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ぬくもりの香り  作者: noi
香りとの出会いから
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11月16日 土曜日 心急く香り③

香りとの出会いから

 服屋に入り辺りを見渡す。松村まつむら先輩とぽつぽつと話しながら店内を周っている先輩がこんな事を言い始めた。


「お互いの服を選び合ってみない?なんだか、面白そうだからさ」


「良いですね。お互いのセンスが問われますね。先輩の好みも知りたいのでやりましょう」


「それと、店員さんにアドバイスを聞くのも禁止にしようよ。その方がお互いの事を良く知れると思うよ」


「そこまでするなら一旦バラバラになって選んでみても良いですか?その方がサプライズ感もあって面白いかもしれないですし」


「それ良いね。じゃあ、私は別の階のお店に行っているから選び終わったら連絡してね。」


 一先ず先輩と別れて服を選び始める。1人で選んでいるとすぐに


 「どのような商品をお探しでしょうか?」


 「お客様がご覧になられているこちらの商品なんですけど……」


 「何かお困りでしょうか?」


 等と店員に声をかけられるから、それを上手くかわしながら1人でもくもくと選んでいく。


 パンツを見たりダウンジャケットを見てみたりしてみてもいまいちグッとくるものが無い。


 どうしようかどうしようか。僕から2人がそれぞれ選んでみようと提案したのにその提案した本人が選べないのはいけない。


 先輩に良い物を選びたい気持ちと時間をかけすぎたらダメだという気持ちで焦ってしまう。


 そうこうしていると、ふと、1つの服から目が離れなくなった。淡い青色のデニムジャケットだ。


 先輩のデニムのセットアップは個人的に見てみたいかもしれない。デニムの格好良さと可愛さによって先輩の魅力が引き立つ。絶対に。


 アウターを選んだら次はパンツだ。単純に同じ色にするか別の色のデニムにするか悩むけど、結局はデニムジャケットを見たときに浮かんだ先輩の姿通りに同じ色、素材のパンツにした。


『服を選び終わりました。試着してもらいたいので来てください』


『お、選んでくれたんだね。すぐにそっちに向かうよ』


 5分ほどで先輩がやってきた。


「さぁ、どんな服を選んでくれたのかな?」


「若干、期待に応えることができるか不安はありますけど先輩に似合いそうな物を選べたと思います。」


「いいね。もう、その服は見えてるのかな?」


「これです。これをセットアップで来てもらいたいと思いまして」


「デニムのセットアップは着たことが無いから自分でもどんな感じになるのかわからないや。まあ、一旦試着してくるね」


 先輩が店員に声をかけ、試着室へ入っていった。試着室の中からゴソゴソッと音がする。今、目の前にある薄い扉のその気で先輩が着替えている。その様子を意識してしまったことで変に考え込んでしまう。試着室の近くでスマホを見つめて待っているだけなのにひどく落ち着かない。しかし、その時間も長くは続かない。カチャッと扉の音がしたと思い顔を上げるとデニムに身を包んだ先輩が立っていた。


 想像していたよりも綺麗で可愛く、格好の良い姿だった。


「めちゃくちゃ似合ってますし、いつもと違う雰囲気がして良いと思います」


「うん、私も本当に良いと思う。この服が気に入ったて、サイズも丁度いいから買うよ。選んでくれてありがとう」


 先輩が気に入ってくれたようで良かった。でも、僕はこれだけで満足できない。


「僕が先輩にプレゼントしたいのでこの服は僕に買わせてください。」


「さすがに悪いよ。この服、結構高いよ?それに、私の勝手で君が選んだくれたものでもあるし」


 わかっていた事だけど、すぐには納得してもらえない。


「正直、僕も変かもしれないと思ってますが、先輩に僕が選び、買った服を着てもらいたいんです。なので、僕に買わせてください」


 言葉を選んで話そうとしているのに上手い言葉が浮かんでこない。自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。


