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幸せを願う少女は今日も残酷な現を見る

簡単なあらすじ!

眠り姫が目覚めなくなったよ!

目覚めさせるには魔法使いに聞いてみよう

旅に出る←この辺り


今回は夢と現のカタミチキップの続きとなっております

正確には夢現最終回→近作→後日談

の流れです


しらにゃーでも問題はにゃーと思いますが、わからにゃーかったらごめんにゃー


人物表

メリーさん

幽霊 もしかして、空気じゃない?という心配をされる


ルカ

魔法使い 恐らくほとんどの人が知らないと思いますが、妹です


(カナエ) (ユメ)

メイドさん この名前の意味を活用できる日は来るのか・・・! ほのぼの最後の砦


水無月家の当主様

占い師 お嬢様というやつ 設定だと名前があったけど、別に良いかーと名無しに変更


セバスチャン

執事と言ったらこの名前でしょう


水無月家の奥様

母親 当主じゃないです 別に家の名前は重要じゃないから!

「あの子の記憶を消してはもらえないでしょうか?」

「…本気ですか?」

「ええ、お願いします」

「わかりました…ですが一つ条件があります」


 私が精一杯の誠意を見せるためにお辞儀をすると、彼女はどこか悲しそうに了承をした。


「消した記憶を戻したくなければ、彼女には今後近づかないでください」


 その条件はとても簡単なもので、とても難しいこと。けれども…。


「ええ、わかりました」


 その程度の条件であの子がまた笑えるようになるのなら、私は他に何を望むというの?


「忘れないでくださいね?忘れると、大変なことになりますから」


 彼女はくすくすと笑っているのに、何処か哀しげだった。



□ □ □ □



 ふらりふらりとちびっ子が回る。その後ろでは大きな噴水が冷たい水を撒き散らしており、猥褻物陳列罪で訴えられそうな灰色の像。時期的に、彼の冷たい身体はさらに冷たくなってるに違いない。


「あんましはしゃいでると落ちるわよ」

「そんなことないもーん」


 ちびっ子はそう言って笑うと、噴水の縁に立って歩き始める。そういう奴ほど落ちると相場は決まっているんだ。

 盛大に水音を上げて落ちるちびっ子を尻目に、この街の名物らしい天然水を飲み干す。水の都とは誰が呼んだのやら、魔術師の名家が収めるこの街の名物は水、水、水!他に無いのか!

 とココしか知らない頃ならともかく、色々見回った今なら言える。

 この辺りはまだ魔女狩りの影響が無いのか、至って平和そのもの。


「ユメさんはしゃぎすぎですよー」


 メリーさんが濡れ鼠と化しているちびっ子に手を差し出すと、何を考えたのかちびっ子はメリーさんを噴水の中へと引きずり込んだ。そして始まる水の掛け合い。いやー、若いってすばらしいねぇ・・・。

 そういう私が抱えているのは眠り姫。日の光に当てないように寝袋に入れてるから、まるで死体でも運んでるみたいね。嗚呼、世間の皆様の目が痛い。

 水で水を洗う不毛な水の掛け合いから目を逸らして空を見上げれば、そこには殴りたくなるほど快晴の空模様。

 あの時は・・・どうだったかな。空を見上げる余裕なんて無かったからわからないか。ココから始まった私の旅は、回りまわってココに戻ってきたと…世知辛いねぇ。

 メリーさん達はきゃっきゃっうふふと飽きることもなく、水の掛け合いを続けている。うおぉぉぉぉ!私も混ぜてくれぇぇぇぇ!と立ち上がるのは愚の骨頂。私がきゃっきゃっうふふしたいのはアリスただ一人!むしろちゅっちゅっうふふしたい!

 けれどもその様子を見ていると、ささくれ立つように胸が騒ぐ。かさぶたを無理やり剥がされていく様な、胸を抉られる幻痛。


「ルカさん?」

「ん・・・?ああ、どうしたの?」


 ふと気が付くと、メリーさんが私を覗き込んでいた。ポタッポタッと彼女の髪から滴り落ちる水が、血に見える。


「ルカさん・・・大丈夫ですか?気分が悪い様なら休んだ方が・・・」

「・・・平気よ。ソレより迎えはまだなの?結構待ったと思うんだけど・・・」

「そろそろだと思うんですけどねー」


 首をかしげている奥では、同じく濡れ鼠となったちびっ子が服を絞っている。服から滴り落ちた水は地面へと落ちて、水たまりを作る。

 水溜りに映るのはまんまるなお月様。


「お待たせしました」


 突然後ろから声が掛かったので振り返る。

 そこには黒い燕尾服に身を包んだ白髪の老人がお辞儀をしていた。うむ、セバスチャンと名づけよう。

 彼の後ろには・・・何ていったっけあの車。黒くて長いの・・・セダン?モダン?


「お初にお目にかかります。私、水無月の家の執事をさせていただいているものです。どうぞ皆様こちらへ」

「わーい」


 楽しそうに入っていくちびっ子。ずぶ濡れだけど・・・良いのかな?


「ふかふかー!」

「判ったからそう騒がないの」


 ちびっ子が車の中で飛んだり跳ねたりをするたびに、高そうな車内に水が付いていく。これ以上奴を野ざらしにしておくのは非常に拙い。

 微笑ましいものでも見るようなメリーさんと顔を見合わせると、ぞろぞろと車へと乗り込む。



□ □ □ □



 水無月家。水の魔術に関する研究をしている古くからの名家で、占いで有名になったとか云々。そして、私達の最終目的地とも言える。

 正確には魔法使いに出会うのが目的なんだけど、何処を歩いているのかわからない奴なんぞ見つかるわけがない!ということで、占いで見つけよう。ついでに途中で見つかればラッキーというのがメリーさんの案。イエスメンとなった私に異論はない。

 実際のとこ、伊達に名家を名乗ってる訳じゃなくて的中率は中々らしい。そして古い家は和風建築じゃないといけないというポリシーでもあるのか、着いたのは貫禄がありそうなお屋敷だった。

