に気配を感じる。

 咄嗟に身体を回転させて腕を振りぬくけれど、拳は空を切る。そして腕が通った後の場所にお面があるのが見えたので、腕の回転を殺さずに回し蹴りでお面を狙う。

 けれどいつの間にかそいつは足の通り過ぎた後にいて、回転を止めようにも遠心力で勢いの付いた身体は簡単には止められない。

 余裕を持った様子でゆっくりと、片手をこちらへと向けてくるのが見えた。

 殺られる覚悟をしたけれど、その手は私に届く直前で遠ざかり世界が回転する。ついでにお面が距離を取るようにして離れていった。

 よくわからないけれど私の片手は地面に付いていて、とても不恰好な側転で距離をとっている。


「あなた…何なの?」


 それはこっちの台詞だ!といいたいけれど、無理な姿勢で変な回転をした痛みで返事が出来ない。というより、自分でも何をしたのかをよくわかってないから返事のしようが無い。考えるより先に動いたというか、反射行動?

 じんわりと節々に残る熱をかみ締めていると、そいつは「まぁいっか」とか呟いて両手を広げた。敵意が無い様事が言いたいのかもしれないけど、つい数秒前にそのポーズから襲われたので自然と身体が警戒してしまう。


「あなたが何なのかはどうでもいいけど、ココに何しに来たの?避けたって事は自殺しに来た訳ではないんでしょ?」

「…楓を助けに来たのよ」

「かえで…?」


 答えるべきか悩んだ末に正直に答えると、まるで聞きなれない単語を聞いた様に首をかしげられる。かと思うと、合点がいった様で一人納得した。


「一応確認しておくけど、楓ってこの子の名前?」

「…そうだけど?」

「へぇ、そう名乗ってるの…ほぅ?」


 また一人で納得している。よくわからないけど一つだけわかった。私はこいつが気に食わない。


「あなた楓の花言葉って知ってるの?」

「知らないけど…」

「そう…善意でもなんでもなく教えてあげるけど、非凡な才能、遠慮、確保、自制ね」

「へぇ…」


 笑い混じりの言葉が紡がれる。…その話に意味あったの?

 でも、名前に意図があったとしたら…。


「飲み込まれないように自我は保つようにしなさい」


 思考を続けていると、先ほどまでとは違うトーンの声がしてきた。そちらを見るとお面が外されていて、まっすぐな目が私を見つめていた。


「飲み込まれるって、何に?」

「ここは幻想の世界でたくさんの可能性の世界。一度起きた事は変わらないし、変えれない。そして、何が起こるかもわからないし不思議じゃない。あんまし感情移入し過ぎると帰れなくなるわよ」

「…」


 そういうとそいつはくすくす笑った。…答えになってる?


「まぁ、私が知ってる限りでいいなら色々教えてあげる。それにしても…」

「何よ?」

「自分とおんなじ顔の奴が目の前に居ると気持ち悪いわね」

「…それはこっちの台詞よ」


 きっと私も目の前のこいつの様に嫌そうな顔してるんでしょうね。



□ □ □ □



「私は…そうね。氷華ってことにしておきましょうか」

「しておく?随分と適当なのね?」

「今は残留思念みたいなものだからね。生きてた頃の名前だからあながち嘘でもないわ」

「そう、私はエウナ。別に残留思念でも何でも無い、ただの吸血鬼よ」

「吸血鬼が食料である人間を助けに来るとは…これまた複雑な因縁ね」

「…そんなことはどうでもいいでしょ」


 今は少女が暗闇を見つめているだけなので、そんなくだらない会話で時間を潰す。こんなことで時間を潰したくないのだけれど、私の方に選択権はないから仕方ない。


「…で、あの子を助けたいんだっけ?いいわよ、方法を教えてあげる」


 その方法を聞く前に、私と氷華の間にテーブルと椅子が現れた。


「立ち話もなんだし座りましょうか」


 大人しく座ると、氷華は目を細めてこちらを見てくる。…何よ?


「へぇ…警戒しないのね。一見すると無条件で相手を信頼してる様にも見えるけど、あなたのは諦めるのに慣れてるだけよね?」


 そういうと、笑みは崩さずに私と反対側の椅子へと座る。

 …何が言いたいの?


「何もせずに諦めて、ただ流されるままに生きて、事態がどうしようも無くなってから初めて動き始める。もう何も変えれないのにね」


 黙れ。


「自身の命すら諦めて、ただ見ないで気づかない振りを続けて…そんなあなたを救うだけでどれだけの犠牲が必要だったのかしらね?」


 …黙れ。


「けれどあなたは自分のせいで生まれた犠牲にも気づけない。自身が周囲に与える影響を知ろうともしない。だから何もかも忘れることが出来る」


 黙れ黙れ!


「ねぇ?」

「黙れ!」


 叫ぶとテーブルを乗り越えて首を掴む。けれども、その口は閉じられることなく開かれ続ける。


「何も知らないままで居るのは楽でしょう?そうよね。何も知らずに、ただ諦めていれば苦しまずに済むものね。自分に選択肢が無い?ふざけないで、選択することを放棄してるのはあなたでしょう?」

「黙れ!!」


 赤く滲んでいく視界の中、ぎりぎりと手に力を込めて首を締め上げるけれど、不敵な笑みを絶やさずに私を見つめてくる。黙らせないと…早くコイツを黙らせないと…私は…。


「もしもあなたが目を閉じて、耳を塞いで、偽りの日々を望むなら、このまま私の首をへし折るなり切り裂くなり好きになさい。けれど、残酷でも現実を知りたいのなら…席に着け。話はまだ終わってない」


 まだ何かを言っているけれど、もう聞こえない。何も聞きたくない。

 そんなこと言われなくてもわかってる!だから私はもう…。

 最後に力を込めて黙らせようとした瞬間、部屋の中に光が差し込んできた。思わずその方向を見ると、光に照らされた少女の顔が少しだけ笑っているのが見えた。

 そうだ…私は…この子を…。


「…」


 無言で手を離すと数歩距離をとる。氷華は首をさすりながら立ち上がった。視界の端では人影が部屋に入ってくるのが見える。


「あら、殺さなくていいの?」

「…悪かったわ」


 謝ると蹴飛ばした椅子を元の位置へと戻して座りなおす。やがて部屋の中に明かりが灯されて私達と少女を照らし出した。

 同じ部屋に自分と同じ顔の奴が2人。しかも服装すらもほぼ同じ。おそらくこの世にこれ以上気持ち悪い光景は無いでしょうね。自身がその一端を担っているなら特に。

 とにかく落ち着くためにも目を閉じた。


「話を始める前に言っておくわ。私はあなたが嫌い」

「奇遇ね。私も嫌いよ」


 どちらが言ったのか、それすらもわからない掛け合いが行われて、彼女の話が始まった。

 少し落ち着いたので瞳を開く。


「まずはそうね。この子の事でも話しましょうか。この子は…鬼よ」

「鬼…?馬鹿なこと言わないで。この子は人よ」


 少なくとも、私が初めて会った時は…何処までも軟弱で…簡単に死ぬ。ただの人だった。


「もちろん便宜上の呼び名で言葉通りの意味じゃないわ。ただ、自分たちとは肌が、瞳が、髪の色が違う。言葉も違うから意思の疎通も上手く出来ない。そんな子達は鬼と呼ばれて蔑まれて居ただけよ」

「そんな…」

「馬鹿なことだと思う?私もそう思うけど、ただ少しだけ違うだけなのに鬼と呼ばれて捨てられたり、実験台にされたりしていた子が居るのも事実よ。勿論その中には、本当に鬼になった子も居るけれど…ほとんどは野垂れ死んだでしょうね」

「…」


 鬼と呼ばれている少女は、身振り手振りで話される内容に何を思っているのか。そして、白い髪に赤い瞳を持っているこいつも…きっと。


「この子は奴隷市場で見つけたらしいわ」


 何の反応も示さない少女に向かって語りかけている氷華の方を眺めていると、また話が始まったので視線を戻す。戻しても見つめる対象が変わらないのが切ない。語りかけてこない分、前者のが良いけれど…そのくらいは我慢しましょう。


