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ぬくもりの香り  作者: noi
陽の香り(松村雪視点)
8/33

暖かい香りのあの子①

● 10月7日 月曜日

 1人で講義を受けている。なぜなら、1年前、寝坊してこの講義の単位を落としてしまったから。私以外にこの単位を落とした人は全く関わりのない数人だけだった。それなのに講義室が狭いせいで席がほとんど空いていない。


 仕方ないのでふと目に入った席に着く。隣に座っているのはおそらく1年後輩の男の子。講義が始まってもスマホを触るかボーっとしているだけ。この子は定期テスト前の数講義だけ話を聞いて単位を取ろうと思っているのだろう。この講義はそれでも大丈夫なはずだ。去年の私みたいなミスが無ければ。


● 10月14日 月曜日

 3週間か経ち、誰がどこに座るのか自然と固定化されてきた。今も私はあの男の子の隣に座っている。最初は他に空いている席が無く、イケメンだけどあまり派手な訳では無いこの子の隣にいるのが気軽だからくらいの理由だった。


 この子は私の友達である田乃衣緒たのいおの彼氏の楽斗らくと君と仲が良いらしい。そんな切っ掛けだけど気になって声を掛けてみた。


 会話するようになってからこの子のことがわかってきた。名前は江夏陽介えなつようすけ


 特に真面目でも不真面目でも無い少し面の良いごく普通の大学生。話しているとなんだか可愛く思えてきてつい話しかけてしまう。


 男性に対する警戒が強いと自覚している私がこの子には甘くなってしまう。この子がイケメンだからって理由では無い。


 この子と話していると何故か暖かい香りがするからだ。


● 11月1日 金曜日

  友達の衣緒いお講義を受けて帰っている途中に陽介君ようすけを見つけた。野良猫を見ながら歩いているようだ。せっかくだから、声を掛けてみた。


  「陽介君は、猫が好きなの?」


 そこから数分の間、話をしてから別れた。私と話している陽介君はどこかぎこちない。衣緒に聞いてみた話だとコミュニケーションが不得意だという訳では無さそうなのに。


 私にだけ上手くコミュニケーションが取れない。その理由を考えているともしかして......と考えてしまう。


 夕方からアルバイトに行く。今日のシフトは19時半までの6時間。いつも通り退勤し、帰宅する。帰宅している途中、大学からの帰り道に会った陽介君のことが頭によぎる。


 今週の月曜日も陽介君はいつも通り講義を聞いていなかった。でも、その講義中に来週の月曜日に提出しないといけない課題がある。あの子はそのことを知らないだろう。


 家に着いてから陽介君に連絡を入れてみる。


 『月曜日の講義で提出の課題のレポート書けた?』


 そういえばあの子は学校以外で何をしているんだろう。雑談はするようになったけど基本、私が話したいことを話している気がしてきた。これから少しづつ聞いてみようかな。


 ピポッ♪


 返信が来たみたいだ。


 『課題ってありましたっけ?』


 やっぱり忘れてた。


 『今週の講義内容について2000字でまとめる簡易レポートがあるよ。君が講義中に半分寝てて聞いてなさそうだったから一応メッセージ送ってあげたんだよ』


 『すみません。寝ていて講義を聞いていなかったので課題の内容教えてください』


 もちろん送ってあげるけど反省はしてほしいな。


 『仕方ないね、私がメモしてた講義ノートの写真を送ってあげるよ。これからはちゃんと講義受けないといけないよ』

 

 『ありがとうございます。先輩こそ講義に遅刻しないように気を付けてください』


 『うん、わかった。君は課題を頑張ってね。あと、一言多いよ』


 一言一言から陽介君の悩んでいる表情が見えてくる。本当にこの子は面白いな。


 陽介君に講義ノートの写真を送っておいた。私の機転で助かったんだから陽介君よ今から課題を頑張ってくれ。


● 11月4日 月曜日

 1週間の初めの講義に行く。講義室に入るともう陽介君は座っていた。今日提出の課題の話をしながら2人で講義までの時間を過ごす。教授が入ってきて講義が始まる。去年も聞いた同じ内容をノートに書き写していく。隣に座っている陽介君はもうすでに講義内容が頭に入っていないようだ。


 ふと視線を感じた。陽介君から。どうしたんだろう?もう消されてしまった内容の板書がしたいのかな?


 少しノートをずらして板書を見せてあげた。でも、ノートに書く様子は無い。


 これは私を見てるのかな。陽介君の可愛い一面に気づけたかもしれない。


 君の視線に気づいてるよ。講義をしっかりと受けなさい


 と伝えるためにノートの端をシャーペンでコンコンと叩いてみる。陽介君は気づいたようで少し焦りながら顔を赤らめているように見える。思わず笑みがこぼれてしまう。


 面白そうだから講義終わりに直接聞いてみる。


「さっきから君は人の横顔を見すぎじゃないかな?」


「いや、なんとなくたまたま向いた時があっただけですよ。僕は次の講義があるので。さようなら。また来週の講義で会いましょう」


「ふふっ、また来週。次の講義も頑張ってね」


 普段ではありえない早さで会話を切り上げて逃げられた。もう少しいじりたかったのにな。


 その次の講義は同期の友達と受ける。この講義は緩めの内容で板書のペースがゆっくりなので私でも眠くなってしまう。


 眠くなりながら陽介君の事を考えていたら思いついたことがある。


 ずっと行ってみたかった場所に陽介君を誘ってみよう。それに、この子の事を知るためにお買い物デートをして1日を2人で過ごしたい。


 もし、そのデートで陽介君が元カレのような屑だったらすぐに関係を切ろう。去年の様な過ちは繰り返したくも無い。

 

