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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第一章
3/32

2.

 

「王女は、毎晩庭に出て何をしているんだ。」

 ドュランは思い出したように呟く。自室の長椅子に横になって手にした絵画を眺めていた。

 ダズンは側の椅子に座って書類に目を通している。午後の執務を終えての憩い時だった。


 パーレス帝国皇太子の居宮は宮殿の東側奥にあり、東宮(とうぐう)と呼ばれていた。もちろん皇太子の家族が暮らすのもこの東宮になる。また皇太子妃となるアヤカーナに与えられている部屋はこの東宮の下階にあり、婚姻が成れば、上階の皇太子妃の部屋に移ることとなる。

 その東宮上階のドュランの居室からは、小ぶりな皇太子妃の庭がよく見渡せる。それは、何代か前の皇太子妃が、愛する皇太子へ激務の慰めにと造った庭で、皇太子の目に入るように配置されていた。


 その庭の(あずまや)に、アヤカーナ王女が薄着で座り込んでいるのを、ドュランはここ毎夜目にしていた。

 本人は一人で庭に出ているつもりだろうが、庭の隅には近衛の影が確認できた。

 月の光が、夜着を透かして少女の体の線を晒しているのを、本人は気付いているのだろうか。俺には関係無いと打ち消してみるも、気に掛かる。

 ドュランは、彼女の行動に拘泥(こうでい)する己が苛立たしく思った。


「息抜きか、憂さ晴らしだろ。」

 ダズンの存外な回答を、ドュランは問い返す。

「憂さ晴らし?」

「可哀そうに。侍女のレディ・アザレア達に、かなり遊ばれているご様子だぞ。」

 ドュランは目を丸くした。

 アザレアとはあのタイハク候のアザレアか。パーレス貴族が侍女に就いているのか。

「どうして、馴染みの侍女を連れて来ていないのだ。」

「………。」

 ダズンは書類をトンと揃えて置くと、慣れた様子で懇切丁寧にドュランに話す。

「他国からのパーレス皇家への輿入れは“他国の使用人、物の持ち入れ一切禁止”が慣例だ。

 しかしながら、皇帝陛下のご恩情で大概は許可されている。」

 ドュランは(うなづ)いて先を促す。

「この度のケセン王国の輿入れに関しては、ご婚儀相手の皇太子殿下が持ち込み否のご決済を下し、皇帝陛下まで上がらなかった。

 結果、慣例が行使され、国境にてアヤカーナ王女が持参した金品調度、付き添ってきた人士はすべて送り返された。 ― 以上」

 ドュランは目を見開いた。

 覚えがある。せめてもの反抗の印として、己の婚儀に関する書類はすべて‘否’としたのだ。

 両耳が熱くなるのを感じ、絵を持つ手に力が入る。

 ダズンの咎めるような視線が突き刺さり、思わず手にしていた絵画をダズンの前へ突き出していた。

「じ、実物とこの姿絵が全く違うってのは、パーレス帝国に対するケセン王国の故意としか思えんだろ」


 ダズンは肩を落とした。ドュランが手にしている毎年交換していたケセン側の絵姿が、本人とは似ても似つかない姿だと判明したのは、先日アヤカーナ姫ご入宮の折だ。

 (くだん)の書類決済は大分前の仕業になる。つじつまが合っていない。

 

「アヤカーナ王女の絵姿は、皇太子殿下好みの女性に沿わせて描いていたそうだ」

「は?この、赤毛に色黒、そのうえ斑点(はんてん)付き、がか」

 ドュランが声を荒げた。

 確かに、ドュランの指差す姿絵に描かれた少女は、赤毛で蜂蜜色の肌、つぶれた鼻の上には雀斑(そばかす)が散らばっている。お世辞にも美しいとは言い難い。ケセンから贈られてくる絵姿は、代々この容姿が成長した物だった。