 だがしかし!そんな大人な事情は私達には知ったこっちゃ無いのである。


「ではでは、しっかりお留守番してるんですよ?」

「はーい」


 通された和室でちびっ子が元気よく返事をする。ちびっ子にお留守番なんかする気が無いのはわかりきっているから、コレは社交辞令みたいなもの。

 使用人の人に連れられてメリーさんが行く。彼女はこれから占いに必要なこととかを聞かれたり、色々準備をするらしい。詳しくは聞き流したからわかんない。まぁ結果が出たら教えてくれるでしょ。

 メリーさんが遠ざかるや否や、濡れた割烹着から和服へと着替えたちびっ子はのそのそと部屋を探索し始めた。一方私は眠り姫を部屋の隅に置くと、服もそのままにもそもそと畳に転がった。


「ルカ、ルカ!この部屋川が流れてるのですよ」

「んー・・・水の名家だし、そういうギミックもあるんじゃないの?」

「むー・・・」


 興奮した様子で発見を報告してくるちびっ子に対して適当に返す。


「ルカ、ルカ!この壷に描いてある金魚動いてるのですよ!」

「ああー・・・水の名家だし、そういうギミックもあるんじゃないかね?」

「・・・むー!」


 畳の匂いの安心感。和室っていいねぇ。


「ルカ!ルカ!掛け軸の鯉が滝を昇ってるのですよ!」

「そうねー・・・水の名家だし、そういうギミックもあるんじゃない?」

「・・・」


 庭からカポンという獅子脅しの音がすると、段々眠くなってくる。平和ってすばらしい。


「・・・ルカ?」

「ん?どうかした?」

「バカー!」


 ちびっ子が叫ぶのと同時に、私の頭を蹴り上げる足。

 意識を失いかける私と最後に目を合わらたのは、ちびっ子が履いているパンツのネコさんだった。

 そういえば・・・アリスのパンツは水色ストライ・・・。

 失われていく意識の中、どたどたという足音と共にちびっ子の気配が遠ざかっていく。



□ □ □ □



『約束、忘れちゃダメですよ?』


 赤いコートを着た魔法使いは、そう言って笑った。



□ □ □ □



 気が付いたら台所に居た。目の前にはお魚さんの殺人・・・殺魚現場?と思われても言い訳出来ないほどの、血まみれ内臓まみれのまな板。はて、夢か?これは誰の視界だ?

 誰かの手にしっかりと握られている包丁から、犯人はこの視界の持ち主見て間違いないでしょう。というかたぶん…私?

 目の前の視界は映像でも見てるかの様に無感動に次の魚を掴むと、包丁を使って魚を捌いていく。あらあら嫌だ、とか言いながら捌く。

 目の前で魚を捌いているのは間違いなく自分の身体のはずなのに、そこに現実感は無く、まるで夢でも見ているかのよう。


「何でもすぐ出来ちゃって。若いってすばらしいわねぇー」

「そんなこといって、姐さんだってまだまだ現役なんでしょう?」


 そうしてハッハッハーと、お互いに笑いあう。何なんだこいつらは。

 そうしている間にもおばさんの手は目に見えない速度で野菜を刻んでいき、私も負けずに魚を開いていく。今日のメニューはお魚にお吸い物、ご飯とお漬物。名家という割にはやたら質素だな、と思う。


「そういえば、そちらの食材はどちらのですか?」


 私の声がした後にズズズっとぎこちなく視界が動くと、何故かキンキラキンの豪勢な食材が置いてある一角を見る。確かに皆で食べるには量が少ないし、誰用だろ?当主のかな?


「ああー、ソレは奥様のなのよ」

「奥様・・・?あの・・・失礼ですが、当主様はご結婚を?」

「ああー、いえいえそうじゃないのよ。奥様って言うのはお嬢様の母親の事ね。だけどココだけの話・・・」


 ズババババババと速度を落とすどころか上げて野菜を切り分け、声を潜める調理のおばさん。この人は本当に人間なのだろうか?少し疑問を覚えてきた。とはいえ、今私の身体を動かしているのは私であって、私じゃない。よってどうしようもない。別におばさんが人間離れしてても問題ないし。


「・・・はい?」


 私もおばさんに合わせて声のトーンを落とす。それでも魚を解体するペースは変わらない。おいおい、そんなに解体してどうするんだい?


「噂なんだけど・・・奥様、使い込んでるみたいなのよ」

「使い込んでる、というとお金をですか?」

「そうみたいなの・・・たんまりと」

「ほぅ・・・たんまりと」


 へぇ・・・たんまりとね、それはそれは。

 その瞬間、夢がリアルとなり、空想は現実へ突然変異を遂げた。つまり、いきなり感覚が戻った。

 私の手には包丁があり、その刃の先には魚がある。結果として、魚を解体するはずだった狂気の刃は目標を大きく逸れ、私の肉を抉る。


「あ、あんた何して・・・!と、とにかく手当てを!」

「あら・・・?」


 動揺する叔母さんとは逆に、いたって冷静そのものな声が私の口から漏れる。死んだ魚とは違う、生き物から出る鮮血が包丁から滴り落ちた。



□ □ □ □



 ジクジクと切った手が痛む。勢いで肉を剥がすところだったのだから、これも自業自得か。

 私は血のにじむ包帯をコートの裾で隠すと、台所でお魚の切れ端何かを持って池へと向かう。たまには餌付けをするのもいいでしょう。

 しかし池には私の予想に反して、先客が居た。

 割烹着を着た小さき人は、屈んで池の何を真剣に見つめているのか。

 私も負けるわけにはいかぬ!と思い立ち、切り身の入ったトレーを置いて彼女の隣に屈んでみる。一体何に負けるのか、そもそも種目は何なのか、それは判らない。

 小さき人は私が屈んだのにも気付かないほど、真剣に池を見つめている。ならばと私も真剣に見つめてみるけど、所詮池は池、水は水。生き物どころか生命の気配が全く無いそこには、ドラマもロマンもありはしない。というより、そうホイホイと日常にドラマがあったら困る。


