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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
20/32

3.

 

「お目覚めですか」

 アヤカーナはぱちりと目を覚ます。泣き疲れて寝入った所為で頭が重かったが、いい夢のお蔭で少しばかり元気が出た。なんと夢の中でドュランが頬を唇で拭ってくれたのだ。

 心配そうに覗き込んでいるアザレアへ、腫れぼったい目を細め微笑む。

 昨日ずっとアザレア達は、皇太子妃は私なのだと説いてくれた。ドュランが好きなのは私なのだ、とも教えてくれた。

 でも、彼女達のその必死な様子がなぜか、私をやるせない気持ちにさせる。私は一度だってドュランに好きだと言われたことがない。嘘でも良いから言われてみたかった、と思う。

 でも、彼女達には心から感謝している。誰も味方の居ないパーレスで私を護ってくれているのだ。

 ありがとうアザレア。と心の中で言って、唇からは朝の挨拶を紡ぐ。

「お早う。アザレア」



 仕度を終え、アヤカーナは侍女達と朝食の席に着いた。

 最近は全ての食事をアザレア達と囲むようなった。私を心配してのことなのだろうが、どうも気が引け、申し訳なく思う。

 

 今も、皆無理して私に笑顔を向けてくる。哀れまれているようで、惨めさが先に立つ。

 皿の上のものを(つつ)きながらアヤカーナはアザレアへ訊ねる。

「私と朝食をとるのは大変ではないですか。」

「全然。あっ、そちらよりこちらが美味しいですわ」

「はっはい」

 思わずアザレアに言われたほうを口に入れる。咀嚼していると次はパンが美味しい、と教えてくれる。

 変だと思う。私にはゆっくり食べるように言い、アザレア達は早い。そして必ず自分達が食べたものを勧めてくる…。

 はたと(ひらめ)く、もしかして毒味をしている?

「あの、アザレア。

 わたし、少々の毒だったら大丈夫です。だから普通に食事を致しましょう」

 アザレアは目を丸くする。

「子供の頃から従兄(いとこ)と一緒に、毒に対して耐性を付けていました。

 もちろん護身術だってかなりの腕前なのですよ。

 パーレスでは暗殺なんて、日常茶飯事だと聴いておりましたので、自己防衛です」

 

 こともなげに話すアヤカーナの様子に、アザレアは苦笑するしかなかった。どこかズレてはいるけど、洞察力もある。アヤカーナはしっかりしている、大丈夫だ。

 一連の出来事を顧みても、王女は醜態を演じること無く、むしろ毅然とした態度を示していた。どうやら、ケセンは十分に王女を教育して、パーレスへと送り出したようだ。

 可憐な容姿に目を晦まされ、護ってやらなくてはと気負っている自分達が滑稽に思えてくる。

 それより何より、アヤカーナ自身の資質に加え、ケセンの教育が見事なのだ。(さか)しいケセンへ拍手を送りたい気分だった。

 

 しかし、パーレスで“暗殺が日常茶飯事”など有り得ない。

 目の前の冷めた食事、それは毒見を徹底しているため、食卓に上がるころには冷たくなっているのだ。 それほど今の状況は緊迫していること言うことだった。絞殺未遂、それに食物への毒物混入はすでに確認されている。毒見は続けなくてはならない。


 アザレアは周囲を(うかが)う振りをして、そっとアヤカーナへ囁く。

「アヤカーナ様、皇族の方たちは皆こうしておられます。

 アヤカーナ様に不安感を与えずにこっそりと行えという、殿下の命令を果たせず、私が叱られてしまいます。

 このまま知らない振りをして、お食事をお願い出来ませんでしょうか」

 コクコクと首を縦に振りながらアヤカーナは、アザレアに合わせ小声で答える。

「ごめんなさい、余計なことを申しました。私、知らない振りを致します。」

 ありがとうございます、とアザレアは笑う。ハンスイとケイトが向こう側から、嬉々として声を掛けてくる。

「アヤカーナ様は、殿下に大切に想われておりますわ。」

「本当に、羨ましい。

 ところで、今日は何かしたいことはおありですか」

 ある。と思った。

 いつケセンに帰されるのか、ドュランの口から聴きたい。

 

 アヤカーナは一瞬戸惑い、恐る恐る口を開く。

「ちょっとだけでも良いので、殿下の執務室を訪問しても良いでしょうか」

 アザレアは少し考えて、問い合わせてみましょう。と言ってくれた。





 案の定、ドュランへの訪問は叶わず、アヤカーナは宮殿の遊戯室へ向かうため廊下を歩いていた。渋るアヤカーナをアザレア達が、ビリヤードをしようと説き伏せたのだ。


 いつになく宮殿が騒がしい気がしたが、アザレアでさえも訳を知らないという。不思議に思い、きょろきょろ見渡していると、目の端に赤い髪の女性が入る。フォンティーヌの一行だ。このまま進めば擦れ違わなければならない。アヤカーナは唇をかみ締め背筋を伸ばした。

