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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
26/32

9.

 

 グールメールが緩慢にアヤカーナの胸元から顔を上げ、にやりと(ゆる)んだ顔をフイイへ向けた。気を失っているアヤカーナを後に、口の周りに付いた血を舐め回しながら、近寄って来る。

 フイイはアヤカーナの胸を確認し、安堵のため息を吐く。噛み切られていない…。

 直ぐに頭を切り替え、グールメールへ鋭い視線を向け威嚇する。

 何としても、コンブが殿下と隊長を連れてくるまでの(あいだ)、時間稼ぎをしなくては。


 コンブフェールと二人、フォンティーヌを追ってここまで来たのは良いが、彼女の言う通り、我々は皇族である公爵令嬢(プリンセス)フォンティーヌへ(やいば)を向けることは適わない。ケセン王女などパーレス皇族の比ではなく、本来なら自分は、フォンティーヌの護りに就かなくてはならないのだ。せめて隊長が居てくれたら良かったのだが…。

 とにかく、小屋の周りの私兵は始末して来た。アヤカーナさえ盾に取られなければ、こんな男どうにでもなる。フイイは、フォンティーヌから取り上げた短剣を、気付かれないよう袖口に忍び込ませ機会を狙う。

「フイイ、何を考えているのかしら」

 フォンティーヌは、フイイの首筋へ当てていた剣を引き、一条の筋を付ける。その筋から赤い粒が滲み出すのを眺めて、綺麗だ、と笑う。

 フイイは思わず顎を上げ、彼女を睨んだ。その瞬間、グールメールに背後から腕を捩り上げられてしまった。

 フイイの口から舌打ちがもれる。

 フォンティーヌは剣を手に、喉の奥で笑いながらアヤカーナの許へと歩む、そしておもむろにフイイを振り返ると、剣先を横たわるアヤカーナへ据える。

「いい考えが浮かんだわ。

 王女と騎士の密通、なんてのも粋よねぇ」

 にっこりと微笑(わら)ってフイイに命令する。

「服を脱ぎなさい、フイイ。もちろん全部よ。

 さあ、早くしないとアーヤを刺すわよ」

 この女は…っ。

 フイイは憤激にかられ、我を失いそうになるのを、アヤカーナの腫れあがった顔を見て抑える。

「グールメール、手を離して、彼が服を脱ぐのを手伝いなさい」

 フイイは短く息を吸って、先ずブーツに手を掛ける。下から手を付けたのは、マントをとって置くためだった。マントは隠れ蓑になる。味方がもうそろそろ到着する頃だ。

 男が汚れた手を差し出してくるのを払い除け、外の気配に耳を凝らす。― まだか。

 次にゆっくりと腰の紐をゆるめ、ショースを脱ぐ。フイイの耳に微かな足音が聴こえた。来た!応援だ!!部屋唯一の汚れた窓に外に、合図の指が見える。

 フイイは、マントを外すふりをして右手に短剣を掴み、待つ。

 3・2・1・ (かし)いでいた戸が外からの一撃で倒れ、味方が突入する。その轟音を合図に、フイイは短剣をグールメールの左胸へ突き刺した。大男がレンガの塊のようにくずおれるのを確認して、アヤカーナを振り返る。


 




 フイイが素直にブーツへ手を掛けるのを、フォンティーヌはじっと見つめていた。もちろん意識は、足下で気を失っているアヤカーナから離れることはない。このまま剣を突き刺すとしたら、眼が良いかしら。それとも、グールメールの歯型の傷がついている左胸が良いかしら…。でも、その前に陵辱してあげるわね。

 フイイがショースを脱いだ。

 次のことを考えてフォンティーヌはワクワクする。ああ楽しい。

 そんな時だった、戸が破られた轟音とともに部屋の中に埃が立ち込め、誰かが突入してくる。驚いたフォンティーヌは、思わず戸口へ剣を向けた。そのほんの一瞬だった。構えた右手に強烈な痺れが走り、手からは剣が消え、気が付けばドュランに喉を掴まれて、身体ごと壁に押し付けられていた。

 あまりの苦さに、喉を締め付ける手に思い切り爪を立てる。

「ド、ドュー…、は、離し…て…くっ、苦し…」

 ドュランは鬼の形相で、フォンティーヌの首に当てた右手に力を込める。このままへし折ってやろうと両手を添えた途端、後ろから羽交い絞めにあい、無理やり標的から引き離される。