「ココの話はまだだったわね。ここはさして有名でもない魔術師の館。前当主はそれなりに名の通った魔術師だったんだけれど、その子供である現当主…とは言ってももう死んでるか…は全然。所謂親の七光りって奴よ」

「そのダメ当主が鬼の子を?」

「さっき鬼と呼ばれている子の中には、本物になるものも居るって言ったでしょう?そういう子のほとんどは復讐で命を落とすんだけれど、その鬼を飼いならせたらすごい功績だと思わない?」


 誰にも認められない当主が考え出した答えが鬼の育成?狂ってるわね。主に方向性が。


「勿論同じことを考えてる馬鹿は他にもいたわ。けれどほとんどは死なせてしまうか、もし成功しても誕生した鬼に殺されるのが関の山。飼いならすことが出来た馬鹿は居ない」

「…気分の悪くなる話ね」

「へぇ…あなた吸血鬼なのにそう感じるんだ?まぁ、どうでもいいけど。勿論当主は死ぬ気は無かった。けれど飼いならす目的もあるし、勝手に死なれて腐っていたりしたらそれはそれで困る。だから…確認役を用意したの」

「それがあなた?」

「そんなところね。この部屋は彼女の意思を無くして、ただの人形にするための場所。ココ、物がないでしょう?最も、私が初めて会ったときからあんなんだったから、その必要性があったかは知らないけど」


 視線を促されて見ると、無表情のまま何の反応もせずに見つめている少女が見える。確かに、氷華が持ち込むもの意外にあるのは毛布が一枚。少女が出来ることといったら最低限の食事と睡眠。そしてただ待つだけ。

 暫くすると話も終わったのか、氷華は去っていき、室内から明かりが失われる。コレで3人居たそっくりさんが2人となった。願わくば私の目の前に居るこいつも居なくなって欲しいのだけれど…ややこしいし。

 あれ?そういえば今の光景、前見たときと何か違ったような…。

 再びドアの方を見たまま動かなくなった少女から氷華へと視線を戻すと、あろうことかコイツは頬杖をしたまま目を閉じている。


「…」


 何か意図があるのかもしれないので少しだけ待ってみるけれど、ピクリとも動かない。…まさか寝てるんじゃないでしょうね?


「ねぇ」

「…」

「おーい」

「…」

「…寝てるの?」

「起きてるわよ」


 もし寝てるなら愛のこもらない鉄拳を飛ばそうと思っていたのだけれど、残念ながら目を開けやがった。


「何かと話しをすることなんて久しくなかったの、だから少し時間を頂戴。内容を整理してるから」


 氷華はそれだけ言うとまた目を閉じて動かなくなる。私以外動くものが無くなった世界で、どう時間を潰せというのか。仮に潰したとしても、時間間隔が皆無の場所に居るせいでどれだけ経ったのかがわからない。

 仕方ないのでミニ楓とも言えそうな少女の方を眺める。ふむ…。


「…ねぇ」

「何よ」


 今度はすぐに返事が返ってきた。


「あの子、私達の方は見えているの?」

「さぁ?試したこと無いからわからないわ」

「接触とかは?」

「知らないわね」

「ふーん…」


 全く役に立たない答えを聞くと、椅子から立ち上がって少女の下へと近づく。

 コレはこの閉ざされた空間の中で何が出来るかを探求するための行為であり、つまり知的好奇心満たすために仕方なく…それはもう仕方なく行わなければ成らないことである。知的好奇心を満たす過程で、あわよくばミニ楓をふにふにしよう等の不埒な考えは決して…微塵も無い!微塵も無いが…だがしかし!その過程から得られる結果としてふにふに出来るなら、私はその事実を逃げることなく受け止めようと思う!


「…あなた変態って呼ばれたこと無い?」

「あら聞こえてたの?」

「邪念が漂ってるわよ」

「…」


 哀しいことに、崇高な私の理論武装は邪念という一言で片付けられるらしい。理解してもらおうとも思わないからどうでもいいけど。

 とりあえず少女の目の前で二度三度と手を振ってみる。ふむ、反応なし。

 ならばと屈んで見つめあい。…人形というより、昆虫と見詰め合ってる気分になったのですぐに視線をそらす。

 恐る恐る頭を撫でてみると、コレは以外にもサラサラとした感触。どうやら接触は出来るらしい。けれど反応が無いから、人形みたいな無機物を撫でてるみたいで面白くない。

 一大決心をすると、マシュマロみたいな柔らかさであろうと経験から予想されるほっぺへと手を伸ばす。力加減と指先に全神経を集中させる、緊張の瞬間。

 かくして私の指先はふにっと少女のほっぺに吸い込まれ、思わずうひょぉぉとか魂の叫びを上げそうになるのを理性が止めた。というかちっこいからか、楓のよりやわっこい。ふにふにというより、ぷにぷにしてる。おお、コレは素晴らしい。まさしく至高なり。

 一心不乱でぷにぷにしていると、突然の外部からの圧力によって中断せざるを得なくなった。見れば無表情の氷華が私の腕を掴んでいる。


「何するのよ!」

「…何するのよ、じゃないわよ。あなた馬鹿なの?自殺ならココ以外でやってって言わなかった?」

「どういう…」


 そこで私の指先が段々熱を持って来ていることに気づいた。少女をぷにぷにしていたはずの指からは、いつの間にか血が滴り落ちて、ぼたっと血と一緒に黒ずんだ肉片が地面へと落ちる。そしてその肉片に付き添うようにして落ちる白いのは…。


「…これは」

「…もしかして気づかなかったの?よほどの馬鹿みたいね」

「知らないわよ!というかあなた何も言わなかったじゃない!」

「試したこと無いって言葉の意味考えなかった!?試すとヤバイから試してなかったのよ!」

「それならそうとはっきり言いなさいよ!回りくどい言い方して!」

「まさかこんな事するとは思わなかったのよ!」

「…五月蝿い」


 氷華と言い合っていると、足元から小さな声がポツリと聞こえてきた。


「ええ、五月蝿いわね。だからすぐに黙らせて…」

「五月蝿いのはそっちでしょう?私の方こそ黙らせてあげ…」

「…五月蝿い」

「「えっ…?」」


 見下ろすと無機物の様な瞳が私達を見つめている。その表情には何の意思も無く、本当に彼女が言ったのかすらもわからない。

 思わず見つめると、少女は口だけで嗤った。


「馬鹿!逃げるわよ!」


 氷華に手を掴まれるのと同時に少女の姿が潰れた。ねっとりとした血のにおいがあたりに漂う。


「何…これ…」

「何でもいい!ココにいたらヤバイのはわかるでしょ?」


 先ほどまで少女だった血溜まりから、くすくすとした笑い声が聞こえる。ええ、言われなくてもわかるわよ。

 唯一の出口となっているドアまで走っているつもりなのに、闇が絡み付いてきて上手く動けない。深い水の中を歩いている様な感覚。

 そうしている間にも、笑い声は大きくなってくる。

 先に出口へと辿り着いた氷華が倒れこむようにしてドアを開けると、こちらを向いて必死そうな顔で何かを叫んでいる。ドアの向こうからは赤い光が見えるのに、その光は中まで入ることなく消えている。

 もつれる足で何とか辿り着くと外へと転がり込んで…振り向いた。


「振り向くな!」


 誰かの声が聞こえた気がする。



□ □ □ □



 中には首無しの死体が座っていて、その手には少女の…頭?

 生首は閉じた瞳を開いて私を見つめると、にっこりと笑って口を開いた。


『オイデ』


 そこまで認識したところでバンッとドアが閉められる。荒い呼吸は…誰の?


