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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第一章
2/32

1.

 パーレス帝国グリリフ宮殿入宮10日目。

 アヤカーナには間抜けな欠伸をすること以外、何もすることがなかった。14日間、馬車に揺られていた体を休めよ、という配慮だろうが、やはり寂しい。

 重くて動きにくい豪奢なドレスに身を包み、宛がわれた白と金が基調の広い居間に、今日もアヤカーナは独りきり。猫足の長椅子に足を乗せて天井を眺めていた。目を閉じれば脳裏に、初めて目にした、杜の都サウザンタワーの町並みが浮かぶ。


 祖国ケセンを出立して14日目。果てしなく続くのかと思われた揺れを感じなくなった。

 途端、首都へ入ったことを告げられた。白い石が敷き詰められた広い街路。中央と左右に大きな(けやき)が整然と並び、その広がった枝葉が緑のアーチを作っている。見事な造りにアヤカーナは馬車の窓に釘付けになった。

 城下へと近づくほど人波が増え喧騒が耳に入る。皆笑顔だ。活気が違う。

 途切れることがない大きな石造りの建物、物売りの声、溢れる物資。この国は豊かなのだとアヤカーナは思った。大路(おおじ)に入っても緑のアーチは続く。大都会なのに緑が溢れている。サウザンタワーが「杜の都」と呼ばれる由縁でもあった。葉からこぼれる光がチラチラとアヤカーナの目をくすぐる。その輝きが眩しくてアヤカーナは瞳を閉じた。ケセンから遠く離れた地に居ることをかみ締めながら。


 眩しい…。天井の大きなシャンデリアが、日陽に反射して目に沁みる。煌びやかなシャンデリアの映えは、まるでこの国の皇太子たちのようだ。


 皇帝や皇后、皇太子には入宮した直後、廷臣貴族たちが居並ぶ中拝謁した。御前へと歩む途すがら、皆の一様に驚いた顔が眼についた。

 なぜだろう。何か自分に至らないことがあるのだろうか。祖国の王宮とは段違いな謁見の間に圧倒されているアヤカーナには、理由を尋ねられる人間さえも付き添っていない。孤独な輿入れだった。


 国境の町モートヨシで、持参した全ての嫁入り道具と持ち物が国許へ返却され、馴染みの侍女たちまでも帰された。ケセン王国の人・物一切の持ち込みが、禁止だと言われた。理由を尋ねれば ― 慣例である故 ― ですって。両国の力関係から言ってもケセン王国は黙って従うほかない。アヤカーナは身ひとつで国境を越えた。


 だが幸いにも一番大切な物は取り上げられなかった。それはパーレスより毎年贈られていたドュランの姿絵だ。成長してゆく姿絵を眺め、ドュランを想い、パーレスを感じ、時を過ごしてきた。アヤカーナにとってドュランは愛しい婚約者で、パーレスでの心の拠り所であった。


 だのにあの初日以来、婚約者であるドュラン皇子とは会っていない。あの時交わした、二人の初めての言葉は、ようこそとありがとうございます。のたった一言。私は歓迎されていないのだろうか。


 ひとつ考えると、次から次へと疑問が湧き上がり、不安と不信がアヤカーナの身を支配しようとする。

「いけないっ」

 突如背筋を伸ばし、頭を左右に振る。母譲りの薄いストロベリーブロンドの巻き毛が一房目の前で踊っていた。

 乱れた髪をもとへ戻そうと手に取ったそれに母の顔が浮かぶ。

 お母様だったら、にっと笑ってきっとこうおっしゃる。

「アーヤ、ラッキーよ。ケセンは貴女の嫁入り費用が浮いたじゃない。

 パーレスの皇帝は全て貴女に良かれと思ってなさって下さっているのよ。感謝いたしましょう。」

 そして、私を抱きしめてこう付け加えるのだわ。

「貴女が嫁国パーレス帝国で幸せになる為には、皆を信じることよ。愛しなさい、そして人の愛を信じなさい」

 祖国で自分を心配しているはずであろう母のお茶目な笑顔を思い浮かべる。母の笑顔は周りを桃色に染め不安を追い払ってくれる。お父様も弟達も皆、笑って私を励ましてくれるはず。アヤカーナはいつもの陽気が体中に戻ってくるのが分かった。

