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杜の都で待つ人は  作者: はる姫
第二章
14/32

6.

 

 ドュランは、ヒルディ家の従者を尻目に馬車の扉から、大丈夫か、と乗人へ声を掛けていた。中を覗けば、仮面を外して震えている女が一人。それは確かにヒルディ家令嬢ソニアだった。

 ドュランの見る限りでは、ソニアの容姿に乱れはなく、身体への被害はなさそうだ。馬車を移動してもらうしかあるまい、と判断し、独りで動けるか訊ねる。

 座席の隅に身体を寄せ、怯えているソニアは、ドュランが何を訊いても、視線を彷徨わせるだけで、答えを返さない。ドュランは仕方ない、と溜息をつきながら、ふとソニアの様子が妙なことに気付く。先程から遠くの何かを見てとり、その何かに反応している。

 俺を通り越し、怯えながら一体何を見ている?

 振り返ったドュランの眼に入ったのは、己の馬車の脇に投げ出された御者の脚だった。御者席に吊るされたランプの灯りが、倒れた男のブーツを、あたかもそれが主役であるかの様に照らしている。

 ドュランは疾風のごとく身を翻し馬車へと走る。果たして、馬車の扉を開け目に飛び込んだ光景に愕然とする。

 

 

 

 狭い馬車の中、男の息遣いだけが大きく占めていた。

 首を掴まれている少女の身体が弛緩して行く。死はもうすぐそこだ。

 突如、アヤカーナは尻餅をつく。それと同時に留栓が外れた肺は空気を貪り、身体は無意識に深い呼吸を繰り返す。

 呆然と目を見開き、胸を上下しているアヤカーナの上を誰かが飛び越え、前方の扉へと向かう。

 アヤカーナの瞳には、今まで居たはずの死刑執行人の姿はなく、扉から身を乗り出している、ドュランの後ろ姿が映っていた。


 

 

 


 扉が勢いよく開くと同時に、アヤカーナの首を掴んでいた男が、脱兎のごとく反対側の扉へ、手を伸ばしたのをドュランは見た。同時に崩れ落ちるように、馬車の床に座り込んだアヤカーナの肩が、上下するのを見てほっとする。憤怒に駆られ、扉から飛び出した男の後を追いかけようとしたが、馬車から乗り出した所で思い直し、アヤカーナの許へ急ぎ戻った。



 アヤカーナは何が起こったのか、把握するまで長い一瞬を要していた。つと、誰かに優しく首を撫でられる。

 顔を上げれば、ドュランの ― そう確かに、ドュランの泣きそうな顔があった。

「あ…」

 アヤカーナの声にならない声にドュランは頷く。その姿にアヤカーナは安堵する。ああ、助かったのだ。


「腰が抜けたようだな」

 ドュランが笑って言う。声が出なかったのでアヤカーナは首を縦に振る。

 何度も頷くアヤカーナの上に、ドュランの胸が優しく覆いかぶさってくる。アヤカーナは先程のドュランの泣きそうな顔が忘れられず、どうにかしわがれた声を紡ぐ。

「…こ…こんな狭い場所で襲われるなんて、想定外です。護身術を見舞ってやれませんでした」

 ドュランは静かに笑いながら首を振った。

 犯人への憎悪に加え、うっ血で赤くなったアヤカーナの顔と喉の指痕を見た時浮かんだ、彼女を亡くしたかもしれないという怯えが、まだ胸の奥底を嘗めている。また一方で、恐怖に泣き叫ぶことも、ドュランを責めることもなく、健気に軽口を叩いている腕の中の少女が愛おしかった。

 ドュランは憤りと悲しみの混ざった激情の中で、己の愛情の()()を悟っていた。



 先程までの恐怖がドュラン胸の中で、嘘のように浄化されていく。ふわふわの真綿で(くるま)れているような安堵感に(つつ)まれ、動きたくないと思う。アヤカーナはドュランの胸に顔を埋め、腕を伸ばして背中に触れた。


 悲鳴がした、と思った。 

 このまま、心地よさに浸っていたいアヤカーナは、顔を上げたドュランに、頭を振ってしがみ付く。

 さらに悲鳴がした。腕が外され、ドュランが剣を抜いた。有無を言わさず腰をがっしりと掴まれ、身を屈めて静かに馬車から降ろされる。ドュランに促され、手近な建物の前に積まれていた樽の陰へ、アヤカーナは身を潜めた。