 アヤカーナ達を見つけたフォンティーヌの一行はぴったりと口を閉ざし、廊下の端に避けて頭を軽く下げる。

 アヤカーナはその前をゆっくりと通り過ぎ、ほっと息を吐く。その時背後から誰かが静かに言った。

「フォンティーヌ様、早く参りましょう。殿下がお待ちですわ」

 その言葉はアヤカーナの胸をぐさりと(えぐ)り、彼女の呼吸を止めた。

 私には会ってくれないのに…

 忍び笑いが辺りに広がる。

「フォンティーヌ様がガンシュに取られそうになり、殿下の慌てふためいているお姿が目に浮かぶようです」

「殿下もやっと、ご自身のお心に気付かれたのですわ」

「パーレスの皇太子妃にふさわしいのはフォンティーヌ様だということを」

「止めて、私はパーレスの為にこの身を犠牲にする覚悟は出来ていてよ」

 巻き起こったどよめきと賞賛の声がアヤカーナの耳を塞ぎ、頭の中を真っ白にする。

 あ、歩かなくては―。

 右、左と足を前へ繰り出す。身体は前へと勢い付いているのに、ドレスがついてこない。まるでドレスの後が床へ縫いとめられているようだった。短い悲鳴を上げ、アヤカーナの身体が前へつんのめる。

「あら、御免あそばせ」

 言葉と同時に縛めが解かれ、アヤカーナはそのまま床へ両手を付いた。今度は失笑と驚きの声が一層大きく聴こえる。アヤカーナは顔を上げられなかった。

 

 もう、いい。もう、嫌。ケセンへ帰りたい。帰る!

 

 四方から大丈夫かと手が差し出される。周りが涙で(ゆが)んで何も見えない。見えているのは差し出された幾つもの手だけだった。

 この白い手はアザレアだ。でも違う、私が欲しい手はこの手ではない。この手も知らない。これも違う…。…長い指の大きな手…あぁ私はこの手を知っている。アヤカーナはその手を取り、顔を上げる。


「マリユス従兄様(にいさま)、私、(ケセン)に帰る」

 大好きな従兄(いとこ)の顔を見つけアヤカーナはその首にしがみつく。

 いつものように優しく頭を撫でられ、とうとう、耐えていた嗚咽が漏れる。


 異様な光景だった。転んだ王女を美貌の青年が駆け寄り助け起し、二人はそのまま深く抱き合い離れない。その様子を居合わせた者達が、遠巻きに眉を(ひそ)め見守っていた。


「アヤカーナ様をお放し下さい。さっアヤカーナ様こちらへ」

 アザレアがアヤカーナの腕を強引に外そうとするが、アヤカーナは首を振って男から離れない。アザレアは焦り、怒りの矛先を男へ移す。

「ガンシュの王子、無礼でしょ、その手を外しなさい!」

 マリユスはにやりと笑うと、両掌を上に向けて広げてみせる。

 抱きついているのは王女のほうと言いたいのか。アザレアが憤慨していると、タンギューがおもむろに剣の切っ先をマリユスの顔に突きつけた。

「離して頂く」

 怒りに満ちた黒い瞳を向けられ、マリユスの顔から笑みが消えて行く。マリユスはタンギューと睨み合ったまま、胸の中の少女に囁く。

「アーヤ、離れられるかい」

 少女は小刻みに頭を振り、一層しがみついてくる。

「ここはパーレスの宮殿だ。ケセン王女としての威厳を忘れては駄目だよ」

 ぴくりと肩が震え、少女は濡れた顔を起す。

「さあ微笑ってアーヤ。お土産を持って来てるんだ」

 マリユスは顔を脇へ向ける。

「セス、アーヤを頼む」

 セス!アヤカーナは自分と同い年の、マリユスの従者の名に反応して、マリユスから身体を離す。

 セスが居るの?何処?

 マリユスの後方にクリクリ髪のセスを確認する。首にクラヴァットを結び、お洒落をしていることにびっくりする。

 嬉しくて、にっこりしているセスの元へと駆け寄る。

「セス、従兄様(にいさま)と一緒に、私を迎えに来てくれたのね。ありがとう」



 マリユスは微笑を浮かべ、指先で目の前の剣先を脇へ避ける。

「君、早く剣を仕舞った方がよいのでは」

 

 

 

 

*訂正しました。


変更前「マリユス従兄様(にいさま)、私、ケセン(うち)に帰る」


変更後「マリユス従兄様(にいさま)、私、(ケセン)に帰る」


教えていただき、上記に訂正いたしました( ^ o ^ )ノ☆

(わたしも変更後の方が良いと思いましたので)

ご連絡、ありがとうございましたn(_ _*)m

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