「わわっ!」


 退屈になったので、切り身を放り込むと指を鳴らして人魚を呼ぶ。その際に、隣に居たちびっ子が驚いて池ぽちゃをしそうになったけれど、顔見知りが肉片に代わる様は見たくないので、彼女の首根っこを掴んで引き寄せておく。


「・・・」


 私がすばらしい優しさで小さき人の肉片化を食い止めたというのに、ちびっ子はぷくーと頬を膨らませて不満なご様子。


「・・・もうちょっとマシな助け方は無かったのですか?」

「贅沢言わないの」

「おーろーすーのー!」


 ふっふっふ、地に足が付いてない時に暴れても何の・・・あ、ダメ!痛いから!噛むのダメ!片手使えないの!


「ぐるるるる・・・」

「ど、どうどう・・・」


 野生化したちびっ子を何とか宥める。チラリと池のほうを見ると、手のひらサイズくらいの人魚が切れ端のトレーを物欲しそうに見つめていた。投げ込んだ切り身が蘇生して、人魚へと進化したように見えなくも無い。

 このまま焦らしプレイをしていると水が飛んできかねないので、今度は魚の頭を放り込む。頭はちゃぽんと池へと着水すると、激しく動きながらバラバラになっていった。相変わらず食欲旺盛ね。


「ねね、ルカー」

「ん・・・?何?」


 ちびっ子は興味深そうに私が放り込む魚類を眺めていたのだけど、コートの裾を引っ張って何かのアピール。しかし、ちびっ子にはどう見えるんだろう。


「ユメにもお魚欲しいのです」

「はい」

「…」

「…」


 欲しいらしいので口元へと運ぶと睨まれた。そのまま私の指ごとパクンといかれると大変困るので、素直に彼女の手へとパスする。


「・・・血の匂いがする」

「そりゃ新鮮そのものの魚だからね」


 さらりと嘘を付くのもお手の物。子供が血の匂いに敏感になっちゃいけません!

 納得したのかどうでもよかったのか、ちびっ子は狙いを定めるようにして池のほうを睨み、狙いを定めた割には随分と適当に投げ込んだ。私としては狙いを定めようにも、1匹しか見えないから定めようが無い。


「ところで、あなた見えるの?」

「むー?」


 気になったことを素直に聞いてみたら、不思議なものでも見るような目で見られた。うん・・・確かに私の質問の仕方が悪かった。でも、どうやって聞けというのか!見えてる奴と見えてない奴の説明は、非常にややこしい。世の中は自分が見える範囲しか知覚できないのだ。


「見えるって・・・何がなのですか?」

「んーと・・・人魚?何匹見える?」


 人魚…であってると思う・・・たぶん。


「んーと・・・いっぱい!」

「そうなのかー」


 いっぱい見えるのかー、ふむ。

 ぽちゃんぽちゃんと切り身を放り込むと、ぼーっとその行く末を眺める。


「でもなんでそんなことを聞くのです?」

「ん?私には一匹しか見えないから」

「むー?」

「つまりだね、ユメ君」


 納得しないちびっ子相手に何となく、教えて!ルカ先生!になって説明する。ところで人魚の単位は匹で良いんだろうか。人?魚?


「この池にはいっぱいの人魚が居るのだよ」

「うむうむ」


 ちびっ子がそう言うまでは私も半信半疑だったけど。


「そしてその人魚は素質がある人にしか見えぬのだよ」

「むー・・・?うむ・・・」

「つまりこの池には、普通の人には見えない人魚がいっぱい住んでいるでいるのだよ」

「何でなのです?」

「知らん」


 教えて!ルカ先生!打ち切りにより終了。次回作にご期待ください。結局のところ何も教えてないのだけれど、暇つぶしだからどうでもいい。

 その後はぼーっと切り身を放り込んではバラバラになる様を眺めていた。

 気付けば日も斜めになって茜空。昔は夕日にやられてたりもしたなー・・・と懐かしい感傷に浸っていたら、包丁で抉った傷口が疼いた。



□ □ □ □



 やがて夕飯が訪れ、何だか半日くらい見て無かったメリーさんの生存を確認。まぁまぁ細かいことはお食事でも取りながら、というメリーさんの意見に大手を振って賛成したとこまではよかった。

 夕飯では川から船に乗って食事がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れて来る演出にちびっ子が興奮し、その様子が私の過去と重なった辺りで意識が途切れる。



□ □ □ □



 次に気が付いたらお風呂だった。竹で出来た壁で四方を囲まれており、天井の代わりには満天の星空。露天風呂みたいね。

 おおこれはヤバイと身体を見てみると、きちんと服を脱いでいた様で安心した。そして今回は映像感覚じゃなく、実体験もついてくる様子でさらに安心した。お風呂シーンだけ見るとか、誰が得するの?


「ルカまだー?」

「はいはい待ちなさい」


 まずは周りを見渡し、落ち着いて状況を整理しようかと思ったのだけど、目の前の白いもこもこを付けた肌色が私を急かす。声と髪の色、体系なんかから判断して、たぶんちびっ子だと思う。

 何処まで洗ったのかは見当も付かないけど、泡も付いてるし別に問題ないか。

 シャワーを頭から掛けると、ちびっ子についていた泡はお湯と一緒に流れて長い長い旅に出た。

 ちびっ子は髪についた雫をぷるぷると払うので、何だか動物を洗っていた気分になる。

 さっきからやたら肌寒いと思ったら、私の身体が濡れていたのが原因だった!とか馬鹿なことを考えたら余計寒くなる。記憶喪失とかになったらこんな気分が味わえるのかねぇ?