「今のは…?」

「何も知らなくていいわ。あなたは必要なことだけ知ってればいい」

「馬鹿なこと言わないで!」


 誰かの叫び声がした。


「知らなくてもいい?知れと言ったのはあなたでしょう!?なのに…」

「落ち着きなさい。そう、言い方を変えるね。教えたくても教えれないのよ。私は私の与えられた役割しかこなせない」

「…何よそれ」

「それは後で教えるわ。とにかく今はココから逃げるのが先ね」


 氷華が告げると、周囲にある鏡が全て赤く染まった。夕日の光などではないその色は、私達に近いほうから段々と黒ずんできている。


「どうもまだ逃がすつもりは無いみたい。走るわよ」


 階段を駆け上がると、後ろで鏡の割れる音がした。振り向くと鏡から鏡へ、何かが通ったような赤い跡がある。


「合わせ鏡の呪殺か…例によって私に説明は出来ないから期待しないで。まぁ、大方あの子の封印の一端だとは思うけれど」

「…随分説明できないことが多いのね」

「予定じゃあの子に関することを説明してれば良かったからね。それ以外は管轄外よ」

「何の予定よ」

「ノーコメント。全く…そちらさんが大人しくしてればこんなにことにはならなかったのに…」

「…」


 どうも風向きがよろしくないので駆け上がることに集中する。その間も鏡が割れる音は途切れることなく続いてきていて、本当に進んでいるのかどうかもわからなくなってくる。というか、この階段こんなに長かったっけ?


「…階段が長すぎる」


 氷華もそう思ったのか、怪訝そうな顔で呟いている。見上げても永遠と鏡と通路が続いているだけで、終点は全く見えない。…そろそろ駆け上がるのがきつくなってきた。肉体的にではなく、精神的に。


「封印の一端って言ったわよね?それなら、中に居る私達が出られないような仕掛けがあるんじゃないの?」

「たとえば?」


 たとえばって…思いつきだから何も考えて無かったわよ…封印でしょ?


「…空間をループさせてるとか?」

「…そう。なら何とか突破して。私が時間を稼ぐから」

「えっ…?」


 氷華は突然走るのをやめると、振り向いて鏡を見つめる。鏡は割れている物もあるけれど、私達への距離は少しだけ離れたのか、近いものでは割れていないものもいくつかあった。ちょっ、ちょっと!?


「このままじゃいずれ追いつかれる。だったら、まだ余力があるときに破ったほうがいい」

「待って!破るって言っても私魔法は一切出来ないわよ!?」

「…」


 氷華はちらりと私の方を見ると、また割れている鏡へと視線を戻す。一番奥にあった鏡が黒ずんで一枚割れた。対象が鈍くなると鏡の速度も落ちるのか…随分いやらしい仕掛けね。


「魔法の三原則は知ってる?」

「三原則?」


 もう一枚割れた。突然何を…。


「認知、許容、適合よ。基本的にそれが出来れば魔法は使えるといわれてる」

「それが…」


 手前の鏡が割れた。鏡が割れるのと同時に、赤黒い何かが移動してきているのがわかる。アレに追いつかれたらどうなるのか…考えたくも無い。


「あなたは前2つの素質はあるんだから、何とか破りなさい」

「いきなりそんなこと言われたって…」


 手前の鏡が割れた。


「私よりは可能性がある…来るわよ。覚悟を決めなさい。いい?後ろは振り向かないで、前だけを見て…走れ!」


 氷華の隣の鏡が割れるのと同時に振り向くと、また駆け上る。

 後ろから鏡の割れる音は聞こえてこない。音は…何も聞こえてこない。

 …何が言いたいの?認知、許容、適合…?それがどうしたって言うのよ!

 鏡を見れば赤い色で染められていて、これじゃ鏡としての役割は果たせなさそうに見える。

 氷華は封印の方法を聞いた。そして私に破れと。

 ループしている?空間が?

 頭痛がする。ずっと昔、同じような状況に嵌められたことがあるような気がする…。確かそのときは…。

 昔から、壊せないものは無かった。お城の壁、野生動物に人間、私と同じ吸血鬼。そして変わらない日常も。

 そう…あの時も壊した。もう手遅れなのを頭で理解しながら否定して…あの子のところへと辿り着くために。なら、今回も。

 ふと、少しだけ空間が歪んでいるのが見えた。


「…ははっ」


 思わず笑いが零れる。何年、何百年と経っても、出来ることが変わらないだなんて…。

 拳を握ると力の限りその歪みを殴り飛ばす。軽い、薄いガラスを砕いたような手ごたえと共に、周囲のガラスが全て砕けた。


「お疲れ様」

「あら生きてたの?」

「あと少しで冷凍ミイラになるとこだったわ」

「そう、それは残念」


 ガラスが砕けて暫くすると、後ろから声を掛けられたので適当に返事をする。永遠と続く階段も種が割れればなんてことも無く、出口は目の前にあった。


「それにしても…」

「何?」


 出口へと続くドアを開けながら氷華が呟く。


「今のあなたの行動。もし外れてたらすごいかっこ悪いわよね」

「…」


 当たってて良かった。

 勿論そんな内心は呟くことも無く、ドアから外へと出る。



□ □ □ □



 ドアの脇には相変わらず顔だけが黒い人影。私達の方は見えてるのか居ないのか、二人ともぴくりとも動かない。まぁ、そんなことはどうでもいい。


「それで?」

「それで…って?」

「そうやって誤魔化すの、面倒だから止めにしない?知らぬ存ぜぬで通しながら、あなたはあの部屋で振り向くと何が見えるのか知っていたし、さっきはヒントまで与えて私が逃げる助けをした。何が目的なの?」

「最初の疑問はあなたより先に私が振り向いていた、っていうのはどう?あんな光景、誰にでも見せたいものじゃないでしょう」

「嘘ね。私が振り向いたらすぐにドアを閉めた。そして知らなくてもいい、とも言った。矛盾してるのよ、知らないままで居たいならこの場に残れと言ったり、何も知らなくてもいいと言ったり」

「矛盾…か」


 氷華は私から視線を逸らすとため息を一つついた。


「そうね、確かに矛盾している。これ以上隠しても何にもならないから言うけれど、私はあなたが勝手に死なない様に見て欲しいとあの子に言われてるのよ。色々説明してあげたのは…サービスと暇つぶし」

「あの子って…楓に?」

「ええ。相当大事にされてるのね、あなたって。まぁ可愛い愛娘のお願いだし?聞いてあげてもいいかなと思ったのよ。あわよくばこの手で殺せるし」


 …何か聞き捨てならないことを言われた気がするけど置いておこう。私が死なない様に見てる?けどそれじゃ…


「おかしいじゃない。だって今楓は…」

「そう、あなたを殺そうとした。矛盾してるわよね?まぁ、私がお願いされたのは意識のある時だから、意識の無い今現在であなたを殺そうとしてても納得は出来るけど。無意識と意識は必ずしも同じではないわ」


 意識と無意識は同じじゃない?

 つまり無意識では私を殺そうとしている…?

