12月19日 木曜日 雪焼けの香り⑤
肩を叩かれて目を覚ました。
「おはよう。陽介」
おかしい。仰向けに寝ている僕の顔の上から雪の声と香りが降ってくる。さらに、頭の下に硬いような柔らかいような物がある。寝落ちした時に何も枕にしていなかったはずだ。
目を開けて確認すると先輩に膝枕されていた。
「おはようございます」
顔が熱くなっているのがわかる。頬が少し緩んでいるのもわかる。
「もう少しで夕食の時間だけど、どうしたい?」
雪が僕に柔かく癒される顔でそう問いかける。
「晩御飯の時間まではこのままでいたいです」
「素直だね。起きた瞬間は恥ずかしがって顔が赤くなってたのに」
今だってどんどん顔が熱くなっている。正直に自分の欲求を言うことが恥ずかしい。でも、これからは雪に気持ちを正面から伝えたいと思ったから何も隠さない。
「陽介の頭を撫でても良いかな?ずっと我慢してたんだ」
「良いですよ」
雪が僕の頭を撫で始める。手や服の袖口から香ってくる香りに包まれる。
「陽介ってやっぱり私の匂いが好きだよね。すぐに表情に出てるから分かるよ。これから、この香りは君だけの物だからね」
その言葉を聞いた時、ひどく安心した。好きな人に自分が好きな物を認めてもらえたから。
「嬉しそうだね」
「嬉しいですよ。これからは僕の物なんですね。この雪の香りが。香りを楽しんでいたことが雪にバレていたのは少し恥ずかしいですけど、それよりも雪からそう言ってもらえたことが嬉しくて」
「君は本当に可愛くて良いね。私だけが知っているのは平等じゃないから言うけど私も陽介の香りが好きだよ」
驚いた。自分の香りが嗅がれていると思っていなかった。恥ずかしくもありながら嬉しい。だって、雪が僕の香りが好きだと思ってくれていたから。
「じゃあ、これからは僕の香りは雪の物なんですね。不思議な感じがしますね。自分が雪の物になれた事が嬉しいと思っています」
雪の手が僕の頬を包む。温かい両手から雪の体温が僕に伝わってくる。雪の柔らかい手つきが少しのこそばゆさを感じさせながら心地よさをもたらしてくれる。
しだいに僕に触れていたその手が離れていく。
「もう夕食の時間になっちゃったね。衣緒と楽斗君を呼んで食べに行こうか」
「そうですね。そうしましょう」
残念だけど仕方ない。
「そんなガッカリした顔をしないでよ。部屋に戻ってきたらいくらでもしてあげるよ」
その言葉に嬉しさが込み上げてくる。
楽斗と衣緒さんに連絡して晩御飯の会場に向かう。晩御飯はバイキングらしい。
「ごめんな。気づいたら寝ちゃっててな。起きれなかった」
会場のテーブルに集まった時、少し落ち込んだ顔で楽斗がそう言いだす。
「疲れてたなら仕方ないよ」
「そうだよ。それに、明日も遊べるんだから気にするなよ」
「ありがとう。今から改めて楽しむことにするわ」
それからバイキングをお腹一杯になるまで楽しんだ。1回部屋に戻り、その後、温泉に行く事になった。
部屋を出て楽斗と温泉へ向かう。
「お前は筋肉痛とか無いの?俺は普段使わない筋肉使って足がめちゃくちゃ痛いんだよ」
「僕も足が筋肉痛だよ。こんな痛くなるとは思ってなかった」
「ハハハッ。そりゃそうだよな」
「この身体を癒すために一刻も早く温泉に浸かりたい......」
「俺もだよ。早く行こう」
ちょっと歩いて温泉に着く。ガラガラと音を立てながら扉を開け、脱衣所に入る。20人くらいなら同時に使えそうな脱衣所。鍵付きのコインロッカーに脱いだ服を入れてタオルを持って温泉に向かう。
身体を洗い、温泉に浸かる。
気持ち良すぎる。今日一日の疲れが身体から流れていくような感覚。まさに極楽極楽。