 信じましょう。ドュラン皇太子の愛を、パーレス帝国を。

 胸の前で両手を合わせ、顎を上げて瞳を潤ませる。


 そんな乙女に浸っていたアヤカーナの耳にドアを叩く音が聞こえた。



 アヤカーナに三名の侍女が就いた。タイハク侯爵令嬢アザレア、ヤンフォレスト伯爵令嬢ハンスイ、フォンテ子爵令嬢ケイト、身分からは皇太子妃も夢ではない方たちだ。アヤカーナは彼女達の己の美しさを熟知した出で立ちに驚き、挑戦的な視線に戸惑いを覚えた。


 紹介を終え、女官長より知らされたパーレスの侍女制度が、アヤカーナにとっては不慣れなものであった。

 ケセンでは、侍女と言えば身の回りを整えてくれる、ある程度身分のある召使を意味していた。しかしパーレスでの侍女は貴族でなければならず、高貴な主人への助言をする者であって、召使ではないとのこと。要するにお話相手ということか。


 などと悩んでいる暇も(もら)えず。早速アザレアの提案で、『皇太子妃の庭』とやらを訪れることになった。そこは皇太子の居宮である東宮の一角にあると告げられた。

 こちらへと案内された通路は、鋭角に刈られた、高い緑の生垣に左右を囲まれており、前方が見えない。何の説明も無い。アヤカーナは不安を感じ、おのずと歩みが遅れる。

「大丈夫です。この垣根を抜けた所に庭園があります」

 耳元で囁かれた。付き添っている女官長だ。振り向いて柔らかく笑むと、女官長も笑みを返してくれた。


 生垣が途切れ、視界が広がる。路地の両側に枝垂れ咲いている白い花はまるで花の滝の様で美しい。ここが庭園の入り口だ。

「このお花小さくて可愛い」

 アヤカーナは、立ち止まると白い花に触れる。

「お労しい、国花もご存じないとは」

 険のあるアザレアの言葉が背中に突き刺さる。

 振り返れば侍女達が並んで笑っている。その顔に浮かんでいるのは悪意のある笑みだ。

 知っていると言い返そうとしたアヤカーナの視界を青いドレスが横切る。付き添っていた年嵩の女官長だ。アヤカーナの意識は流れるような動作で隣に並んだ女官長へと移る。女官長は落ち着いた声で話し始めた。

「アヤカーナ様、それはパーレス萩でございます」

「…このお花が」

「パーレス萩はパーレス帝国の国花です。このように枝垂れ、どのような風にも柔軟に対応が出来るのでございますよ。」

 女官長は微笑んで続ける。

「そして、紫紅の花は皇后さまの萩、白の花は皇太子妃さまの萩と言われております」

「私の花…」

 香りを確かめようと、花に顔を寄せたアヤカーナの耳に、短い悲鳴が聞こえた。

 女官長が声の主ハンスイの許へ駆け寄る。

「如何いたしました。ハンスイ様?」

 ハンスイは大げさに震えながら扇子をアザレアに向ける。

「アザレア様の首筋に虫が傷を二つも残しているわ。

 女官長、早くお手当を!」

 ハンスイが示した先をみつめ、ケイトはうっとりと口を開く。

「アザレア様は傷までもお綺麗ですわ。まるで花弁(はなびら)が散っているみたい」


 女官長はアザレアの傷を認めても、一歩退いたまま動こうとはしない。アヤカーナは心配でアザレアの側へ寄った。大丈夫ですか。と声を掛けるアヤカーナにアザレアはしれじれと微笑む。

「まあハンスイもケイトも騒がないで。これはとても高貴な虫がお付けになったの。

 治療だなんて恐れ多いわ」


 すぐさまお庭案内はお開きとなった。怪我をしたアザレア様を連れまわすのは失礼という理由だった。





 そぉっと庭へ続くガラス張りのドアのノブを廻す。頭を低くしてノブを廻したまま静かに押す。アヤカーナはノブを廻す音よりドアが開く音の方が響くことにちょっと驚く。

 出来るだけ小さくドアを開け外へとすべり出る。眼前には薄オレンジの月光が照らす静かな秋夜の世界が広がっていた。


「ちょっとだけ一人で庭を散歩させてね」

 部屋の中に向かって呟く。ドアを戻すと、闇にその身を隠してもらうため、物陰へと足を踏み出す。



 位置は大体頭の中に入っている。とにかく外の空気を思い切り吸いたい。ただそれだけだ。








次話から週一UPを予定しております。

どうぞお付き合いいただければ嬉しいです。


誤字脱字等、ご指摘よろしくお願い致します。

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