 けど、それを考えるのはまだいい。それよりも先に気になることがある。


「待って、それじゃ楓は意識を失う前からこうなるとわかっていたって言うの?」

「ここに時間間隔は無いからはっきりとは言えないけれど…そうなるわね。あなたが思ってる以上にあの子の未来は壊滅的よ。ほとんどが思ったとおりに進む。良い事も…嫌なことも…ね」


 それって…。

 考えようとしたら、頭痛が襲ってきた。そう…確か。


『…それにしても気に入らないですね』


 私がここに来る前、小さな魔術師は…何ていったんだっけ…。


「っと…どうやらおしゃべりはココまでみたいね」


 氷華の呟きと同時に小さく歌が聞こえてきた。


『とー…せ…りゃん…』


 するとドアの隣に居た男たちの体がぐしゃりと潰れ、頭だけが地面を転がる。ずりずりと何かが引きずる音と一緒に、歌も段々と鮮明になっていく。

 本能が逃げろと言っているのに身体は動かない。


『行きはよいよい帰りは怖い』


 向こうの曲がり角から少女が現れた。

 白装束は何かで赤黒く染まっている。腰には鞘に収められた刀があり、手には生首。白髪の髪に赤色を転々とした首の持ち主は…考えたくも無い。誰だって自分にそっくりな奴のあられもない姿なんて見たくない。


『怖いながらもとーりゃんせ…』


 少女はゆっくりと足を引きずりながら歩いていたけれど、私達を見つめると足を止めた。


「…これだけは覚えておいて」


 ボトリ、と誰かさんの生首が地面に落ちるのが見える。


「ココにいる限り、あの子には絶対に勝てない。だから全力で逃げて」


 少女が少し前かがみになったかと思うと、姿が消えた。それと同時に氷華に突き飛ばされる。

 廊下に血しぶきが散った。

 私が元居た場所では、氷華の後ろから少女が刀を突き刺しているのが見える。何なの…コレは…。


「私はいいから早く逃げて!」


 叫びに背中を押されるようにして走り出すと、後ろでもう一度血しぶきが舞った。

 逃げろとは言われたものの、姿が見えない何かから逃げるのは思った以上に難しい。階段を駆け上り、何度か後ろを振り向きながら走り続ける。けれど、何度振り向いても誰も来ないので、いつの間にか足はゆっくりとしたものになった。

 夕日が差し込んでくる廊下には転々と人影が見えるのだけど、私が近づくところりと頭を垂れて体と別れを告げて地面に転がる。…かつて無いほど嫌なお辞儀の仕方ね。

 本人自体は動きはしない癖に血だけは溢れ出てくるから、血の匂いが充満していて私の理性と感覚を少しずつ溶かしてくる。

 それでも歩みを止めることだけは出来ないので、ゆっくりと歩き続ける。

 ふと、廊下の装飾品の中に壷があるのが目に入った。人の頭くらいなら簡単に入りそうな大きさ。素手で刀と戦うのは出来ることなら嫌なので、いざという時の防御手段になりそう。でもコレ…中身入ってないわよね?

 恐る恐る手に持つと、中身をのぞく…のは嫌な予感がしたのでひっくり返してみる。

 …何もでない。

 何も入ってないのかと思って中をのぞくと、2つの眼球と口があった。眼球はぎょろぎょろと辺りを見渡し、私の方を見つけるとにやりと笑う。


「…」


 無言で壷を元の場所に戻すと、この得体の知れない何かと運命を共同するべきか少し考える。

 …無いわね。

 考えるまでも無く結論を出すと、何も見なかったことにして歩き始める。私が歩き始めたのと同時に、近くのドアが開いて何かが飛び出してきた。

 咄嗟に身体を逸らすと、首の部分を何かかが通る。そのまま反動を利用して殴り飛ばすと、そいつは部屋の中まで吹っ飛んだ。…まるで手ごたえが…無い。まるで空気でも殴ったような感覚。代わりに殴ったほうの手の皮膚がぼろぼろになって血が出てきた。

 床に転がったままの赤黒い服の少女は、刀ではなく短刀を手にして半笑いでこちらを見つめてくる。派手に飛んだように見えるだけで、身体にダメージは一切無い様子。動きが読まれてるのか…コレは拙いわね。


「…アハッ」


 まるで堪え切れなかった様な笑い声が聞こえてくるのと同時に、近くにあった壷を部屋の中へと投げ込み、廊下を走り出す。後ろで何かが砕ける音と、壷の中身が発したであろう悲鳴が聞こえてきた。絶対に勝てないって…そういう意味なのね。

 結構全力で走っているつもりなのに、後ろから聞こえてくる足音は途切れることが無い。

 全力で逃げているはずなのにずっと追われているという状況に堪えきれなくなってきたので、角を曲がると適当な部屋の中へと駆け込んでドアを閉めた。

 ベット以外の家具の類が一切無い部屋では窓から赤い空が見える。外は何の変哲も無いように見えるのに、屋敷の中は死体の山…か。

 とりあえずベットを力任せに持ち上げると、ドアをふさぐ。コレで少しは休めるはず…。

 ベットでふさいだ瞬間にドアはがたごとと音を立てて軋んだけれど、諦めたのか静かになった。

 さて…どうしようか。

 ココでベットをどけて扉を開けたらこんにちわ…っていう展開は最悪だし…。

 やっぱり窓から出よう。追われることに夢中で気づかなかったけど、太陽の光に当たっても何とも無いのね。幻想の世界だから?

 取りとめも無いことを考えながら窓を開けて下を覗き込むと…そこに少女がぶら下がっていた。


「っ!」


 急いで窓を閉めるとドアの方へと後ずさる。な、何で外に…?だって…ここは2階のはずなのに…。

 混乱している間にも少女は窓の外から中を覗き込むと、私を見つめてにこりと笑う。


「ドウシテニゲルノ?」


 咄嗟にベットを持ち上げると窓に向かって投げつけた。ガラスの割れる音を荒い息を吐きながら聞く。

 これなら…。

 けれど私の希望は叶えられることがなく、少女は数秒だけ居なくなっただけですぐに顔を出した。そのまま倒れこむ様にして中へと入り込んでくる。ああもう!

 少女の身体が完全に室内に入る前にドアを開けると、終わりの無い鬼ごっこを再開する。

 なんなのよ!アレは!

 頭が混乱しているけれど、答えてくれる人は居ない。どれだけ走っても足音は消えてくれない。あいつは逃げろといったけれど、あんなのからどうやって逃げろというの?それに…何処に…。

 終わらないかと思った鬼ごっこも、曲がり角を曲がったところで終わりを悟る。目の前にある廊下の端には階段が無く、あるのはいくつかのドアだけ。窓から外へと逃げようかとも考えたけれど、さっきの光景が脳裏に焼きついているから窓には近づきたくない。

 結局、一番奥のつき当たりのドアに駆け込んだ。

 その部屋は薄暗くて酷く散らかっていた。床には紙、お札、木材に果物の皮やら、割れたガラスやら埃のかぶった機械なんかが敷き詰められていて、その合間を縫うようにしてくしゃくしゃになった布団が敷かれている。窓には何かの植物が蔦や蔓を元気良く伸ばして領土争いをしていて、部屋へと入る光を遮っている。壁にはなぜか立てかけてある障子や襖、掛け軸、さらには何処に続くのか判らないドアなんかが張られていて、ここだけ異世界の様な現状をかもし出している。…何だかつい最近おんなじ様な部屋を見た気がする。

 記憶を辿りそうになったけれど、すぐに追われている最中だということを思い出し、とりあえずガラクタの奥に隠れていたドアを開けて駆け込んだ。



□ □ □ □



 月明かりが照らす廊下を誰かが歩いている。

 一人は柿色の背広を着たオヤジで、でっぷりとしたお腹に脂ぎった肌が日々の食生活を物語っている。その後ろを付き添うようにして歩いている二人は、黒い背広にがっちりとした体格。ところで、夜中にサングラスをしていて前見えるの?

 けれど、私の視線はそんな三人の前を案内するようにして歩いている娘に釘付けになった。

 その娘は割烹着に身を包んでいて、彼女の挙動毎にポニーテールに結んだ銀色の髪が生き物のように動いている。どこかふわふわとした雰囲気で、目を逸らすとどこかに居なくなってしまいそうな存在感。私は…この娘を知ってる気がする…あれ?

 名前を思い出そうとしても、知らないという記憶からの答えと、確かに知っていたという直感がせめぎあって痛みしか返してこない。

 後ろのドアがバタンと閉まった音を立てたので慌てて振り向いたけれど、そこに少女は居なかった。

 割れそうになる頭痛の中でも彼女たちは廊下を歩いて、一つのドアの前で止まった。銀色の髪の娘はオヤジの方へと振り向き、何かを言ってはお辞儀をしてドアを開ける。

 ぞろぞろと男たちが入って行く中、ちらりと見えたドアの先では黒いドレスを着た金髪の女性が居た。明かりの少ない闇に黒いドレスがまるで保護色の様。というか私だった。そう…私は客観的に見るとああいう風に見えるのね…暫く黒は控えようかな。

 ドアが閉まると誰も見てないからか、彼女は軽く伸びをする。表情は暗く、オヤジ達の訪問があまり喜ばしくないことを示していた。けれど、その伸びは途中で中断される。


「メリーさんメリーさん」

「はい?なんですかー?」


 赤いコートの下に巫女服を着た少女…楓が天井にへばりつく様にして話しかけると、メリーと呼ばれた娘はすぐに笑顔を作って対応する。

 メリー…?

