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第2話:親の顔より見たボス戦。そして始まる、ずっと俺のターン

『現在このエリアには進入できません』というシステムバリアを『ケツワープ(斜め後方壁抜け加速)』で強行突破した俺は、王城地下・立ち入り禁止エリアへと足を踏み入れた。


薄暗い石造りの通路には、青白い松明の炎が等間隔で揺らめいている。

空気はひんやりと冷たく、カビと鉄錆の匂いが鼻を突く。完全ダイブ型VRMMO『エリュシウム』の五感再現度は異常なほど高く、ただ歩いているだけでも背筋が凍りそうだ。


しかし、俺の心拍数は一定を保っていた。

デスゲーム特有の「死への恐怖」など微塵もない。むしろ、俺の心を満たしていたのは、何千時間も籠り続けたバグゲー『エリュシオン』の光景と完全に一致するこのマップに対する、強烈なノスタルジーだった。


(……ああ、このクソみたいなポリゴンの継ぎ目。壁のテクスチャの明らかな手抜き感。間違いない、実家のような安心感だ)


通路を抜けた先。

巨大なドーム状の空間が広がる『地下宝物庫』の最奥に、それは安置されていた。

重厚な石の台座に深々と突き立てられた、漆黒の両刃剣。刀身には血のように紅いルーン文字が刻まれている。

ゲーム終盤でようやく手に入るはずのチート級アーティファクト、『破壊剣・グラム』。


「よし、サクッと回収して――」

俺が台座に向けて一歩を踏み出した、その瞬間だった。


ズズンッ……!


凄まじい地響きと共に、宝物庫の天井をぶち破って巨大な影が降ってきた。

もうもうと舞い上がる土埃の中から姿を現したのは、全身を白銀の重装甲で包んだ身長三メートルを超える巨漢の騎士。


頭上には、赤黒い凶悪なフォントで名前とレベルが表示されている。


【王城地下の番人・銀騎士ガラハッド:Lv.80】


「……侵入者カ」


兜の奥で、赫々(かっかく)と燃える二つの眼光が俺を射抜いた。

重厚な金属音が響き、ガラハッドが背中に背負っていた身の丈ほどもある大剣を引き抜く。ただ武器を構えただけで、空気がビリビリと震えるような凶悪な殺気が放たれた。


何人なんぴとタリトモ、此処ヨリ先ヘノ立チ入リハ許サン。我が剣の錆となるがいい!」


重低音のボイスが宝物庫に響き渡る。

レベル1の初期装備プレイヤーが、レベル80の隠しボスと対峙しているのだ。普通なら、圧倒的なステータス差による『威圧』の隠しステータスで腰を抜かし、「ああ、終わった」と絶望する場面である。


だが、俺の顔に浮かんでいたのは、恐怖ではなく極上の笑みだった。


(出たよ。親の顔より見た登場モーション)


バグゲー『エリュシオン』において、この銀騎士ガラハッドは、特定のアイテムを増殖させるための「乱数調整用のサンドバッグ」として、RTA走者たちから親の仇のように狩られまくった悲しきボスキャラである。

奴の攻撃パターンも、行動の隙も、さらにはAIの思考ルーチンすら、俺は【完全に理解した】状態だ。


「……ドウシタ、恐怖デ声モ出ナイカ」

ガラハッドが大剣を上段に構え、俺を見下ろす。

「貴様、命ヲ捨テル覚悟デココニ来タノデハナイノカ? ソノ震エル足……フン、滑稽ダナ」


作り込まれたAIが、プレイヤーの恐怖を煽るようにプログラミングされたセリフを吐く。

だが、残念だったな。俺の足が震えているのは、恐怖からじゃない。貧乏ゆすり(乱数調整)だ。


「愚カ者メ! 塵ト化セェェェッ!」


ガラハッドの巨体が、一瞬で距離を詰めてきた。

レベル80の圧倒的な敏捷ステータス。大剣が空気を裂き、俺の脳天に向かって真っ直ぐに振り下ろされる。

直撃すれば当然即死。いや、かすっただけでも衝撃波でHPが吹き飛ぶだろう。


「死んだンゴwww」

現実世界にいたら、思わず草を生やして掲示板に書き込んでしまいそうなほどの初見殺しの速度。

だが、俺はその凶刃から目を逸らさず、ただ手元のシステムウィンドウに向かって指を弾いた。


「――なにっ!?」


ガラハッドが、驚愕の声を上げた(AIにしては良い反応だ)。

大剣が俺の頭に触れる直前。ピタリと、大剣が空中で「停止」したのだ。

いや、大剣だけではない。ガラハッドの動きそのものが、まるで一時停止ボタンを押されたかのように完全にフリーズしている。


俺はシステムウィンドウの『設定メニュー』を開いた状態のまま、ガラハッドの横を悠然とすり抜けた。


(速すぎて見えなかったか? オレでなきゃ見逃しちゃうね)


