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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第二章
17/32

9.

 

 夜遅く、タンギューはドュランの居間に居た。

 室内には三人だけ。目の前ではダズンがドュランと向かい合わせで腰掛けており、タンギューは書棚に背を預け、立っていた。

 タンギューの瞳が皮肉気に光る。

「突然の不可侵条約の申し出…。それも、ガンシュ側から王女の差出し付き、とはね。

 ところで、我が国に後宮制度はない、と記憶していたが、ガンシュ王女はドューの第二夫人になるのかな」

 ダズンは親友の皮肉に大きく息をつく。

「まだドューは結婚してないぞ。

 たとえ、してた(・・・)としても…、条約が締結され、ガンシュ王女が差し出されたら、どう考えても皇太子妃だろ」

「一方的なガンシュ側の歩み寄りに見えるが、ウラはないのか」

「イズミク公がその点を考慮され、パーレス側もガンシュへ皇族の輿入れをと、意見していらっしゃった」

「ガンシュとの不可侵条約締結は、パーレス側としては拒否する理由がない。

 重鎮達にとっては願ってもない事だろうから、決まりだな」

 言って、タンギューは無言のまま腕を組んでいるドュランに目を遣る。

「フイイ達が(のが)してしまった王子様は、どう係わっていると思う。ドュー」

「…(アヤカーナ)のためにここまでやるなんて、敬服するよ」

 ドュランは深く頭を後ろにもたせ溜息をついた。

 ダズンは書類を目で追いながら、ドュランに同意する。

「まったくだ。まず、そのマリユス王子とやらが、ガンシュの新王太子に間違いないな」

 タンギューは眉間を寄せる。

「たった二年で、影の薄かった第六王子が、王太子まで登りつめたのか。一体何を武器に?」

(きん)だ。」

 ダズンの淀みのない応えにタンギューは、信じられないという風に天を仰ぐ。

「おいおい、都合良く、(きん)が空から降って来た、とでも言うのか」

「パーレス、ガンシュ、ケセン三国の国境線の交わるガンシュ側は、マリユス王子の母の実家ガンシュ・ハイデン領にあたる。パーレスに接する境は山林だ。数年前その一帯に金鉱が発見されている。その金鉱を盾にマリユス王子は上手く立ちまわったのだろう。

 我が国との不可侵条約の締結はあちらにとっても、敵対関係をうだうだと続けるより、国策として(プラス)に働くだろうし、何より無血だ。

 金鉱の守護という大儀が、お偉方を納得させた要因なのだろうな。とにかく新王太子の最高の手柄となる。

 逆にこちらにとっても、敵対していたあちら側の申し出による不可侵条約の締結は、諸外国へパーレスの優位を示す良い材料となり、損にはならない。

 互いに万々歳だとしか思えない、ということだ。」

 内心、マリユスの手腕に感心しながらもタンギューは、ドュランの気持ちを(おもんばか)り、軽く肩をすくめる。

「ドューとアヤカーナ様の婚儀の二ヶ月前に、ぶつけてくるところが憎いな。

 皇太子の婚儀を間近に控えているこちら側に、条約審議の時間をとらせないという戦略か、それとも二人を結婚させまいと必死なのか。」

「両方だ!」

 ドュランの強い口調に、ダズンとタンギューは驚く。

 

 考え込むように肘を突いて、両指を絡ませているドュランを見つめ、まずいとダズンは焦る。幼なじみの考えていることなど手に取るように分かる。短絡的な行動だけは謹んでもらわねば。

「ドュー、まだ(・・)アヤカーナ様に対して不埒な行為にだけは及ぶなよ。」

 ダズンに続き、タンギューは肩を書棚から起し直球を投げる。

「やってしまえば、こちらのもの。などは通用しないぞ」

 ドュランは眼を瞬かせ、俺はそんなに信用ないのか、と落胆するが、気を取り直して二人に告げる。不思議と気負いはなかった。


「ガンシュと不可侵条約は締結する。俺の妃はケセン王女アヤカーナ。これで閣議を通す」

 

 信じられないと言った表情で、タンギューはダズンを見た。

「おい、ドューが廃太子にしろと騒がないぞ」

 タンギューの黒い瞳に当惑と喜びが入り混じっている。

 ダズンは口が半開きのまま、言葉にならなかった。

 ドュランはそんな二人の表情に苦笑する。

「これからも俺の進む方向について来てくれ、俺はお前達を信頼している。お前達も俺を少しは信頼しろ」

 

 ドュランの口から出る、待ちに待った言葉にダズンは酔う。盆暗だと諦めていた日々が嘘のようだ。

 しかし、ドュランの選んだ道は難しい選択であることは間違いない。ケセンがパーレスにとって、ガンシュを上回る影響力を及ぼすことなどあり得ない。ガンシュの王女を蹴ることを大臣たちに納得させるための作戦を… ケセンとの結びつきが国益に適う証明… そして、やっかいなガンシュの王太子の出方…

 問題は山積みだ。しかし、彼は湧き上がる喜びに夢中で、苦など一片も感じない。皇太子の側近としての腕の見せ所だった。

「やるぞ!!」

 鼻を擦り、天井を見上げたダズンの頬に、キラリと光るものが見えた。


 そんなダズンの様子を(いぶか)り、ドュランはタンギューに囁く。

「医者が必要か」

 冗談じゃないとタンギューは首を横に振る。

 タンギューは頬を濡らしている友を、思い切り抱き締めてあげたいと思った。

 

 

 


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