 楓は音も無く廊下へと降り立つと、ニコニコと笑顔を作って続けた。その傍らでは、もう見ることは無いんじゃ無いかと諦めかけていた海月がふわふわと浮いている。


「あの人たち、エウナさんに何のようですか?」

「さぁ…私もよく聞かされていないので…」


 言葉とは裏腹に、まるでそう聞かれるのが解っていたかのように即答するメリー。胡散臭さココに極まり。コレでだませるとしたらただの馬鹿か…馬鹿ね。

 楓も承知しているのか、仮面みたいな笑顔は崩さない。


「嘘ですよね?」

「アレ?わかっちゃいました?」

「わかっちゃいました」


 何が面白いのか、メリーはくすくすと笑う。仮面の様な笑顔とくすくすが出会うと碌な事にならない。特に、この二人は。ああそうだ…コイツはこういう奴だった…。

 私がここに来てから今まで、何の文句も言わずに一緒に居てくれた。家事は出来るのに手抜きして、強がりなのに泣き虫で、嘘が下手な…私の親友。何で今まで忘れていたんだろう?

 けれど、にらみ合いはそう長くは続かない。


「子供さんは気にしなくていいんですよー」

「むー…」


 口に指を当ててメリーがそう言い切ると、ぷくーと楓が頬を膨らませた。あら可愛い。そのまま困ったように笑うと、頭を撫で始める。


「プリンでも用意してあげますから、そう怒らないでくださいな」

「本当に内緒ですか?」

「本当に内緒です」

「この腕、切り落としてもいいですか?」

「切り落とされたらプリンが出来ませんねー」

「むー…」


 あら可愛…メリーはひらひらと手を振りながらどこかへと歩いていく。…と思ったらスーッと消えていった。歩いていく気は毛頭ないらしい。

 メリーが居なくなって数秒すると、楓はドアに張り付いて何かごそごそと始めた。たぶん盗聴か何か?


「何をしてるのですか?」

「おとなのじじょーです」

「ふむふむー」


 瞬きをしただけなのに、楓の隣にメイド服の少女が屈んでいた。白い髪の少女は興味津々と言った様子で楓の手元を見つめている。あれは…ユメ?

 彼女のことはすぐに思い出せた。何年間も変わらない姿で、私によく懐いてくれる。家事の上手さもあんまし変わってない…ついでに彼女が来てからメリーがよくサボるようになった。

 楓は最初は無視しようと勤めていた様なのだけれど、隣でじっと見つめられるのは嫌なのかため息をついて立ち上がった。楓が立ち上がるとユメも一緒に立ち上がる。


「終わったのですか?」

「ええ、まぁ…そうですね。それよりユメ?魔法は簡単に使っちゃダメって言ったでしょう?」

「えー、いいじゃないのですかー」

「ダメです。お腹が冷えても知りませんよ」


 楓がめっとすると、ぶーぶーとユメが頬を膨らませる。…似たもの同士よね。

 ユメは楓の持っていたお札に興味を示していたのだけれど、それも飽きたのか今度はドアの方を見つめた。そして「ぬふふー」と笑い始める。


「…なんですか?」

「楓この先知りたいのですか?」

「知りたいと言われると知りたいですけど、自分で何とかするから教わらなくてもいいです」

「むー…」


 ユメが不満そうにむーむーと唸っていると、楓はため息をついた。そしてお札を破ると懐にしまう。


「…何を教えてくれるんですか?」

「んーとねー、えーとねー」


 先ほどとは一転して、笑顔でもったいぶるユメを諦めたような顔で見つめる楓。


「はぁ、解りましたよ。…おいで」

「えへへー」


 根負けしたのか、楓が両手を差し出すと勢いよく抱きつく。楓は勢いを逃すために少し後ろに下がりながら頭を撫でると、ユメは目を細めて胸に顔をうずめた。あの平たく見える胸がやわっこいということは私が一番よく知っている!

 微笑ましい光景が数十秒ほど続けられると、楓がぽんぽんと背中を叩いた。


「それで、何を教えてくれるんですか?」

「エウナ様のお客様のことー」

「ここに入った奴らの?」

「うむうむ」

「へぇ…それは興味深いですね」


 楓は目を細めてドアの方を見てから、笑顔を作る。敵意を隠そうとしていないのはその必要がないからなのか…けれども、ユメは気にならないのか満面の笑みで楓を見上げている。


「続けて?」

「えっとねー。偉い人なのです」

「どれが?」

「ふとっちょー」

「ふむふむ、他には?」


 ふとっちょって…仮にも客なんだけど、いいの?


「何だかねー、はんらんのけんについてお話があるらしいのです」

「反乱?詳しく知らないですか?」

「まものが何とかー」

「魔物が反乱ですか…?ふむ…後は何か知ってます?」

「んー…ああ、そうなのです!」

「ん?何かありましたか?」

「んっとねー。メリー様が言ってたのですが、すけーぷごーとじゃないかってー」

「…スケープゴート?」

「すけーぷごーとー!」

「誰が?」

「メリー様が言ってたー」

「…」


 見事に噛み合わなくなったのを察したのか、楓は黙った。そして、質問が終わったのをいいことに、また抱きつき始めるユメ。それにしても生贄の山羊?少し物騒ね。


「確信が出来てからでいいですか…ところでユメ?」

「んー…?」

「メリーさんがプリンを作ってるらしいんですが、食べに行きます?」

「行くー!」


 元気のいい返事を聞くと歩き始める。けれどユメは楓にべったりとくっついたまま。


「ユメ。歩きづらいから離れなさい!」

「やー!楓良いにおいー」

「良い匂いって…ボクのは血の香りですよ?」

「んー?」

「…わからないならいいです」


 角を曲がる直前、楓がちらりとドアの方を振り返ったのが見えた。

 二人の姿が完全に居なくなると、世界が暗くなっていく。まるで場面が変わるかの様に。



□ □ □ □



 再び明るくなったときは外だった。正確には夜だから明るくはないんだけれど…。空は新月で星がよく見える。

 楓はどこかの屋敷の屋根の上に座りながら、歌を歌っている。そよ風が吹いているのか、赤いコートがひらひらと揺れていた。

 玄関辺りの場所を見下ろすと黒いセダンが止まっており、メリーやユメ、そして私や先ほど廊下で見た黒い背広の人影が見える。…最近自分とおんなじ奴ばかり見ている気がする。

 何事かのやり取りの後、私がメリーたちへとひらひらと手を振り、何かを探すように辺りを見渡しながら車へと乗り込んだ。楓はその姿を黙って見下ろしている。


「とーりゃんせ、とーりゃんせ…」


 再び楓がポツリと歌い始めると、再び世界が暗くなっていく。

 今のはなんだったんだろう?私が車に乗っていく?

