12月19日 木曜日 雪焼けの香り④
ご当地番組を観ながら話す事数10分。そろそろナイターを滑りに行く時間になってきた。
松村先輩が「私が2人に聞いてみるね」
『そろそろ、ナイターに行こうと思うんだけどそっちの2人はどうかな?』
『冬旅行』のグループで松村先輩が尋ねる。
『ごめん、楽斗が爆睡してて起きないんだ。それでさ、私も部屋に居ようと思ってるんだけど良いかな?』
『大丈夫だよ。じゃあ、私と陽介君で行って来るね。もし、これそうだったら連絡してね』
楽斗は寝てしまったか。正直、寂しくもあるけど疲れてそうだったから仕方ない。
「私たちは行こうか」
「そうですね。ナイターのリフト券は買わないといけないんでしたっけ?」
「そうだよ。ナイター券だけはツアー料金に入って無いからね。すぐに買いに行こうよ」
先輩とホテルに預けていたスキー板とストックを取りに行き、ゲレンデまで歩く。
完全に日が沈み、雪も止んだゲレンデは夕方の日の光で溶けた雪が凍っている。さっきまでとは違い滑りにくいゲレンデに苦戦しながら先輩と2人で滑っていく。
他のスキー客も疎らにいる中、滑り、リフトに乗る。ナイターで使えるリフトは1つのペアリフトだけだからリフトに乗っている間は完全に僕と先輩の2人だけの空間になる。
リフトに揺られながら周りを見渡す。ゲレンデの外は真っ暗な山の中で本来なら怖いと感じてもおかしくない風景。ゲレンデはライトの光が白い雪に反射している。この時間だからかスピーカーから音楽も聞こえてこない。リフト乗り場のポッーンポッーンという音とすぐ上のリフトを支えるワイヤーから聞こえるウニュッウニュッウニュッという音だけ。これだけの光景。その端のリフトで僕と先輩が揺られている。
たったこれだけの光景なのに日常から切り離された完全な非日常に浮かんでいると気分が浮き立ってくる。
「楽しそうだね」
先輩の声が耳元から聞こえる。
「すみません。景色に夢中になってしまってて」
「そんなことに不満なんて無いよ。私は君の隣にいられるだけで楽しいんだから」
そんなくすぐったい事でも、この瞬間に言われると心に染みてしまう。
「僕もこうして先輩と過ごす時間が好きですよ。この穏やかな時間を先輩と過ごせていることが嬉しいです」
「ねえ、これからもさ、隣にいても良いかな」
「もちろんです。僕からお願いしたいくらいですよ」
気持ちが昂っているせいか思っている事が自然と出てしまう。
「君もそう思ってくれてるなら安心するよ」
リフトが降り場に到着したのでいつものように滑り始めようと思ったところで
「ここのベンチに座って少し話そうよ」
リフトを降りた傍にあるベンチに腰掛ける。
「ここからゲレンデを見下ろすと綺麗だね」
「そうですね。滑っている人も少なくて雪の反射がよく見えますね。昼頃と比べても雰囲気が全く違って新鮮さも感じます」
「本当にね」
少しの沈黙が訪れる。時間にしてみると10秒くらいだったと思う。話すことが無くなった気まずい沈黙でもお互いがまったりできるような無言の時間でも無い。2人共、お互いに話そうとしているのに話し出せない空気感。
先に話を切り出したのは先輩だった。
「さっき隣にいても良いって言ってくれたよね」
「はい」
「もう1回、言うけど私は陽介君の隣で過ごしていたい。今みたいにね」
「はい」
「そのためにもなんだけどさ。伝えたい事があって」
「はい」
「好きです。私と付き合ってほしい」
先輩が緊張している様子でその言葉を僕にくれた。僕から先輩に送る言葉はもう決まっている。
「ありがとうございます。僕も好きです。これからは恋人としてよろしくお願いします」
先輩の顔に安堵の表情が浮かぶ。
「嬉しいよ」
先輩が少し座る位置を変えて距離が近くなる。
「これからは彼女として隣にいられるんだね」
「そうですよ。僕は彼氏としてこうしていられます」
「良いね。あと、もう1つ言いたいことがあるんだけど良いかな?」
「良いですよ」
「これから陽介君の事を陽介って言いたいんだ。そして、私の事を雪って呼んでほしい」
「わかった。これからは雪って呼ぶね」
「ありがとう。呼び方を変えてくれただけじゃなくて敬語もやめるんだね」
少しツーンとした態度で言われる。怒っているわけでは無いと分かるけどそう言われるってことは敬語の方が良いのかな。
「敬語のままの方が良かったですか?」
「少し寂しさがあっただけだよ。もちろん、ため口も好きだよ」
これからどんな口調で話すか少し悩んでしまう。
「ごめんごめん。そんなに悩んでくれなくて良いんだよ。私は君の言葉だったらどんな話し方でも好きだよ」
「わかりました。いままで通りの話し方にします。今は、こっちの方が楽なので」
「うん、そうしよう。改めてよろしくね。陽介」
「こちらこそよろしくお願いします。雪」
お互いに気持ちを話し合い幸せな時間を過ごした。
「もう、リフトが止まる時間だね。そろそろ、ホテルに帰ろうか」
もう、そんな時間か。
「そうですね。最後にひと滑りして帰りましょう」
今日、最後の滑りは2人でゆっくりと滑って終わった。最大限コケないように気をつけながら。今だけはコケたくないと必死に思いながら滑っていたことは雪には秘密だ。
ホテルの部屋に戻ってきた。関係性が変化したからか意識してしまう。
「あと30分くらいで夕食の時間だから一休みできるね。私は大丈夫なんだけど、陽介は身体の痛い所は無い?」
「僕は足の筋肉痛になっちゃいました」
「そうだよね。ここのホテルに温泉があって朝まで入れるらしいから楽斗君と行っておいでよ。温泉に入ると筋肉痛が楽になるらしいし」
「温泉は好きなので嬉しいですね。晩御飯食べたら楽斗を誘ってみます」
初めてのスキーに疲れたのか、それとも雪といる安心感からか微睡んでくる。
自分でも気が付かない間に眠ってしまっていた。




