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ぬくもりの香り  作者: noi
香りとの誓いまで
29/33

12月25日 土曜日 思い出の香り

 うぅーん。熱い。身体が重い。何でこんな状態で寝ていたんだっけ?薄っすらと瞼を開くと全てを思い出した。


 昨日、ゆきの酷い酔い方に付き合わされたあげく、その本人が座椅子に座っている僕に抱き着いた状態で寝落ちしたんだ。


 足がジンジンとした痺れを超えている。少しでも身体を動かすと痛むだろうとわかった上で僕に乗っかっている雪を引っぺがす。身体をガッシリと掴んで動かしたはずなのに雪は僕の隣の座椅子の座面を枕にして炬燵を布団にしてグッスリと寝ている。


 スピースピーと寝息が聞こえてくるような寝顔。普段の頼りがいのある姿を脱ぎ捨てた可愛らしい恋人の姿。昨日の夜の荒れ具合なんて欠片も想像できない。


 炬燵に入りっぱなしで寝ていたから喉がえらく乾燥している。水を飲むためにキッチンでコップを探す。キッチン下収納の扉を開けるといくつかのコップが置かれていた。透明なコップを手に取り、扉を閉めようとした時、黒い影に馴染んでいるマグカップが見えた。いくつかあるマグカップはカラフルで可愛らしいものだったから何となく気になって手に取ってみると、それは黒字に白い線で小さく黒猫が描かれているマグカップだった。


 このマグカップの事を僕は知っている。


 初めて雪と遊びに行ったときに僕が選んだマグカップだ。先月の事のはずなのに懐かしく感じる。


「ね゙ぇ、な゙に゙を見でるの?」


 突然背中から聞こえてきた擦れた声に驚いて振り向く。


「ぞんな゙におどろ゙がないでよ゙。私もビッグリしぢゃっだよ」


 当たり前だけど後ろに立っていたのは起きたばかりの雪だった。ひどい声をしているけどお酒の飲みすぎで喉が焼けてしまったのかな。


「おはようございます。水を飲みたかったのでコップを探してたんですよ」


「それ゙ならゴコアを飲も゙うよ。準備ずるからざ」


「それなら、もう1つマグカップがいりますね。どれが使っていい物ですか?」


「どれでも良いげど……これどがどう?」


 雪が手に取ったのは薄いブルーのマグカップだった。雪が適当に選んだわけではなく、悩んで選んだ物だったからこれを選んだ理由が気になる。


「なんでこれにしたんですか?」


「ま゙あ、なんとな゙くだよ。あ゙、この黒色のマグカップは私が使うね゙」


 雪が2つのマグカップの底にココアの粉と砂糖を入れる。


「お湯が沸くま゙で炬燵に入って待っでよ゙うよ」


 2人で並んで炬燵に入る。


「雪は昨日の夜の事を覚えているんですか?」


「まっっっだく覚えでいないんだよね」


 覚えていなくて良かった。っと思ったのに雪が顔を手で隠している。隠しきれていない耳が赤くなっている。これは……


「たぶん、覚えていますよね。顔が赤くなってますよ」


「そんな゙はずが無いよ゙」


「じゃあ、顔を隠さないで僕に見せてください。赤くなってないなら隠す必要ないですよ。」


「ごめ゙んって。もう、隠さないから。ほらっ」


 雪が顔を見せる。やっぱり顔が赤くなっている。


「昨日の夜の事も覚えてい゙るよ……声もごんなん゙だし、さすがにね。思い返せば思い返すほど恥ずかじさが込み上げでくるんだよ」


「そうですよね。昨日の雪の姿は面白かったですよ。めちゃくちゃに笑って僕に甘えてきて。雪にもあんな一面があったんですね。僕が知らない事をしれて良かったですけど、他の人と飲む時は酔いすぎないように気をつけてくださいね」


 本当に心配だ。雪に悪気が無かったとしても僕以外の人間にあんな絡み方をしている所を想像すると相手が誰であろうと嫉妬に狂いそうになる。


「うん、君の前でだけにするね。そうだ、お湯も沸いたしココアを作って持ってくるね」


 雪が2つのマグカップを持って戻ってくる。


「ココアは熱いから舌を火傷しないように気をつけて飲んでね」


 いつか僕が雪に言った事と同じことをそっくりそのまま言い返されたような気がする。あの日は、台風で雪が僕の家に来た日だった。今になって思い返すと、あの屑との事があった雪が僕の家に1人で入るのは想像していたよりも怖かったかもしれないな。でも、雪から僕に連絡をくれてたっけな。って事は、あの時から雪は僕の事を信頼してくれていたのかな。そう思うと嬉しさでニヤついてしまう。