 答えを出すよりも早く、パキパキと何かの燃える音がしてきた。

 夜中だというのに、辺りは真昼のように明るく、部屋の中で二人が言い合っているのが見える。一人は銀髪に割烹着、もう一人は白髪のメイド服。メリーとユメね。

 何が起きたのか、必死そうに訴えているユメをメリーは微笑みながら諭している。


「何でなのですか!」

「ですから、ユメさんは早く逃げてください。ね?」

「嫌です!逃げるならメリー様も一緒に…」

「ユメさん」


 メリーが静かに言うと、ユメは黙り込む。遠くで柱が焼け落ちるような音がした。


「私はエウナさんにココを任された身なんです。槍が降っても雷が落ちても…たとえ火が放たれたとしても私はあの人の帰りを待ちますよ」

「でも…」


 ユメが言葉に詰まると、困った顔をしながらメリーはユメを抱きしめる。


「いいですか?囲まれてますから、外に出たらすぐに逃げるんですよ?」


 そう囁くと、窓に向かってユメを投げ飛ばした。ユメがガラスを突き破るのと、ドアから炎が室内へと飛び込んできてメリーが炎に包まれて見えなくなるのはほぼ同時だった。

 彼女は、最後まで笑った顔を崩さなかった。


「メリー…様…」


 地面へと投げ出されたユメが泣きながら最期を見ていると、彼女の周囲を黒い人影が囲んでいく。

 全員が武装していて、ユメの逃げる道は…見つからない。

 屋敷が焼け落ちて廃墟となった場所で人影が一つ見える。

 赤いコートに巫女服。楓は誰も居なくなった場所を見つめて何を思っているのか。

 暫く見つめていると、彼女は焼け残った屋敷から板を探し出し、地面へと突き刺した。

 そしてそのまま振り向かずに屋敷を後にする。

 楓が離れていくにつれて、世界は暗くなっていき・・・やがて全てが黒く塗りつぶされた。



□ □ □ □



 暗闇に少女がいた。目は虚ろで、ぼろきれの様な服を身に着けている。服の隙間からは白い肌が見えていて、下には何もつけてないことがわかる。少女の首からは鎖が伸びていて、壁と繋がっていた。

 桶意外には何も無い牢獄で、少女は人形のように暗闇を見つめ続ける。

 やがて、牢獄の戸が開く音がすると、少女はびくっと身体を震わせた。


「ユメ!大丈夫ですか!?」


 戸を蹴り破るようにして楓が現れると、少女・・・ユメの元へと駆け寄る。楓の頬には赤黒い汚れがあり、巫女服にも同じような汚れがいくつかある。

 楓がユメへと近づくと、ユメは嫌がるようにして壁へと後ずさった。


「ユメ…?」


 楓が困惑した様子で足を止めると、ユメは怯えた顔をしながら蹲って何かを呟いている。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「…」

「ごめんなさい…何でも言うこと聞きますから…もう乱暴にしないでください…ごめんなさい…」


 身体をかばうようにして謝り続けるユメを楓は無言で見つめると、ゆっくりと近寄った。そしてびくっと震える彼女を抱きしめる。


「もう…いいんですよ?」


 優しく囁いて頭をなでると、ユメの目に少しだけ光が戻った。


「…おかあ…さん…?」

「はい…一人にしてごめんね?」

「お母さん…お母さん・・・お母さん・・・っ」

「はい…ココにいますよ」


 しがみ付くようにして抱きついて泣いていたユメだけれど、何かに気づいたように目を見開き、楓を突き飛ばす。


「いやっ!」

「ユメ!?」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

「…」


 楓は再び何かに向かって謝るユメに手を伸ばしかけたけれど、何かに思い立ったのかその手を戻した。


「ユメ…帰ろう…ね?」


 最後に楓の声がすると、明かりが消されたかのように真っ暗となる。

 ユメに何が起きたのか…考えたくも無い。

 突然辺りが明るくなったので、まぶしさに思わず目を瞑る。

 そして次に目を開いたとき、そこは病室だった。ベットの上では人形の様なユメが横たわっていて、テレビを見つめている。その隣では、楓がユメの頭を撫でながら子守唄を歌っている。

 病室のある階は高いのか、窓の外からは見晴らしの良い街並みが見えた。天まで届けとばかりに塔が立っているのが見える。


「行きはよいよい、帰りは怖い…怖いながらもとおりゃんせ…」


 楓が最後まで歌い終えても、ユメは何の反応も示さない。


「そうです、ユメ。プリン食べますか?」


 笑顔でユメの表情を覗き込んでも返事はない。けれども楓は笑顔のままで立ち上がると、ユメの頭を優しくなでる。


「それじゃ、プリンを買ってきますから大人しく待ってるんですよ?」


 最後にぽん、と軽く頭を叩くと病室を出た。

 階段を飛び降りるようにして1階へと降りると、ロビーを通過する。テレビの置いてあるロビーでは、死人の様な顔をした人たちがじっと画面を見つめている。

 番組が終わったのか、画面の中では仮面でもつけてるみたいな無表情の人が、淡々とニュースを報道している。

 そして画面に何故か、私の顔が映る。


「エウナ…さん…?」


 ニュースに気づいた楓が足を止めると、詳しいテロップが流れ始める。

 そこには反乱の首謀者が処刑されたという内容…が…?ちょっと待って…?この内容って…私が…死んだ?


「嘘…ですよね?」


 楓の呟きを否定するかのように、画面内では次のニュースへと移った。


「…っ!」


 次の報道が流れ始めると、時が動いたかの様に元来た道を楓が走り始める。息を切らせながら階段を駆け上がるとユメの病室の戸を乱暴に開ける。


「ユメ!?」


 室内では外から入り込んでくる風で、カーテンが静かにゆれているだけだった。

 ユメの居たベットの上には誰も寝ておらず、テレビでは先ほども見た人が淡々と報道している。

 楓が静かに窓まで歩み寄って見下ろすと、下では赤い血を撒き散らしたユメが見える。手足は関節とは逆の方向へと曲がっていて、首は街の方を見つめる様にして折れていた

 うそ…よね…?


「どうして…?」


 ユメを姿を見つめながら楓は呟くと、その場へと崩れ落ちる。力が抜けた様に壁へともたれ掛かると、虚ろな目で天井を見つめる。


「どうしてボクを置いていくの…?」


 問いに答える人は無く、カーテンだけが静かに揺れている。


「嫌い…」


 やがて、蹲るように身体を抱えて楓が呟いた。


「みんな嫌い…ボクを置いていくなんて…嫌い!大っ嫌い!」


 彼女の声は段々と大きくなっていく。


「こんな世界壊れてしまえ!」


 最期の叫びが聞こえるのと同時に、ぶつんと何も見えなくなった。



□ □ □ □



 頭が何か柔らかいものに乗っている。目を開けると、氷華の顔があった。ほんの少ししか見てないはずのに、何だか久しぶりに見た気がする。


「あら起きたの?おはよう、無事戻ってこれたみたいね」


 返事をしようとしたけれど、激しい頭痛がして上手く出来なかった。


「今まで倒れてたんだから無理しなさんな」

「…何か嫌なものを見た気がするわ」

「そう…」


 彼女はそういうと視線を遠くの方へと向けた。釣られてそちらを見ると、雪原を少女が踊るように走り回っていた。そしてもう一人の氷華が微笑ましく少女のことを見つめている。

 ああ…ココか。確かこの後は…。


「あなたが何を見たのかは知らないけど」


 楽しそうな少女の姿を眺めていると、頭上から声がしてきた。


「ここは可能性の世界よ。何を見ても不思議じゃないし、何が起きてもあなたの責任じゃない」


 何故か彼女の声は私を気遣っているかのように聞こえる。


「だから、そんな泣きそうな顔しなさんな。自分に似てる奴に泣かれると…気分が悪い」

「え…?」


 思わず顔に手を当てる。私、そんな顔してたの?

 けれども手には目がないし、ココにはそっくりさんは居れども鏡は無い。自分自身がどんな顔をしているのかは結局わからなかった。

 それと…。


「ねぇ、何で膝枕してるの?」

「んー…」


 一番気になった疑問を聞いてみると、悩んだように空を見上げた。


「…サービス?」

「…何のサービスよ」


 楓ならまだしも、目が覚めた以上はこいつの膝枕に甘んじている訳には行かない。勢いよく身体を起こすと、少しふらついた。


「そういえば、あなた生きてたのね」

「言ったでしょ?私は死なないって」


 …言ったっけ?