「わかったよ。この服は君に買って貰おう。はぁ、君はこんなに頑固一面もあったんだね」


「ちょっと頑固だったかもしれません。でも、本当に買わせてもらいたかったので」


 先輩を困らせてしまったかもしれないが、僕が服を買えることになった。これは、僕の意地だ。先輩が考えを買えないうちに商品を持ってレジへ行く。


 お会計、税込み18,900円。


 財布が軽くなったような気がする。しかし、後悔は無い。袋に入った商品を受け取り、先輩に手渡す。


「ありがとう。丁寧に着るようにするよ」


「僕としては着てもらえるだけで嬉しいです」


 店を後にしながらこの後のことを話す。


「次に行くところは決まってるんですか?」


「うーん、あんまり決まってないからブラブラしながら気になったところに入ろうかなと思ってるよ。次は陽介ようすけ君の服を選ぼうか?」


 そうだ、先輩の服を選ぶことに夢中で忘れていた。


「あははっ、忘れてたって顔だね」


「すっかり忘れちゃってましたね」


 笑う先輩の表情の意味がただの面白いとは違う気がする。なんだか、僕を可愛い物のように扱っている気がする。


「実は私も選び終わってたんだよね。だから、そのお店に行こう」


先輩は黒色のブルゾンだった。裏がボアになっていてこれからの季節でも暖かく着れそうな物。


「やっぱり似合ってるよ。試着した感想は?」


「暖かいですし、着心地も良くて好きな感じですね」


「良かった。じゃあ、これにしよう。この服は私が買うからね。」


 そう言って、先輩がレジを通して紙袋に入った服を渡してくれた。


 お互いに選び合った服を持ちながらブラブラと店舗の中を歩く。


 「あ、このお店が気になるから入ろうよ」


 先輩が僕の前を歩き店内を周る。商品を見て周る。その中で会話をしている。今はこれで良いのかもしれない。先輩が引っ張り、僕が付いていくこの空気感で。


 この後も先輩が気になった店に入り、お互いに欲しいものを買って2人で過ごす休日を楽しんだ。

 

 20時頃になり軽く晩御飯を食べて◇◇駅まで戻ってきた。先輩との休日が終わってしまう。


 「1日中、私に着いて来てくれてありがとう」


 「お礼を言うのは僕の方ですよ。先輩と遊べて本当に楽しかったので」


 「これ、今日買って貰った服のお礼ね」


 そう言われながら渡されたのは小さな紙袋に入った何かだった。


「じゃあ、そろそろ電車が来たから行くね。本当に今日はありがとう。また、月曜日にね」


 あまりにも急すぎた。


「はい、また月曜日に」


 先輩は行ってしまった。もう少し会話したかったなと思いながらもしかたないので家へ帰る。


 電車に乗って帰る途中、楽斗に連絡を入れる。


『デートは多分上手く行ったよ。アドバイスくれてありがとうな』


『お、上手く行ったんだな。良かった良かった。割と適当なごまかしでも何とかなる物なんだな』


『どういうこと?』


『お前は直接会って話してるんだから匂いを嗅がないだけで松村先輩の事を意識しないなんて出来る訳が無いだろ』


 それは、デートの前に気づいていた事だ。好きになった理由はもちろん香りだ。だからと言って香りだけが好きな訳じゃ無い。顔もスタイルも性格も声も好きだ。そんな相手だからこそ香りを意識しないだけで普通に接するなんて無理に決まっている。


 僕が疑問に思っていた通りに楽斗のアドバイスは適当な物だった。


『騙したな』


『怒るなよ、嘘でも何でもアドバイスがあったから上手く行ったんだろ?』


『本当の事を言うと、先輩から普段は感じたことの無い香水の香りが漂っていたから冷静にデート出来たんだよ』


『そう言う事か。まあ、上手く行ったなら何でも良いだろ。また会った時に詳しく聞かせてくれや』


 アドバイスの内容がどうであれ初めて恋をしている僕のために考えてくれていた事には変わりないか。


 今日を楽しめたのもデート前にこいつのアドバイスのおかげで冷静になれたおかげでもあるしな。


 今度、大学で学食でも奢ろう。


 電車を降りてアパートまで歩く。思っていたよりも荷物が多くなったから手が痛くなってきた。


 今まで、長い時間を使って買い物なんてした事が無かったから知らなかった。買い物ってこんなに疲れる事だったんだな。


 この疲労感は松村先輩とのデートの対価だと思う事にするか。


 帰宅してから紙袋の中身を確認すると入っていたのは香水だった。軽く付けてみると甘いけど甘すぎないゆったりとした優しいバニラの香りだった。

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