「ドュー止めろ。落ち着け。

 王女がお怪我を負っていらっしゃる」

 タンギューの声にはっとして、彼から身を振りほどき、床に倒れているアヤカーナの許へ駆け寄る。傍に付いていたフイイが、すっと移動してドュランへ場所を譲る。

 愛しい少女は顔が腫れあがり、口と頭から出血していた。頭の周りには引っこ抜かれた金色の髪が散らばっている。

 口元に顔を寄せ、息をしていることに安堵する。他は大丈夫かと、掛けられたマントを捲り左胸の出血に驚愕する。噛まれたのか…。深い歯型から血が流れていた。アヤカーナの身体を、自分のマントで(くる)み直し、胸に抱え込む。

「フイイ、誰がやった」

 フイイは、ドュランが発した、地の底を這う様な声音にひるみ、姿勢を正した。

「そ、そこに転がっている男です。すでに死んでいます」

 必死に報告するフイイに、タンギューが割り込んでくる。

「フイイ、お前なぜ下に何も身につけていない。

 まさか、お前……」

 喉から空気音を発し、フイイは首を振ってドュランへ否定する。

「ひっ…殿下、天地神明に誓い、決してそのようなことはございません!」

 タンギューが、そのようなこととは何だ、と追い打ちを掛けている。

 周りの騎士達からも、怪しいぞ、などと野次があがり、笑いを誘う。

 ドュランの気が少し落ち着いた時だった、目の端を人影が横切る。

「タンギュー、マリユス王子を止めろ!!」


 タンギューは身を翻し、フォンティーヌに向けられた剣を咄嗟に受け止めた。一撃、二撃、三撃と火花が飛び散るような攻撃を渾身の力で受け止め。(やいば)(やいば)を重ね合わせた力比べが始まる。

「マリユス王子、引かれよ。

 もし彼女を斬ったら、彼女(おんな)の思う壺です。

 あれは罪人でもパーレス皇族です。お国とケセンへの影響をお考え下さい」

 タンギューは目の前の興奮した秀麗な王子へ、にやりと不敵な笑みを向ける。


 マリユスは思った。確かに、フォンティーヌはマリユスが斬りかかった時、笑いながら身体をこちらへ向けて来た。彼は剣の力を抜き一歩退く。女の浅知恵に反吐が出そうだった。

 気勢を削がれ、剣を脇へ下ろしたマリユスへ、フォンティーヌが噛み付く。

「マリユス、私を殺すつもりなら、さっさと殺しなさい」

 フォンティーヌは自分を背に庇い、護ってくれている騎士達さえも、邪魔とばかりに押しのけ、前へ出る。

「私はセスを刺して、あなたのアーヤまでも犯して殺そうとしたのよ。

 あなたの愛が得られないなら、憎悪でも構わない。

 あなたの手で私を殺して!」

 マリユスは、赤い髪を振り乱し目を吊り上げた醜い女を、冷たい視線で一瞥して、剣を鞘へと納める。 そして、くるりと彼女に背を向け、アヤカーナを探して首を回らす。

 フォンティーヌは顎を引きワナワナと震えだす。赦せなかった、全てが赦せなかった。

「何故よ、何故なの?

 どうしてケセンの田舎女は全てを手にして、高貴なる私はこんなに虐げられるの?

 どうして天はアヤカーナへ、私が欲しいものをお与えになって、私には何も下さらないの」

 最後はフォンティーヌの心からの叫びだった。


 ドュランは、従妹のまるで狂女のような声に瞑目(めいもく)し、何かを決したように目を開いた。

「済まぬ、マリユス王子。暫しの間アヤカーナを頼む」

 その場に居た全員が、ドュランの言葉に驚いた。

 ドュランはゆっくりとマリユスへ歩み寄り、胸に抱いたアヤカーナを預ける。

 マリユスはドュランからアヤカーナを受け取り、そのあまりのむごたらしい姿に愕然とし、少女を胸へかき抱いた。



 ドュランは、我を失い床にへたり込んでいる従妹の前に立つと、いきなり手を振り上げた。

 部屋に、痛そうな音が響き、皆一様に身を縮ませる。

 フォンティーヌは呆気にとられた顔を上げ、直様左頬に手を添えドュランを睨み返した。

「フォン、一度しか訊かない。よく考えて答えろ」

 彼女は、交戦的な表情(かお)を崩さない。

「お前は、絵の中の男に恋が出来るか」

 フォンティーヌは眉を寄せ(いぶか)る。意味が分からない。

「俺はアヤカーナの姿絵を見て、放り投げた」

 ああ、そういう意味かと納得して、口を開く。

「ドューは見栄えだけは宜しいし、何よりパーレス帝国の皇太子ですもの。

 普通の女だったら、絵だろうが恋焦がれるわ」

 吐き捨てるように言って、おお痛い、とわざとらしく頬を撫でた。

 ドュランは片膝を付き、フォンティーヌの目線で先を続ける。

「おい、所詮、絵の中の男だぞ。

 現実には、お前も惚れた夢のように美しくて優しいマリユス王子が隣に居るのにか?

