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ぬくもりの香り  作者: noi
香りとの出会いから
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11月4日 月曜日 雑念の香り

 朝7時に目が覚める。昨日の夜に冷蔵庫に入れていたご飯を電子レンジで温め、焼いた目玉焼きをその上にのせた朝ごはんを食べる。その後の登校するまでの時間は適当な動画を観て過ごしていた。


 ちょうど良い時間になり玄関のドアを開く。休日にまったく外に出ていなかったからか、久しぶりに日の光にあたり外の空気を吸ったような気がする。少し新鮮な気分に浸りながら講義室へと向かった。


 今日は1週間の中で唯一、松村先輩と会うことのできる講義が1コマ目の9時からある。いつものように席についていると講義開始の5分前に先輩がやってきて僕の隣に座った。


「陽介君おはよう。君は課題のレポートをしっかりやってきたの?まあ、私が写真送ってあげたんだから、まさか家に忘れてたなんてことは無いよね?」


「はい、おはようございます。さすがにちゃんと持ってきましたよ。でも、先輩のおかげで本当に助かりました。ありがとうございます」


「普段から講義中に寝ているからだよ。これからの講義はちゃんと聞いていないとこの講義の単位を落としてしまうかもしれないよ」


「いや、まあ、落単は嫌なんでこれからは寝ないように気を付けたいと思います」


「うん、去年の私のようになったらだめだからね」


「そうですね、ちゃんと講義を聞いて単位取るために寝ないように努力します。」


 こうして雑談をしていると教授が入ってきて講義が開始した。いつもだったら始まってすぐに教授の声をシャットアウトして寝ようとするが、さっき先輩から軽く注意されたばかりなので寝るわけにもいかない。正直反省するつもりは無いけど、先輩から悪印象を抱かれたくないのでこの講義くらいは真面目に受けようと思った。しかし、この思いは一瞬にして消え去った。


「この○○○○は×××で△△△△△なので……」


 教授が何かしゃべっているけどまったく何も頭に入ってこない。日本語としては理解できるけど内容は少したりとも頭に残らない。こんな状態で講義に集中できるはずもない。結局、寝てはいないだけで普段通りボーっとしながら講義を聞き流していたらふと、脳がしびれるような錯覚を感じる香りが鼻の中を満たし始めた。先輩の匂いだった。


 ずっと嗅ぎ続けていたい匂いだなぁ。


 金曜日にあれだけ自分を気持ち悪いと勝手に嫌な気持ちになって落ち込んでいたのに懲りずにまた同じことを考えてしまう。自分自身の学びの無さに呆れながらも香りを楽しみ続ける。


 香りを楽しんでいると自然と視線が先輩の方へ向いてしまう。先輩にできるだけばれないように薄目で、ゆっくりと顔を見る。当たり前だけど良い香りのもとの僕の好きな先輩が隣にいる。真面目に講義を受けている先輩の表情は僕と話しているときとは雰囲気も全然違う。笑みの無い顔を眺めて数秒後、先輩は視線は黒板に向いたままだけど口元が少し笑ったように見えた。先輩の文字を書く手が止まり、シャーペンで黒板の方を指し、ノートをトントンと軽く叩いて講義に集中しなさいというメッセージを伝えられた。


 僕が、先輩のことを見ていたと気づかれていたことも先輩が今も笑みをこらえている様子でいるのも恥ずかしい。気温も下がり、長袖の季節へとなってきたはずなのに少し暑くなって汗をかいてきた。


 顔のほてりが収まらないままに視線を先輩から黒板へ移す。とっくの前から講義の内容は理解できていないが、ノートに板書だけをして講義を受けるふりをする。眠気がすべて吹っ飛んだから寝ようにも寝れない。講義が開始してからまだ60分だから残り30分は先輩の隣にいないといけない。贅沢で幸せな悩みかもしれない。


 いつもとは少し違ったドキドキを味わいながら先輩の隣に座って講義を受ける。まだ汗をかき続けている。どうしても黒板以外の場所を見れない。こうなってしまったら僕にできることはただ先輩の香りを楽しむことだけだ。さすがに匂いを嗅いでいることはばれていないだろう。これがばれていたら僕はもうこの講義に来ることはできないだろう。先輩から気持ち悪いと思われたら生きる気力まで失われるかもしれない。

 

 そんなこんなで今日の1コマ目の講義が終わった。先輩に挨拶をして席を立とうとしたら


「さっきから君は人の横顔を見すぎじゃないかな?」


 先輩からこんなことを言われた。


「いや、なんとなくたまたま向いた時があっただけですよ。僕は次の講義があるので。さようなら。また来週の講義で会いましょう」


「ふふっ、また来週。次の講義も頑張ってね」


 上手い言い訳も思いつかなかったので早口で会話を切り上げて先輩と別れる。絶対に変だと思われている最悪だ。


 そうして先輩と別れたあと次の講義のために移動する。2コマ目の講義は楽斗(らくと)と一緒に受ける講義で、講義室に行くともうすでに楽斗が待っていたから横に座る。まだ若干動揺が収まっていないがこいつにはバレたくない。できるだけ平静を装っていた。


