11月9日 土曜日 学びの香り
陽の香り(松村雪視点)
松村先輩とのデートまであと7日、楽斗と木曜日に買った新品の服が手元にあり、デートプラン自体は先輩が考えてくれているから後はもう当日まで時間が過ぎるのを待つだけだ。でも、本当にただ待つだけで良いのか?先輩がわざわざ計画してくれた通りに行くだけで異性として意識してもらえるのか。そんなはずが無い。やっぱりできるだけのことはしないといけない。当日までに僕ができることは何か?そう、あれを勉強する以外ないだろう。実技科目を。
まず、ネットで検索してみてわかったことは、デートの待ち合わせ場所に待ち合わせ時刻の30分前に到着し、連絡は待ち合わせの5分前に待っている具体的な場所や服装の詳細を先輩に送る。先輩と合流できたら先輩の服装や化粧などを過度に言いすぎない程度に褒める。今までに経験の無い事だけど頑張るしかない。
まだ、ネット記事は続いている。自分から車道側を歩き、エスカレーターに乗るときは昇りの場合は先に行ってもらって自分が後ろに乗る。下りの場合は自分が前に乗って相手に後ろに乗ってもらう。知識としては知っていたけど、本当にここまで気を使わないといけないのか。
まあ、これで先輩から好印象を抱いてもらえるのなら何でも進んでやらせてもらおう。
続いて、デートの終盤について。ここからが最も大切だ。まさに人生の分岐路。今までの経験に無い人生初めての行為。まだ、実現するかもわからないひとかけらの望みを賭けた希望。僕の考え方がおかしいことは重々承知の上だ。
まず、誘い方を調べてみる。すると‥‥‥
『初めてのデートでホテルに行きたいとは思わない』
『初デートで誘われたら引く』
『いきなりだと冷めるかもしれない』
などと書かれていた。やっぱり不安になってきた。先輩に対してはこんな言葉を見ただけど怖気づいてしまう。もし、先輩に対してアクションを起こしたら嫌われてしまう可能性が高くなってしまうのでは?そんな思いが胸を支配してくる。
今から、弱気になったらダメだ。嫌われないための行動を考えよう。さっきネットで検索してわかった相手に好まれる行動を基本として、あとはその場のノリと勢いのぶっつけ本番で行くしかない。そうしよう。こうして、デート当日の流れを一通り考えたところで先輩から連絡が来ていることに気が付いた。
『来週の土曜日のことなんだけど、◇◇駅の改札を抜けたところにある駅内の時計台に朝の10時くらいに集合でもいい?何をするかはまだ決まっていないけどこれくらいに会えればどこでも大丈夫だと思うから』
『大丈夫です。それと、どこ行くかっていつ決めますか?』
『うーん、月曜日に会った時に話そうよ。その方が決めやすいと思うし。寝坊とかしないでね』
『了解です』
『なら良し。じゃあ、また月曜日に会ったときに軽く話そう』
『わかりました。先輩も月曜日に遅刻しないように気を付けてくださいね』
先輩から『わかった!』と言っている猫のスタンプが送られてきて会話が一旦終了した。まだ、先輩と僕をがどんなところに行くかも決まっていないけど、どんなところでも先輩と行けるのだから楽しいものになりそうだ。
先輩と出会ってから人生が楽しい。少しおかしな期待を抱いてしまったけど、わざわざ誘ってくれたのだから純粋に楽しもう。そして、先輩にも楽しんでもらえるようにしたい。ただ、ほんの少しの邪な期待はさせてほしい。
その後も◇◇駅近くの学生が遊ぶことのできるスポットや飲食店を調べてみたけど、いまいち良いと思えるものが無かった。先輩と遊びに行けることに気持ちが浮つきすぎている。嬉しさと少しの不安感、焦燥感からインターネットサーフィンから逃げられなくなってしまった。
やっと、インターネットサーフィンから抜け出して寝ようとした時に楽斗から貰ったアドバイスが頭によぎる。
『先輩を特別だと思うな。そのために、香りを嗅ぐな』
大体、そんな内容だったと思う。本当にこれだけの事で上手く行くのかは分からない。それでも、松村先輩に対して僕が持っている顔の良さ以外の唯一の武器だ。
一応、スマホのメモアプリに記入しておく。
あれ?僕は先輩からメッセージが来ただけで緊張しているよな。その時はスマホ越しなんだからもちろん、先輩の香りなんて漂っていない。と、言う事は僕は『松村先輩』を考えただけで上手く動けなくなる。
もしかして、本格的に楽斗のアドバイスって意味が無いんじゃないだろうか。もちろん、多少気を紛らわせるだろうけど先輩の姿は見えるし、声も聞こえるから香りを意識しないだけで上手くいくはずが無い。
目と鼻と耳を塞いで先輩とデートできる方法が無いかネットで調べてみる。
◇
あるはずが無かった。
しかも、数時間スマホの画面を目に力を入れて見続けたせいか、疲労で眼のあたりが重たくなってきた。まだ眠るわけにはいかない。もう一度、インターネットの海に潜ってデートを成功させるための武器を見つけなければいけない。そう思っていたのにいつのまにか眠ってしまっていた。