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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第三章
19/32

2.

 

**********************************

 

   

(わたくし)の目の届かない所へ連れてお行き。そんな赤毛に痘痕の様な雀斑の醜女(しこめ)が、(わたくし)の娘だなんて』


 私は生まれて来てはいけなかったの?お母様

 


『俺の許婚がこんな画姿の赤毛の鼻ぺちゃ女なんて、萎えるなんてものじゃない』

 

 ねえ、赤毛はそんなに醜いの?ドュー

 


『やあ、君の髪は綺麗だね。こんな見事な髪の色、初めて見たよ。

 まるで、僕の心を暖めてくれる冬の暖炉の炎のようだ』


 あの人はそう言って、瞠目(どうもく)している私の髪を掬う。微笑(わら)って私を見つめる彼の瞳の中には、いつも見慣れた(こび)(へつら)いが微塵もなかった。

 あの人は私が差し出した手を取り、口付けを落とす。幾筋もの温かい雫が私の頬を濡らす。


 彼が好き、彼が欲しい、誰にも渡さない。どんなことをしても。

 



**********************************


 



 グリリフ宮殿正殿奥に位置する閣議室 ―。

 その広間の中央、大きな楕円卓の真正面には皇帝が座し、隣に皇太子、順に閣僚がずらりと顔を揃え、連日、大ガンシュ国への対応が議論されていた。

 しかし今日とて、各々が主張を曲げることなく、閣議は堂々巡りを呈する。議論は一点、皇太子妃はケセン王女か、ガンシュ王女か、であった。



「それで?まだ拮抗したまま、皇太子側とイズミク公側に対極していると言う訳か」

 深夜。タンギューはドュランの私室で日中の閣議の報告をダズンから受けていた。


 毎夜、閣議の進行報告、アヤカーナの様子と貴族達の宮殿での動向を伝え合うのがドュラン、ダズン、タンギュー三名の恒例となりつつあった。


「ああ、公は祖国(パーレス)の為 愛娘(フォンティーヌ)を、ガンシュの王女と入れ違いに、あちらの王太子へ輿入れさせてもよい、と最終カードを切ってきたよ」

 ダズンは苦笑して続ける

「皆様、恍惚として公の発言に聴き入っている。公は、さながら新興宗教の教祖様だ」

「それとも皇族の似非(えせ)(かがみ)、か」

 タンギューは吐き捨てるように言った。

 ダズンは日頃からこの親友がイズミク公とその令嬢(フォンティーヌ)に対して虫が好かない、と豪語していたのを思い出す。どうやら彼の勘は当たっていたらしい。

「こちら側はオーヴァン大法官が、婚約不履行におけるパーレス側の損失、大帝国としての道義を説いてくれている。」

「ああ、フイイの父上か。素晴らしい方が味方に付いてくれたものだ。」

「オーヴァン大法官はアヤカーナ様自身が味方に引き寄せたんだ。それにシーガー国務大臣もご同様だ。 東宮の女官達がシーガー殿に直訴したらしいぞ。殿下の為にはアヤカーナ様みたいな天使が必要だと」

 誇らしげに語ると、ダズンはそれまでの表情を変え、眉根を寄せる。

「計算違いは一つ、我がドュラン殿下には、以前の放蕩ぶりが尾を引いて、思ったほど大臣が付いてこない。」

 ダズンの嫌味にドュランはふん、と鼻を鳴らす。

「まだ、こちらには最終兵器が残っているさ」

 タンギューはドュランの無駄な余裕に嘆息する。

「ドュー、最終兵器も良いが、アヤカーナ様がもたないらしい」

 ドュランは真顔で問い返す。

「もたない?」

「まず、王女は本件に関して全て承知だ。

 私が見ている分には普段とお変わりないように見えるが、女性陣の見解は、王女は元気がなく、今にも脆く折れてしまいそうらしい。

 それで、アザレアからの伝言だ。

 眼を(つぶ)ってやるからドューがなんとかしろ、だとさ」

 ダズンが短く口笛を鳴らす。

「上から目線も甚だしいとしか言いようがないな。どうするドュー」

 にやりと笑っているタンギューとダズンの軽口をよそに、ドュランは(しば)瞑目(めいもく)し、固い口調で告げた。

「それより先に、明日フォンに確かめたいことがある」

 ダズンが音を立てて息を呑み、止めろ、と異を唱える。

「まだ証拠が揃ってない!」

「限界だ。切り崩すぞ」




 

