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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
28/32

11.

 

 執務室の扉が、何の前触れもなく開け放たれ、ダズンは振り返る。すると、ドュランがわざと足音をたてながら、横を通り過ぎ、これまた大きな音をたてて椅子へと腰を下ろした。

 ダズンは、眉を寄せてその様子を追い、肩を落とす。

「アヤカーナ様は、まだお目覚めにならないのか」

 朝から続くガンシュとの協議の合間を縫って、アヤカーナの様子を見に行くドュランの機嫌が一向に戻らないことを、ダズンは彼女の不調に結びつける。

 昼の長休憩だったので、少しは機嫌が良くなるかと期待したが、どうやら甘かったようだ。

 やはり、フォンティーヌのあの行為は鬼畜だ。昨日の今日では、仕方あるまいと諦める。

 ダズンは親友に同情の眼差しを向け、胸の前で十字を切りアヤカーナの無事を神に感謝する。

「アヤは大丈夫だ。先程目覚め、開口一番、俺にフイイのことを訊いてきた。

 ‘フイイが自分を助けに来てくれた。彼は大丈夫か’だとさっ」

「ふはぁ?」

 ドュランの子供のように(むく)れた顔に、ダズンはすっとんきょうな声をあげた。

「ド、ドューおま…え…」

 ダズンはわなわなと震え、奥歯を噛みしめる。

 このバカが!平常時であれば、微笑ましい皇子の嫉妬心で済むが、今はガンシュとの重大な局面を迎えている。こんな時こそ、皇太子としての雅量をみせろ、と心の中で叫ぶ。

 友の気持ちも知らずにドュランは、まだぶつぶつと粗野な小言を(こぼ)しながら、溜まった書類に手を付けようとしていた。

 ダズンは、静かにやれ、と声を上げかけるが、妙な違和感を覚え止めた。

 そういえば、条約に対する協議がスムーズに運び過ぎている。協議初日ということもあってか、ガンシュは難題を吹っ掛けてくる(どころ)か、パーレス側の要求をすんなりと受け入れ、ガンシュ王女の輿入れ拒否にさえ、マリユス王子は異議ひとつ唱えない。

 むしろ彼は、醒めた様子で席に着き、ガンシュ側の人間の発言を観察していた。

 何故だ?マリユス王子は、アヤカーナを奪いに来たのではないのか。

 ダズンにとって、そんな彼の従順な様子は、肩透かしを(くら)った気分だった。マリユス王子を過大評価していたのだろうか。それとも単に和平が目的だったのか。

 一方ドュランはドュランで、幼稚な嫉妬の矛先をマリユス王子ではなく、フイイに向けている。一体この余裕は何なんだ。

 ふとドュランの上に、いつも飄々と責務をこなす宰相リキュウの姿が、重なって見えた。

 彼を見つめるダズンの目が、徐々に据わっていく。

「ドュー、本当の事を言えよ。私に教えていないことがあるな。

 リキュウ宰相閣下から何を聴いている。それとも提示されたのか」

 ドュランは目を丸くし、次の瞬間には頬を緩めていた。

「おぉ、流石我が片腕。気が付いたか」

 ダズンは、ドュランのにやけた笑顔にうんざりして、何かを祓うように頭を横に振る。

「さっさと教えろ!」

 