「ごーごー!」

「よーし!お姉さん張り切っちゃうぞー!」


 ちびっ子の手を取って浴場の中へダーイブ・・・はせずにきちんとかけ湯をして入る。ごつごつした岩で作られた浴槽に透き通らず濁ったお湯は、お風呂というよりは温泉?

 トロトロと感じるお湯を掬ったりして確認していると、早くも退屈になったのかちびっ子があがって何処かに行った。コイツにのんびり落ち着くという言葉は無いのか。

 ちびっ子はすぐに桶を持って帰ってくると、私の隣めがけてざぶーんと飛び込む。


「こら!きちんと静かに入りなさい!」

「ふーんふんふーん」


 荒れ狂う波に呑まれながら注意するも何処吹く風。沈めてやろうか。

 そんな私の様子も気にせず、ちびっ子は上手に桶を浮かべると、そこからアヒルちゃんを取り出した。


「・・・」


 ぷかーっと浮かべては沈めて遊び始めるちびっ子。アヒルちゃんはぶくぶくと沈むも、荒れ狂う波にも負けない不屈の根性で浮かび上がってくる。た、楽しいの・・・?


「・・・何見てるのです?」

「い、いや何でもない」


 睨まれたので素直に目を逸らす。

 まぁ一人で遊んでくれるならそれはそれでいいか、と夜空を見上げる。忌々しい満月が光る夜空には、白い湯気が星まで届けとばかりに浮かんでいった。


「ガーガーザウルスが現れたぞー…」


 隣から奇怪な呟きが聞こえてきたけどスルーする。ちびっ子よ・・・もう少しまともな名前をつけてあげて。

 ちびっ子がちゃぷちゃぷと揺らしたり、お湯を掛けて遊んでいるのは見なかったことにして、月よ沈めと願いを込めて空を睨む。その際に、竹で出来た壁に似つかわしくない何かがあるのに気付いた。

 ソレは銀色のサラサラした髪の様なものだった。

 ソレはサイドテールの様な造形で、ひょこひょこと揺れていた。

 そしてソレがにょきっと上に動いたかと思うと、そこから見覚えのある顔が現れた。


「・・・」

「・・・」


 見詰め合う私とあなた。場所が場所なら、とてもロマンチックな光景だけど、私はお風呂場、あなたはお風呂の外・・・そこから出せる結論は?

 やがてメリーさんは半笑いの様な微妙な顔をして引っ込んでいった。


「変な顔して、どうかしたのですか?」


 ああ・・・私もたぶん同じ顔をしてるんだろうな。

 ちびっ子の声は聞かなかったことにして、ぱちんと指を鳴らす。すると湯気に霧が混ざって視界が非常に悪くなった。


「むー?」


 突然視界が悪くなったことに疑問を覚えたのか、ちびっ子がぱしゃぱしゃと水を揺らしている。

 これで危機は去った・・・かと思いきや、ぶんぶんと先ほどメリーさんの居たところから音がしてきた。

 そちらの方を見ると、元気に触手の様なものを振り回して霧を晴らそうとしているメリーさんの姿が・・・!目的のために絶えず努力を怠らない彼女の姿はどこか輝いて見える。

 ・・・どうしてあの人は普通に入ってこないんだろう。


「謎の霧が出たぞー、これがガーガーザウルスの力かー」

「・・・」


 こっちはこっちで何だか楽しそうだった。

 もう諦めてぼーっと湯船に浸かっていると、がらららっとドアが開く音がした。そして何かに気付くような気配と共に、ぱちんと指が鳴らされる。

 すると霧と湯気が、まるで意思を持ったかのように一箇所へと集まっていく。


「・・・あら、お客様ですか?」


 誰かの声がする。振り向くと、ロングの白い髪の女性が居た。彼女の後ろには、まとめた水が鎌の様な形を保って浮いている。


「お初にお目にかかりますよね?●●と申します。この家の当主をさせて頂いています」


 お辞儀をする彼女。けれども、名前の部分はじゃりとノイズが走ったように聞こえない。


『大きくなったら、私が姉さまを守ってあげますね!』


 耳にこびり付いたまま剥がれない約束。


「ねね・・・あの人、ルカに似てるー」


 ちびっ子の囁く声と一緒に、誰かの鼓動がやけに大きく聞こえてきて、まるで息の仕方を忘れたかの様に、呼吸が上手く出来ない。


「・・・ルカ?」


 どうしようもなく寒い・・・。どうして、思い通りにならないの?


「・・・あの?気分がよろしくないのでしょうか?」


 ジクジクと、胸が痛む。その痛みが激しくなっていくにつれて、視界が赤く染まっていく。濁った水には、あるはずのないお月様。

 皆居なくなるなら・・・いっそこの手で・・・。


「突然ながら失礼しますねー」


 誰かの声がしたかと思うと、抱きしめられる。まだ誰かが居るという安心感に泣きそうになり、そして意識が遠くなっていく。


「済みません当主様。どうやら体調が悪いみたいですので・・・ここから先は私が責任を持って看護します故、どうかごゆるりとー」


 誰かの声が聞こえたのを最後に、私は意識を手放した。



□ □ □ □



 ナニかの荒い息がして、とても五月蝿い。

 黙らせようと、腕に力を込める。


「・・・ル・・・さ・・・」


 私を呼ぶ声がする。

 けれど、雑音が五月蝿くてよく聞こえない。

 何か柔らかいものを掴んでいる腕に力を込めると、傷口が傷んだ。


「ルカ・・・さん・・・」


 少しだけ声が聞こえてくる。あと少し・・・あと少しで・・・。

 包帯から血が滲んでいき、私の視界も赤く滲んでいく。

 全てが赤くなっていく世界で、あの子が倒れていくのが見えた。


「っ!」


 思わず手を離すと抱きしめられる。目の前にはメリーさん。それじゃ、私が掴んでいたものって…。


「大丈夫です・・・ルカさん・・・大丈夫だから・・・」


 荒い息を吐きながら、私は再び意識を閉ざす。



□ □ □ □



「大きくなったら、私が姉さまを守ってあげますね!」

「…あなたが?」

「うん!ですから今日はこの本を読んで!」

「…ええ、いいですよ」


 それは、叶うことはなかった無邪気な約束。

 けど、どうして今頃あの時のことを思い出すの?