 ドュランは物陰からヒルディ家の馬車を伺う。動きは見えないが、聞こえた悲鳴は、ソニアのものだろう。

 あちらには従者が付いている、自身のことは自身で護ってもらうしかない。これ以上アヤカーナを危険になど晒さない、俺は彼女を護る。

 ヒルディ家の話しを信用すれば、賊は馬を狙うはず。馬車を捨てるしかないか。

 ドュランは期を狙い、アヤカーナを連れ、馬車とは反対側、下町の路地の暗闇へ溶け込んだ。




「月が綺麗です」

 思わず声に出るほど、満天の星に囲まれた月が青白く輝いていた。暗く不穏な路地を抜け、エイツリー山に在る宮殿の近くの白い石で舗装された広い道を、アヤカーナはドュランと手を繋ぎ登っていた。 しわがれていた声も元に戻ったようで嬉しい。それにドュランが隣に居てくれるので、不安は全くない。

「ああ見事な月だ」

 ここまでくればもう大丈夫だ、とドュランは一息つく。

 不思議なもので、必要としていない時はやたらと出会う憲兵達に、全く会わずに宮殿の近くまで来た。計算外だったが、これはこれで乙なものだと思い、ドュランは夜道を照らしてくれる、丸い月を見上げ皮肉な笑みを浮かべる。

「ところで、従兄君のことを聴かせてくれ」

 アヤカーナは、寒いだろうとドュランが貸してくれたドミノの前を押さえ、目を丸くする。

「マリユス従兄(にい)さまですか?

 えっーと、マリユス従兄(にい)さまは私の五歳(いつつ)上で、お母様のお姉様のお子様です。

 従兄さまとは、小さい頃からいつも一緒でした」

 母の姉と言われても、ケセン王家の系図が浮かばない。ドュランは隣国の王室に関して、何も把握していないことが決まり悪く、顔を赤く染め咳払いをした。

「ケセン王妃は、どちらのご出自になるのだ」 

「ケセンの隣、ハイデン領主の娘で、お父様の一目惚れです。

 いまでも、お父様はお母様にめろめろで、見ているこちらの方が恥ずかしいくらいなのですよ」

 言って、照れながらアヤカーナは微笑う。

 ドュランは眉根を寄せた。

 ハイデン領… ケセンと国境を接するガンシュ国ハイデン領か。

 となるとマリユスはケセン王家の人間ではなく、ガンシュの人間となる。いや、それとも王妃の姉はケセン貴族にでも嫁いだのか。

「マリユス殿の父君は誰になるのか教えてくれ」

 アヤカーナは首を傾げて一瞬考え、にこりと微笑う。

「ガンシュの今の王様です。

 マリユス従兄さまは、ガンシュの何番目かの王子さまです。」

 アヤカーナは一旦言葉を切り、どこか遠くのほうを見る。

「昔、ハイデンやその周辺では伯母様とお母様は、とても美しい姉妹で有名だったそうです。

 そんな噂を聞いて、こっそりハイデンへ覗きに行ったお父様は、お母様を根性でケセンの王妃に貰えたけど、それより以前、ガンシュ王に見初められた叔母様は頑として王を拒絶し、ガンシュ王との望まない懐妊、出産により17歳で逝った、と聴いております。」

 ドュランは驚愕していた。

 マリユスがガンシュの王子。では、なぜ大国ガンシュの王子がケセンで育つ? 頭の中は、まだ組み立てられていないジグソーパズルの山があり、そのピースを、夢中で嵌めようとしているかのようだ。不意にひとつのピースが嵌まり、ガンシュの新王太子のことが頭を過ぎる。

 ―王太子の病死により、身分の低い女が母親の王子が、他王子を差し置いて立太子する― 確かタンギューからの情報だったはず。

 繋ぐ手に力がこもる。ガンシュの王子がパーレスのドミモンドに居た。何の為に?

 ガンシュの王宮ではなく、ケセン王宮で育った、そのマリユスという男は、何を考え、一体何を成そうとしているのだ。

従兄(にい)さまは、とても優しくて綺麗で、お城の女性達に人気があったのですよ。

 私なんて、いつも(みんな)にマリユス従兄さまに愛されて羨ましいって妬まれていました。

 従兄様はただの従兄(いとこ)で、私には、殿下だけなのに、変ですよね」

 くすくすと純真な笑顔を向けるアヤカーナを見て、ドュランはストンと腑に落ちた。

 これか!マリユスとやらの目的は!!



 ドュランは髪を掻き上げ首を振った。疲れた、とにかく疲れた。一刻も早く宮へ着き、正常な頭で考えたかった。

 

 

 




私も疲れました(笑)

正常な頭で続きを書かなくては……φ(. .)

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