 陽介君の事を言えなくなってしまうけどスマホを取り出す。


 『11月16日に遊びに行かない?ちょっと行ってみたい所があってね』


 『了解です。予定空いているので行きましょう』


 『ありがとー。詳しい予定はまたあとで送るね』


 思ったよりもすぐに返信をしてくれた。ずっと行きたかった所に陽介君と行けることが楽しみで仕方ない。


 『てか、今、陽介君は講義受けてる最中だよね。なんで私に返信できてるのかな?まさか、講義を聞かずにスマホを開いているなんてことは無いよね』


 あんまり人のことは言えない状況だけどつい面白くなって聞いてしまう。


 『もし、単位を落としそうだったら遊びに行かないからね。ちゃんと頑張るんだよ』


 『誠心誠意全力で努力します』


 『それならよし』


 このメッセージを送っている陽介君の顔が自然と浮かんでくる。


 『どうしたの雪?なんか笑ってるけど』


 隣に座っている友達からメッセージが来た。


 『ううん、何でもないよ。ちょっと思い出し笑いしちゃったんだ』


 隣から不審がられてる視線を感じているけど気づいていないふりをしておこう。今日はいろんな視線を送られるな。なんて思いながら講義を受け続ける。できるだけ顔のニヤつきを抑えながら。


● 11月9日 土曜日

 今日は友達と昼に集合してアクセサリーを求めて買い物に行く。それ以外は何も決めていないのでほとんどノープランだ。


 大型商業施設に入って。友達とこれが可愛いあれが可愛いと言い合いながら買い物をしていると、視界の端に香水専門店をとらえた。


 フラフラーっとそのお店に入ると香水専門店らしい香りが漂っていた。サンプルが置いてあるのでいろんな香りを楽しんでみる。優しい石鹸のような香り、リリーのようなフローラルな香り、オレンジのような柑橘系の香りなどなど。


 香りの種類が多すぎて鼻がヒリヒリとしてきた。そんな時に優しく重すぎない甘い香りで満たしてくれる香水に出会った。その瞬間この香水だと思った。まだ、選んでいる途中の友達に選び終わったと言いに行く。


 「私はこの香水に決めたよ」


 「え、もう決まったの⁉私はまだ全然決まらないんだけど。どうしようかな。ゆきはなんでそれにしたの?」


 「嗅いだ時に何となくこの香りが好きって思ったんだよ」


 「一目ぼれみたいな感じかー。まだ出会えてないな」


 「私もさっき決まったばかりだからね。ゆっくり探そうよ」


 友達と香水選びを続ける。あぁ、陽介ようすけ君ともこうして買い物をしたいな。君と並んで歩ける来週が待ち遠しいよ。


 どんな時でもその香りで身を包んでほしい。


 この想いがあの子の香りに一目惚れした時から止まらない。


● 11月11日 月曜日


 今週も陽介君の隣で始まる。いつも通りの温かい香りに包まれながら講義を受ける。今日は陽介君が来るのが遅かったから講義が終わってからしか話せない。いつもより会話できる時間が少ないけど仕方ない。ここ最近は気分が良い日が続いているから許すよ。この幸福感は君のおかげで得れているものだしね。


 私も陽介君も真面目に講義を受け終わった。


 「今週の土曜日だけど、どんなところに行きたいとかはあるかな?個人的に君と行ってみたいを何か所か選んでみてるんだけど」

 

 「遊びに行くこと自体が楽しみであまり考えていませんでした。何となく美味しいご飯が食べれたら良いなと思ってたんですけど」


 「お、それならちょうど良いお店があるよ。きっと君も満足できるから楽しみにしててよ」


 クリームが乗ったココア味のパスタがバズっているお店だ。


 「本当ですか。ご飯以外はどうしましょう」


 「うーん。ちょっと思いついたんだけど、当日の予定は私に全部任せてもらっても良いかな?」


 「良いですけど......僕は何もしなくて大丈夫ですか?」


 「私が君を楽しませるから大丈夫。なんの心配もしないで付いて来てくれたら良いんだよ」


 「わかりました。僕は先輩のセンスに期待して付いて行きますね」


 「うん、楽しみにしていてね。そろそろ移動しないと次の講義に間に合わなくなるからまたね」


 その日、帰宅してから予定を考え始める。


 ● 11月13日 水曜日

  

 大体の予定が決まったので陽介君に連絡をする。前から行ってみたいと思っていたカフェやあの子と行ってみたいお店。ベタ過ぎるかもしれないけどこれで良いと思う。


 『来週の土曜日のことなんだけど、◇◇駅の改札を抜けたところにある駅内の時計台に朝の10時くらいに集合でもいい?』


 『大丈夫です。それより、本当に日のこと先輩に全部任せてしまっていいんですか?』


 『うん、任せてよ。それより予約してあるお店に行くから遅刻だけは絶対にしないでね』


 『絶対に遅刻しないので安心してください』


 『なら良し。じゃあ、また土曜日にね』


 こうして土曜日が近づいてくるにつれてワクワクが溢れてくる。


● 11月15日 金曜日


 ついに前日だ。前日と言っても今はもう夜の22時。もう寝てもおかしくの無いこの時間から気合を入れる。そう、明日着ていくための服のコーディネートのために。


 普段と同じ系統の服で普段よりも少しだけ気合が入っていると思ってもらえる服装。ここ数日悩んでいたけども決まり切っていない。


 うんうんと唸りながらようやく決まった。これはあの子に喜んでもらえるだろう。そう思えた。


 時計に目を向けると3時50分。もう、そんな時間になってしまったのかと焦りながら急いで布団に入る。緊張している自覚はあるけども、1日の疲れのおかげか、すぐに眠ることができた。

 

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