□ □ □ □



 目を覚ますと、眠そうなちびっ子が私を見下ろしていた。おかしい・・・なぜ見下ろされているのだ。どう考えても私の方が背が高いはずなのに・・・。もしやコレは不思議の国的な何かか!?


「おはよー…ございます」

「…おはよう」


 見つめていたら、ぽけーっとしたトーンで挨拶された。ところで、不思議の国だとどうやって戻ったんだっけ?キノコ?

 辺りを見渡してみてもキノコらしき何かは無く、掛け軸を永遠と昇る鯉に壷の金魚、そして屋敷全体を流れていく川しか見えない。もちろん私の記憶にも、キノコらしき何かは思い当たらないし、食べた記憶もない。

 ふむ・・・となると後に考えるのは・・・ドリーム?


「ユメ、ユメ」

「どうかしたのです?」

「ん・・・ちょっと顔寄せてくれる?」

「むー?」


 不思議そうにしているちびっ子の頭に手を添えると、そのまま私の顔まで降ろす。

 むにゅっとした感触と、リンゴジュースの味がほのかにした。


「…にゃー」


 手をどかすと、溶けた表情のちびっ子が私の横に倒れこんできた。そして今気付いたのだけど、単純にちびっ子が馬乗りになっているだけで、別に私の身体が縮んだわけじゃない様子。


「るかー、もっとー・・・」

「ダメ」

「むー!」


 なんか溶けたような声が聞こえてきた気がするけど、きちんと断る。私がノーと言えないのは、世界中を探してもアリスだけなのだ!たぶん。


「ところで起きれないんだけど、どいてくれない?」

「やー!」


 よろしいならばその頬、伸びて戻らなくほど伸ばしてやろう。

 うにゅーとちびっ子の頬を伸ばす。しかしその戦いは、ちびっ子の放ったアームハンマーが綺麗な軌道を描いて胸へと直撃し、私の身体を布団の上へと沈めた。


「ど、どう・・・どう・・・」

「むーむー!」


 激しく咳き込みそうになりながらも、ちびっ子の頭を撫でて宥める。


「ところで、どいてくれない?」

「やー!」


 第二回戦開始。ちびっ子のアームハンマー。効果は抜群だ。


「ど・・・ど・・・う・・・どう・・・」

「むぅむぅ!」


 拙い・・・このままだと殺人的な拳が私の胸を凹ませていって、いずれは包容力の無い、言葉に出来ない体系となってしまう。目の前にそういう体系のお手本のような存在が居るので、それは何としても避けたい。

 何か手を考えなければ・・・。


「ところでちびっ子、絵本読みたくない?」

「えほん?」

「そうそう、絵本。読んであげよっか?」

「むー…」


 鸚鵡返しに返すと、悩みどころがあるのかむーむー唸っている。何処に悩む要素があるのやら。


「読むのです」

「よし、それじゃ行こうか」


 コートを着ると手をつないで部屋から出る。ところで、何で私は和服を着てるんだろ?着替えたっけ?

 板張りの廊下をとたとた歩く。綺麗に整地されている庭の方を見れば、今日も変わらず青い空が見えた。


「何処に行くのです?」

「んー?行ってからのお楽しみ」


 ちびっ子の疑問は適当にはぐらかす。私も実際に行ったことはないから、よく知らない。

 おぼろげな記憶を頼りにあっちを曲がり、こっちを曲がりとしていると、書庫の様な古びた所に着いた。閂のあるドアには南京錠と・・・結界かな?

 幸いにも使用人の皆さんは何処にも見えない。


「にゃぅ!?」

「うりうりー」

「はーなーすーのー!」


 ちびっ子の身体を片手で抱きしめて目隠しをすると、もう片方の手でナイフを抜く。

 さくっと南京錠を斬ると、ドアの隙間にナイフを当てる。そのまま縁をなぞる様にして動かすと、薄いガラスが割れる様な高い音が小さくした。これでよし。

 暴れるちびっ子を離して閂を外すと、ドアを開ける。


「おおー?」


 埃っぽく、薄暗い中には大量の本棚、そしてソレに詰まっているこれでもかというほどの本。全部読むにはどれだけの時間が掛かるのかねぇ。

 一人が通るのがやっとな道は、本嫌いの人が歩いたら発狂しそうね。


「よしちびっ子、あなたは向こうを探しなさい。私はこっちを見るから」

「はーい」


 元気な声と共に指し示した場所に突撃していくちびっ子。いやぁ、子供は元気だねぇ。

 探索はちびっ子に任せて、私はのんびりと探す振りをして時間を潰す。訳のわからない背表紙を眺めていると、なんだか不思議な国に迷い込んだ気分。和菓子100戦ってどういう本・・・?


「ん・・・?」


 そんな本の郡で一つ『水無月家』と書かれただけの本を見つけた。興味が出たので手にとってみる。

 年代物なのか、少し力を入れると破れそうなソレを開くと、読みづらい文字を拾っていく。

 何でもこの家は遠い昔、鬼を生贄に捧げて力を得たとか云々。…単に呪われたんじゃないの?

 へぇ・・・ほぉ・・・と興味のない魔術書を読む様にぺらぺら捲っていくと、家系図らしきものを見つけた。その家系図には現当主の名前がきちんと書いてある。どれどれ姉妹は・・・黒く塗りつぶされてるか…まぁ、当然か。

 でもこの家系図、何処かおかしい?

 何で親と子が結ばれてるみたいな線が伸びて、そこからまた子供が出来てるんだろ?書き方間違えたのかな?

 伸びる線を辿ると立場は・・・父親?

