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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
21/32

4.

 

「フォンはどうした」

 一向に来ないフォンティーヌに対し、痺れを切らしたドュランの不機嫌な声に、ダズンは眉を上げる。

「ドュー、フォンどころじゃないだろ。

 ガンシュのマリユス王子との会見が先だ。」

 ガンシュ側の交渉人としてマリユス王子が派遣されて来たことは、既に宮廷より報告があり、挨拶を受ける為の会見への臨席要求も来ていた。

 謁見の間へ参上しなければならない時刻が迫っている。

 無論、陛下を待たせるわけにはいかなかったが…。

「いや、会見の前にフォンだ」

 ダズンは言い出したら聞かないドュランに肩を落とす。ふと、今しがた、侍従を通して送られてきた紙片を、手にしたままだった事を思い出し、急いで目を通すと、これ幸いとばかりに読み上げる。

公爵令嬢(プリンセス)フォンティーヌは急病のため、御前へは(まか)りかねる、とさ」

 ドュランは叔父であるイズミク公を追い落とす前に、自分達が掴んだ証拠に対しフォンティーヌに弁明の機会を与えたかった。彼女は幼い頃からともに育って来た皇族であり、ドュランにとっては妹のような存在であった。

 ドュランは唇を固く結ぶ。すると、フォンティーヌの笑顔が自然と脳裏に浮び上がってくる。それをすぐさま打ち消し、大きく息を吐いた。

 

「ダズン、謁見の間へ行く]

 フォンティーヌへの、兄としての想いに区切りをつけた瞬間だった。




 



 

 タンギューは乱暴に皇太子の執務室へ入るなり、机に向かっている二人へ開口一番、低い声で言った。

「アヤカーナ様がストライキだ!」


「ストライキ?」

 マリユスとの会見を終え、明日から始まる交渉の算段をしていたドュランとダズンは、同時に目を剥いた。


 タンギューは廊下での出来事、そしてアヤカーナの今の状況を淡々と伝えた。

「…それで、マリユスお従兄様(にいさま)からの土産を手に、寝室から出てこない、と言う訳か」

 ダズンがこんな時に、と嘆息し、煩わしい問題を運んで来たタンギューに仏頂面を向ける。

 タンギューは、ダズンのしかめ面など全く意に介さず、こちらが重要とばかりに付け加える。

「そうだ。

 寝室に篭り、帰国の荷造りをして、マリユス王子を待っている。

 ところでドュー、何故、アヤカーナ様の訪問を承諾してやらなかったんだ」

 タンギューの責めるような口調に、ドュランは目を見開く。

「訪問?俺は知らんぞ」

 ダズンがはっと顔を上げ、しまったと髪に手を遣る。

「すまない、私だ。私が独断で断りの返事をアザレアへ伝えた。

 フォンティーヌがアヤカーナ様の訪問を聞きつけ、何か仕掛けられると不味いと思っての判断だった」

 判断理由は分からないでもないが、女心を(かい)さないダズンの失態にタンギューは呆れた。

「見誤ったな、ダズン。

 自分には会ってくれず、フォンティーヌには会う。となると今のアヤカーナ様にとって、かなり酷だ」

 タンギューの指摘にグッと来るものがあったが、ダズンは気を取り直し、申し訳なかったと頭を下げ、ドュランの指示を仰ぐ。

 ドュランはダズンへ、もうよい、と片手を挙げ立ち上がった。

「兎に角、廊下でのアヤとマリユス王子の抱擁に関しては、今直ぐ宮殿内に、従兄妹同士の感動の再会だった、と流布しろ。

 それと、アヤのストライキは俺が何とかする」

 

 


 




「透き通った綺麗な琥珀色」

 アヤカーナは、マリユスからの土産を指先で(つま)み、目の前に(かざ)していた。窓から差し込む夕陽がキラリとそれを輝かせ、より透かして魅せる。手にしていたのは琥珀色の飴玉だった。

 アヤカーナは飴玉を頬張るのも大好きだったが、見ているのがもっと好きだった。琥珀色をした飴玉はドュランの瞳を連想させ、ただ見ているだけで、こぼれ落ちそうな甘美を与えてくれる。そのひと時は、子供の頃からの誰も知らない密やかな楽しみであり、彼女の中では、琥珀色の飴玉はドュランを意味していた。それなのにアザレア達は、飴玉さえも取り上げようとした。

