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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第一章
6/32

5.

 

 アヤカーナは夢現(ゆめうつつ)を漂っていた。

 

 重い…何かがのっかっている。

 体を動かそうとしても動けない。でも不思議と心地よい温かさと重さだ。

 

 とろりと瞼を上げ、視線を上へ向けると、目の前に整った顔があった。

 驚きで目が覚める。しかし、ドュランの綺麗な顔に見惚れ、身体の力が抜けていく。


 長い睫毛に栗色の髪が掛かっている。髪を除けてあげようと無意識に手を額へと伸ばす、その拍子に自分の体にドュランの腕が絡みついている事に気付いた。みるみるうちに顔が真っ赤になり、髪に触れる前に手を引っこめる。


 首を(めぐ)らせ、ここが自分の寝台でないことを確認する。次に、ここに居る理由(わけ)を思案する。

 思い出せるのは、昨晩、庭で殿下に会ったこと。そしてケセンに帰りたいと泣いて、殿下に優しく抱きしめられたこと…。…その後の記憶が全くない。

 考えると、火照った顔から血の気が引いていく。

 もしかして私、国へ帰りたい、だなんて、ケセン王女として一番言っちゃいけないことを殿下の前で……。

 起きなくては、と思う。でも、抱き込まれていて身体がびくともしない。

 ドュランを起こさぬよう、そろりと腕を外そうとする。途端、ますますぎゅっと力を込めて抱きしめられた。

「…ぁの、でん…その…」

 ドュランを起こして良いものか、どうしたらよいのか迷っていると、目の前の身体から小刻みな振動が伝わってくる。彼が起きていて、笑いを堪えているのに気付く。


 戸惑っているアヤカーナの耳元でドュランは囁く。

「顔を上げて、おはようの挨拶だ」

 抱擁が緩み、言われるままにアヤカーナは顔を上げる。アヤカーナの唇に熱い唇が重なり、ピクリと身体が強張る。ついばむようなキスをいくつも重ねられ、下唇を軽く噛まれる。それは、アヤカーナの体の奥に何かが灯るような、気持ちのよいものだった。

「キスは目を閉じるものだが」

 ドュランの苦笑混じりの言葉にアヤカーナは慌てて、はい、と目を閉じた。


 次のキスを待っているのに一向に唇は落ちてこない。瞼を薄く開けようとした途端、またドュランの胸の中へ抱きこまれた。

 

 ドュランの胸に抱かれたまま、アヤカーナは恐る恐る声を掛ける。

「殿下、昨晩はつい思ってもいないことを申しました」

「ん?」

「申し訳ありません。

 その上、殿下の寝台 ― 」

「思ってもいないこととは、俺を愛しているってやつか?」

 アヤカーナは、ドュランが遮るように発した言葉に慌てる。

「そっ、それは本当です!!」

 早口で告げたあと、首をかしげる。

 あれ、愛してる…? 私、そんな会話、した記憶がない…。

「では、パーレスに居たいんだろ」

 ドュランにさらりと言われ、アヤカーナは目を丸くする。ドュランの優しさに思い当たり、はい、と逞しい胸に顔を埋めた。


「何か、望みは思いついたか」

 ドュランの言葉で、昨晩言われたことを、おぼろげに思い出す。

 確か、ないとお応えしたはずだけど…。それでも何かないかと考え、はたと思いつく。

「あの、ではブンチョウに参りたいです」

 ドュランの息を呑む音が聞こえた。同時に腕の拘束も緩む。アヤカーナはドュランの瞳を見つめふわりと微笑む。

「殿下に閨房学の御教授を賜りたいのです。

 殿下はブンチョウにて閨房術なるものを、お勉強なさったと伺いました。是非私も。」


「誰の進言か問うてもよいか」

 ドュランの声音が低い。

「アザレア様とタンギュー様です」

「臣下に敬称はつけるな」

「…はい」

 アヤカーナの瞳から愛らしい笑みが消えていく。


 またか、とドュランは思った。アヤカーナを労わろうと思うのに、どうも調子がつかめない。ドュランは諦めたように長い息を吐く。


 ブンチョウとは首都サウザンタワー随一の歓楽街の名称だ。どうせ「閨房」「ブンチョー」の意味も教えずにアヤカーナに色々と吹き込んでいるのだろう、あいつらは。


 ドュランは口元を上げにやりと笑うと、アヤカーナを抱いたまま身体を反転させた。そしてアヤカーナの身体に覆いかぶさり、不安そうにこちらを見つめるアヤカーナの耳元で囁く。

「先ずは目を閉じる」

「え?」

「閨房学の稽古だ」

 はい、とアヤカーナは必死で目を閉じた。


 先程とは違うキスが繰り返される。アヤカーナの唇をなぞっていたドュランの舌先が、歯列を舐めた。驚いてアヤカーナは奥歯を噛締める。

「口を開けて」

 ドュランの命令だろうが、何が起こるのか怖くて従えない、アヤカーナは口を閉じたまま首を横に振る。

 

 ドュランは、ふっ、と微笑うと唇に触れるだけの口付けを落とす。

 柔らかくて優しい感触にほっとし、アヤカーナは力を抜く。

 閨房学とは、キスのことなのか、などと考える余裕さえも出てきた。しかし、なぜか暑いと思った。気温が暑いのか、身体が熱いのか分からない。そうこう考えている間も、ドュランの濡れた舌がアヤカーナの唇を何度も刺激している。

 

 徐々に息が上がり、閉じていた口が開く。途端、空気と一緒にドュランの熱い舌が口腔へ忍び込んでくる。ドュランの舌に翻弄され、アヤカーナはいつの間にか、すすり泣くような声を漏らしていた。


 心臓が激しく鼓動している。アヤカーナはただただ圧倒されていた。このまま唇を離したくないとまで思え、ドュランへ身を縋るよう寄せる。ドュランは一瞬強くアヤカーナを抱き締め、頬から白い喉元へ温かい指を滑らした。


 ドュランの指が白い喉から胸のふくらみへと伝っていく。先には薄い夜着に隠れた胸がつんと立っていた。

「殿下、嫌で…」

 抗議の声を上げようとするが、角度を変えた口付けに唇を塞がれ、最後まで話せない。薄い衣に覆われた片方の胸を手の平で包み込まれた時、アヤカーナはあまりの衝撃に息さえ出来なかった。

 

 胸元のリボンが解かれ、肩があらわになる。夜着が除けられ、二つのふくらみに冷たい空気を感じた。

 アヤカーナは悲鳴を上げようと、大きく息を吸う。その時、扉をたたく鋭い音と共に、女の甲高い声が響いた。

「お目覚めですか!」


 ドュランはアヤカーナの上で溜息をつく。夜着を元に戻しアヤカーナへシーツをかけてやると、隣にごろりと寝そべった。何がお目覚めだ、などとぶつぶつ零している。


 また鋭いノックが響く。二人が入り口へと顔を向けたとき、突然、扉が開いた。


「お目覚めですか、アヤカーナ様」

 飛び込んできたのは、アザレアだった。

 赤いドレスを纏い、口角を上げて微笑んでいるアザレアが、アヤカーナには救いの女神に見えた。


 ドュランは悪魔が踏み込んできたと思った。






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