第1章:超感覚的追跡
雨に濡れた路地、私の足音は反響し、時間の感覚がねじれる。
指先に微細な振動が走る――存在の兆し、可能性の波動、未来の選択肢。
追跡対象は消えたわけではない。量子の糸の上で踊る影は、ただ姿を変え、別の可能性の世界へ逃げたのだ。
「……来るな」
誰かの声か幻聴か。区別はつかない。しかし、感覚は鋭くなる。雨粒の振動、アスファルトの反響、街灯の光の微かな揺らぎ――すべてが追跡の手がかりになる。量子調律師の能力は、空間や時間の微細なずれを“触覚”として知覚すること。
影は速い。意図的に消え、姿を変え、異なる可能性の線に分かれる。私は指先で量子の糸を撫で、真実の存在を探る。
角を曲がった瞬間、空間が裂け、視界が三重に重なる。複数の未来が同時に現れる。
――どちらを追うべきか。選択の一瞬で、存在は救われるか、消滅するかが決まる。
遠く、地下鉄の駅の入り口で、銀色に光る眼を持つ存在が現れた。
MESSIAHのエージェントだ。人間の形をしているが、皮膚の下に走る血管は光り、時間の断片を操る力を持つ。彼らは、追跡対象の影を消失させ、都市全体の歪みを利用する。
私は深呼吸し、指先で量子の糸を掴む。
未来の可能性が振動し、無数の断片が跳ね回る――
この追跡劇は、超感覚の限界と心理戦の戦場だ。
そして次の瞬間、影が姿を変え、私に迫る――
――戦いの幕は、既に開かれていた。