 しかも、先日アヤカーナが大切にしている、俺の姿絵を初めて見たんだが…。

 非常に、不細工だった。

 目が吊り上がり、鼻を膨らませた男がこちら側を睨んでいた。

 あれでは大嫌いと言われても、文句は言えない」

 フォンティーヌは何も答えなかった。いや、答えられなかった。


「彼女は国の為、家族の為、必死に自分の心に蓋をして、使命としてパーレス皇太子を愛そうと努力し続けたのだろうな。

 15歳で独りきり、それも他国への輿入れなど、お前だったら耐えられるか?

 俺は彼女に櫛一枚、ケセンから持ってくることを禁じたんだぞ。

 それに対して、彼女は一切文句も言わず、アザレアやお前達の(いじ)めにさえ耐えていた。どうだ?」

 

 フォンティーヌは、ドュランの問い掛けに答えることはなく、そっぽを向いて、黙ったままだった。

 ドュランは溜息を落とし、立ち上がった。

 そして、フォンティーヌを見下ろす。

「地位に名誉、強力な後ろ盾、それに豪華なドレスや宝石、

 俺にはお前の方が、女が夢見る全てを、生まれながら手にしているように見えるがな。

 これ以上まだ何かを望むのだったら、己に課せられた責任をきっちりと果たしてからほざけ」

 フォンティーヌは反抗的な瞳をドュランへと向ける。その燃えるような緑色の瞳は、そういうお前はどうなのか、と訴えていた。

「俺は、愛する女に心の底から惚れられるような男になるよう努力する。

 重い責任を担い、臣下や国民に(かしず)かれるに相応しい皇帝を目指す。

 必ず、天は努力に見合った褒美を与えてくれるはずだ。」

 そう言って、ドュランはくすりと笑い付け足す。

「俺はガンシュのマリユス王太子に負けないような男になる。

 だからお前も、愚かな矜持など捨てて、アヤカーナに負けない女を目指してみろ」

 フォンティーヌはドュランの言葉に頷くことは無かったが、首を横に振ることも無かった。


「タンギュー、フォンティーヌを拘束して宮殿へ連れて行け。」

 タンギューが頭を下げ、騎士達に指示を与える。

 騎士達が迅速に動き、フォンティーヌを連れ出してゆくのを、ドュランは静かに見守っていた。


「ふーん、盆暗皇子だと思っていたが、これは随分とまた」

 ドュランの背後から、アヤカーナを抱いたマリユスが、聴こえるように独りごちる。

 ドュランは振り返り、灰色の瞳を真正面に見る。

「王子、アヤを返して頂こう」

 差し出された手を掠めるように、マリユスはアヤカーナの身体を横へ向ける。

「アーヤは私の腕の中の方が安心する、私が運ぶ」

 ドュランはマリユスが右へ進めば右へ、左へ動けば左へと動き、彼の前を塞いでアヤカーナを奪おうと手を出す。マリユスは負けじとアヤカーナの顔を胸にしっかりと抱え込む。

「マリユス王子、アヤは物じゃないのだぞ、早く宮殿で治療しなければ」

「君が邪魔している。

 そこをお退き下さいませ。皇太子殿下」

 みるみる不機嫌な表情(かお)になって行くドュランを見て、マリユスは遣り過ぎたと感じ、口調を変える。 

「聴いているのだろう、リキュウ宰相閣下から。

 君達の婚約履行に関するケセン側、いやケセン国王夫妻の回答を」

 目を細め、無言のまま動かないドュランの様子が、肯定を示していた。

「だったら、宮殿まで私にアーヤを運ばせてくれ。

 私はそこ迄で手を引く、約束する。頼む。」

 愛する少女と同じ灰色の瞳に真摯に迫られ、ドュランは仕方ない、と肩を落とした。

「但し、俺と一緒の馬車に乗ってもらうぞ」

 

 

 

 


1/22 AM8:25

やっちゃいました。まだ更新するつもりなかったのですが、間違って更新していました…。公開したまま、今から読み直します。既読の方、もしかしたら、どこか文章変わっているかも。お許し下さいm(_ _;)m

ゴメンネ+.((人д`o)(o´д人))゜+.ゴメンネ


1/22AM9:30

このままの文章で参ります。

殆んど、手を加えておりません。

次回からは間違えないよう心致します。ヽ(*・д・)ノシ+:。*。:+'+:。*

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