 



「珍しいですな。このような早朝に、殿下の方から、私めを訪ねて下さるとは」

「リキュウ、前口上などいらぬ。さっさと答えろ」

 単身、宰相リキュウの執務室に乗り込み、陛下とお前の考えはどうなのか教えろ、と啖呵を切った直後である。机を挟み二人とも立ったまま対峙していた。

 リキュウは悠然と構えドュランを軽く遇する。

「殿下、その前に腰を落ち着けて、拙の質問に答えていただきたいのですが…痛たた」

 リキュウは急に腰を押さえる。

 ドュランは皇太子の勢いに押され、宰相といえど簡単に口を割ると高を括って来たが、老獪な為政者に完全に出鼻を挫かれていた。腰?どうみても健康な爺にしか見えないぞ。

「その回答如何で、正直にお応えしましょう。あたた…」

 大げさに腰を右手で揉んでいる長老を前にしてドュランは、やはり一筋縄では行かぬか、と観念し、手近の椅子を引き寄せる。

 腰を下ろし、ひとつ息を吐くと、立ったままのリキュウを見据え、早くしろと顎をしゃくる。

 失礼致します。と呟き、リキュウは自分の椅子へ腰を下ろし、咳払いをする。

「さて殿下、今回のガンシュ側の申し出が全て成ると致します。すると、一番得をするのはどこの国だと思いますか」

「ケセンだろ」

 ほお、とリキュウは感嘆の声を上げた。

「なぜ、そうお思いになられる」

 ドュランは面倒そうに口を開く。

「ケセンはパーレスとガンシュの条約協定により、領土侵攻の懸念が減る。その上、パーレスからアヤカーナを返されれば、パーレスに対し婚約不履行という貸し(・・)を一つもてる。

 ケセンはすでに、ガンシュへ“王子の預かり”という貸しを作っているだろ。これで両国に貸しが持て、束の間でもケセンは安泰だ。

 それに、この機に乗じてケセンが上手く立ち回れば、パーレスとガンシュから不可侵以上の条約調印を引き出せるかもしれないな。

 やはり一番得をするのはケセンだ。」

 リキュウの瞳が光る。

「ケセンが育てた第六王子が都合よくガンシュの王太子となる。これにケセンの関与をお考えになりませんか」

「もちろん虱潰(しらみつぶ)しに探らせた。

 故カシラ王太子の病死に不審点はなかった。それに関してはケセンの関与は全くないと言い切れる。ガンシュ王太子の交代劇は不測の事態だったのだろう。ケセン側にとっても偶発的に有利に働いたのだと思う。

 むしろ、マリユスが王太子にのし上がる過程に於いて、パーレスのさる高貴な方の姿がちらつき、こちらの方が衝撃だった」

 ドュランの琥珀色の瞳が挑戦的な輝きを放つ。 

「それらを全て甘受して、ケセン王女を皇太子妃に、というのが殿下の結論というわけですな」

「甘受?

 違うな。アヤカーナがガンシュに嫁いだら戦を仕掛けるかもしれないぞ、俺は。

 ここは国益の為にも、ケセン王女を俺の妃にしていた方が良いと言うことだ」

 リキュウは呆れた様子で首を横に振る。

「此処でお茶ら気は不要でございます。

 ひとつ言わせて頂きたい。有利な交渉とは、相手を交渉の場へ引き摺り出すことが肝要なのですぞ、こちら側が短慮を起しては意味を成しません。今回の殿下の訪問は落第点でございます。

 しかしながら、拙の質問には、このリキュウ確かに、殿下より及第点の答えを頂戴いたしました。

 約束通り、殿下の質問にお答えいたします。」

 

 リキュウは姿勢を正し畏まる。

 

「恐れ多くも陛下のご意向は、殿下がお考えになっている通りです」

 

 

 




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