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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
23/32

6.

 

 翌日、アヤカーナは困憊(こんぱい)し、昼過ぎまで起き上がれなかった。

 しかし、身体の所々にある痛みと倦怠感に嫌悪感はなく、むしろ、好きな人と一つになれた証だと誇らしかった。

 初めて知った感覚と感情に、まだ身体の芯が(うず)いているような錯覚がある。痛かったのは最初だけで、その後に待っていたドュランの手ほどきによる快感は、痛みや彼女の性に対する恐怖心全てを凌駕してくれた。

 辛うじて保っていた意識の狭間に聴こえてきた、彼の甘い囁きが今も耳の奥に残りアヤカーナを幸福感で満たし、微笑が止まらない。


「お目覚めですか」

 アザレアの声に、アヤカーナは少しばかり気落ちする。こんな時は、会話を交わさないで済む女官の誰かに起して欲しかった。

 起きようと下を向けば、何も身に着けていない。羞恥のあまり耳まで真っ赤に染め、アヤカーナはおずおずと謝る。

「言いつけを守らないで、ごめんなさい。」

 熱を出した後、アザレアと女官長から、婚儀が済むまでは貞操を(やぶ)らないよう口をすっぱくして言われていたのだ。

 身体をゆっくりと起しながら、アヤカーナは上目遣いに恐る恐るアザレアを見る。

「まあ、白萩の間のお方が何をおっしゃいます。」

 そう言って高笑いをしているアザレアを前に、意味は分からなかったが、アヤカーナは一緒に笑っておいたほうが得策と思い、無理に口の端を上げた。


 

 

「あの、殿下は…」

 昼食が済み、アヤカーナは一番気になっていたことをやっと口に出す。

「朝議ですわ」

「アヤカーナ様を十分休ませよ、と(おっしゃ)って出て行かれたのですよ。」

「颯爽として、素敵でしたわ」

「それに、殿下のご尊顔が、其れは其れは艶やかに輝いておりました。

 お見せしてあげたかったわぁ」

 うっとりと話すアザレアの科白に、ケイトもハンスイも同意して、顔の前で両手を合わせ、夢見るように顔を上気させる。

 侍女達の会話にアヤカーナは、愛想笑いを浮かべるしかなかった。アザレア達がご機嫌なうちに訊いておきたいことがある。 でも…、彼女はちらりと後方に目を遣る。

 室の隅には、普段だったら扉の外に待機しているタンギューが居る。昨晩不審者が出たとかで、念のためだという。殿方の前で口に出して良いものか悩む。

 駄目だ、やっぱり言い出せない…。でも訊きたい。

 あ、そういえば。

 不意に以前アザレアが、図書室でタンギューに閨房学の教授をさせようとしたことを思い出す。

 恥ずかしいけれど、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

「アザレア、お訊ねしたいのですが…」

 はい、とアザレアは満面の笑みを向けてくる。

 その晴れやかな笑みに勇気付けられ、アヤカーナは深呼吸をして意を決する。

「これから寝所で私は、殿下にされたことをお返しすればよいのですよね?」

 女官長とアザレアから教わっていたことを確認する。

「その通りですわ」

 アザレアに、にこりと肯定され安堵する。ケイトもハンスイも笑顔で頷いている。

 よし!と心の中で叫び、少し声を小さくして本題を切り出す。

「殿下のあそこも口に含んでよいのですか」





「アザレアの嘘吐き」

 アヤカーナは寝室に閉じこもり枕に顔を埋めていた。閨房術を学ばなければ、他の女性に殿下を盗られるとか、パーレス淑女の嗜みだとかいろいろ助言していたくせに。閨房術をちゃんと実践しようと思い質問しただけで、まだ早過ぎる、と一喝されてしまった。それに殿方の前ではしたない、とまで言われた。

 その上、こともあろうか、突如タンギューがお腹を抱えて笑い出したのだ。我慢出来ない、とか言って。

 そこでアザレアとタンギューの口の応酬が始まり、アヤカーナは、顔を熟れた林檎のように染め、寝室へと逃げ込んでいた。とても恥ずかしかった。


 しばらく枕に顔を埋め、このまま少し眠ろうと思った時だった。

 見間違いだろうか、壁が動いたように見えた。目を瞬かせ確認する。錯覚ではない、壁の一部が奥へと静かに開かれている。可笑しなもので不可思議な現象に驚くことはなく、逆に興味津々で眼を凝らす。隣にはタンギュー達が控えており少しも怖くはなかった。