「この温泉は露天風呂もあるから温もった後に行こうぜ」
「絶対に行こう」
ある程度、温もって身体が温まってきた。
「露天風呂の方に行こうよ」
「オケ。行こうか」
露天風呂に移動する。ガラス戸を開けると凍えるほど寒かった。さっきまで温泉に浸かって温まったいたはずの身体が芯まで冷える。
「寒すぎる。早く温泉に入るぞ」
急いで露天風呂に浸かる。浸かってから周りを見ると手が届きそうな所に雪が積っていたり雪に埋もれた植栽が見える。いくつかの小さなライトに照らされ、反射している雪が綺麗だ。
凍えた身体が溶けていく。
露天風呂にはテレビが設置されていてここでもご当地番組が流れている。
「それでさ、ナイターを滑ってる時はどんな感じだったんだ?お前と松村先輩の2人っきりだったから何か進展があったかなと思って聞いてみたいんだけど」
「少し進んだかな」
口元のニヤつきを抑えることができない。
「お、進んだか。もっと詳しく聞いても良いか?」
「大丈夫だよ。そうだな、思ったより進んだね」
「ニヤついてないで早く言ってくれよ。そんな感じで言われると俺の方が緊張するよ」
楽斗が僕が話し出すのを待ち遠しそうにしている。そうだよな。気になるよな。もう少しだけ待ってくれ。なんでか分からないけど緊張してきた。頭の中で話すことを整理しないと上手く話せそうに無い。どうやって言おうか。どのエピソードから話せば伝わりやすいか考えても考えがまとまらない。どうしても言葉が詰まってしまう。
一言で伝える方が良いか。
「雪と付き合えることになった」
楽斗の目が点になって固まった。
「へ?え?まじ!?」
「本当なんだ。さっきゲレンデにいる時に雪から告白されて」
「おまでとうじゃんか。本当に良かったな」
笑顔でそう言ってくれる。
「いやー、俺が目を覚ました時にさ。衣緒が『雪と陽介君が2人でスキー場に行ってったよ。』って言ってたのを聞いてさ。2人だけで行って距離でも縮めてくれたら良いなって思ってたんだよ」
「まだ、現実味があんまりないんだけどね」
「ゆっくりと進んでいく感じで良いんじゃないか?それよりもさっき、松村先輩の事を雪って呼んでたよな」
「雪にそう呼んでほしいと言われてね。僕も呼びたかったから雪って呼ぶようにしてるよ」
「俺も衣緒って呼んでるんだけどさ。呼び方で距離が縮まっていく感覚が何とも言えなかったんだよ」
「少しだけどわかる気がするよ」
「幸せか?」
「幸せだよ」
その後もポツポツと話しながら、アドバイスをもらいながら温泉に浸かる。
さすがにのぼせそうになってきたから露天温泉からあがる。最後に室内の温泉に浸かって身体を温めてからも1度身体を洗ってから部屋に戻る。
「あ、お帰り。温泉は気持ちよかった?」
「最高でした。それに、筋肉痛も和らいだような気がします」
「私も衣緒と温泉に行ってたんだけど本当に最高だったよね」
めちゃくちゃ疲れた後にお腹いっぱいに食べ、温泉で温まった。晩御飯の前に少し寝たと言ってもさすがに眠い。
「眠そうだね。明日も朝から滑る予定だからもう寝ようか」
押し入れから布団を取り出して敷いていく。
「あ、お布団は1つでも良いかな?その......陽介と一緒のお布団で寝たくてね。ダメかな?」
ダメなわけが無い。
「わかりました。一緒に寝ましょう」
布団を1つ敷き終わる。雪が自然と布団に入る。
「ほら、陽介もおいでよ」
おずおずと布団に入る。
まだひんやりと冷たく寒さを感じる布団。だからこそ、雪の体温が僕の身体に直接伝わってくる。
雪が僕の身体を抱きしめる。僕も雪の身体を抱きしめる。温泉に入ったばかりのお互いの香りが交わりあう。
次第に交わるのは香りだけでは無くなっていく。