 楽斗はザ・大学生のような奴で仲が良い。ツイストスパイラルパーマに金色のカラーメッシュを入れた髪型にオーバーサイズのパーカーにダメージデニム。誰がどう見ても今どきの大学生だ。学科のオリエンテーションの日に声をかけられて話が合ったので今も一緒に講義を受けている。


「今日なんかあった?なんか変だよお前」


出会って数秒で僕がおかしいことに気づかれた。なんでだよ。


「特に何もないよ。あったとしたら今日の朝、登校中に転びそうになったくらいかな。」


 適当なことを言ってごまかす。こいつは感が良すぎる。


「そんな事をこの時間まで引きずる人間なんていないだろ。さっさと白状した方が楽になれるぞ」


こんな生まれて初めての感情を簡単に人に打ち明けられるはずが無い。


「何も無いって。お前が変に勘ぐってるだけだよ」


「それが嘘っぽいんだよなー。絶対に何か隠してるだろ」


 楽斗もなかなか譲ってくれない。でも、僕も簡単に口を割るわけにはいかない。僕の抱えている思いは小中学生が抱く幼い物かもしれない。それでも、僕にとってはどう扱っても良いか分からない人生で初めての想いなんだ。


 そうやって言い合いをしていると講義が始まった。楽斗との会話で眠気の吹っ飛んだ僕はスマホで漫画を読みながら時間をつぶしていた。ぼんやりと漫画を読んでいるとメッセージアプリから通知が来た。松村先輩からだった。その瞬間、体温があがり、心拍数が上がり、汗が噴き出した。


『11月16日に遊びに行かない?ちょっと行ってみたい所があってね』


『了解です。予定空いているので行きましょう』


『ありがとー。詳しい予定はまたあとで送るね』


 先輩と遊びに行けるなんてめちゃくちゃうれしい。


 なんで誘われたのだろう?


 そんな疑問も浮かんだけど、理由なんてどうでも良い。


『てか、今、陽介君は講義受けてる最中だよね。なんで私に返信できてるのかな?まさか、講義を聞かずにスマホを開いているなんてことは無いよね』


 やばい、さっきかいた汗とは違い、冷や汗が背中を伝った。このメッセージの文面から先輩の笑みが消えていく様子が見えてきた。


『もし、単位を落としそうだったら遊びに行かないからね。ちゃんと頑張るんだよ』


『誠心誠意全力で努力します』


『それならよし』


 危ない。危うく手にした奇跡を手放すところだった。こんなチャンスは2度と無いかもしれないのに焦って無駄にするところだった。後ろめたい思いを抱えたまま先輩と遊びに行きたくないから、ひとまずこの講義を真面目に受けることから始める。講義を聞き、板書をノートに書き写す。こんなに清々しい気持ちで講義を受けるのは初めてだ。隣にいる楽斗が僕のことを気持ち悪がりながら見ている気がするけど、今日はどんなことを思われてもどうでも良い。


 講義のあと、先輩と遊びに行く日に着るための服を考えるために早く帰ろうとしたら楽斗に呼び止められた。なんだよ、気分良く帰ろうとしているんだから声をかけてくるなよ。


「ささっての木曜日に買い物行こうと思ってるんだけど一緒に行かない?久しぶりに遊びたいし、大学の講義が無い日だから暇だろ?」


「お前が買い物にいきたいなんて珍しいけど遊びに行けるなら良いや。10時くらいに駅に集合な。」


 自分1人では松村先輩への想いに対処できないからこそ楽斗に打ち明けた方が良い気がしてきた。


「あのさ、話したいことがあるんだけどさ……」


 結局、洗いざらい全てを話した。僕の話を聞いた楽斗は


「話を聞いたからには協力するよ。まかせろ」


 僕が安心する事を言ってくれた。打ち明けて良かった。


 楽斗と解散し家についてからも服をネットで調べ、店をピックアップしておく。確実に舞い上がりすぎている自覚はあるが、これも全て一緒に遊びに行く先輩に恥をかかせないためで、欲を言えばファッションを先輩から褒めてもらいたいからだ。


 今、持っている服でも充分だとは思うけど、先輩とのデートには物足りなく感じてきた。スマホでいろいろな物を調べて候補を絞ってみてもこの服で良いのかわからなくなってソワソワしてまったく落ち着かなくなってきた。


 服装を考える時間は明日以降も十分にあるから今日はもう寝よう。


 今日は、先輩から遊びに誘ってもらえたことと、思う存分先輩の匂いを嗅ぐことができたことに幸せを感じながら眠りについた。


 これから少しの間は幸せを感じながら過ごせるかもしれない。そんな感覚に安心感を覚えた幸せな睡眠となった。

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