 これのお蔭で、パーレス宮廷は赤毛の色黒少女が嫁いで来るものと思っていた。

 ところが、宮殿に現れた王女は、金色の髪をした、しみひとつない乳白色の肌を持つ美少女だった。

 皇族を始め、その場に居合わせた誰しもが驚くほどの、可憐な少女は、皇帝達が待つ玉座へと優雅に歩んできた。金色にゆれる髪は、差し込む光の加減よって薄紅色を呈し、真直ぐに見上げた大きな瞳はグレイ、そしてこぼれる笑みの少女に膝をつかれ、ドュランはあの時どうして良いのか分からなかった。


「何でも、姫君の従兄弟(ぎみ)のご進言による、ということだ。」

 息を吐くと、ダズンは笑う。

「随分と間違った情報を進言したものだな。」

 ドュランはダズンをねめつける。

「偽証で国際問題になるとは思わなかったのか」

「ケセン王妃が、嫁いで仕舞えばこっちのもの。と笑っていたそうだ」

 冗談じゃない、と口の中で呟いてドュランはタンギューを睨んだ。ケセンの所業は納得いかない。しかし、それ以上解せないのは他の処にある。


 最近は閣議も欠かさず参加している。報告書・書類もきちんと目を通して決済し、真面目に皇太子業をこなしている。なのに、こうも色々と俺が知らないことをダズンは知っているのだ。それも俺の許婚であるアヤカーナのことを、だ。彼女に関する権限は皇太子にあるはず、…越権しているのは誰だ。


 握ったままだった姿絵を下に置き、ダズンの目を見据える。

「近衛隊長タンギューがアヤカーナの護衛に就いたのは、誰の命令だ」

 おや、と思った。いつもは盆暗な幼なじみの真摯さに胸が沸く。だが、ダズンは無表情を装う。

「リキュウ宰相閣下だ」

 侍女の件もリキュウが…。ドュランの眉間が狭まる。

「タンギューを外せ」

「…換わりに誰をつける」

「いらん」

 ダズンは肩が落ちるのを我慢できなかった。…短慮な。やはり盆暗は盆暗なままか。

 ドュランが片手をあげる。

「今宵は誰もいらぬ。護衛には俺が就く。」

 ドュランは微笑(わら)っていた。

「ダズン心配するな。庭で王女と月を眺める。」



****************************************



「お目覚めですか」

 女官の静かな声が聞こえ、やっと起きれる、とアヤカーナは思った。皇太子妃は呼び掛けが無いうちは起床してはいけない、と初日に教わった。

 それ以降、毎朝声が掛かるのを、布団の中でじっと待っているのだ。お陰で、綺麗な乳白石の天井に広がる、草や花が複雑に絡み合った彫刻の細部まで(そら)で描けるかもしれない。

 アヤカーナはゆっくりと寝台に身を起こし、脚を降ろす。

 顔を上げると、いつもの女官が桶と水差しを手に持ち、(こうべ)を垂れていた。

 おはようと笑顔を向けると女官も薄く微笑(わら)って返す。これはアヤカーナと女官のちょっとた習慣だ。

 初めのうち、彼女達と懇親になりたくて、天井の四隅に彫りこまれた鳥や花を指さし、あれこれ尋ねたりした。しかし、皆つらそうに首を振るばかりだった。

 もしかして、と思った。話すのが駄目ならば、と一つ一つ感謝の笑顔を向けていたら、誰もが小さな笑顔を返してくれるようになった。


 此処パーレス帝国の宮廷は全てにおいて格式張っており、何より皇族のしきたりが厳守されている。皇族と使用人のけじめも然りだった。

 アヤカーナは何となくだが、侍女が貴族でなければならないという意味を理解していた。パーレスでは貴人が召使や下官から助言を受けるわけにはいかない、いや彼らには助言が出来ないのだ。それが高位になる程、複雑なしきたりを正しく指南出来るのは自ずと高位の人間になるのだ。

 パーレスを理解していくと、アヤカーナは他国者の自分に就いてくれている三人の侍女への感謝が深くなる。

 あのご令嬢たちの言動はすべて私のためを思ってのことなのだ…、と呪文の様に言い聞かせ、心の中で感謝する。



 女官達に幇助され、洗面、身支度、食事と時間通り決まった工程を終える。次は、侍女たちとの時間が待っている。






ドュランとアヤカーナの庭場面まで

行けなかった。行きたかったのにo(TヘTo)



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