「知っての通り、陛下とリキュウの考えは、俺達と同じだった。

 おかげでアヤカーナを白萩の間へ移せたし、私腹を肥やしていたイズミク公爵を失脚に追い込めた。

 色々と骨折ってくれたお前には、とても感謝している」

 ドュランの真摯な言葉にダズンは胸に手を当て、悠然と(こうべ)を垂れながら思う。

 私は私のオマージュを、すべてお前に捧げていることを忘れてくれるなよ。

 ドュランは頷いて先を続ける。

「その陛下の真意をリキュウへ訊ねに行った時、回答を得る条件として、質問が出された。

 ―この不可侵条約締結で、一番得をするのは何処か― 

 俺はケセンだと答えた。ケセンが上手く立ち回れば、ガンシュとパーレスの両方から、良い条件を引き出せると思ったからだ。

 リキュウからは及第点だと言われ、陛下の真意を教えて貰い、そしてケセン側の親書を見せられた。」



 ドュランは瞳を閉じ、あの時の情景を思い浮かべる。

 リキュウから『恐れ多くも陛下のご意向は、殿下がお考えになっている通りです』というお墨付きを貰い、早々に退散しようと腰を浮かせかけた時だった。

「殿下、なぜ及第点なのか、理由をお聴きになりませんのか。」

 鋭い声にドュランはその場へと留められた。

 声音に反し、にこりと微笑(わら)っている老獪は、右手に持った書状をひらひらと振り、ドュランへ差し出して来る。

 胡散臭げに覗いたその書状は、ケセン国王夫妻がパーレス帝国皇帝夫妻へ宛てた親書だった。

 驚いて顔を上げると、リキュウが片眼を瞑ってくる。呆れて書状を放り出したくなるのを堪え、書面に集中する。


 次第に真顔になっていくドュランの様子を、リキュウは静かに見守っていた。


「このこと、マリユス王子は知っているのか」

 ドュランは読み終えた親書を、丁寧にリキュウへ返す。

()()ご存知無いでしょうな。

 それより殿下、何故及第点だったのか、お解かり頂けましたか」

 どうやら古狐は、親書の内容について話し合うつもりはないらしい。

 ドュランは溜息を落とし、素直に教師(リキュウ)へ回答する。

「ああ、俺はケセン側の真意を探るのを怠った」

「ご名答です。では、次回は高得点を期待しておりますぞ。」

 もう終了とばかり、リキュウは立ち上がり優雅に礼をする。

 ドュランは複雑な心境を抱え、静々と退席するしか他なかった。




「で、その親書の内容とは?」

 ダズンからの問いにドュランはゆっくりと語りだす。

「先ず、ガンシュ王女の輿入れの噂を聴いたケセン国側の公式回答は『ケセン王女とパーレス皇族の婚姻が履行されること望む。但し、相手はパーレス帝国皇太子に限らず』


 その理由が皇帝皇后両陛下宛に、私信として(したた)めてあった。

 ケセン国第一王女アヤカーナは、20年前に亡くなったマリユス王子の生母ユルシュールに、容姿から性格までそっくりなのだそうだ。

 ケセン王妃は、姉ユルシュールの死について全てを見ている。当時、ガンシュ王の姉に対する執着は凄まじく、見苦しいほどだったと述べていた。そして、姉は幸せではなかった、と。

 そこでケセン国王夫妻は、成長するほど姉に似てくるアヤカーナの容姿を、ガンシュ王にだけは知られまいと、必死に隠していたそうだ。此方(パーレス)に送っていた、本人に似ても似つかない姿絵の件も、かなり詫びていたな。

 もし、ガンシュ王がアヤカーナに興味を持ちでもしたら、ケセン国は突っぱねられない。パーレス皇太子の許婚という枷が外れたアヤカーナを、ケセンは護れないと、自国の弱さを嘆いていた。

 ただ、ケセン国王はひとつの希望を抱いていたそうだ、ガンシュ王が母親に似ているマリユス王子を受け入れず、歯牙にも掛けなかったら、王は既にユルシュールを疎んじている。自分達の思いは杞憂に終わると。

 しかし、王はマリユスを受け入れ、認めた。これはまだ王に、ユルシュールへの想いが残っていると思い、愕然としたそうだ。

 だから、彼女をガンシュのマリユス王子の許へ嫁がせることは、一番考えられないらしい。アヤカーナがマリユスへ嫁ぎ、ガンシュ王の目に留まることは、ユルシュール以上の悲劇を生みかねない。自分達の愛するマリユスとアヤカーナの二人を不幸には出来ない。

