第4話:あり得ません、物理エンジンが泣いています!〜神ゲー(笑)の崩壊と運営の悲鳴〜
完全ダイブ型VRMMO『エリュシウム』のサービス開始から、約一時間。
デスゲーム宣言が行われた直後の仮想現実空間は、運営たちによって完全に掌握されている――はずだった。
「……何だと? もう一度言え」
現実世界のどこかに存在する、巨大なサーバー群を管理する地下のコントロールルーム。
無数のモニターに囲まれた中心で、この『エリュシウム計画』の首謀者であるチーフ・ゲームマスター、黒服の男・茅場……に似た雰囲気の男が、眉間を揉み解していた。
「ですから! 先ほどから第一層、第二層、第三層のボスエリアにて、原因不明のエラーが多発しています!」
オペレーターの一人が、血相を変えてモニターの数値を報告する。
「エラーだと? システムは完璧に制御されているはずだ。プレイヤーの反乱か?」
「違います! 反乱どころの騒ぎじゃありません! ログを確認したところ……第三層のボス『煉獄の双頭犬』が、先ほど【物理演算の衝突による内部崩壊】を引き起こし、消滅しました!」
「……は? 物理演算の衝突? 馬鹿なことを言うな。あいつは強固なステータスとAIで調整された、序盤の壁となるはずのボスだぞ。レベル10以下のプレイヤー集団に倒されるはずが――」
「集団ではありません! ログに記録されている討伐者は……たった一人です! しかも、第一層からわずか11分42秒で到達しています!」
チーフは耳を疑った。
「11分? チーターか!? いや、このシステムへのハッキングは不可能なはずだ!」
「チートツールは検出されていません! ただ……行動ログがおかしいんです! このプレイヤー『ヤマト』は、第一層の広場から一切のモンスターと戦闘せず、閉ざされた王城門の【角に向かって斜め45度でダッシュ】し続け……次の瞬間、座標が王城地下へとワープしました!」
「ワープだと!? そんなスキルは存在しない!」
「それだけではありません! 王城地下の隠しボス『銀騎士ガラハッド』に対して、ヤマトは【メニューを開閉しながら銅のインゴットを数十個連続で捨てる】という謎の行動をとり……ガラハッドの膝の関節にインゴットを融合させ、秒間数万回の物理ダメージを発生させて瞬殺しています!」
チーフの顔から、デスゲームの支配者としての余裕が完全に消え失せた。
「……なん、だと……?」
「あり得ません! 物理エンジンが泣いています! 現在、ヤマトのレベルは48。さらに、終盤用のチートアーティファクト『破壊剣・グラム』を不正入手(窃盗)しています!」
コントロールルームはパニック状態に陥っていた。
彼らが何百億円もかけて構築した「神ゲーのデスゲーム」のシナリオが、たった一人の異常者によって開始15分で根底から破壊されようとしているのだ。
「馬鹿な……。完璧な物理エンジンだぞ。なぜ壁を抜ける? なぜボスが一撃で爆散するんだ!?」
チーフが怒号を上げるが、誰も答えられない。
「ち、チーフ! ヤマトが第三層のボス部屋から、さらに壁を抜けて……第、第四層を丸ごとスキップ! 現在、第五層『水晶の迷宮』へと落下しています!」
「馬鹿な真似を! 第五層は空中に浮遊するダンジョンだ! 奈落に落ちれば即死判定――」
「ダメです! 落下直前に【布の服を空中で一瞬だけ着脱】し、落下ダメージをリセットしています! 無傷で第五層の屋上に着地しました!」
「なんだァ? てめェ……(プレイヤーの挙動かよ)」
チーフは思わず、どこかの打ち切り漫画の語録を漏らしていた。
「ええい、構わん! ヤマトをただちにBAN(アカウント停止)しろ! デスゲームの秩序を乱すイレギュラーは排除する!」
「不可能です! 現在、デスゲーム化の仕様により、我々運営側からも特定プレイヤーの強制ログアウト機能がロックされています!」
オペレーターが悲鳴のような声を上げる。
「彼を止めるには、ゲーム内で直接HPをゼロにするしかありません!」
チーフはギリッと歯を食いしばり、メインコンソールを操作した。
「ならば、第五層の防衛システムを最大稼働させろ! レベル90の防衛用ゴーレム部隊を100体、ヤマトの座標に直接投下しろ! いかにチート武器を持っていようと、多勢に無勢。数の暴力で押し潰す!」
* * *
一方その頃。
第五層『水晶の迷宮』の屋上に着地した俺は、目の前に突然出現した100体の巨大なクリスタル・ゴーレムの群れを前にして、鼻をほじっていた。
「お? なんだなんだ。RTA走者に対する露骨な嫌がらせ(対策)か? 運営も必死だな」
【水晶の防衛機兵:Lv.90】×100体。
空を覆い尽くすほどの巨兵たちが、一斉に俺に向かって太いレーザー砲の照準を合わせてくる。
普通なら絶望して泣き叫ぶ場面だ。
「だが、遅いんだよ。RTAチャートはすでに『次のフェーズ』に移行してるんだわ」
俺はインベントリから、さっき第三層のボス部屋を抜ける直前に、そこら辺のツボから回収しておいた『粘体スライムの体液』を取り出した。
「さあ、見せてやるよ。バグゲー『エリュシオン』が誇る、最悪のオブジェクト増殖バグ。通称【スライム・ボム】をな」
俺は粘体スライムの体液を地面にぶちまけ、その上に初期アイテムの『小石』を置いた。
そして、チート武器『破壊剣・グラム』を両手で構え、小石に向かって――全力で剣を振り下ろす。
ズガァァァァァァンッ!!
グラムの隠し効果『周囲の空間に衝撃波を発生させる』と、スライムの体液の『オブジェクトを分裂・増殖させる』という処理が、小石という極小の当たり判定の上で最悪のクロスオーバー(衝突)を果たした。
ピピピピピピピピピピピピッ!!(限界を超える処理落ち音)
次の瞬間。
1個の小石が、バグによって「100万個」に増殖し、凄まじい物理演算の嵐となって、周囲のゴーレム部隊に向かって全方位に弾け飛んだ。
「お前を芸術品(ポリゴンの塵)にしてやるよ!」
ズドドドドドドドドドドガァァァァァンッ!!!!!
100体のレベル90ゴーレムが、100万個の小石の物理衝突に耐えきれず、一瞬にして爆散する。
水晶の破片とポリゴンの塵が、花火のように美しく空を彩った。
「……よし。処理落ちで俺の本体もフリーズしかけたが、なんとか耐えたな。圧倒的感謝だ、運営さん。経験値、美味しくいただきます(ニチャア)」
『レベルが48から65に上がりました』
『称号【運営の想定外】を獲得しました』
コントロールルームでは、チーフ・ゲームマスターが白目を剥いて泡を吹いていた。
「……もう、嫌だ。なんだこのクソゲーは(絶望)」
俺のRTAは、運営の胃壁を破壊しながら、さらに加速していく。