「誰」

 相手を驚かせないよう、静かに訊ねる。果たして、壁の奥からひょっこり、クリクリ頭が現れる。

「セス!」

 そう呼ばれた少年はシッと人差し指を唇に当て、開いた隙間をすり抜けアヤカーナに近づいてくる。

「アーヤ、迎えに来たんだ。何度面会を申し込んでも受け入れてもらえず、僕もマリユス様も心配していたよ。

 せめて、少しの時間だけでも一緒に来てくれる?」

 片目を瞑った愛くるしいセスの表情に、緊張していた顔が綻ぶ。

 セスに合わせひそひそ声で話す。

「駄目よ。

 ちゃんと手順を踏まなくては、ここはケセンではないのだから」

「言っているだろう。いくら正式に面会を申し込んでも無駄だって。

 マリユス様が悲しいお顔をなさっている。アーヤに会いたいんだよ」

 マリユスの従者に縋るように言われ、アヤカーナの脳裏には、昨夜夢で見た彼の淋しげな顔が浮かんでいた。だが、一つ疑問が浮かぶ。

「セスはどうしてあの壁の扉を知っていたの?」

「パーレスの皇族様がマリユス様を不憫がって、僕にこの通路を教えてくれたんだ。

 皇族たちにとってこの通路は、秘密でも何でもないってね。

 大丈夫だよ。マリユス様に会ったら直ぐにここへ戻ってこよう。」

 アヤカーナは行きたくなかった。頭の中で、行ってはいけないと何かが訴えていた。

 考え込み、なかなか首を縦に振らないアヤカーナに、セスは痺れを切らす。

「昨晩だってマリユス様はアーヤに会おうとして、近衛兵たちに囲まれたんだ。

 このままじゃ、いつか斬られてしまうよ。もし殺されでもしたらアーヤの所為(せい)だ。」

 はっとしてアヤカーナは顔を上げる。もしかして、昨晩の不審者とは…。

「いいわ、行く。

 でも、従兄様(にいさま)のお顔を見たら直ぐに戻ってくるわよ」

「OK!そうこなくちゃ」




 隠し扉の裏側は狭かったが、いたって普通の通路だった。ちゃんと明り取りもなされ、暗くない。もちろん夜になれば別だが。

 セスの後をゆっくり付いて階段を下る。階段が終わり、通路を進むうちに徐々に周りが暗くなる。足が竦んでいくのが分る。

「セス、随分暗いのね。セスが見えなくなりそう。」

「大丈夫、もう出口だよ。

 出口も傍目から見たら扉には見えないんだよ。

 さあ、ここだ。」

 そう言って、セスは行き止まりの左側の壁を大きく二度ほど叩いた。

 壁が重い石を引き摺るような音を立て、動き出す。開いた隙間から太陽の光が差し込み、アヤカーナの瞳を直撃した。彼女は眩しすぎて顔に手を(かざ)す。その指の隙間で何かが動いた、人がいるのだ。

 誰かが外で待っていた。その誰かは陽を背にして立っており、眩しくて顔が見えない。ぐいっと手が引かれ、アヤカーナは暗がりから外へ躍り出る。


「ありがとうございました、フォンティーヌ様。

 お蔭でアーヤを連れて来れました。」

 フォンティーヌ?!アヤカーナは驚いて目の前のシルエットに目を凝らす。光に慣れた目に映った女性は確かにフォンティーヌだった。

 しかし何かが変だ。彼女の顔に張り付いたような笑みが不気味で、咄嗟にアヤカーナは回れ右をし、壁の中へ戻ろうとする。が、鼻先で壁がガクンと閉じられた。

 セスがまた腕を引っ張る。

「アーヤもフォンティーヌ様にお礼を言って。

 イズミク公爵様とフォンティーヌ様は、パーレス一のマリユス様の理解者だよ」

 さあ、とセスに前へ押し出され、アヤカーナは、躊躇いながらも従う。

「あ、ありがとう、フォ、フォンティーヌ」

 くつくつとフォンティーヌは赤い唇を歪め、そろりとこちらへ歩き出す。キラリと光が目を掠め、アヤカーナの注意を引き付けた。

 光源はフォンティーヌの右手だ。右手に何か光るものを握っている。

「曲者め!」

 フォンティーヌはそう叫んだ刹那、短剣を胸に構え突進してきた。

 逃げられない。そう感じたアヤカーナは、衝撃に耐えようと身を強張らせ瞑目(めいもく)する。


 自身に待ち構えた衝撃は無く、代わりに後でどさりと何かが倒れる音がした。慌てて後を振り返る。そこには…

「セス!」

セスが倒れており、みるみる彼の周りに血溜まりが広がっていく。悲鳴を上げ近寄ろうとするが、口を塞がれ腰を攫われた。必死に右手を伸ばし、セスの元へ行こうとする。そんなアヤカーナの視界をフォンティーヌの歪んだ微笑が満たす。

「アヤカーナ、私が曲者から御身を御守り致しましてよ。

 さあ、一緒にいらして」




図書室でアザレアはタンギューに閨房術の参考書の依頼をしただけで、教授は頼んでいなかったはず。アヤカーナ、勘違いしています(笑)

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