 最後に、自分達は一国の君主として不適格かもしれないが、親として(アヤカーナ)息子(マリユス)の幸せを願う気持ちを述べさせて頂いたと結んであった。」


 沈黙が二人を包む。ダズンは頭脳を働かせ、今の話しを理解しようとしていた。

 ケセン王は娘を護る為、ガンシュ王が手出し出来ない、パーレス帝国の皇族への輿入れを切に希望するということか。

 それに間違いなく、マリユス王子はケセン国王の想いを知っている。アヤカーナをガンシュへ連れて行く危険を知ったのだ。だからあんなに従順なのか ― 。しかし…

「…もし、もしもだが、ドュー。

 マリユス王子が、ガンシュの王太子位を拒んだらどうなる。

 我々の推測通り、彼がケセン王女を得る為に、ガンシュの王太子を望んだとしたのなら、王太子に立つ意味がなくなる。彼が陣頭指揮を執っている不可侵条約は、どうなると思う。

 確か立太子式はまだ済んでいないぞ」

「マリユス王子は、アヤの為にも、自ら王太子を放り出す事はないと言っていた。

 王子曰く、ガンシュの王太子が後ろ盾にいるということは、彼女の箔にこそなれ、損にはならない。その上、高慢なパーレス貴族に対する牽制にもなるらしい。

 俺はあいつに、アヤのことは心置きなく忘れてくれと言っておいたがな」

 ダズンから驚きの声が漏れる。

「マリユス王子自身から聴いたのか」

「ああ、昨日、馬車の中で聴いた。

 それと、自分の従者(セス)の死を、アヤにだけは知らせないでくれと頼まれたよ

 彼は彼女の侍女ナギーの一人息子で、二人は生れた時から遊び相手だったそうだ。今の段階でセスの死は、彼女には耐えられないからと。

 そういえば、彼はなぜ彼女があんなに深窓に育てられていたのか、真相が分ったとも言っていたな。」

「深窓?」

「ケセン王宮はよく言えば自由な気質、悪く言えば田舎者で節度が足りないらしい。

 つまり、あまり身分の上下がなく、王侯貴族達は召使達や庶民と普通に交流し。市井は庭みたいなものなのだそうだ。

 なのにアヤカーナだけは、未来のパーレス皇太子妃として、王宮から滅多に外出できず、絶えず誰かが張り付いて、着替えひとつ自分ではさせて貰えなかった。マリユス王子は彼女が不憫で、パーレスの所為だと怨んでいたそうだ。」

「未来の皇太子妃を言い訳に、王女を人目に触れさせなかったのか」

 ドュランとダズンは各々に、たった一人の男の所業に、振り回され続けている人間達の運命に思いを馳せる。

 いつの世も泣くのは力の弱い方という事か―。

  

 その時、重い空気を払拭するかのように、扉の向こう側からタンギューの来訪が告げられる。

 ドュランの入れ、という言葉の後、タンギューが頭を掻きながら、室内へ進み出た。

「おいドュー。アザレアからだ。

 “アヤカーナ様が、マリユス王子に会いたいと申しておられました。

  ご注意申し上げたところ、急に人払いを命じらております。

  お部屋から、抜け出すおつもりかもしれませんわよ” だと。

 一応あの通路の出口には、警備兵を配置して来たが、どうする。」

 ダズンは、唖然とする。

 懲りていらっしゃらないのか、あのお姫様は…。

「もしかして、ドューの部屋の秘密の通路もご存知なのか?」

 扉へと向かっていたドュランは、ドアノブに手を掛けダズンに答える。

「いや… 多分、扉を探すだろうな。

 いいか緘口令だ。“マリユス王子の従者は死んでいない(・・・)!”

 それと午後の協議、俺は体調不良で欠席だ」

 そう言い残し、ドュランはアヤカーナの許へと急いだ。

 

 

 

 

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