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ぬくもりの香り  作者: noi
香りとの誓いまで
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12月31日 火曜日 年の瀬の香り

 クリスマスから1週間も経てば世の中は完全な年末ムードになっている。恋人たちの浮かれた空気も無くなり、のんびりとした空気がどこからともなく流れてくると1年の終わりを感じる。


 今日はゆきと僕の部屋で過ごしている。


 雪が僕の家のキッチンで蕎麦を茹でている。沸騰している蕎麦つゆの温かい香りが漂って来る。


「はい、年越しそばだよ」


「ありがとうございます」


 湯気を漂わせながら運ばれてきた蕎麦は豪華にも海老天が2尾も乗っかっていた。


「豪華ですね。これは雪が揚げたんですか?」


「さすがに陽介の家に来る前にスーパーのお総菜コーナーで買ってきた物だよ。そういえばスーパーに行ったときに楽斗らくと君と会ったんだよ。『今日も夕方まではバイトです』って言ってて本当に大変そうだったよ。」


 本当は休みだったのに急遽呼び出されてしまったと連絡が来ていたな。


 あいつも今日は衣緒いおさんと過ごすと行っていたのに可哀そうだ。


「この辺りのお店で年末まで営業しているのは楽斗がバイトしているスーパーだけですからね。こんな日まで働いてくれている人に感謝しないといけないですね」


「本当にね。まあ、お話はこのくらいにして食べ始めようか。頂きます」


「頂きます」


 美味い。海老天は買ってきたものとは言っても雪が作ってくれたものだ美味しいに決まってる。


 こうやって来年も再来年も一緒に過ごしていたいな。雪の親御さんは夫婦で旅行に行ってるんだったな。僕と雪もそういう関係になりたい。雪の両親がどんな人なのか少し聞いてみよう。


「雪の両親は旅行に行ってるんですよね。ずっと夫婦仲が良いんですか?」


 頬張っていた蕎麦を飲み込んでから雪が話し出す。


「そうだね。記憶にある限り仲が良くて喧嘩も片手で数えれるくらいの回数だと思うよ。喧嘩になる前に2人で話し合って解決してる人たちだしね」


 まさに理想の夫婦像だ。


陽介ようすけのお父さんとかお母さんがどんな人なのか聞いても良い?」


 僕が雪に聞いたのだから聞かれるのは当たり前だ。


「良いですよ。あんまり、明るくない話題ですけど大丈夫ですか?」


 僕の言葉のトーンが下がった事に気が付いた雪が僕を受け入れてくれる様な優しい表情を浮かべる。


「陽介が話しても大丈夫な事なら、私が聞きたいから大丈夫」


 僕の両親については正直、あまり人に言いふらす内容では無いけど雪が聞きたいと言うのなら話そう。


「母親は僕が幼い頃に家を出て行ったのであんまり覚えていません。父は優しい人ですね。母親が居なくなってふさぎ込んでいた僕を本人も辛かったと思うのにそれを隠して励ましてくれてました。まあ、それが原因で今でも女性と仲良くできないんですけどね」


 何を言えばいいのか分からない雪が言葉を探っているように見える。


「母親が出て行った理由が父の顔が老けて衰えたからだったんですよ。父は当時32歳だったのに。そんな理由だったから僕は自分の顔の良さ目当てで近寄ってくる人が怖くて」


 今は雪がいるから大丈夫だ。今までは自分に好意を持つ相手が怖かった。僕の事を深く知られたら僕の傍から離れていくと思っていたから。


「そうだったんだ。でも、私と付き合っているよね。君の話だと今の私の事が怖いんじゃないの?」


「雪は順序が違ったから。僕が雪の香りに惹かれて好きになって雪も僕の顔じゃ無くて中身を見てくれている気がして。それに、雪って僕を褒めてくれる時に顔の事を言わないじゃないですか。だから、安心できて怖さなんてありません」


 雪にならなんでも言える。甘えてると言われたらそれまでだけどね。雪は僕の事を否定しない。全てを肯定する訳では無いけど許してくれる。


「私が初めて陽介の横に座った理由は君がイケメンで清潔感があったからだよ。それだけの理由で近寄って声を掛けて距離を詰めたんだ。それでも怖くないの?」


「何も怖くありません。もし、最初から顔の事を言われてたら避けてたと思います。それでも、今の僕は雪に受け入れてもらえると思っているので」


「結果論みたいな感じなのかな」


「そうですね。結局は僕がどう受け取っているかですからね」


「陽介の事を知れて良かったよ。君って何でも思ってる事を言ってくれるけど、逆に何でも正直に言わないといけないって思わせちゃってるかと思ってた。そうじゃなかったんだね。それだけ私に安心感を覚えてくれてたってことだよね」


 雪の声色が優しい。


「これからも私は君を受け入れるから安心してね」


 年の瀬だというのにしんみりとした空気になってしまった。それでも、年が明ける前に胸の内を吐き出せて良かった。やっぱり、雪に負担をかけてしまっている気がするけど。




 ゆく年くる年を観ながら年越しの瞬間を待つ。


「あと10分で年越しだね。新年になったら神社に行っておみくじを引きに行こうか」 


「そうですね。来年は大吉だと良いな」


「今年の運勢は何だったの?」


「凶でした」


 共通テストの直前におみくじを引かない方が良いんだろうけど引いてしまった。特に引いたおみくじの学問の欄に不穏な事が書かれていたから引かなければ良かったと後悔したことを覚えている。


「運勢が悪くても雪と出会えたので良かったですけどね。気分は大吉みたいなものですね」


「嬉しいことを言ってくれるね。来年はもっと幸せな1年にしていこうね」


 そうでありたいと心から願う。雪と喧嘩する時の事なんて考えられない。もし、破局するとか、そんな事は考えただけで吐きそうになる。


 ゴーンゴーンゴーン


 テレビから除夜の鐘の音が響き続けている。今、2025年最後の鐘の音が響いている。


 108回目の鐘が鳴り響いて年が明けた。


「明けましておめでとうございます」


「明けましておめでとうございます。今年も1年よろしくね」


「よろしくお願いします」


 1年後のこの日も同じように挨拶できますように。まだ、初詣に行っていないのに祈ってしまう。


 除夜の鐘を聞いて108個の煩悩を1つ1つ消したばかりなのに僕の頭の中には煩悩で溢れている。

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