 嫌な予感がしてページを捲ると、当主は原則として男でなければならないとか、素質のある方が家を継ぐとか・・・まぁ血筋を重視しそうなとこは大体載っけてそうなことが書いてある。

 問題は・・・男子が生まれなかった場合の対処法。

 姉妹の内、素質のあるほうを仮の当主とし、無い方を苗床とする。そして、苗床に近親者の子を宿すことによって、血筋を濃くする…?

 ・・・どういうこと?そうなると・・・この家系図はつまり・・・?

 遠い昔の何処か影を感じさせる笑顔が脳裏に見えた。

 それじゃ・・・あの子は・・・?

 ガタっと音がしたので慌てて振り向くと、ちびっ子が数冊の本を手に立っていた。一番上の表紙は人魚姫。内容は・・・なんだっけ。


「ルカ?どうかしたのです?」

「ん・・・ええ、何でもないわよ。本は見つかったの?」

「うん!」


 不思議そうに私を見つめるちびっ子に笑顔で答える。


「それじゃ、部屋に戻りましょうか」



 本はコートの中に潜ませると、部屋へと戻る道を歩き始めた。


「あ・・・」


 その過程で、あの子と出会った。昔と違って影の無い、穏やかな顔をしている。


「またお会いしましたね」

「おねーさんこんばんわー」

「はい、ユメ様こんばんわ」


 ちびっ子が和やかに会話をする中、私の身体は鉛の様に動かなくなる。

 落ち着け・・・不審に思われる・・・大丈夫・・・呼吸は出来るんだから・・・。


「ルカ・・・?」

「あの・・・お体の方はよろしいのですか・・・?」


 ほら、問われてる。笑顔を絶やすな。応えろ!


「済みません・・・少し気分が悪いので、お水を貰いに行ってもよろしいでしょうか?」

「それは構わないのですが・・・あの、付き添いましょうか?」

「いえ・・・一人で平気です。代わりと言っては何ですが、この子を部屋まで連れて行ってはもらえませんか?」

「・・・ですが」


 彼女は困惑した様子でユメのほうを見る。私もそちらに目を向けると、心配そうな顔で私を見ていた。


「・・・」

「ユメ・・・お願い・・・」

「・・・うん」


 渋々といった様子でユメの承諾を得ると、彼女の手を離す。知らず知らず、ちびっ子の手を強く握り締めていた様でその手は少し赤くなっていた。


「それでは、お願いします」


 最後に一礼をすると、返事も聞かずに歩き始める。気を抜いた途端に吐き気がしてきたけれど、何とか堪えて歩き続ける。

 身体はまだ動く、失ったものは戻らない、だから…諦めろ。

 それしか、私には出来ない。



□ □ □ □



「台所はそちらではございませんよ」


 ぶらぶらと当ても無く歩いていたら、後ろから声をかけられた。老人の様なしわがれた声は、数年くらいじゃ変わらないのね。


「知ってる。というより、この家では客の後ろから声をかけるのが礼儀なの?」

「これはこれは失礼しました」


 ふぉっふぉっふぉっ。と私の後ろで笑い声がする。笑うだけで視界に入る気が無い辺りも、変わらない。

 仕方が無いので振り返ると、燕尾服を来た初老の老人が礼をしていた。名前は…セバスチャンだっけ?


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「何のことでしょうか?」

「これはまた、お戯れを」


 何の意味も効果もないけど、とりあえずとぼけておく。それに…。


「そんなことより、コレのことなんだけど…」


 水無月家と書かれた本を見せると、セバスチャンの微笑が消えて無表情となった。


「…知ってるみたいね。それじゃ、何が書かれているのかも?」

「はい、存じ上げております」

「へぇ…それじゃ最後に」


 言いながら片手でナイフを抜く。


「あの子の身に何が起きてたかも、知ってるの?」

「…存じ上げております」


 そのままナイフを彼の首筋に押し付けると、抵抗もせずに受け入れた。静かに目を閉じて、穏やかな表情をしている姿は、このまま私に殺されてもいいという様にも見える。

 …気に食わない。


「最期の質問。あなたは何かしようとした?」

「…当時、私は旦那様に仕える身でありました」

「そう…じゃあ、お別れね」


 くすりと笑うと、ナイフを鞘に収めて歩き始める。


「殺さないのですか?」

「老いぼれ一人殺すほど、私は暇じゃないわよ。死ぬまであの子に仕えなさい」

「…かしこまりました」


 後ろでお辞儀をする気配がする。

 それに、補助する人がいきなりいなくなった、では話にならない。あの子にはきちんと独り立ちしてもらわないと困るの。


「ああ、そうだ」


 大事なことを忘れてた。コレを聞くために彼を誘ったんだった。


「この本に書かれてる事、知ってるのはあなたと私とあの女…他には?」

「旦那様が亡くなった今、知っておられるのは奥様と私だけです」

「あの子は?」

「…私には判りかねます」

「そう…」


 それまで聞くと、もうセバスチャンに用は無いので黙って歩き続ける。庭では獅子脅しがカポン、とのんきな音を上げていた。



□ □ □ □



 部屋に入ると父さまと姉さまが居ました。

 動かない父さまの胸には1本のナイフが刺さっており、ごぽごぽと赤い液体があふれていいます。


「姉…さま」


 姉さまはとても空虚な目をして、父さまだったものの傍に立ち尽くしており、彼女の手は赤いもので真っ赤。

 何が起きたのか、ソレを私には知ることは出来ませんでした。ですが…この状況を他の人に見られると、姉さまにとってとてもよくないことが起こる事だけはわかります。

 なので私はとっさの判断でナイフを抜き取ると、赤い液体を浴びながら姉さまの首筋へと押し当てました。


「どうして?」


 姉さまは空虚な目を私へと向けてきます。


「どうして…私を殺そうとするですか?」


 狙うのは本で読んだところ…すぐに手当てをすれば命に別状はないところ。


「あなたは、私を守ってくれるんじゃなかったんですか?」


 返事をしようとしても、私の体はまるで石にでもなったかの様に動きません。

 