 いや、言ってないはず。


「アレ?言ってないっけ?」

「聞いてないわね」

「そう…私は残留思念みたいなものだってのは言ったでしょ?だから私達に意思は無くて、役割だけが与えられているの。ある私が役割を果たせなかったら、別の私が役割を果たすだけよ」

「…そう」


 その後は二人とも無言で少女を眺める。


「ねぇ」

「何?」

「前のあなたは、きちんと役割を果たしていたわよ。だって、現に私は生きてここに居るもの」


 氷華は驚いたように目を見開くと、軽く笑った。


「それは何よりね」


 少女はくるくると回る。

 閉じられた世界での自由を満喫するように、まるでこの時間がずっと続くことを願うかのように、くるくると。


「それじゃ」


 次に沈黙を破ったのは氷華だった。


「全てが裏目に出た物語を再開しましょうか」



□ □ □ □



 楽しそうな少女に氷華が近づくと、何かを語りかけているのが見える。


「あの子に綺麗な世界を見せてあげたかったのよ」


 けれどもこの位置からじゃ何を話しているのかは聞こえない。代わりに隣から声が聞こえてくる。


「あんな閉じられた部屋が世界の全てだなんて可哀想じゃない。けれど…それが裏目に出た」

「どういうこと?」

「あの子は世界が広いということを知ってしまった。そして、変わらなかった日常に変化が訪れることも…ね。知らなければ強請ることはないけれど、知ってしまったらもう後には戻れない」


 少女は普段とは違って楽しそうに話しかけている。やがて氷華が一つの箱を取り出すと、蓋を開ける。


「あの子が思ったことはどういう形でアレ実現するわ。本人が望むも望まぬも関係なしにね。望んでないことなのに実現させる…矛盾してるでしょう?」


 確かに矛盾している。けれど…。


「無意識と意識は必ずしも同じとは限らない…」

「そう、だから無意識化で思った事が実現しても、意識の中では幸せだとは限らない。だから、あの子の未来は壊滅的なのよ」

「待って…壊滅的ってどういうこと?」

「望んでないことが起きるのよ?当然、意識はその未来を変えようとする。それには一体どれだけの犠牲が付くのかしらね?」


 一度決まってしまったことを無理やり捻じ曲げようとする。果たしてその労力が報われることは多かったのか、少なかったのか…私には判らない。


「それに、そうまでして変えた未来が彼女の望む未来になるとは限らない。変えた結果が悪くなる可能性だってあるし…自身の命を落とすことになるかもしれない」

「そんな…それじゃ…」


 あまりにも…報われない。


「言ったでしょう?あの子の未来は壊滅的よ」


 氷華の声からは意図的に殺しているのか、何の感情も感じなかった。

 ちらちらと雪が降ってくると、少女が歓声を上げているのが見えた。無邪気に笑う彼女は、きっと幸せな未来が来る事を信じているんでしょうね。

 そして最後にペンダントを渡し、氷華が何かを言うと世界が崩れ始めた。


「ねぇ、あなたが言っていた未来(ミク)ってのは?」

「あの子の名前よ。私が付けたの。未来って書いてミク…ココに来てからあの子は一生を飼い殺されるしかなかったのだから、せめて名前くらいには未来があってもいいじゃない?」

「そう…」

「まぁ、その願いも潰えたのだけれどね」


 ドンッとドアが開くと氷華が駆け込んでくる。それから先は…何も変わらない。首を刎ねられるメイドに外への出口。そして、少女の豹変と虐殺。


「あの子は…何も知らなかったのよ」


 一人、また一人と抵抗無く殺されていく様を眺めながら氷華が話し始めた。


「笑っちゃうわよね…初めて知ったのが殺すことで、それを教えたのは他でもない私なんだから」


 自嘲気味に笑う彼女の見ている前で、少女は人を殺していく。


「森の中であの子が何を見たのかは私も知らないわ…けど、その未来を変えようとしてこうして動いている」


 また一人殺された。殺人鬼が居ることはわかっていても、誰も少女に気づくことが出来ないし、誰も止めることが出来ない。


「どういうこと?」

「例えばある問題が発生したとするじゃない?その問題の一番簡潔で確実な解決法は…問題の発生源を全て取り除くことよ」

「それが…この虐殺」

「ええ、屋敷に居る人達を全て殺せばその未来は起きない。当然よね。登場人物が0では物語は出来ないわ。あの子は…殺すことしか方法を知らないのよ」


 少女がある部屋の近くに近づくと、疑問が生まれてきた。少女が取った奇怪な行動。死んでる人を再び殺した部屋。


「ねぇ、そういえば何であなたはあの子を連れ出そうとしたの?」


 この虐殺の始まりは氷華から始まっている。


「そんなの簡単じゃない。助けるためよ」

「助けるため…?」

「ココの当主、あろうことかあの子を処分しようとしたのよ。勝手に連れてきた癖に、手に負えないと判断すると殺す。それはあんまりじゃない?」

「…」

「だから、私が先手を打った。それだけね」

「それじゃあの子の行動は…?」

「コレは推測だけど…」


 氷華がそういっている間に少女は死体を壁に立てかける。死体はまるで立っているかの様にその身体を起こした。


「私がやったことを繰り返してるんじゃないかしらね?」

「繰り返してる…ね」


 私達の見ている前で少女は死体に首を載せると、にっこり笑って刎ねた。



□ □ □ □



 やがて、屋敷の中に誰も動くものがなくなると、少女は外へと出る。そこでは瀕死の姿の氷華が居て、全てを悟ったように微笑んでいた。


「そろそろ出番よ」

「えっ?」


 出番って…何の?

 少女はふらふらとした足取りで氷華へと近づいていく。


「あなた、ココに来た目的を忘れたの?あの子を救ってくれるんでしょう?だから出番って言ったのよ。これからあなたをあの世界に放り込むから、適当に救いなさい」

 

 少女が短刀を振り上げても彼女は何もしない。ただ諦めたかのような笑顔を見せるだけ。このままだとまた少女が自殺をして物語が終わる…。


「待って?私に何をしろと?」


 慌てて聞くと、氷華はにっこりと笑った。


「それくらい自分で考えなさい。あ、でもセクハラしたら殺すから」


 彼女がそういった瞬間、トンっと身体に実感が戻ってくる。足からは地面の感触が返って来て、自分が存在しているということがわかる。え…?私に一体何をしろと?

 突然の自体に戸惑っている間にも氷華を殺した少女は無表情で短刀を見つめると…。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 ほとんど無意識で少女の下へと駆け寄ると短刀を取り上げる。怪我は…?無い…?無いよね?大丈夫よね?

 少女は短刀を突然取り上げられて、きょとんとした様子で私の方を見つめる。感情の無い、人形の様な顔。


「…どうして?」

「あー…」


 時間が止まったんじゃ無いかと思うほど身動きしない少女に見つめられて、どうしようか悩む。確か…氷華は救えって言ったのよね?


