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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第二章
9/32

1.

 

「あの、殿下」

 言って、アヤカーナは手に広げた本を閉じ、ドュランを見つめた。

 ドュランは机に座り、ダズンと二人、書類に夢中だ。




 アヤカーナが、タンギューの護衛解任に涙がとまらない、と伝えてから直ぐ、タンギューが護衛に戻され。勉強や図書室から持ち出した本の分からないところは、ドュランに教わるよう指示があった。

 しかし、ドュランには執務があり、なかなか時間の都合が予測出来ない。従って、ドュランの傍で控えているよう沙汰があり、それ以来アヤカーナは、ドュランの執務室に本を片手に日参していた。

 初めの日、アザレアが、自分も同室させろ、とドュランに詰め寄ったが、侍女や女官は用があればこちらから呼び出す、と一蹴され門前払いを見舞った。

 アザレアはドュランの前では憤懣遣る方無いふうを装っていたが、アヤカーナにはしたり顔で、殿下に甘えるように、と耳打し素直に去って行った。


 アヤカーナは、大好きなドュランの傍で過ごせるのが嬉しく、机に向かうドュランの、精悍で気品に満ちた横顔を、見ているだけで幸せだった。

 ドュランの机の前に据えられたソファで本を読み、ドュランの時間が空くのを待つ。ドュランの邪魔をしないよう心がけ、何かと気遣ってくれるダズンやタンギューに笑いかけていたら、ふと、ドュランの様子が、おかしいことに気が付いた。


 タンギューやダズンと話していると、必ずドュランの視線を感じる。何か?と笑いかけると視線を逸らされる。本を読んでいると首の辺りがちくちくし、顔を上げるとドュランが顔を背ける。何日もそれの繰り返しだった。

 不安がつのり、隅で控えているタンギューの傍へ行き、そっとそれを囁いたら、タンギューから答えを貰う前に、ドュランに腕を摑まれソファへと運ばれた。

 ふわりと身体が浮き、気付いたらドュランの膝に抱えられている。驚く間もなく、アヤカーナの唇へドュランの濡れたそれが降って来た。


「キスの時にすることは?」

 唇の上で囁かれ、アヤカーナは思い出したように瞼を閉じる。


 長いキスが続き、少しだけ唇が離れる。ドュランの唇が頬から耳へと肌を掠めるように伝っていく。

「タンギューとダズンに声を掛ける前に、俺に一言断ること」

「…っん」

「…返事は?」

 言葉の間に何度も濃厚な口付けが降ってくる。

「…っ は、はい」

「それに男には、自ら触れない。腕に手を添えることも手を握ることも駄目だ」

「はい」

 ドュランはにこりと微笑い、いい娘だ、と軽く音を立ててアヤカーナへ口付ける。我に返ると、アヤカーナはソファに身体を沈めるように座っていた、ドュランは何事もなかったように、机に着きペンを走らせている。ダズンもタンギューもいつもと変わらない様子に見えた。ただ部屋の空気は軽くなったように感じた。

 それ以来アヤカーナは何事もドュランへ声を掛ける。




 殿下、と愛らしい声で呼ばれ、何だ、とドュランが顔を上げる。仕事を中断され、嫌がっている様子はない。アヤカーナはほっとして続ける。いつ切り出そうか迷っていたのだ。迷っていたら、もう迎えがくる時刻になっている。

「明日は陛下の思し召しにより、アザレア達と近衛隊の稽古の視察に参りますので、お(いとま)を頂きます。

 兵隊さんの視察なんて、私初めてなので、とてもドキドキしています。」

 恥ずかしそうに笑っているアヤカーナに、ドュランは言葉が返せない。視察なんぞ知らなかった。

 それも騎士たちの視察…、意味が分からない。

 近衛隊は上流貴族の御曹司の集まりであり、令嬢方の憧れでもある。なぜ、わざわざそいつらに、アヤカーナを見せなくてはならないんだ。

 ドュランの目が据わっていく。

「おい、タンギュー…」

 名を呼ばれタンギューは寄り掛かっていた背を起し、起立した。

「近衛隊からは何も申し出を受けていないが。」

「私も存じ上げませんでした」

 タンギューの言葉を受け、ダズンへ目をやる。ダズンも首を横に振っている。

 この二人が俺を謀ることは有り得ない。

 ということは ― あのクソジジイ共め! ドュランの頭に父親とリキュウの顔が浮かぶ。一体何をしたいんだ!?

 聴いていない!と抗議を申し出てもリキュウのことだ、報告したとか何とか言って、俺側の責任にするはずだ。何か来ていないかと、机の引き出しを順に開けていく。何もないな、と最後の引き出しが閉じられる瞬間、ドュランの目にクリーム色の封筒が映った。

 これはフォンティーヌが置いていった封筒だ。目を通してここへ放り込んでいたのか。

 それの中身は裏社交界(ドミモンド)の仮面舞踏会への案内状だった。彼女にはあの時、出席しないと断った。ドュランは封筒を開け日付を確認する。今晩だ―。


 ドミモンド、それは社交界に入れない人間達が集う場である。と言っても、本物の貴族達が多く出入りしている。そして、そこに参加している女性陣は、高級娼婦とも呼ばれているが、全てが娼婦だと云う訳ではない。冒険心の強い貴族の女性達もこっそりと出入りし、顔のばれない仮面舞踏会で、羽目を外して遊んでいる。ドミモンドは格式ばらない格好の娯楽だ。

 ドュランにとっても仮面舞踏会は身分を隠せる、最高の遊興の場で、翌日まで遊ぶというのは茶飯だった。だが、それも半年ほど前までの話。


 確かにドュランはドミモンドで酒や女遊びを教わり、一旦はそれに浸った。だが、もうすでに厭きていた。

 今では、いつまでもそれに留まり、浸っていられる諸侯に、ある意味畏敬の念を抱いている。また、彼らに苦笑を向ける自分がいることも事実だ。


 顔を出さなくなり久しい、それなのに、未だに父とリキュウにドミモンドへの出入りを注意される。

 成年へと変わる己の心境を無視し、小言を繰り返してくる父とリキュウへ対する反抗心が、ふつふつと頭を擡げてくる。


 ドュランの瞳がキラリと光る。

 仮面舞踏会へは、フォンティーヌに誘われ、何度か一緒に通ったこともある。もちろん彼女と連れ立っていた時は、彼女を護るためだった。

 確か、アヤカーナはブンチョウへ行きたい、と申していたな。


 ドュランの顔に口端を上げた皮肉っぽい笑みが広がる。頭の中で、今晩の手筈を組み立てる。慣れたもので、直ぐに組み立て完了である。

 ドュランはにっこりと微笑い、アヤカーナに応える。

「明日は私も忙しい。アザレア達と近衛隊の勇姿を堪能しておいで。

 そうだな、今日中に、近衛について、少し私が教えてあげよう」

 アヤカーナはドュランに微笑みを向けられ頬を染める。ありがとうございます、と真っ赤になって応えた。


 ドュランの頭の中は、ワガセヒロ帝と宰相リキュウへの意趣返しで一杯だった。


 ダズンとタンギューは、アザレアの高笑いしている姿が、目に見えるようだと思っていた。近衛隊の視察など考え付くのはアザレアくらいだろう。ドュランの独占欲を刺激したつもりか…

 甲高い笑い声まで聴こえて来そうだ、と二人同時に片手で耳を塞いでいた。

 

 

 



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