「やっぱり…あなたも私の味方じゃなかったんですか!?ルカ!」


 私は何かを言おうとしますが、姉さまのその叫びが聞こえたのでしょう、誰かがこの部屋のドアをノックする音がします。


「…ごめんなさい」


 ですから私はそう呟くと、ナイフを一気に引き抜きます。

 倒れていく姉さまの返り血を浴びている私を見て、誰かが悲鳴を上げる声がします。

 ごめんなさい…他に、何も思いつかなかったんです。




□ □ □ □




 ちびっ子は疲れたのか、あどけない表情で眠っている。すぅすぅと寝息を立てている彼女の頭を撫でると、コートを着込んで静かに部屋から出る。

 メリーさんとあの子は、今夜も何処にいるかもわからない魔法使いを探しているんでしょう。苦労するねぇ。

 念のために足音を立てない様に廊下を歩くと、2つ隣の部屋に入る。

 そこには私達が寝泊りしている部屋とほとんど同じの、双子のような部屋があった。部屋数がいくつあるのか知らないけど、たぶん数えたら双子じゃ済まないわね。

 馬鹿な事を考えながら、部屋の中を流れている川へと近づく。

 さらさらと流れている馴染みのソレは、質も量も完璧といっていい。本当、この家の水は使いやすい。

 片手でナイフを握りながら、コートの裾をめくると包帯を露出させる。不器用に巻かれているソレを二度三度撫でると、ナイフを当てて切り裂く。

 ぽた、ぽた、と赤い血が腕を伝って川に落ちた。


『遠き日の思い出をこの手に』


 呪文を唱えながら指を鳴らすと、濃い霧が辺りを包んでいく。足元からは少しずつ水が増えていき、いずれは川となって私を飲み込むんでしょう。

 そうなる前に部屋から出ると、歩き始める。上を見上げれば、真ん丸なお月様が2つ。どちらが本物で、どちらが偽者なのか。それとも、どちらも偽者?

 その幻想的な光景に魅せれていると、腕からの鋭い痛みが現実であるということを教えてくれた。今は現なのか夢なのか…思わず笑いがこぼれる。

 体か動くことに感謝しながら、足を進める。霧のせいか、世界は無音でまるで私しかいないかのよう。そう思っていたら、どこからかちゃぽん、ちゃぽんと何かが跳ねる音がしてくる。

 生き物の気配はしないのに、何かの跳ねる音だけは止まらない。

 もしも世界が五感で感じる所にしかないのだと言うのなら、今私の世界はとても狭くなっているのでしょうね。

 曲がり角を曲がり、突然の霧に戸惑って立ち止まっている使用人の傍を通り過ぎていくと、目的の部屋についた。障子越しからじゃ、部屋の明かりは見えない。

 トントンと4回ノックをするとしばらく待つ。もしも反応が無かったら…。

 けれどもそんな心配は無用だったようで、何かのたまいながら障子が開けられた。

 彼女の姿が見えるのと同時に、胸を強く押す。そいつは突然の事態に反応できずに畳に叩き付けられた。話が出来ないと困るので、水と霧は部屋の前に漂わせておく。


「こんばんわ、お久しぶりですね。覚えていらっしゃいますか?」

「あなたは…?」


 けれども目を白黒させるばかりで、要領を得ない。手を妬かせる人ですね。


「酷いですね、実の娘の顔をお忘れになられたのですか?私ですよ、父様を殺して、姉さまを殺しかけて、あなたに捨てられた、ルカですよ」

「っ…」


 思い出して頂けたのか、母様は口をパクパクさせて応えてくれます。溺れそうな金魚みたい。


「…な…なんであなたが生きて」


 その様子があまりにもおかしくて笑っていたら、驚きから開放された様で何事かのたまい始めました。このまま五月蝿く騒がれると面倒ですね…。ですが、聞かれたことはきちんと答えてあげるのが、せめてもの親孝行と呼べるものでしょう。


「私もあのまま野垂れ死ぬかと思ったんですけどね、奇怪な人に拾われましてごらんの有様です。 驚きですか?念のために殺し屋まで雇ったんですから、それも仕方の無いことですか」

「っ…」


 そんなに驚いて…知らないとでも思ったのでしょうか?まぁ、そんなことはどうでも…。


「そちらの質問に答えたのですから、こちらの質問にも答えてもらえませんか?コレに載っている事なんですけど」


 答えは聞かずに、部屋へと入ると件の本を見せます。母様ったら三度目の驚き。けれど困りました。どんな反応でも三度続くと飽きてしまいます。


「聞きたいのは一つです。あなたはコレを知って、何かをしようとしましたか?」

「そ、それはもちろん止めさせようと…」


 母様のその姿は、とりあえず私の機嫌を取ろうとしているのが見え見えでしたが、今は置いておきましょう。無知が罪なら、無力も罪。知ってて何もしなかったのも…もちろん。


「そうですか。ところで小耳に挟んだんですけれど、我が家の財産…随分と使い込んでいるみたいですね?ほら、こんなに」


 部屋の中をちょっと見渡しただけでも、豪華そうな化粧棚に宝石類、衣装など選り取り見取り。一人で一体いくら使ったんでしょう。


「わ…」

「はい?」


 私が部屋を見渡している間に立ち直ったのか、母様は生まれたての小鹿のように立ち上がりながら何かを言っております。


「私の財産だもの!あなたには何の関係も無いでしょう!」

「…そうですね」

「そもそもいけしゃあしゃあと帰ってきて何のよう!言っておきますけど、家の…」

「少し、五月蝿いですよ」


 ヒステリックに叫ぶ母様を、水を操って黙らせます。突然体が動かなくなった事に驚いたのか、また口をパクパク…しようとしてプチっと何かが切れる音がしました。


「あ、気をつけてくださいね。無理に動くと切れますから」


 せっかく私が助言してあげたというのに、こいつと来たら無理に動いて色々な所をブチブチと切っていきます。叫び声もあげずに、苦悶の顔を私に見せつける姿はなんとも無残ですね。


「それにですね、母様?」


 このままだと何もしないで死んでしまいそうなので、魔法を解いて母様を自由にします。また、聞こえていないと意味が無いので、傍へと屈むと耳元に口を寄せます。


「今はあなたの財産ではなく、当主である姉様の財産ですよ?」


 勝手に使ってはダメでしょう?