「ほ、ほら!まだお墓を作ってないじゃない?」

「…」


 言ってすぐに自己嫌悪した。もっと他に言うことは無かったのか私は…。


「おはか…?」


 恐る恐る彼女の方を見ると、少しだけ首をかしげながら言った。


「おはかって…なに…?」

「えーと…ね…」


 何…ね?何か…何と来ましたか…。うん、解りますよ。何といわれたら…どうしようか。


「こ、このままだと何処にいるのか解らなくなっちゃうじゃない?だからお墓を作ってまた会いましょうねって…」

「ひょーかちゃんに…また、会えるの?」

「あー…たぶん…ね?」


 こういうの、輪廻転生って言うんだっけ…こんなことならもっとアリスの言うこと聞いておけばよかった…。

 少女はじっと私を見つめた後、物言わぬ身体となった氷華を見つめた。


「どうやってつくるの?」

「そうね、まずは穴を掘るんだけど…」


 辺りを見渡しても穴を掘るような道具なんて見当たらない。かといって人が入るほどの穴を素手で掘るのは…きつい。

 方法を悩んでいると、スコップが二本空から降ってきた。…へぇ、手伝ってはくれるのね。


「コレを使って掘りましょうか」


 早速スコップを地面に突き刺して掘り始める。暫く一人で掘り続けていると、方法がわかったのか少女も私の隣で掘り始めた。

 何とか一人くらいなら入りそうな穴が出来ると、氷華を入れて埋め始める。

 少しずつ土が被さって見えなくなっていく様を、少女はじっと見つめていた。


「後は…そうね」


 墓というと石か木の板とかだけど…当然ながら何も見当たらない。少し悩んだ末にスコップを突き刺して代わりにする。

 …何とも変な墓が出来た。


「コレで完成ね」

「また会える?」

「んー…祈りしましょうか?」

「いのり…?」

「ええ、きちんと次の場所に進んで、また会えますようにって…祈り方はわかる?」

「うん…」


 少女は手を合わせると目を閉じ、熱心に祈り始める。それにしてもコレでよかったのか…正直よくわからない。けれど何となく、私も少女の隣で祈ることにした。こいつは、この子のために死んだのだから。

 長いようで短かった祈りが終わると、目を開ける。そして少女の方を見ると、彼女は泣いていた。声は出さずに、ただひたすら涙だけを流している。

 そんな彼女に何とか声を掛けようとしたのだけれど…何も思いつかなかったのでそっと抱きしめる。

 …小さい身体ね。

 少し力を入れれば、簡単に折れてしまいそうなほど小さな身体を優しく抱きしめる。やがて嗚咽を堪えられなくなったのか、少女も私に抱きつくと泣き始めた。


「ごめんね…ごめんねひょうかちゃん…ごめんね…」


 少女は誰も居ない墓に向かってひたすら謝り続けて、涙を流す。その涙を止めたいのだけれど…方法がわからなくて、ただ強く抱きしめた。

 少女の涙が私の胸に染みを作っていく。

 どれだけの時間そうしていたのか、とんっと少女が離れた。


「もういいの?」


 聞いてみると、こくりと頷いて笑顔になった。もう彼女の涙は止まっていて、その手には…。

 短刀が握られている。


「ありがとう」


 少女は一言そういうと、自身の喉に短刀を突き刺した。

 …え?

 短刀はずぶずぶと柔らかさそうな首に突き刺さり、赤い血を流す。

 待って…?

 そして少女はゆっくりと前のめりに倒れた。地面に倒れた衝撃で短刀が彼女の首を貫通していくのが見える。

 どういう…こと…?

 血は止まること無く流れ、少女はピクリとも動かない。まるで…死んでいるかのように。


「どういうことよ!」


 気づけば叫んでいた。


「見てるんでしょ!?説明してよ!」


 今目の前で起きたことが信じられ無くて、誰も居ない庭で一人叫ぶ。

 少女の血が全て流れて、もう何も動かなくなった頃、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。

 音の方を見ると無表情の氷華が機械的に手を叩いている。


「おめでとう、無事あの子を救えたわね」

「救えた…?」


 救えただって…?

 頭に血が上って視界が赤くなった。

 氷華との距離を一気に詰めると、その首を掴む。


「あなたの目は節穴なの?この状況の何処が救えたって言うのよ!」


 力任せに持ち上げると、少女の方へと放り投げる。氷華は受身も取らず、ぼろきれの様に転がった。


「答えなさい…この状況の…この子の…何処を見て救えたというの?」


 静かに問うけれど、彼女は何も答えない。少女と同じ様に…ただ横たわるだけ。


「答えろ!」


 持ち上げて再び放り投げると、屋敷のドアに当たった。

 けれど今度は自力で立ち上がると、私を見下すようにして笑う。


「はっ…呆れて言う言葉がないわね」


 …何よ。


「何処を見て救えた…だって?馬鹿なこと言わないで、あなたが何をしたというの?」

「っ!」


 ぶつっと何かが切れる音がして、氷華に近づくと首を掴んで持ち上げる。


「…もう一度言って見なさい?」

「…解らないなら何度でも言うわ。あなたが、何をしたというの?」

「…そうね…こうなったら…もうあなたは用済みよね?」


 腕に力を込める。

 すぐには楽にしない。少しずつ…少しずつ力を込めていく。

 それでも…コイツは笑い顔を崩さない。


「そうね…言い方を変えるわ」

「黙れ…」

「あなたは…」

「黙れ!」

「一体…何が出来たというの?」

「…っ」


 その言葉を聞いた瞬間、腕から力が抜けた。

 私に…何が…出来た?


「あなたは自身が思うほど何も出来てないわ。ただ出来たつもりになっただけ。それで救った?笑わせないで…」


 突然手を離されて地面へと倒れても氷華は言葉を止めない。


「ここは贖罪の場よ。もしかして、自殺が止めれるとでも思っていたの?はっ…おめでたいわね?アレを止められたらこの子は本当に壊れてしまうかも知れないのに…ホント、おめでたいわね」


 全身から力が抜けて、地面にへたり込んだ。

 私は…何も出来ていない…?


「けれどもあの子が少しだけ救われたのは事実。だから感謝くらいは言ってもいいし、この程度は水に流してあなたを元の場所に帰してあげる」


 氷華の声が聞こえると、私の身体が光に包まれていった。


「それと…無くなった記憶を戻してあげるわ。すぐにとは言わないけれど…少しずつ、身体に馴染むはず。後はどうするか、自分で決めなさい」


 何も見えなくなった世界で氷華の声だけがする。


「ありがとう…それと忘れないで。選択権はあなたにある…だから諦めないで」


 その言葉を最後に、世界は突然闇に包まれた。



□ □ □ □



 誰かの声がする。


「…りゃんせ…りゃんせ…」


 私の頭には誰かの手が置かれていて、ぽんぽんとリズムよく撫でられているのがどこか心地いい。

 目を開けると、楓が私を見つめながら微笑んでいた。


「行きはよいよい、帰りは怖い…おはようございます、エウナさん」

「かえ…で?」

「はい、あなたのことが大好きな楓さんですよー」


 間違いなく、正真正銘の楓がそこに居る。


「あなた…!身体の方は…っ!」


 慌てて身体を起こそうとしたけれど、頭に鈍い痛みが走って倒れこむ。


「ああ、戻ったばかりなんですから無理はしないでください」

「…身体は平気なの?」

「さすがに本調子とは行きませんが…後2,3日もすれば元に戻りますよ」

「そう…良かった…」


 一安心すると、何だかとてつもなく疲れてきた。

 疲労感に任せてぐたーっとベット倒れこむと、もそもそと動いて抱きつく。おお…柔らかい…。


「やや?今日はエウナさんは甘えん坊なんですね」

「…ずっとしてなかったのよ、コレくらいいじゃない」

「そうですね…ずっとしてませんでしたものね」


 優しく背中に手が回されると、楓の体温が心地いい。トクン、トクンと心臓の音が聞こえてくる。

 この温もりが…もうなくなるんじゃ無いかと思った日もあった。


「ねぇエウナさん?」

「…なに?」


 こうやって抱き合っていると、何だか眠くなってきた。


「全部…思い出しちゃうんですね」

「…え?」


 楓の声がした瞬間、温もりが失われて背中に鋭い痛みが走る。異物が抜かれる感覚と共にじわり…と何かが溢れる。


「かえ…で…?」


 楓の方を見上げると、赤い液体の付いた短刀を手に無言で私を見つめていた。

 ああ…どうしてあなたは…。

 そして安心させるかのように微笑むと、私の喉元へと短刀を押し付ける。

 どうして…そんな泣きそうな顔をしてるの…?


「ごめんね…」


 楓の声が聞こえるのと同時に、喉に細い氷が走ったような感覚がして、私の意識は途切れた

はい、ということで次話が最終回となります

山場である今回はすぎたので、8月中にお話は終わりそうね


プロローグとモノローグがありますけど…そっちは8月中に出来るといいなー


次話は出来る限り早く書く予定です

最後くらい気合入れますとも、ええ


ではでは、最後までお付き合いいただければ幸いです

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