バグゲー名物、メニュー開閉無敵時間メニュー・インビンシビリティ

メニュー画面を開いているコンマ数秒の間だけ、自キャラクターの当たり判定が完全に消失し、周囲の時間が極端に遅くなる。この世界でもしっかり機能しているらしい。


このバグの真に恐ろしいところは、無敵時間中であっても「インベントリからのアイテムドロップ(捨てる)操作」は可能であるという点だ。


俺はフリーズしているガラハッドの足元、ちょうど重装甲の隙間である「膝の関節部分」にしゃがみ込んだ。

そして、インベントリから初期アイテムである『銅のインゴット(重量5kg)』を選択し、「足元の地面」に向けて連続で捨てるボタンを連打する。


カンッ、カンッ、カンッ、カンッ……!


「ふはははは! ずっと俺のターン!!」


メニューを閉じた瞬間、周囲の時間が一気に動き出す。

同時に、俺が捨てた数十個の『銅のインゴット』が、ガラハッドの膝の関節という「本来ならあり得ない極小の隙間」に一気に実体化した。


「グ、ガァァァァァァッ!?」


ガラハッドが悲鳴を上げた。

いや、悲鳴を上げているのはガラハッドではない。物理演算エンジンだ。


同じ座標に複数のオブジェクト(ガラハッドの装甲と、数十個のインゴット)が重なってしまったため、システムが「オブジェクト同士の反発」を計算しようと大暴走を始めたのだ。

結果として何が起こるか。

インゴットと装甲が、互いを押し出そうと秒間数千回の衝突判定を繰り返し、ガラハッドの内部で『無限の物理ダメージ』が発生する。


ズガガガガガガガガガガガッ!!!


「バ、バカナ……我ガ……コンナ……神ハ言ッテイル……ココデ死ヌ運命デハナイトォォ!」


よくわからない断末魔を叫びながら、ガラハッドの巨体が凄まじい振動と共に宙に浮き上がった。

数千万のダメージ数値が滝のように重なって表示され、レベル80の強大なHPバーが、わずか1秒で綺麗に消し飛ぶ。


パァァァァァンッ!!


まるで風船が割れるように、銀騎士ガラハッドはポリゴンの破片となって爆散した。

ドロップアイテムの金貨やレア素材が、雨のように降り注ぐ。


『経験値を獲得しました』

『レベルが上がりました』

『レベルが上がりました』

『レベルが上がりました』

 ・

 ・

(中略)

 ・

 ・

『レベルが45に上がりました』


視界の端で、システムメッセージが怒涛の勢いでスクロールしていく。

初期ステータスから一気に中堅プレイヤー層のレベルまで跳ね上がった。レベルアップのファンファーレが鳴り止まない。


「嘘乙、と言いたくなるほどの過剰レベリングだな。まあ、美味いからヨシ!」


俺は現場猫のような適当な指差し確認を済ませると、台座へと歩み寄り、安置されていた『破壊剣・グラム』の柄を握りしめた。

ずしりとした重み。今のレベル45というステータスなら、ペナルティなしで装備できる。


「さて、最強の武器は手に入れた。ステータスも十分」


俺は黒き大剣を肩に担ぎ、来た道とは別の、さらに奥へと続く隠し通路を見据えた。

この通路の先にある特定の壁に『ケツワープ』を決めれば、第二層を丸ごとすっ飛ばして、第三層のボス部屋までショートカットできるはずだ。


「圧倒的感謝だな、クソ運営。――さあ、RTAデスゲームの続きと行こうか」


絶望に沈む数千万のプレイヤーたちを置き去りにし、最狂のバグ利用者の無双劇が、今、本格的に幕を開けた。

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