「君はな゙んでニヤついている゙の?」


「雪の持っているマグカップを選んだ時の事とか雪が僕の家に来た時の事とか、この1,2か月の間の雪と一緒にしてきた事を思い出していたんですよ」


「このマグカップを選んでくれ゙た時は陽介がちゃんと悩んで選んでぐれたから嬉しかったよ。それ゙に、マグカップに描かれている絵が猫か犬かで選ぶとき、私が猫が好きだから゙これを選んでくれだんだよね」


「その時から雪に好かれたかったからね。 その後の服を選ぶときも何が良いのか分からなくて悩んで緊張してたんですよ」


「それは伝わってぎてたよ。ま゙さか、デニムのセットアップを選んでくれ゙るとは思ってなかっだけどね。真剣に私に似合いそうな物を選んでくれだし、着てみ゙たら本当に似合ってて気に入ったから゙、余計に嬉しかったね」


「本当に良いものを選べて良かったです。これからも2人で買い物に行ったり旅行に行って思い出を作っていきたいですね。来月は忙しくなりそうで難しいかもしれないですけど」


「1月の末になっだら春休みが始まるから゙それまでの辛抱だね。陽介は絶対に単位を落とさな゙いでね。落とした単位の再履修って結構、辛いんだから」


「雪の苦労が滲み出ている言葉ですね。でも、安心してください。ちゃんと出席して課題も出しているので。テスト前の1週間で勉強すれば大丈夫ですよ」


「本当かな゙ー。余計に心配になっできたよ。私たちが受けている講義の期末テストは思ってるよりも難しい問題が出る゙って知ってる?基本的に゙は簡単なテストだけど油断した人が偶に落単してる゙し。最低でもテスト前日の日曜日は一緒に゙勉強しよ゙うか」


 たぶん、雪の言葉は僕が単位を落とさないようにするための脅しだとは思うけど、心に小さな不安が生まれてくる。


「じゃあ、お願いします。」


「決まり゙だね。でも、私が教えるからって講義を良く聞かずに゙サボったらダメだよ。最近は私の隣で講義を受げてる時は真面目に゙受けてるから良いけど。他の講義もちゃんと勉強しな゙いといけな゙いよ」


「他の講義は楽斗らくとと受けているので安心してください。大丈夫ですよ」


「余計に安心できない゙んだけどね。まあ、良いや゙。お互い来月は頑張ろ゙うね」


「そうですね。あ、先輩って年越しはどうするんですか?」


「今年は実家に帰らずに過ごそうかな゙って思ってるよ。実は私の両親が結婚して25年の記念で旅行に行くら゙しくて。衣緒いお楽斗らくと君と過ごすら゙しいし」


 雪に予定が無くて良かった。


「じゃあ、僕達も2人で過ごしましょうよ」


「良いね。その゙様子じゃ何をする゙かも決まって無いでしょ?今度、2人で考えよ゙うか」


 年末の予定を取り付けることが出来て良かった。雪と付き合ってるのだから気にする必要が無いのにデートを提案するのも切っ掛けが無いと難しい。


 「この人の企画って面白いね」とか言い合いながら動画を眺める。


 そうすると雪が慌てた様子で炬燵を飛び出して部屋の隅の棚で何かゴソゴソとしている。どうしたんだろう?


 その瞬間に思い出した。今日はクリスマスじゃないか。雪が見ていない間にカバンからプレゼントを取り出しておく。


 雪が背中に両手を隠したまま帰ってきた。


「これはな゙んでしょう?」


「クリスマスプレゼント……だと思います」


「正解、メリークリスマス」


「ありがとうございます」


 ラッピングのされた小箱の入った袋を受け取る。一旦、それをテーブルの上に置いて雪へのプレゼントを手に取る。


「僕からもクリスマスプレゼントです」


「ありがとう。今、開けても良い?」


「良いですよ。僕も開けますね」


お互いに落ち着いて中身を確認する。雪が贈ってくれたのはシンプルなネックレスだった。シンプルだけど小さな雪の結晶のデザインが取り入れられている物だ。それに、雪のデザインがあると言っても普段使いのできる物。


 前に香水を貰った時に贈り物に込める想いを調べたから知っている。ネックレスは相手を独占したい気持ちの表れらしい。


 この情報が正しいかなんて知らない。それに、雪はそんなことを知らないだろう。だけど、それを知っていると雪の気持ちを妄想してしまう。


 ネックレスを付けてみる。


「陽介、似合ってるよ。私はどうかな?」


 雪もピアスを付けてくれていた。


「似合っていて綺麗ですよ」


 2人で微笑み合いながら時間が進み、幸せで満たされていく。

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