 譲れないものは譲れない。アヤカーナは飴玉の入った袋を胸に寝室に篭り、誰も近付けずマリユスの迎えを待っていた。

 寝台に座り、ぼんやりと飴玉を見つめ、扉が開いたことにも気付かなかった。


「何をしている?」

「飴玉が…」

 言いかけて、アヤカーナは驚く。いつの間にか飴玉の向こう側に、見慣れた琥珀色の瞳をもつ青年が立って居た。


 ドュランが笑みを浮かべ、軽やかな足取りで近付いて来る。

 あんなに会いたかった筈なのに、今は会いたくない。アヤカーナはプイッと顔を背け、口を閉ざす。

「飴?」

 ドュランは呟き、大きな手でアヤカーナの手を掴むと、飴玉を細い指ごとぱくりと頬張った。

 いきなり手を口に持っていかれ、アヤカーナは灰色の目をまん丸に見開く。ドュランの琥珀色の瞳がアヤカーナのそんな様子を面白そうに見詰め、最後にれろりと指を舌で舐め、離した。

「甘いな」

 顔を(しか)めながら感想を漏らすドュランに、アヤカーナは顔を真っ赤に染め、口をぱくぱくするだけだった。

 ドュランはくすりと笑い、壁側のチェストへ向かうと、上に置かれた荷物から布を外す。

「纏めた荷物はこれひとつか?」

 自身の肖像画を眺めながらアヤカーナに問う。

 アヤカーナがケセンから持込を許されたのはそれだけだ。だから彼女の荷物はドュランの肖像画ひとつだった。

 アヤカーナがコクリと首を振るのを見て、ドュランはふーんと鼻で言った。

「アヤは、朝晩この肖像画に向かって同じ言葉を話しかけているそうだな。

 どうせなら、本人に言ってくれないか」

 ドュランが戻り、また向き合う。

 アヤカーナは顔を真っ赤に染め、首を横に振ると、恥ずかしくて俯く。が、その顎をドュランの陽に焼けた手が持ち上げ向き合わせる。

 さあ、と優しい眼差しに促され、逆らえずアヤカーナはとつとつと告白する。

「大好き。愛しています」

 小さい声だったが、琥珀色の瞳が金色に輝きドュランは嬉しそうに微笑う。そしてアヤカーナの頬を両手で包み込み、真剣な表情(かお)をする。

「俺も愛している。妃になって欲しい」

 ドュランの唇が落ちてくる。

 何度も唇を合わせ、ドュランはアヤカーナの様子がおかしいことに気付く。涙を流し、虚ろな表情を浮かべて口付けにも反応を示さない。

「アヤ?」

 金色の頭が左右に振れる。

「駄目です。王族が利己心で動いては国が滅びます。

 パーレスにとって有益なお妃様は、ガンシュの王女だと…」

 ドュランはにやりと口の端を上げ、アヤカーナの唇に人差し指を置き言葉を封じた。


「心臓の半分を失った男が皇帝に座したら、民衆は悲惨だと思わないか。

 皇帝は正常に物事を判断してくれないのだぞ」

 アヤカーナはきょとんとして、大真面目に訊ねる。

「パーレスの皇帝陛下は、心臓が半分でも生きていられるのですか」

「知らん」

 ドュランの答えに、からかわれていると思った。

 ひどい…。アヤカーナの瞳に、たちまち涙が溢れる。

 ドュランはうろたえ、慌ててアヤカーナを抱き寄せる。

「泣くな。俺の心臓の半分はアヤだ!だからアヤを失えば俺の心臓が半分になるということだ。

 アヤはパーレスの国民の為、俺を信じて、婚儀の日を指折り数えていれば良い」

 ドュランの口から思ってもいない言葉が返ってきた。その力強い言葉が嬉しかった。時が止まったような感覚がして、こんな幸せは感じたことがない。

 アヤカーナの目から、先程とは全く違う涙が、止め処無く流れ落ちる。

 しゃくり上げながら、必死に返事をする。

「…っは…いっ…」

 ドュランはいきなり身をかがめ、力強い腕でアヤカーナの華奢な身体を抱き上げる。驚いているアヤカーナを腕に、ドュランは大股に部屋を出て階段を目指した。

「荷物も纏めてあるようだし、引っ越しだ」

 

 

 

 

 

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