 私が幼子に教えるようにゆっくりと話してあげてるというのに、当の本人は荒い息を吐いているだけで、聞いている素振りを見せません。


「…もういいです」


 この家に嫁いで来たというから、どんな人なのか少し気になってはいましたが、そんな興味も失われました。

 立ち上がると、障子に手を掛けました。


「言い忘れていましたが、この霧だと何にも聞こえないんです。ですから、存分に叫んでいただいて結構ですよ」


 静かに霧が部屋の中へと進入し、水の流れが母様を飲み込んでいきます。ぱしゃんという水の音も、それに伴って部屋の中へと入っていきました。


「それでは、もう二度と会うことは無いでしょうか、最期の夜をお楽しみください」


 笑いながら手を振ると、赤く染まっていく水に手を振った。逝くときは一人ではないのですし、母様も寂しくは無いでしょう。



□ □ □ □



 部屋から出ると、最期まで見ずに池へと向かう。庭を歩くと、砂利が足に突き刺さった。

 ふらふらと池までたどり着くと、手に持っていた本を投げ込み一息つく。

 本は途中まで沈んでいたが、ばしゃばしゃとばらばらになっていくと、その姿を消した。

 コレで…この事実を知っているのは…。

 気を抜いた途端に激しい嘔吐感が昇ってきて、池の中へと吐き出す。記憶の無い、未消化のナニカが水の中へと落ちていった。

 耳鳴りと頭痛がする中、空を見上げる。そこには2つの月が、私の行いを笑っているかのように輝いていた。



□ □ □ □



 目を覚ますと見慣れた天井が目に入った。何年も続けられた、代わり映えの無い光景。

 部屋の外では誰かがドタドタと走る音がしていて、なにやら騒がしい。

 体を起こそうと床に手を付くと、鈍い痛みが走った。目を向けてみると、真新しい包帯が私の手に巻きつけてある。

 ぼーっとその包帯を見つめていると、ちびっ子やメリーさんの事を思い出したので辺りを見渡す。

 部屋には私以外に誰も居ない。それはもう、眠り姫の姿すらない。

 も、もしかして…?


「…」


 嫌な予感がしたので念入りに見渡すけれども、せいぜい壷の金魚と目が合ったくらいで収穫は無かった。魚類と目が合っても何もうれしくないわよ…。

 やばい置いてかれた…と頭を抱えていたら、枕元にメモが置いてあるのが見えた。

 もしや!と藁にも縋る思いで手に取ってみると、書いてあるのは見慣れた字。

 ふんふん、ふむふむ、と読み進めていると、酷く疲れている様子だったら先に行っているとの事。そういえば、占いはどうなったんだろ…?結局何も聞かされてない。

 まぁ、動いたって事は何かしら収穫があったんでしょう、と楽観視をして早速身支度を始める。身支度とはいっても、着ていた着物からいつもの服装に着替えてコートを羽織るだけの簡単なものなのですぐ終わる。

 障子を開けると、太陽の光が眩しい…。今は何時なんじゃろな。


「おはようございます。面倒ごとに巻き込まれる恐れがありますので、お帰りは裏門からどうぞ」


 とたとたと思うように進まない足を動かしていると、後ろから声がした。


「そう、ありがと」


 振り返らずに答えると、彼の言うとおり裏門へと方向を変えた。


「いえ、またのお帰りをお待ちしております」


 裏門ではセバスチャンの言ったとおりか、当主一人を除いて誰も居なかった。図ったな!爺!と叫びたいけれど、本人が居ないからどうしようもない。


「お帰りですか?」

「ええ、そっちは大丈夫?何か騒がしいけど」

「はい…母様が居なくなった様で…」

「へぇ…?あなたは探さなくてもいいの?」

「はい、きっと…探しても見つからないと思いますから」

「それはそれは、大変ね」


 中身の無い会話を切り上げると、彼女の傍を通り過ぎる。


「あの…」

「…何?」


 門に手を掛けた所で話しかけられたので、振り向かずに答える。


「つかぬ事をお聞きしますが、どこかで…お会いしたことありませんか?」

「っ…!」


 世界が止まったのかと思った。


『約束を忘れないでくださいね?』


 乱れそうになる呼吸を整えると、彼女へと向き直る。


「生憎だけど、私がここに来たのは今回が初めてなの。だから、どこかで会った事なんてないわよ」

「そうですか…あの、せめてお名前だけでも…」

「私はしがない旅人よ。名前なんて無いわ。それに…今後会う事もないでしょうし」


 最期に言い捨てると、未練を振り切るために震える手で門を開ける。

 身体はまだ動く、失ったものは戻らない、だから…諦めろ。

 一歩、また一歩としっかり踏みしめて、家から出て行く。


『私はあなたと共にはいけないけれど』


 門を潜って振り向くと、哀しそうな目をした彼女がまだ立っていた。


『願わくば、あなたの今後に幸せがあることを』


 ぎぃぃぃ、と門が閉まっていく。


「さようなら、姉様」


 完全に門が閉まった門につぶやくと、私の頬を何かが伝っていくのが感じられた。

今月中に終わらせたいと願っていますが、たぶん無理


本編は残すところあと2話!

プロローグとエピローグがありますから後4話!

いつ終わるんだよ!と嘆いていた近作も後4話で完結ですぞ!


読者的には短い4話ですが、作者的にはかなり辛い4話です

ごゆるりとお待ちください


ではでは、少しでも楽しんでいただけたら幸いです

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